◆◆◆◆ 6-7 社稷の臣 ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「……あやつ、誰かに漏らしたりはすまいな」
【 ミズキ 】
「信じておられないのですか?」
夜ふけの地下室で、ヨスガとミズキが密談を交わしていた。
【 ヨスガ 】
「そういうわけではないが……あの愚妹のことだ、うっかり口走ってしまいそうだからな」
【 ミズキ 】
「それは……まぁ、否定できませんが」
【 セイレン 】
「なんのなんの、ご心配なく! そのための我が方術、〈誓約〉の術ですので! 太鼓判を押しましょう!」
【 ヨスガ 】
「そなたに保証されても、いまいち、いやだいぶ安心できぬがな……」
【 セイレン 】
「おお、なんと無情なるお言葉! この大仙術師にして! 一流大軍師たる私の! いったいどこが信用できぬと仰るのです!?」
【 ヨスガ 】
「まさにそういうところなのだが?」
ヨスガとホノカナが〈結拝〉を交わして姉妹の契りを結んだ、あの早朝……
セイレンが方術をもって、妹は姉に逆えず――という誓約を施した。
であるからには、ホノカナが意図的にヨスガの不利益になるような行動はとれない……はずではあるが。
【 ヨスガ 】
「それより、祈願祭の様子はどうであった?」
【 セイレン 】
「ははっ、着々と支度は整っているようで……ふだん見ない顔のうさんくさい方士どもが闊歩しておりましたな!」
*闊歩……大手を振って好きに行動するの意。
セイレンはヨスガの命で、十二佳仙が進めている祈願祭の偵察に足を運んできたのだった。
【 ミズキ 】
「……その方士たちも、藍老師にうさんくさいなどと言われたくはないでしょうね」
【 セイレン 】
「なんと冷たい! 私のどこがうさんくさいと仰るので!?」
【 ヨスガ 】
「よくよく、己を知るということを知らぬ奴よな……ところでランブ、報告があるという話だったが?」
【 ランブ 】
「は、十二佳仙が、枢密院に接触しているとか……」
【 セイレン 】
「ほう……枢密院ですか! 枢密院ねぇ……なんでしたっけ? 枢密院って」
【 ヨスガ 】
「……そなた、軍師を気取っておいてなぜ知らんのだ?」
枢密院とは、軍政をつかさどる最高機関で、さしずめ国防省といったところである。
そして、その最高位にあるのが――
【 シジョウ 】
「ご無沙汰しております、八白閣下――」
黄龍・シジョウが帝都のとある屋敷を訪ねたのは、この日の夕刻のことである。
【 老人 】
「おォ、黄龍殿がわざわざのお越しとは……痛み入りまする」
シジョウと対面しているのは、老齢の貴人であった。
【 シジョウ 】
「とんでもございません。直々のお言葉を賜り、光栄の至りにございます」
【 老人 】
「ほ、ほ、ほ……して、この老いぼれめに、なにか御用ですかなァ?」
そう言って白い髭を撫でたのは、〈八白・ケイヨウ〉――宙帝国の枢密使(国防大臣)を務める老人である。
【 シジョウ 】
「は、閣下に、ぜひともお願いしたい儀がございまして」
【 ケイヨウ 】
「と、いうと?」
【 シジョウ 】
「ご存じかと思いますが、近頃、国母さまの体調がすぐれぬ、という噂が飛び交っておりまして……」
【 ケイヨウ 】
「おォ、そうでしたか。なにせこのとおり、足腰も弱くなりましてなァ。家に引きこもってばかりで、世情にはとんと疎く……それで、国母さまはまことにご病気であらせられるので?」
【 シジョウ 】
「それは……私からは申し上げられませんが、ともあれ、そのような風聞が広まっております。こうなると、よからぬことを企む者もいようかと……」
【 ケイヨウ 】
「ほほう、よからぬこと……それはけしからんことですなァ」
【 シジョウ 】
「ついては、閣下には兵を率いてみやこを出ていただき、変事に備えていただきたいのです」
【 ケイヨウ 】
「ほほォ……? しかし、変事が起きるというなら、むしろ兵はみやこに留めておくべきではありませんかなァ」
【 シジョウ 】
「当然、ある程度は必要でありましょう。しかし、不埒な輩の襲撃に備えるためには、兵は城外にあったほうがよろしいかと」
【 ケイヨウ 】
「ふむ……なるほどォ」
ケイヨウはしばし髭を撫でていたが、
【 ケイヨウ 】
「――ときに、これは国母さまじきじきのお達しですかな。それとも、貴殿の独断ということですかなァ?」
【 シジョウ 】
「……国母さまより命じられたわけではございません。しかし、決して間違った判断ではないと自負しております」
【 ケイヨウ 】
「ふむふむ……」
八白・ケイヨウはなおしばらく黙考した末に、
【 ケイヨウ 】
「よろしいでしょう。兵を城外に出し、四方からの敵に備えるといたしましょう」
【 シジョウ 】
「は、かたじけなく――」
【 ケイヨウ 】
「なんのなんの。これもすべては、国家の安泰のためですからなァ」
老人は皺だらけの顔に、柔和な笑みを浮かべたのだった。
【 ヨスガ 】
「――その件については、すでに報告を受けている。当の本人からな」
【 ランブ 】
「――っ? では、八白閣下から直々に……!」
【 ヨスガ 】
「うむ。もっとも、ことの次第を知らせてきただけで、それ以上はなにもないが」
【 ランブ 】
「それは、つまり……」
【 ミズキ 】
「どちらにも味方はしない――ということでしょう。あの御方らしい判断です」
【 ヨスガ 】
「ふん、誰が権力を握ろうとどうでもいいのだ、あの老人にとってはな。社稷の臣をみずから任じているのだろうよ」
社稷の臣とはすなわち、国家の安寧を第一に考える者であり、その上に頂く権力者が誰であるかは、さほど重要ではない。
【 ランブ 】
「では、いよいよ……」
【 ヨスガ 】
「うむ――」
焔・ヨスガは、その端正な唇を引き結んだ。
【 ヨスガ 】
「――勝負の、時だ」
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