罪悪感
「遅いわ」
さっきから、部屋で今日の報告が聞きたいとひとり言を話しているのに、リリアもアリオンも来ない。
オフィールに集中するように伝えたのだから、聴力強化で私の言葉を聞き取っているはずなのに。
もしかして何かあった?
私は夜空を見る為に寮の庭に向かった。
リリアとアリオンに何かあって、私へ連絡ができない場合、誰かが塀の穴から緊急事態を知らせる赤い布の入った小瓶を入れておくことになっていた。
庭に出て塀の穴を見ると、穴の下に白い布の入った小瓶が落ちていた。
白い布?
どういうこと?
緊急事態ではないけど、リリアとアリオンが来れないということ?
だとしても、それは緊急事態ではないの??
私はその布の意味することを推測しつつ、小瓶に24個の小石を詰めて外に出した。
今外に出ることはできない。
そして部屋に戻り、オフィールが聞いていてくれてることを祈りつつ、
「今は外に出れないわ。深夜24時。塀の穴のところに来て。跳躍強化で塀を飛び越えて私を連れ出して」
私は落ち着かない気持ちをなんとか静めて深夜を待った。
そして24時少し前に、怪しまれないようにコソっと庭に出て、穴のある塀に寄りかかって夜空を見上げた。
しばらくすると、塀の向こうでザっという音がして目の前にオフィールが着地した。
そして何も言わず私を抱えると、再びオフィールは跳躍して塀を飛び越えた。
うわぁ…飛んでるみたいだわ!
そして塀の向こうに着地するとオフィールは、
「フィオラ迎えに来たよ」
「ちゃんと聞いてくれていたのね」
「ああ。報告が聞きたいってのも聞こえてはいたんだが、ちょっと問題が起こって、リリアとアリオンが出れなかったんだ」
「何が起こったの?」
「後で説明するからとりあえず拠点に来てくれ」
そういうと、オフィールは再び私を抱えようとした。
「待って。あなたはアリオンと違って身体強化は使えないでしょ。自分で行くわ」
「何言ってんだ。自分の体見て言え。フィオラなら身体強化なんて使わなくても普通に抱えられるわ」
「え?」
「子供を抱えるようなもんだ。アリオンだって多分お前を抱えるのに身体強化は使ってねーよ」
そういうとオフィールは私を抱えて、ぴょーんぴょーんと跳躍しながら皆の住む拠点に向かった。
知らなかった…。
私、身体強化とか必要なしで抱えられるんだ…。
そりゃそうか…。
多分外見10歳ぐらいだもんね…。
鍛えてるアリオンやオフィールだったら余裕なのか…。
私はなんともやるせない気持ちになりつつ、オフィールに抱えられながら深夜の街を眺めていた。
そして拠点につくとオフィールにおろしてもらい、急ぎ足で中に向かった。
中に入り、リビングに入ると、ライールさんはじめリリアもアリオンもセリスもいた。
リリアは腕に包帯を巻いている。
「ど、どうしたのリリア!」
「あ! フィオラ! お話に行けなくてごめんね!」
「そんなことはいいわ! 何があったの!」
するとライールさんが話し出してくれた。
「どうも今日の最後の男爵家の配達に裏の組織が絡んでたみたいだ」
「どういうこと?」
「恐らく、魔力感知って言うスキルを持ってる、リディアって言う傭兵と言うか何でも屋みたいな女がいるんだが、そいつが裏組織にやとわれて男爵家の指定の時間に待ち伏せしていたんだと思う」
「魔力感知?」
「読んで字のごとく、魔力の流れみたいなのが見えるスキルで、リリアやアリオンの脚力強化にも魔力を使ってるから感知される」
「そんな人がいるんだ」
「ああ、王都では結構有名なやつで、金さえ積めば表でも裏でもどんな仕事でもうけるやつだ」
「そうなのね」
「リディア自身の戦闘能力はそれほど高いわけじゃないんだが、どうも男爵家も組んでたのか買収されたのかで、裏組織の戦闘員が使用人に扮していたみたいだ」
するとアリオンが、
「すまねぇ。空間把握で使用人がいることは分かってたんだが、まさかそいつが裏組織のやつだとは思わず…」
と頭を下げた。
「それでリリアが手紙の配達にドアに脚力強化で向かったところで、一気にその戦闘員に襲い掛かられたらしい。恐らく目的は、リリアもしくはアリオンの拘束だ」
「なるほどね」
油断したわ…。
一度受けたことあるところだからって警戒が弱かった。
でも今後も同じようなことがあり得るとなると、ほぼどこでも敵みたいになってしまう…。
セリスを連れて行けば解決できそうだが、リリアとアリオンのスピードにセリスはついていけない。
私が考えているとリリアが、
「でもね、アリオンもすぐに駆け付けてくれたし、ライールさんに鍛えてもらってたおかげで何とか逃げれたんだけど、途中でちょっと腕を切られちゃって!」
と、リリアはなんでもないように、テヘへと言う感じで言った。
「リリア、ごめんね…」
「全然! フィオラが悪いわけじゃないから!」
するとアリオンが、
「それで戦闘になって、人数が多かったから逃げ道を作る為にやむにやまれず、俺とリリアが1人ずつ相手をやったもんで、その返り血とかが体やマントについちまって、セリスに燃やしたりしてもらったり、風呂入ったりで行けなかったんだよ」
とあっけらかんと言った。
「え…?」
「いやー、ライールさんに鍛えてもらってて本当によかったよ!」
と、リリアは親指を立てて言った。
「え? え? やったって殺しちゃったの?」
「ああ、そうしないと難しそうだったからな」
とアリオンが言う。
「え…リリアとアリオンが……」
私は絶句した。
するとライールさんが、
「あぁ、なんだ。フィオラは気に病むことねーぞ? 別にやりたくてやったわけじゃねーし、相手も裏組織の人間だ」
と言った。
「そうだぞフィオラ! 相手は悪いやつなんだし!」
「そうそう! 私達ライールさんに鍛えだしてもらってから、いつかはそういうこともあるだろうなって思ってたから!」
とアリオンとリリアは何も気にしていない感じで言っている。
「でも…私がこんなことをリリアやアリオンに提案していなければ…」
「そんなことないよ! フィオラがいなかったらもっと辛かったし、私は今すごく楽しいよ! だから気にしないで!」
「リリア…」
私は罪悪感で押しつぶされそうな心を保つことで精一杯だった。
「で、でも、二人が人殺しになっちゃったなんて…ウッ…うえぇぇぇぇぇ…」
「フィオラ…」
リリアはそう言うと、そっと私を抱きしめてくれた。
物心ついてから泣いた覚えなんてなかった。
泣くつもりもなかった。
自分のことだったら泣くこともなかっただろう。
これまで長い間共にしてきたリリアとアリオンの人生を私が変えてしまった。
二人に人を殺させてしまった。
相手は確かに悪い人間だったのかもしれない。
でも同じ人間だ。
私は自分の手を汚すことなく、二人の手を汚さしてしまった…。
そう思うと、申し訳ない気持ちで私は涙が止まらなかった。
私はリリアに抱きしめられながらしばらく泣いた。