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フィクションなので細かいことは気にせずお楽しみください
「ちょっとどう言う事なのよ遼馬!!」
聞き慣れた、キンキン高い耳障りな大声が背後からした。豪華な鉄製の門戸がガシャンと音を立てて乱暴に蹴り開けられ、そのままの勢いで俺に向かってきた女が掴みかかって来るのを……俺は動きを読んで寸前でかわした。
「何……してんのよ!」
「胸ぐらを掴まれそうになったから避けただけだ」
「そんな事言ってんじゃないのあたしは……! あぁもうそれより、引っ越すってどう言う事よ!!」
「その言葉の通りだ、引っ越すんだよ、俺は」
どこにでもある一般的な民家の前に駐車されているのは単身用の引越しのために手配した幌付きの軽トラだ。一番大物のベッドとタンスにデスクは乗せたので、俺は一息ついていた。後は段ボールに小分けした服や私物が少々あるだけなのであの人でも十分運べるだろう。
俺の生家である民家の隣に建っている豪邸、ここの一人娘が、今俺の目の前で顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている女……舞香である。
俺はわざと煽るようにため息をつくと舞香と向かい合った。
「引っ越すって何?! あたし何にも聞いてない!!」
「言ってないからな」
「梨奈おばさんも、遼馬から何も聞いてないって……っ」
「ああ、当然、母さんにも話してない。お前に隠してる意味がなくなるだろ」
「っ!! 何でこんな勝手な事してんのよ!!!」
耳がキーン、となる程の大声で俺を怒鳴りつけた舞香は、その可愛い顔を歪めて全身で「怒り」を表現して荒ぶっていた。今の荒れ狂うゴリラみたいな姿、学校でお前を「天使」とか「舞香姫」なーんてちやほやしてる男どもに見せたらドン引きするだろうな。録画しといて見せてやりたいよ。
慌てて家から出てきたうちの母さんとお前の母親も絶句してるぞ。
暴君……俺にとって舞香はそうとしか言い表せない存在だった。
国民的漫画に出てくる、例の「暴君」の代名詞にもなっている少年なんて可愛いもんだ。暴力を振るうことはあれど、仲良くしてるような描写もある。第一主人公君は彼の事を友達と認識していたし、映画では基本いい奴になっている。
クラスメイトや先生達は、俺の訴えを一切聞き入れずに「幼馴染み」「夫婦」「カップル」なんて勝手に呼ぶけど、俺にとって舞香が「暴君」でなかった瞬間なんて無い。
俺は常に怯える立場で、舞香は常に支配者だった。「舞香」って親しげに呼び捨てするのだって、周りから仲が良いと誤解されたくなくて当初俺は「まいかちゃんらんぼうだからもう仲良くしたくない」って必死に抵抗したのに叩く・砂をかける・髪を引っ張る、と俺が「うん」と言うまで痛めつけて無理矢理頷かせただけ。
美人で可愛くて世話焼きの幼馴染みなんて羨ましい、と言われるたびに何度「許されるなら赤の他人になりたい」「お前にやるよ」と思ったことか。
そう言うと、「さすが、余裕だな〜」「もう夫婦じゃん」なんて余計茶化されて、さらに腹の底がムカつく思いをするのを学習してからは黙って聞き流していたけど。
生まれた時から隣の家に住んでいて、物心ついた時から俺は舞香と一緒に過ごす羽目になっていた。これも全部、うちの母親が舞香の母親……由美おばさんと「親友」だから。同じ時期に家を建てて同じ時期に子供ができた二つの家庭は家族ぐるみの付き合いをする事になった、どこにでもあるような話だ。
生まれてきた子供二人が、片方を虐げ支配する暴君にならなければ。
幼稚園の時は、俺を独占したい舞香が俺と遊ぼうとする女の子を突き飛ばして怪我をさせた時、俺のせいにされた。舞香はその時から口が回って、怪我をしたその子が「舞香にいじわるしようとしたのをりょうちゃんが助けてくれたの」という事にされて、俺は何もしてないのに「舞香を守ろうとしたのは良いけど怪我させちゃダメだ」と怒られた。
