元第5騎士団団長
そして3日後のお遣いの日、急いで掃除と洗濯を終わらせ、セリダさんは朝から出かけたので、私も早めにお遣いに出ても怒られない。
「アジェリーさん」
「どうしたフィオラ? 今日はお遣いの日だね。羊のチーズとひき肉を頼むよ」
「わかった。もう出てもいい?」
「もう? お昼はどうするんだい?」
「今日はいらないわ。少し用事があるから早く出たいの」
「そうかい。一応とっておくから帰ってきたら食べな」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
私はそう言うと、いつものお遣いのカゴを持って寮を出た。
昨日の夜にリリアには、今日はセリダさんが朝からいないから早く出られる旨を伝え、待ち合わせの時間を早くしてもらった。
いつもの木箱のある小道に向かうと、既にリリアとアリオンがいた。
「よっフィオラ」
「フィオラおはよ!」
「2人ともおはよう」
「んじゃ早速店見つけに行こうぜ」
「了解!」
「アリオンよろしく」
「あいよ」
そういうと私はアリオンに抱えられ、少し慣れてきたとはいえフッという浮遊感と共に景色が絵の具のように流れ出す。
そしていつもより長い時間、絵の具の中を進むと、景色が止まった。
このいきなり止まる感覚はまだ慣れない…。
「ここら辺だと思うんだけどな」
「お肉屋のおばさんが言うには確かにこの辺よね~」
そこは、街外れのどちらかと言うと収入が低い人達が多く住む、下町みたいなところだ。
王都の貴族街は石畳で綺麗な街並みなのだが、ここら辺まで来ると、今にも壊れそうな木造の家が多く、道も土のままだ。
「とりあえずお店っぽいものがないか探しましょ」
そう言って3人でその道を歩いていく。
暫くすると、お店と言うか、玄関に壊れかけの看板がぶら下がったお店のような建物を見つけることが出来た。
「こ、これか?」
「お店? 潰れてるんじゃないの? 看板に名前もないよ?」
「アリオン、空間把握して」
「おっけー…中に成人男性一人だな」
「入ってみましょう」
ガリガリでボロボロの洋服の私を先頭にお店のドアを開けると、中にはテーブルが4席ほどあり、カウンター前には椅子が4つ並べられている。
「店は夜からだよ」
カウンターで何か作業をしているおじさんがこっちを見ることもなく話しかけてきた。
「あのー!」
リリアがそう話しかけると、おじさんは顔をあげた。
「なんだい? 子どもの来るような店じゃないよ」
「あのー! おじさん強いんですか?!」
リリアが直球で聞いた。
「…なんのことかね」
「なんかおじさんが強いって噂を聞いて、鍛えて欲しくて来ました!」
リリアは要件まで伝えてしまった。
交渉とかそう言うの一切しないんだね…。
「他をあたってくれ。見ての通り、片足動かないからそんなことできないよ」
おじさんはそう言いながら、カウンターに立てかけてあった杖をついて、カウンターの中から出てきた。
確かに左足が動いていないように見える。
「動かなくても教えることはできるじゃないですか!」
とリリアが言うと、
「そもそも教える強さなんて持ってないよ。人違いだ」
とおじさんは言った。
私はカウンターから出てきたおじさんを見て、目に魔力を集め出した。
剣術
硬化
強化…回……復
私はそこまで読み取って下を向いた。
すごい! スキル3つ持ちだ!! 初めて見た!!!
しかも剣術スキルなんてどう考えたって強い。
硬化はちょっとわからないけど…。
でも強化回復ってあったから、足治せるんじゃない?
何か治さない理由がある??
も、もしかして知らない????
だってスキル3つ持ちなんて歴史的な偉人で伝え聞くぐらいで、実在したらこんなところでこんな仕事やっているわけがない!
私は3つ目を知らないという前提でおじさんに話し出した。
「おじさんスキル二つ持ってるね。剣術と硬化」
と私が言うと、おじさんは目を見開いた。
そして鋭い目つきになると、動く片足だけで踏み込んで私達の目の前に来た。
「どこで聞いた」
「聞いていないわ」
私は少しびっくりしながらも平然を装って話をした。
「ではなぜ知っている。硬化は一部の人間しか知らないはずだぞ」
「それは教えられない」
「吐かせてもいいんだぞ?」
「教えてあげてもいいけど条件があるわ」
「なんだ、鍛えろってか?」
「そうよ」
「お前は無理だ」
「私じゃないわ。この二人を鍛えて欲しいの」
「なんで鍛えて欲しいんだ」
「それもこれも全てを教えるには、秘密を守れる人かどうかを私達は知りたい」
するとおじさんは私の顔をじーっと見て、
「ふはは、中々面白い奴隷だな」
「奴隷じゃないわ。フィオラよ」
「なんだ、後ろの2人の奴隷じゃないのか」
「違うよ! フィオラはすごいんだから!」
「おい、リリア」
そういうとアリオンがリリアの口を押えた。
リリアは私のことを奴隷と言ったおじさんに怒ってるのか、「ムー!ムー!」とじたばたしてる。
まぁアリオンから逃げられることはないし…私はそう思い、おじさんを向いて話し出した。
「そういうわけで奴隷ではないわ」
「わーったよ。悪かったな。俺はライール。元王国第5騎士団団長だ」
鍛えてくれるには最高の人じゃない!
「どうして元騎士団長様がこんなところで酒場をやっているの?」
「まぁ要はあれだ、俺は騎士団から逃げたんだ。あの組織から」
「どうして?」
「もう長いこと戦争もねーこの国の騎士団は腐ってる。賄賂だの汚職だの、本当腐りきってる。最近は暗部が頑張ってるみたいだが、俺の時代のひどさはもう目も当てられたもんじゃねぇ」
「そうだったのね」
「そんな中で平民だけどスキルを持っていることがわかり、騎士団に取り立てられ、スキルの相性もよかったから、騎士団団長にまでなった」
「すごいわ。物語みたい」
「今でもその時仲良かった同じく平民上がりのやつが頑張ってはいるがな。それで俺は騎士団団長同士の将軍争いに巻き込まれるわけだ」
「将軍?」
「全騎士団のトップだな。俺はそんなの興味もなかったんだが、他は貴族上がりの坊ちゃんばかりで、そのうち俺を蹴落とそうとあることないこと噂を流された」
「あり得そうな話ね」
「それで、もううんざりしてた頃に、ある魔物退治でこの足をやっちまってな、もうこれ幸いと思って、逃げるように騎士団を辞めて、ここで酒場を開いたってわけだ」
「それでもスキル二つ持ちを、王国が見逃してくれるとは思わないわ」
「あぁ、最初はうまく巻いたが今はもうバレてるだろうな。ただ、その頃から暗部の活動が活発化してきたから、一旦泳がせてもらってるんだろうよ。無理やり連れてってもあっちも意味ないしな」
「なるほど、騎士団には回復術師もいるでしょ? 足は治せるんじゃないの?」
「まぁ相当高位のやつならできるだろうな。今でこそ傷はふさがったが、中の骨と腱がズタボロだから、並みのやつじゃ無理だ。そうなると騎士団にいないと無理だ」
「なるほどね」
「だから足はこのまま。まぁでも今の生活の方が気楽でいいから、このままでいいと思ってるぜ」
「そうなのね」
なるほど。納得だわ。
王国の内部がそんな状態だってことは初めて聞いたけど、それはうんざりしそう。
私はおじさんの話を聞いて、他人事ながらなんだか面倒くさい気持ちになった。