第八話
目が覚めると、白い光りが視界いっぱいに広がる。
徐々に色を取り戻し、ぼんやりと形を取り戻していく。
私を覗き込んでいる二つの顔。
綺麗な赤い髪の男とあどけない少女の顔。
どちらも見たことの無い顔が心配そうに見ている。
「ど、どうだ、気分は?」
近いのに、遠くから聞こえる。
「まだ、意識がはっきりとされてませんから。無理に答えなくてもいいですよ」
交互に喋る。
何を言っているのかは分かるが、体が重く答えるのがしんどい。
声を出そうとすると、咳がでた。
「ほら、無理させちゃダメですよ」
「いや、そんなつもりは無かったんだが」
「無理しなくてもいいですからね。何か御用があればいつでもお呼び下さい」
男の手を引いて出て行く。
扉が閉まる音と共に、再び目を閉じた。
これは夢なのか・・・・・・。
月も星も無い真っ暗な夜。私の目の前には、同じ村に住む男達が武器を手に、殺気だって私を見ている。
口々に私を、悪魔、と呼び叫んでいる。
なぜ・・・・・・?
その場から逃げ出しても、助けて、と叫んでも誰も助けてくれない。
昨日までの・・・・・・友達さえも。
村から逃げ出し、深い深い山奥に逃げ込む。
後からは大勢の足音と赤々と火の行列。森の中に身を隠す場所は無い。
手を切り、足を痛め、服を破いて、上へ上へ頂上へと登る。
夜闇の中に白い建物がぽっかりと浮かんでいる。
『ロフェン大聖堂』
私達が信仰している、偉大な火を司る火の一族『ロフェン』を崇めている。
竜退治や邪悪なモノどもとの数多くの戦いを繰り広げ、邪神『ラルクアード』との戦いで私達が住む『楽園』を守護した英雄。
今、逃げ込むのはこの神聖な聖堂しかなかった。
足音は近づき、逃げるにも道は無く、その建物へと逃げ込む。
重い扉を開け、中へと入り込む。
足がもつれ、赤い絨毯の上に倒れこむ。
「聖堂に逃げ込んだぞ!」
声が聞こえ、もがいて先へと進む。
ロフェン様の石像が奥に設置されている。
優しく微笑むその顔を見ると、守られている様に安心する。
「いたぞ!」
一瞬の安らぎ。一心にロフェン様に祈る。
何故こうなったのか?
どうすればいいのか?
私はどうなるのか?
沢山の足音が近づくにつれて、私の心は恐怖と絶望が支配していく。
「この、悪魔!」
罵る声と共に鈍い痛みが体に走る。
それは雨の様に降り、風の様に全身に感じる。
やがて、痛みは薄れ、意識も途切れがちになる。
歪む視界で見たのは、優しく微笑むロフェン様の顔。
意識がぼんやりと戻った時は、辺りに気配は無かった。
ただ、赤く染まった光りに覆われていた。
痛む体にひりひりと伝わる熱。
ここに居ては。
そう思っても体は動かず、ただただ見ているだけ。
「なんで」
頬に涙が伝わる。
「知りたいか?」
私を見下ろす声。
その声には聞き覚えがある。
「二十年前。私を拒んだだろう。その報いだ」
二十年前。そんな昔の事・・・・・・。
「その時、お前に不老の呪いをかけた。何故だか分かるか?」
・・・・・・。
「お前がそれを望んだからだ」
思い出した。
確かに私はそれを望んだ。
子供の頃から好きだった彼に振り向いて欲しくて・・・・・・いつまでもこのままでいたい、と。
「それに答えたのは私だ。こうなる様に願ってな」
嘲る様に笑う声が頭から降ってくる。
「予測通りに進んで良かったよ。なかなか楽しかった。最後に一つ、教えといてやる。お前の両親も悪魔崇拝者とやらですでに・・・・・・」
そんな・・・・・・。
「その顔が見たかった」
笑い声を残して、気配が消えた。
色んな感情が巻き起こり、色んな過去が蘇る。
友達と遊んだ事、両親と過ごした日々。恋心。
それらを全て、奪われた悔しさ。失った後悔。
ばきばきと音を立て崩れる聖堂。
意識が薄れていく。
壁が崩れ、外の景色が見える。揺らぐ炎の向こうに人影が見える。
それは大好きな彼にも見える。手には赤い炎を持ち、私を睨んでいる。
私は何の為に願ったのだろうか。
こうなる為に・・・・・・?
もう、私には分からない。
ただ。違うのは、こうなりたくなかった事だけ。
貴方の近くに居たかっただけなのに。
ふわりと体が浮いた。
壁の向こうの顔が驚いている。
口々に何かを叫んでいるが、私には聞こえない。
「間に合ってよかった」
優しい声色。
何が、間に合ったの?
「早くこの場から去りませんと」
「あぁ」
近くからも声が聞こえる。
また、体が浮いて、意識は暗い闇に包まれた。