巻き込んでしまったあの子には今も申し訳ない事をしたと思っている。
小学校に上がった年、欲しくて欲しくて良い子にしますって手紙も書いてやっとサンタクロースからもらったゲーム機も、「ゲームしてばっかで舞香と遊んでくれない!!」とすぐに舞香に叩き壊されて、母さんには俺が自分で壊したと告げ口された。舞香がやったと言っても信じてもらえず、食い下がったら嘘つき扱いされて叩かれた。
男子の間でカードゲームが流行った時も、激怒した舞香のせいで友達を失った。
カードゲームを介して男友達が出来た俺は、怯えずに済む対等な友達と遊ぶのが楽しすぎて放課後はそいつを含めた男子数人とばかり遊んでいた。恐怖の対象でしかない舞香から離れたかった俺は、カードゲームを理由に舞香を遠ざけた。
そのすぐ後だ、俺と当時一番仲の良かった友達、やっちゃんのランドセルから学校に本来持ってきてはいけないそのゲームに使うカードが出てきたのだ。それを担任にチクったのは俺だと言うことになっていた。
やっちゃんは自分のじゃないって言ってて、俺もやっちゃんのデッキに見たことないカードだし、レアでも何でも無い、見せるにしてもわざわざ持ってくるようなのじゃなかったし、俺は告げ口なんてしてないって言ったのに「いいんだよ、友達が間違った事をしたのを注意するのも立派な勇気だから隠す必要なんて無い」と間違った正義感を振りかざす担任の後ろで、やっちゃん達に「裏切り者」って俺が睨まれてるのを見つめながら舞香がニヤーっと嫌な笑顔を浮かべていた。
この頃から勝手に舞香が俺の彼女みたいな顔をするようになって、「遼馬はしょうがないなっ」「遼馬の相手してあげるのなんてあたしくらいなんだらね」なんて言いながら余計なお世話をやいてくる。
俺が面と向かって「何で頼んでもないのにこんな事するんだよ」なんて聞けば「言わせないでよ!」なんてガチの拳が飛んでくるので聞くのも怖くなった。暴力系ツンデレが許されるのは物語の中だけだし、舞香の発言があまりに似てるせいで、漫画とかに出てくる普通のツンデレも無理になった。
外面が良い舞香は人前で暴力はふるわない。「ちょっとヤキモチ妬きだがそこも可愛いツンデレ幼馴染」扱いで、俺は何度「ツンデレなんて言葉で言い表せるような可愛い存在じゃない」と叫びたかったか。
周りは俺と無理矢理ペアで委員会や係を組ませたり、常にセットで扱おうとしてくる。俺はその度に否定したが誰もまともに取り合ってくれなくて、苦痛でしか無かった。
中学に上がったら部活も勝手に指定され、パソコン部に入りたかったのにバスケ部に勝手に入部届けを出されて、転部しようとするとまた舞香がめちゃくちゃに切れる。バスケなんて好きでも嫌いでもなかったけどこの日から大っ嫌いになった。
違う小学校から来た同じクラスの子に告白されたって話をどこかから聞いた舞香にめちゃめちゃに怒られて、殴られて鼻血を出して保健室に行く羽目になった。いつの間にか俺はその「告白してきた子をこっ酷く振った最低男」にされてたのを、幼馴染みだからってそんな俺の世話をやく舞香は良い奥さんになるな、手放すなよって先生にわざわざ言われて初めて知った。
部活は入れなかったけど、同じような趣味の友達が二人出来た。背が高いってよく言われる俺より背が高い、けど俺の半分くらいの細さしか無い谷くんと、背が小さくてぽっちゃりしてる山城くん。小学校からの幼馴染みだって聞いて、いいなぁ俺もこんな友達が欲しかったって羨ましくなって。二人にも混ざってパソコンのマイナーなフリーゲームの話をするのがすごく楽しかった。
