◆◆◆◆ 2-1 逆鱗 ◆◆◆◆
■第二幕:
皇帝の太刀は虚を斬って新米女官を貫かんとすること、ならびに夜を彷徨う面妖なる一団のこと
――大宙暦3133年(帝ヨスガ2年)、季春の月(3月)――
春の気配色濃いさなか、宙の宮廷にて椿事が起きていた。
【 ヨスガ 】
「――その者の首を刎ねよッ!」
怒声が轟き、居並ぶ女官たちを慄かせる。
声の主は他ならぬ女帝ヨスガであり、柳眉を逆立て、怒色をあらわにしている。
【 ミズキ 】
「陛下、これなる者は、はなはだ不調法者なれば――」
女官長ミズキのたしなめる声も聞かばこそ、
【 ヨスガ 】
「ならぬ! そなたが斬らぬとあらば、我が手ずからその素っ首を斬り落としてくれるわ!」
怒り心頭、お側にひかえた女官がたずさえた剣へと手を伸ばそうとしている。
その、尋常ならざる怒りの矛先はと見れば――
【 ホノカナ 】
「あ、あわわ……」
誰あろう、我らが新米女官ホノカナ、その人であった。
【 ヨスガ 】
「痴れ者、そこを動くなッ!」
【 ホノカナ 】
「…………!」
いったいぜんたい、どうしてこんな次第とあいなったのか?
ことの起こりは、少しばかりさかのぼる――――
【 ホノカナ 】
「はぁー……」
ホノカナは雑務に追われながら、ふとため息をこぼしていた。
【 女官 】
「ホノカナちゃん、なにかつらいことでもあるの?」
そう案じてきたのは、女官仲間の少女〈蓮華・シキ〉である。
歳はホノカナと同じほどなうえ、出身が同じ〈峰東〉地方だけあって、親しくしているのだった。
【 ホノカナ 】
「あっ、シキちゃん……ううん、大丈夫! そういうのじゃなくって」
ぶんぶんと首を振って否定するホノカナ。
【 ホノカナ 】
「確かに仕事は大変だし、女官長さまはおっかないけど、ご飯も食べられるし、寝るところもあるし……すごくありがたいよ!」
【 シキ 】
「そうだね……峰東にいたら、それどころじゃなかったかもしれないし」
【 ホノカナ 】
「うん……」
彼女たちの郷里である峰東は、ほんの数年前まで、惨烈きわまる戦地だった。
〈五妖の乱〉と呼ばれる、帝国を揺るがす大規模な反乱の舞台となったのだ。
この大乱によって、峰東の人口は半減したとすら言われる。
現在も戦禍の傷跡は癒えることなく、荒廃しきっているのだった。
【 シキ 】
「それじゃ、どうしてため息ついたりしてたの?」
【 ホノカナ 】
「んん……弟のこと、思い出しちゃって」
【 シキ 】
「あ……そっか。弟さん、いるんだよね」
【 ホノカナ 】
「うん。焦さんが面倒見てくれてるはずなんだけど……やっぱり、心配で」
いつもふわふわした雰囲気のホノカナだが、このときばかりはいささか大人びた横顔を見せていた。
【 シキ 】
「焦さんって、あの大商人の焦さんでしょう? それなら、心配いらないと思うけど……」
【 ホノカナ 】
「う~ん、でも、あの子、すごく落ち着きがなくて、暴れん坊だから……大丈夫かなって」
【 シキ 】
「あ、ああ、そういう……」
天下を股にかけて活躍する大商人である焦・タイシン。
帝国の中枢にすら太いつながりを持つ彼女と、ホノカナがいかにして知り合うことになったのか?
それについては、のちに語るとして……
ふいに、時を告げる鐘が鳴り響いた。
【 シキ 】
「――あっ、そろそろ、陛下の御前に行かないとっ」
【 ホノカナ 】
「えっ? なにかあったっけ?」
【 シキ 】
「もう……陛下が新しい曲を考えたから、ご披露なさるって言っていたでしょう?」
【 ホノカナ 】
「そ、そうだった……!」
宮女勤めも一月あまり、ようやく仕事に慣れてきたホノカナではあったが、まだまだ頼りないかぎりではあった。
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