天国で喜んでくれてるといいな
私は、人生初の馬車に揺られ王都の貴族街に入っていった。
そして子爵家のタウンハウスらしきところの前で馬車は止められた。
タウンハウスと言っても広大な庭のある豪邸なのだが…。
「降りなさい」
「はい」
私は馬車を降りて、後ろに積んでいた鞄を二つ従者の方から受け取った。
「ついてきなさい」
そういうとジョルト子爵は中に向かっていき、私は急ぎ足で後についていった。
中に入ると流石貴族のタウンハウスで、寮とは比べ物にならない綺麗さだった。
「荷物は玄関に置いて、こっちにきなさい」
私は言われた通りに玄関の脇に鞄を置いて、奥に向かう子爵の後ろを歩いた。
そして応接間のようなところに入ると、奥さんらしき人と娘らしき私と同じぐらいの年齢の女の子がソファーに座っていた。
「そこに座りなさい」
そう言って子爵が指さした場所は、テーブルの脇の床だ。
なんとなく扱いがわかってきた。
私は大人しく床に正座して座った。
すると奥さんらしき人が私をチラッと見て話した。
「なんて汚い子」
それに同調するように、娘らしき女の子が言った。
「お母様、わたくしこんな浮浪者のような子と暮すのは嫌だわ」
「しかしこれで、ウィルオス伯爵のご要望にはお応えできるというわけだ」
ソファーに座る3人は私を見下すように話した。
「自己紹介が遅れたね。私はセイン・ジョルト。このジョルト子爵家の現当主だ。そしてそこにいるのが妻のメリアと娘のアマレーヌだ。アマレーヌは14歳だから、一応君の姉と言うことになる」
「はい。フィオラです。13歳になります」
私が床に正座したまま答えると、
「お母様、本当にこの子13歳なの? 10歳ぐらいにしか見えないわ。みすぼらしい」
アマレーヌはそういうと、成長しだしてきた自分の胸を強調するように言った。
「アマレーヌ、まぁこれには事情があったようだから、もう少しましにはなると思うよ。服も流石に買い与えるつもりだ」
「こんな子にお金を使うなんてもったいない」
「まぁそういうな。これも全てお前の為だ。フィオラ、私のことは子爵様、妻は奥様、娘はお嬢様と呼びなさい」
なるほど。
迎えに来たとは言っていたが、家族として受け入れる気は微塵もないってことね…。
「はい」
「そしてフィオラ。お前は15歳になって成人したら、ウィルオス伯爵の次男のアルジェの元へ嫁いでもらう。それまでは別宅で過ごしなさい。食事は時間になったら使用人に届けさせる。本宅へ踏み入ることは許さない」
「わかりました」
私がそう言うと、奥さんが、
「本当、実は娼婦との間に娘がいるなんて聞いた時にはどうしてやろうかと思いましたけど、今回はしょうがないから許してあげますが、次はないですからね!」
「ああ、わかっているよ」
「フィオラと言ったわねあなた。勘違いしないでね? あなたを子爵家に迎え入れるつもりはありません。あくまでウィルオス伯爵の次男からアマレーヌを守るためよ。そこを取り違えないように」
「はい、わかりました」
なるほど、そういうことか。
ウィルオス伯爵の次男との婚約を一人娘が迫られていて、それをかわすために私はアマレーヌの身代わりと言うことね。
「しかし、今回はあなたの節操のなさに助けられたわ。ウィルオス伯爵の次男と言ったら、15歳の太った赤ちゃんだそうじゃない。未だに使用人の女をあてがって、おっぱいに吸い付いてるなんて噂もあるから、本当どうなることかと思ったわ!」
「いやよ! そんなやつ気持ち悪い! このみすぼらしい女がちょうどいいわ!」
「そうね! 本当、でもアマレーヌも美人なんだから気を付けてね? ウィルオス伯爵の次男に見初められるなんて失態のようなこともうしてはダメよ?」
「わかっているわ。まさかティエル公爵家の夜会のあんなところに人がいるなんて思っていなかったのよ!」
「はぁ、あんたなんでそんな所に行ったのよ…」
「そ…それは! 迷ったのよ!」
「なんでもいいけど気を付けてね…今回はウィルオス伯爵から名前じゃなく娘宛と言われたからなんとかなったけど…」
「わかってるわ!」
このアマレーヌって子何か隠してるわね。
探ろうかしら。
「フィオラ、以上だが何か質問はあるか?」
「特にありません。あ、1つだけ。こちらお返しします」
私はそう言うとネックレスにしていた指輪を胸元から出した。
「確かにそれはうちの領地の紋章が入ってるからな。返してもらおう」
と子爵が手を伸ばすと、
「あなたそんなもの渡してたの! 悪用されたらどうするつもりだったのよ!!」
と奥さんが大きな声をあげた。
「あ、いや、まぁ、なんだ。若気の至りだ。もうそんなことはしないから心配しないでくれ」
「約束ですよ!」
子爵は私が差し出したネックレスを受け取った。
お母さん。
これで、ずっと待っていた人の所へ行けたね。
私これまで頑張ったよ。
天国で喜んでくれてるといいな。
私はそんなことを思っていた。
私がお母さんを思っていると、アマレーヌが話し出した。
「この子に専属使用人はつけるの?」
確かに、貴族の家ではよほどのことがない限り、10歳になったタイミングで一人専属使用人をつけることになっていると聞いたことがある。
「流石につけないと、ウィルオス伯爵への建前が保てないからな。ただ、優秀な人材を準備するほど金も使いたくない…」
「そうよ! そこら辺の奴隷でいいんじゃない!」
「奴隷は流石に身元がな…」
私は閃いた。
「あ、あの、それでしたら一人私の古くからの友人をお願いできないでしょうか? 身元も保証してくれる人がいます」
「ほう、あんなところで暮らしていて、そんな友人がいるのか」
「はい、一人だけですが14歳の女の子です」
「ふむ、一度連れてきなさい」
「わかりました」
「他にはあるか?」
「ありません」
「では別宅行きたまえ。あ、正門は使うな。基本的に裏門から出入りするように」
「わかりました」
「あと貞操はどんなことがあっても必ず守るように」
「わかりました」
私はそう言うと立ち上がり、部屋を出て玄関に置いた荷物を持ち、近くにいた使用人の方に別宅の場所を聞き、玄関から庭に向かい、その奥の小さな森の前に建っている小さな家に向かった。