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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
102/421

◆◆◆◆ 6-7 社稷の臣 ◆◆◆◆

【 ヨスガ 】

「……あやつ、誰かに漏らしたりはすまいな」


【 ミズキ 】

「信じておられないのですか?」


 夜ふけの地下室で、ヨスガとミズキが密談を交わしていた。


【 ヨスガ 】

「そういうわけではないが……あの愚妹のことだ、うっかり口走ってしまいそうだからな」


【 ミズキ 】

「それは……まぁ、否定できませんが」


【 セイレン 】

「なんのなんの、ご心配なく! そのための我が方術、〈誓約〉の術ですので! 太鼓判を押しましょう!」


【 ヨスガ 】

「そなたに保証されても、いまいち、いやだいぶ安心できぬがな……」


【 セイレン 】

「おお、なんと無情なるお言葉! この大仙術師にして! 一流大軍師たる私の! いったいどこが信用できぬと仰るのです!?」


【 ヨスガ 】

「まさにそういうところなのだが?」


 ヨスガとホノカナが〈結拝〉を交わして姉妹の契りを結んだ、あの早朝……

 セイレンが方術をもって、妹は姉に逆えず――という誓約を施した。

 であるからには、ホノカナが意図的にヨスガの不利益になるような行動はとれない……はずではあるが。


【 ヨスガ 】

「それより、祈願祭の様子はどうであった?」


【 セイレン 】

「ははっ、着々と支度は整っているようで……ふだん見ない顔のうさんくさい方士どもが闊歩かっぽしておりましたな!」

 *闊歩……大手を振って好きに行動するの意。


 セイレンはヨスガの命で、十二佳仙が進めている祈願祭の偵察に足を運んできたのだった。


【 ミズキ 】

「……その方士たちも、アイ老師せんせいにうさんくさいなどと言われたくはないでしょうね」


【 セイレン 】

「なんと冷たい! 私のどこがうさんくさいと仰るので!?」


【 ヨスガ 】

「よくよく、己を知るということを知らぬ奴よな……ところでランブ、報告があるという話だったが?」


【 ランブ 】

「は、十二佳仙が、枢密院に接触しているとか……」


【 セイレン 】

「ほう……枢密院ですか! 枢密院ねぇ……なんでしたっけ? 枢密院って」


【 ヨスガ 】

「……そなた、軍師を気取っておいてなぜ知らんのだ?」


 枢密院とは、軍政をつかさどる最高機関で、さしずめ国防省といったところである。

 そして、その最高位にあるのが――




【 シジョウ 】

「ご無沙汰しております、八白ハチハク閣下――」


 黄龍コウリュウ・シジョウが帝都のとある屋敷を訪ねたのは、この日の夕刻のことである。


【 老人 】

「おォ、黄龍コウリュウ殿がわざわざのお越しとは……痛み入りまする」


 シジョウと対面しているのは、老齢の貴人であった。


【 シジョウ 】

「とんでもございません。直々のお言葉を賜り、光栄の至りにございます」


【 老人 】

「ほ、ほ、ほ……して、この老いぼれめに、なにか御用ですかなァ?」


 そう言って白い髭を撫でたのは、〈八白ハチハク・ケイヨウ〉――宙帝国の枢密使(国防大臣)を務める老人である。


【 シジョウ 】

「は、閣下に、ぜひともお願いしたい儀がございまして」


【 ケイヨウ 】

「と、いうと?」


【 シジョウ 】

「ご存じかと思いますが、近頃、国母さまの体調がすぐれぬ、という噂が飛び交っておりまして……」


【 ケイヨウ 】

「おォ、そうでしたか。なにせこのとおり、足腰も弱くなりましてなァ。家に引きこもってばかりで、世情にはとんと疎く……それで、国母さまはまことにご病気であらせられるので?」


【 シジョウ 】

「それは……私からは申し上げられませんが、ともあれ、そのような風聞が広まっております。こうなると、よからぬことを企む者もいようかと……」


【 ケイヨウ 】

「ほほう、よからぬこと……それはけしからんことですなァ」


【 シジョウ 】

「ついては、閣下には兵を率いてみやこを出ていただき、変事に備えていただきたいのです」


【 ケイヨウ 】

「ほほォ……? しかし、変事が起きるというなら、むしろ兵はみやこに留めておくべきではありませんかなァ」


【 シジョウ 】

「当然、ある程度は必要でありましょう。しかし、不埒ふらちな輩の襲撃に備えるためには、兵は城外にあったほうがよろしいかと」


【 ケイヨウ 】

「ふむ……なるほどォ」


 ケイヨウはしばし髭を撫でていたが、


【 ケイヨウ 】

「――ときに、これは国母さまじきじきのお達しですかな。それとも、貴殿の独断ということですかなァ?」


【 シジョウ 】

「……国母さまより命じられたわけではございません。しかし、決して間違った判断ではないと自負しております」


【 ケイヨウ 】

「ふむふむ……」


 八白ハチハク・ケイヨウはなおしばらく黙考した末に、


【 ケイヨウ 】

「よろしいでしょう。兵を城外に出し、四方からの敵に備えるといたしましょう」


【 シジョウ 】

「は、かたじけなく――」


【 ケイヨウ 】

「なんのなんの。これもすべては、国家の安泰のためですからなァ」


 老人は皺だらけの顔に、柔和な笑みを浮かべたのだった。




【 ヨスガ 】

「――その件については、すでに報告を受けている。当の本人からな」


【 ランブ 】

「――っ? では、八白ハチハク閣下から直々に……!」


【 ヨスガ 】

「うむ。もっとも、ことの次第を知らせてきただけで、それ以上はなにもないが」


【 ランブ 】

「それは、つまり……」


【 ミズキ 】

「どちらにも味方はしない――ということでしょう。あの御方らしい判断です」


【 ヨスガ 】

「ふん、誰が権力を握ろうとどうでもいいのだ、あの老人にとってはな。社稷しゃしょくの臣をみずから任じているのだろうよ」


 社稷の臣とはすなわち、国家の安寧を第一に考える者であり、その上に頂く権力者が誰であるかは、さほど重要ではない。


【 ランブ 】

「では、いよいよ……」


【 ヨスガ 】

「うむ――」


 エン・ヨスガは、その端正な唇を引き結んだ。


【 ヨスガ 】

「――勝負の、時だ」

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