第二十七話
レーリアス伝説。
リレーウェンでは誰もが知る物語。
遙かな昔。神が地上から去り、各地に人間の国家が乱立し争っていた時代。
戦火はここリレーウェンにも広がり、地上は果てなく燃え盛っていた。
ロクレスを中心にいくつもの小さな島から成り立つこの国は海を赤く染めるほど、長く闘ってきた。
その中で優勢だったのがロクレス。諸島第一の広さ、人材と資源の確保それに大国との交易で有利に進めてきたが、軍民一体となった要因は、ロクレス北部に構えるシュノアードに築かれた祭壇。
我等に神の加護を。彼等に神罰を。
ロクレスの守護者『海原のフォンテ』への信仰を戦意へと変え、島々を赤く染めていった。
ロクレスの統一間近に、大いなる災いが諸島を襲う。
堕神の尖兵。巨人の襲来である。焔を身に纏い、歩けば大地が燃え吼えれば炎が燃え盛る。
間近に迫った諸島滅亡の現実に戦争を忘れ、悲嘆に沈む人々を守る為に少女が絶望的な戦いを挑む。
その勇気は諸島に広がり、巨人と諸島との戦いが幕を開けた。
海が燃え、島が踏み潰される。見せ付けられる圧倒的な破壊力にそれでも怯まず闘い続ける戦士達。
剣を持ち、槍を構え、矢を放つ。炎の暴力には水の癒し。
一週間が過ぎ、一月が経った。
巨人の体にも傷跡が目立ち、諸島の戦士達も少なくなった。
レーリアスはフォンテに祈りを捧げる。諸島の脅威を取り除く為、今日も命を賭けて闘う戦死の為に。
奇跡か偶然か。レーリアスの頭に道が示される。
「是を手に炎を沈めよ」
確かに聞こえた声に従い、森に入り山を越え、祭壇の奥にある真っ暗な洞窟を明かりも無く迷い無く進む。
暗闇に蒼く輝く杖。
「この力を使い、かのモノを海に。しかし、代償は軽くは無い」
凛とした声に手が震える。
そっと触れた杖。ぼんやりと鈍い光が触れた瞬間強くなる。
目を閉じ、覚悟を決める。
しっかりと握った杖はより強く輝き、闇を払った。
洞窟を走りぬけ、森を山を駆け抜ける。
海上での激戦。巨人が動くたびに波が押し寄せ船が飲み込まれる。次第に数が減り巨人が上陸する。
気をなぎ倒し、家を踏み潰す。現れてから場所が違うだけで毎日繰り返す光景。
この日は違った。
多くの戦士を下がらせて、杖を掲げもつ少女が一人、巨人に対する。
眼前の暴者に恐れも無く堂々とした姿。
一歩、一歩と巨人に歩み寄るにつれそれに呼応する声が聞こえてくる。
杖を巨人に向け右から左へと振り抜いた瞬間、巨人を遙に越える津波が島を飲み込んだ。
一瞬の津波。津波が去った後は何事も無かったかのような光景。
踏み荒らされた村、焦げた草原。違うのは巨人が消えた事とずぶ濡れの少女。
その場に座り込む少女に駆け寄る戦士達。
歓喜の声が諸島に広がるのに時間はかからず、少女はその日から『海神の御子』と呼ばれるようになった。
「これが、レーリアス伝説の概要かな」
扉の向こうに入った瞬間、さっきまでの仲間が剣を向けてきた。
それは当然の行動だったからボクも驚きはしなかったし戸惑う事も無い。
躊躇い無く刃を交え、今残っているのは、
「ち、頼りないヤツ等だ」
ヴァト一人。
「経験の差じゃない?」
「だな!」
ヴァトの斧が縦横に振り回されている。
狭い場所でもヴァトほどの膂力があれば、壁や天井を巻き込んでもその勢いは少しも減らないだろう。
ボクはその斧を長刀で受け止める、が弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられて、体勢を立て直す間も与えない連撃。
長刀に意志を通して、闇を一瞬だけ作り距離を取る。
「受けるなんて無茶だったな」
ヴァトの目に凶暴と冷静が同居している。
闇に頼っていてはダメだな。
握りなおし構える。正面から立ち向かう。
斧を流し、振り払う。服一枚届かない攻撃。ヴァトの攻撃は流し隙を狙う。
受けなければ対応できる。ボクの攻撃も後一枚届かない。
攻守の入れ替わりが激しく一瞬の気の緩みが勝敗を決するかもしれない。
技量、力は彼、速さは若干・・・・・・ボクかな。それでも前者二つほどの差は無いな。
まだ状況を判断できるだけの余裕はある。
相手も闇を警戒しているだろう。だが、発動すれば余計に集中させてしまうし、こっちの体力もすり減る。下手すればボクにとって最悪の状況になりかねない。
横目で杖を見る。距離はボクの方が近い。
立ち向かい一閃なぎ払い杖に向かう。ボクの行動に釣られて斧を振りかざし追ってくる。
今までとは違い狙いは曖昧な攻撃、彼は理性ではなく本能で動いている。
精一杯体を伸ばし杖を手にする。外した一撃を立て直す速さ。しかし、狙いは更に甘くなっている。
焦りと混乱。そこに凶暴な理性は無い。
振り向き様に彼の眼前を闇で覆い、掴んだ杖を眼前に翳す。
淡い光でも闇から光への反転は視界を白く染める。
その瞬間がこの闘いの決着となった。
「まずは一つ」