それもぶっ壊したのは舞香だった。舞香は「あんなキモオタ、遼馬の友達に相応しく無い」って絶交するように求めてきて。舞香は自分の周りにいるような騒がしい運動部の男子みたいな奴とつるんで欲しかったらしいんだが、陰キャでコミュ障気味の俺には無理な要求だった。舞香に辞める事を許されずに続ける羽目になっているバスケ部でなるべく人と会話せずに影薄く過ごすだけで、体育会系との接触はお腹いっぱい。
そんな俺の返事に満足しなかった舞香は「またやった」。
俺の友達の谷くんと山城くん、二人はロリコンで、ヤバイ画像も持ってるって情報提供があったって。先生が二人の自宅まで行ってパソコンの中を確認する所までしたそうだ。
そんな事あるはず無い。だって二人とも、ちょっとグロいシーンがあるからってR15になってるゲームは律儀に避けて「来年やるんだ」ってブクマしてるくらい真面目なのに。「俺達はいいけど、守らない奴がいたって迷惑かかるのはゲームの作者さんだから」って言ってたくらいなのに、そんな二人が年齢制限のかかる画像を集めてる訳が無い。
パソコンの中にそんな画像が入ってるって、俺が、その情報提供者になってるとも二人から聞いた。
画像自体そんなもの持ってないと本人だから分かってる二人がそもそもの話に違和感を覚えて、こんな話の容疑者にされたにもかかわらず俺に事情を聞いてくれた。二人から全て聞いて、舞香を問い詰めて真犯人が分かったは良いものの、舞香が二人を冤罪にかけたって話を信じてくれる人は周りに誰もいなかった。
二人のパソコンの中にやばい画像を見た、それを俺が舞香に話して、舞香が先生に相談して発覚したと、それが真実にされた。俺が後から何を言っても、画像を消して証拠隠滅した二人を庇ってるだけ、って。
二人は俺はそんな事言ってないって信じてくれたし、舞香が……みんなが言うような奴じゃないって初めて分かってくれる人になったけど。
「ごめんだけど遼くん……俺達はもう一緒に遊ぶの出来ないよ……」
「いや、遼くんは悪くないんだけどさ……あの姫月さんがくっ付いてるの考えるともう友達でいるの無理だよ……今度何されるか分からないし……」
「……ああ、そうだな……ごめん、俺のせいで迷惑かけて……」
二人は悪くない。俺は落ち度があった。あの舞香への警戒を怠って、二人に迷惑をかけてしまった。いや、なんで俺がこんな思いをしなきゃいけないんだ。あの女が全部悪い。
高校は、舞香から逃げようと男子校に行こうと思ったのだが、それを知って相当怒った舞香が何度も俺を殴って物を投げて壊して、それでも進路を変えると言わなかった俺にあっちとこっちの家族を巻き込み大騒ぎした。
結局高校の入学には保護者の同意が必要なせいで、俺は母親から「舞香ちゃんと同じ高校に行くこと」と命令されたため嫌々また舞香と同じ学校に通う羽目になった。
高校でも俺の人権は舞香に尊重されない。友人を作るにも舞香の許可が無いとダメだって、人間関係をめちゃめちゃにされて、俺への告白は舞香が彼女ヅラをして勝手に断る。
スマホはロックをかけずに舞香がいつでも見られる状態にしておかないとまたブチ切れるし、朝は勝手に部屋に入ってきて許可を取らずに俺にベタベタ触って起こすし(それを防ぐために過去に鍵をかけたらまたブチ切れてめんどくさい事になった)、もちろん俺にエロコンテンツを持つ自由なんて無い。
過去に少し際どい水着のアイドルの動画をクラスメイトからもらったら、俺のスマホ内データを勝手に漁ってそれを発見した舞香に吊し上げられて、うちの母さんと二人がかりで「こんな汚らわしいもの」とネチネチやられたので懲りた。別にどうしても見たかったわけじゃないし。
登校は舞香が起こしに来た後そのままべったり張り付いて、放課後は俺の部活が終わるのを待ってた舞香に大体捕まってそのまま家に直帰。
