スキル無しで魔力微小
「なんて汚い子」
「お母様、わたくしこんな浮浪者のような子と暮すのは嫌だわ」
「しかしこれで、ウィルオス伯爵のご要望にはお応えできるというわけだ」
私はテーブルの脇の床に座らされており、ソファーに座る3人は私を見下すように話した。
私はフィオラ13歳。
今日からはフィオラ・ジョルトか…。
ここはジョルト子爵家の応接間。
私は今日からこのジョルト子爵家の次女となった。
私の本当の母は、私が5歳の時に病気で死んだ。
それから私は、かつて母と住んでいた娼婦専用の寮に住まわせてもらっていた。
娼婦専用の寮と言うだけあり、母も娼婦だった。
私はお客さんとの子どもで、いつかそのお客さんが私達を迎えに来てくれると母は話していた。
母は、私のことを殊更可愛がってくれたわけではないけど、別に邪険にもされていなかったと思う。
特に理不尽な暴力を振るわれたような覚えはない。
逆に何かいいことをされたわけではなく、母は夕方に起き、夜に部屋を出ていき朝に帰ってくるため、私とはほとんど真逆で生活の基本全てを4歳の頃には自分でやっていた。
母との会話もほとんどない。
今思えば、いったいあの年までどうやって育てたのだろう…。
もういないから聞くこともできないけど。
私は基本的に寮の外に出ることは許されず、唯一出ていいのは塀で囲われた寮の庭の洗濯物を干すところだけ。
たまにお昼に起きているお姉さんに遊んでもらったりしながら、全く贅沢はできないが普通に暮らしていた。
しかし、私が5歳になろうという頃に、お母さんは何かの病気にかかり寝たきりの生活になった。
私はお母さんの看病をしながら、病気が治るようにと食堂のアジェリーさんにお願いして、体にいいものを内緒でわけてもらったりしていた。
しかし、医者に見せるようなお金もなく、母の病状は悪くなる一方で、私が5歳になって半年が過ぎた頃に死んだ。
それから私は孤児院に送られるのかと思ったが、なぜかそのまま寮に住むことになった。
まぁその理由は後でわかったんだけど…。
寮の管理人のセリダさんに、
「寮の洗濯や掃除をすることでここに住ませてやる。孤児院は劣悪な環境だから、ここの方がまだましだから」
と言われ、よくわからなかった私はそのままセリダさんに言われた通りに洗濯や掃除をすることでその部屋に住んだ。
ここはリオルダート王国の王都リオレイア。
王国の東の山脈を挟んで隣には、この大陸で一番大きい国と言われる、ジュート帝国がある。
リオルダート王国は、東にそびえたつ大山脈と西を海に守られ、その間に広がる平野では多くの作物が育ち、山脈の坑道からは希少なミスリルが取れることもあり、これまでに大規模な戦争がなく比較的平和に発展してきた。
「フィオラ早くしなさい」
「はい、すいません」
「1階を掃除したら、お遣いに行ってくるのよ」
「はい、わかりました」
「しかしなんで子どもだけ置いて死ぬかねぇ」
セリダさんはそう言うと部屋を出ていった。
私は、食堂からもらってきた朝ごはんの固いパンと薄いスープを急いで食べると掃除の準備を始めた。
食べ終えて、掃除用具置き場に向かい、私は雑巾を持って掃除を始めた。
すると外出するのかさっきとは違う服装のセリダさんが、掃除をしている私を見かけると、
「ったく魔力がもっとあるか、スキルでも持ってりゃ他にもできることがあるって言うのに、あんたは本当グズだねぇ」
「…すいません」
私はそう言って、少し嬉しい気持ちを隠すように謝った。
この世界には魔力が存在し、魔法が存在する。
そしてそれとは別にスキルという、神様から与えられるという特別な能力がある。
魔力は大なり小なり全ての人が保有しているが、スキルは一部の人しかもっていない。
お母さんが死んで、私はセリダさんに連れられて教会に向かった。
教会には、スキルの有無と保有している場合はそのスキルの詳細が鑑定できる水晶が置いてある。
スキルの有無は、教会にしかないこの水晶でしか判別できない。
当時の私は人生で初めての寮の外に、お母さんが死んだことも忘れて少しワクワクしていた。
そして言われるがまま、水晶に手を当てたが何も起こらなかった。
そして、私はスキルを持っていないことが告げられ、セリダさんは落胆して私を乱暴に引っ張り寮に戻った。
魔力に関しても、セリダさんに言われ、魔力をほんの少し込めると暫く光ってくれる魔道具に言われた通り力を込めてみて、私は激しい頭痛に見舞われその場で倒れた。
そうして、そのまま2日ほど眠り、起きてセリダさんに、「スキルもなければ魔力も非常に少ない」と言われ、小さい私は「そうですか」とだけ聞いて、特に何も思うことはなかった。
6歳になり、掃除や洗濯に慣れてくると、食堂のアジェリーさんやセリダさんからお遣いを頼まれるようになった。
最初はアジェリーさんに連れられて、市場を案内してもらい、アジェリーさんの馴染のお店の人に顔を覚えてもらった。
そしてすぐに1人でお遣いに行くようになった。
1人でお遣いに行くと、あんまり長居はできないけど目的のお店だけじゃなく、色んな人やお店が見ることが出来て、すごく楽しかった。
目的のないお店に入ったりはしないけど、店先を見るだけ楽しい。
私が知らないものがこんなにいっぱいあるなんて!
そうして、お遣いは私の小さな楽しみとなった。
私は掃除を終えてお遣いのメモとカゴを持って寮を出た。
本当はもっと自由にお店の人と話してみたいけど…私のことを知らない人は、私みたいな恰好の子どもをお店にいれてくれたりしないから…。
長く伸びた白髪のような髪の毛に、いつもと同じ穴の開いた麻の洋服。
どこからどうみても商品を買えるようなお金を持っているようには見えない。
むしろそれどころか、お店の物を盗んだりしそうだ。
私は、少し残念な気持ちになりながらも、それでもやはり街は楽しいので、ウキウキしながら今日のお遣いに向かった。