第三十話
廊下を曲がった瞬間、体が動いた。
赤く濡れた長刀が目の前で不気味に輝いている。
「初手を止めたのはキミが初めてだ」
笑う顔が狂気が浮かんでいる。
「お前が」
体格はロナと変わらないだろう、それなのに鍔迫り合いを押し返す事が出来ない。支えるだけで精一杯だ。
向こうは片手、こっちは両手の剣。それでもだ。
ぎりぎりと音を立てる剣。
左剣を引いて、右肘を曲げる。そのまま長刀は剣の上を滑っていきがら空きになった背中を狙うが、倒れ様に反転して切り上げてくる。左剣で受け、右剣を突き出す。
僅かに逸れて顔の横を突き抜ける。
床に倒れ、すぐさま立ち上がり距離を取る。
右剣を一文字に、左剣を突き出せるように引き絞って相手の出方を待つ。
相手を改めてみると、ロナと変わらない体格。
右手に持っている長刀の切先が床に触れている。背には杖を背負い、無感情な目で俺を見ている。
コイツの剣が闇を作り出すことは前に見た。
気をつけるのはソコだけだと思ったが、腕もある。
攻撃するごとに鋭くなる剣閃。
よくもまぁ、長刀をぶんぶん振り回すものだ。
振り回すだけではない。その一閃が風を斬るたびに鋭さを増している。
長刀の長さで大降りになるから避けられているような感じだ。
しかし、反撃のチャンスはある。次の行動に入る直前に隙が出来る事を発見した。
それにこれだけの剣を振り回すにも体力はいる。体格差が体力差だとは思わないが、それでも俺が有利な筈。それまでは最小限の動きで避け続ける。
少し緩慢になったか?
さすがに疲労は誤魔化せない。
次の攻撃を避けたら反撃に入る。
左からのなぎ払いをしゃがんでやり過ごし立ち上がると同時に前に踏み込んで右剣で切り返しを防ぎ、左剣を突き出す。
目の前が真っ暗に染まる。
しまった、と思った瞬間に鈍い痛みが顔と背中。ほぼ同時に感じた。
視界が開ける。ぼんやりと浮かぶ影が立っている。その影は何かを振り上げる動作をしていた。
私は感情の動くまま体を動かした。
響く剣戟。一合二合と打ち合い、踏み込んで鍔迫り合いに持ち込んで突き飛ばす。
「トモ、無事か?」
仰向けに倒れているトモに声をかける。
「あぁ」
疲れた声だが、傷も大した事はなさそうだ。
「動けるのなら、そこから医務室へ。悪いが」
言い終わる前に、少年が踏み込んでくる。
剣を受け止めて、
「お前を庇う余裕が無い」
また弾き飛ばして、少しでもトモとの間に距離を取る。
後でトモが立ち上がり、立ち去るのを待つ。
「邪魔、しないで欲しいな」
剣を切先を後に構える。
「妙な構えだ」
くすくす笑う少年。その顔はロナと同じ年頃に相応しい。
闘志が揺らぎそうになるが、威を振るい突進する。
右手を振り抜いて、そこから右肩に向かって斬り上げる。軌道をなぞる様に斬り下げて長刀を打ち据える。
廊下に響く剣戟。一歩一歩と踏み込んでは斬りつけるが、決定的な攻めにはならない。
攻めているのに守っているような感覚。この妙な緊張が不気味に増してくる。
「さすが近衛隊長」
防戦一方の余裕。攻める気が無いからこその余裕なのか?
「剣に迷いがあるね」
不意の一言に気を取られた。
一瞬の迷い。それを逃さず、右肩に長刀が突き刺さる。