バイトに自由を求めてみたこともあったが、バイト先の先輩(女)に仕事を教えてもらってる時にやたら距離が近かっただとか客として来た舞香に言いがかりつけられて、俺のバイト先で舞香がその先輩に対して騒ぎを起こして、俺が居づらくなってその職場は二ヶ月で辞めた。
なら男だけの職場なら、そうして辿り着いた倉庫整理のバイト。肉体労働はキツかったが業務連絡だけで会話はほとんど無くて良かったし、何より舞香から離れて過ごすのが快適すぎてバイト三昧を楽しんでたら……「一緒に過ごす時間が減った」と舞香が騒いでまたしても三ヶ月で辞める羽目になった。
バレンタインデーやクリスマス、舞香の誕生日は二人で遊びに行く事を義務とされているのも辛かった。デート? 嫌いな相手と行くのにそんな言葉は使わない、「市中引き回しの刑」って言うんだぜ。あちこち連れ回されて、荷物持ちにされて、会計は全部俺の財布だ。舞香のせいでバイトは出来ないから小遣いをやりくりしてるのに、何でうちより金持ちの家の子供の舞香にたかられなきゃいけないのか。
金が無いと言って抵抗してみるも、当日に舞香から話が伝わってる母さんが「もう、こういうイベントのためにホントはちゃんとやりくりしないとダメなのよ」と追加の小遣いを渡して俺を家から追い出す。余計な事を。
何度舞香が嫌だ、嫌いだ、あいつの事なんて好きじゃない、怖いと言っても「素直になりなさい」だなんて見当違いの事を言って俺の話を聞いてくれないし聞こうともしない。
俺の母親は俺を虐げる暴君の全面的な味方で、何を言っても「舞香ちゃんは遼馬の事がそれだけ好きなのよ」「舞香ちゃんを不安にさせた遼馬が悪いんでしょ」としか言わない母親に正しい理解を求める事は諦めた。
その代わりに、俺はある人からのアドバイス通りに……言われた事、された事全てを記録する日記をつけ始めた。
祖父の資金援助を受けられるようになって、病院にも何度も行ったし診断書も作ってもらった。
準備は整って、昨日全部終わった。だからもう、この暴君からやっと離れる事が出来る。
「勝手な事? 勝手な事って何だ? 何で舞香に言わないとダメなんだ?」
「そんなの当たり前でしょ?! あたしに黙って引っ越しなんて……!」
「何でお前に許可を取らないといけないんだよ」
「……は?」
「お前は俺の何だ? まさか彼女だなんて言わないよな? だって『お隣さんのよしみで仕方なく面倒見てやってるだけ』なんだもんな? で、お前俺の何なんだよ」
そう、驚く事に、俺はこいつに好きだとも付き合ってとも、恋人になろうとも、それに類似するような何かしらも一切言われていない。
いや、分かってるよ俺だって、ラノベの鈍感系主人公じゃあるまいし、舞香は俺の事好きなんだろうな、って。暴君になってるのも俺の事が好きで、それが暴走したせいであるのも、俺から告白させたくて決定的な事は舞香は言ってないのも、イベント毎に俺をデート(舞香はそう思ってる)に連れ出すのも、俺からの告白を期待して。
……全部、前提が間違ってるんだよな。それ、俺が「やれやれ」とか言いつつ実は舞香を好き、って場合じゃないと成立しないだろ。
俺のこれはガチだぞ。舞香の事マジで嫌いだからな。いや嫌いと言うか、恐怖の対象でしかない。
力ではとっくに俺の方が優ってるが、中学生の頃に舞香に叩かれそうになったのをとっさに振り払ったら、その時に舞香の腕にうっすら痣が出来て……誇張して母さんに言いつけられて「これなら叩かれた方がマシだ」ってくらいにネチネチ叱られて面倒臭くなったから抵抗しないでいるだけだ。
俺が舞香に怪我させられて、それを訴えても聞かないしどんなに腫れてても痛くても病院にも連れてってくれないのに、本当に舞香には甘いよな。
まぁそれも今日でやっと終わるんだが!
いやぁ嬉すぎてテンションおかしくなっちゃうよね! 舞香と離れられるのもそうだけど、やっと大好きな人と好きな時に一緒に過ごせるって事が!
「……何? この前遼馬に告白しようとした後輩に勝手に断ったのまだ根に持ってるの? べ、別にいいでしょどうせ断るんだから! そもそもあたしがいるし……ゴニョゴニョ……」
「そうだな、舞香がいるから俺は彼女の一人どころかまともな友達も作れなかったし、いい迷惑だったよ」
「……え?」
「断ったのってさ、その時の話だって俺の発言捏造して、俺はバレー部の中じゃ最低男になってるらしいな。俺は告白の呼び出しを受けた事すら知らなくて、自分の事なのに後から聞いたけど」
俺は告白の場に彼女を代わりに行かせて、「ごめんね遼馬が、勘違いさせたら悪いから舞香が断ってって甘えるから」って舞香に断らせたそうだ。舞香先輩みたいな素晴らしい彼女の扱いもひどいし、断るにしても断り方が最低、せめて自分の口で言え、だそうだ。
え、舞香は俺の彼女じゃありませんが?? まぁ言っても誰も聞いてくれないんだけど。
いやそれはどうでもいいんだよ。いや良くないか。舞香に虐げられすぎて麻痺してるけど良くないな。まぁその件についても腹は立つが、俺が舞香から離れたくて離れたくてたまらない大きな理由は別の事だ。
「それは……! だって、あんな子遼馬に相応しくないじゃん!!」
「それを決めるのはお前じゃないんだよ。
……隣の家に住んでるだけの赤の他人のくせに」
カッとなったんだろう、自分の母親とうちの母さんが目の前にいるのを忘れて殴りかかってきた。
俺は手を払ってまた怪我をさせたなんて言いがかりをつけられないように素早くバックステップを踏んで避けると、勢い余った舞香はそのままアスファルトに膝をつく。
短いスカートから出てた膝をすりむいたらしく、すごい顔で睨んできた。
「舞香! 何してるの! ……遼馬くんも……代わりに断った舞香はちょっとやりすぎだけど、その言い方はあんまりじゃない……? 喧嘩はダメよ」
「なんかその言い方だと普段は仲が良いみたいに勘違いしてるみたいですけど、そんな訳無いじゃないですか」
「……え?」
「今年だけで9回……これ、なんの回数か分かるか?」
「え、……あ、あたしと遼馬の今年のデートの回数……じゃないわね、10回だし……」
「俺がな、今年病院にかかった回数だよ」
「…………な、に……?」
たっぷりの無言の後、意味がわからない、と言うように舞香は呟いた。
「俺が、お前に殴られたり蹴られたり、物で叩かれたり階段から押して落とされて、怪我をして、病院にかかった回数だよ」
「なに、それ……」
「俺が女の子と喋ってたとか、バスケの試合で他校の女の子にキャーキャー言われていい気になってたとか、そんなくだらない理由でお前に暴力振るわれて、その度にしてた怪我の話だよ!!!」
子供の頃から打撲や青痣は消えず、骨折や脱臼だって何回もしてる。今年はバレンタインに自分のチョコより先に他のチョコを受け取ったからって(下駄箱開けたら入ってたので不可抗力)通学鞄で力一杯殴られて、とっさに防いだ腕の骨にヒビが入った。尺骨骨折で、今でも天気が悪い日に部活なんかやると鈍く痛む。
つい先週だって、最近付き合いが悪いと不機嫌になった舞香にみぞおちを殴られて、黙ってたら「遊びにつれて行くって言いなさいよ」と強要されてスネを蹴られて痣になった。今でも痕が残ってるし、この件もちゃんと病院に行って診断書はとってある。ぶつけたんじゃなくて人間の靴で蹴ったのが分かるんだな、医者ってすごい。
「そ、そんな……遼馬くん怪我して……本当に? 梨奈、私何も聞いてないけど……」
「違うのよ! うちの遼馬が大袈裟なだけで何とも無いんだから!」
「へぇ、骨折って何とも無いんだ!! 初めて知ったな!!」
喚く舞香に負けないように声を張り上げた俺に、由美おばさんとうちの母さんはギョッとした顔をむけた。
すぐに母さんの顔は般若みたいになった。昔から「余計なこと父さんに言わないのよ」って怪我自体黙ってるように言うか、見える場所だったら「自分で転んで怪我した、まったくこの子ってドジだから」って事に毎回されたからな。父さんに隠してたくらいだから、由美おばさんにも何も言ってないと思った。
うちの母親は俺よりも舞香の事を可愛がってたからな。女の子が欲しかったから嬉しい、って舞香はうちでは何をするのも許されていた。
骨折、と言う大怪我に黙った二人を見て、「言っとくけど、診断書も取ってあるから」と付け足した。
それに慌てたのは舞香だ。立ち上がるとすごい剣幕で地団駄を踏みながら叫びだす。
「だって……! それは、あたしの言う事聞かない遼馬が悪いんじゃん!!」
「だから、何でお前の言う事聞かなきゃいけない義務があるんだ? 俺らはただのお隣さんだろ?」
「そんな、言わせないでよっ、遼馬の意地悪……もう、分かったわよ! これからはもっと優しくするから。これでいいでしょ!」
「は? いい訳無いだろふざけんなよ」
「…………え?」
再度、俺が何を言っているか分からない、と言う顔。
何でここまでされた相手とこれからも付き合いを続けなきゃならないのか。俺に被虐趣味は無いんだが。