聖女たちのお茶会
婚約破棄騒動後のお話です。前々回のお話を受けていますので、わかりにくい時はそちらを先に読まれることをお勧めします。
創世の女神の加護を受けるロードリック王国。
王侯貴族はもとより、一平民に至るまで国を愛し女神を敬いその国を守ることに専念し。騎士はその主を守ることで誓いを体現し、兵士は外敵への備えを怠らずに精進する。
商人は国内外を移動して経済を回し、農民は大地を耕して民の食卓を守る。
そんな男たちと共に国を守るのは母であり妻であり、家族である女性陣。
この国の女性たちは一様に聖女体質を体得する。それも10歳までに。
男たちが能力を『発現』するまで、いや発現してからも、その力は絶大で。
共に手を携えて女神を讃え、国を守る。時には男たちの上に鉄拳を降らせ、またある時はその懐に掻き抱く。
女神の愛を惜しみなく注ぎ、奮い立たせる。
『人は国、人は城壁、人は守り』……その言葉通り、この国は『人』で成り立っていた。
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光あふれる庭園の一角に、華やかな声が響く。
質の良い磁器の触れ合う涼やかな音と、時間を計って淹れられた紅茶の香りが漂い、穏やかな空気が辺りを支配している。
真っ白なテーブルに配色を考えたスイーツが並び、目を楽しませる。
そこに集うのは侯爵家と伯爵家のご令嬢。
それぞれが独自の魅力を持つ聖女たち。
席が4客あるのに、一人足りないのは遅れているのだろうか。
その割に席の令嬢は気にせず歓談しているのだが。
そこへ薔薇の絡まる扉を抜けて令嬢が姿を現した。
気付いた令嬢たちが笑みを浮かべて迎え入れる。
メイドが引く椅子に腰を下ろし、一同を見渡す。
「皆様、遅くなりまして申し訳ございません。お呼びしたわたくしが遅くなるなんて、ホスト役失格ですわね」
「なんの、貴女が人一倍多忙なのはよくわかっているよ。気にすることではない」
ボーイッシュな凛々しい雰囲気の令嬢が口を開くと、
「ええ、そうよぅ。かえって無理してないですかぁ?」
儚げな妖精じみた令嬢が眉を寄せて気遣う。
「この時期に時間が取れたこと自体、ありがたいだけですわ」
黒髪の情熱的な瞳をした令嬢が心配を打ち消す。
「そう言っていただけるだけで心のつかえがとれますわ。感謝します」
遅れた令嬢が皆に向かって軽く会釈する。それを合図に新しい紅茶が配られ、茶会が再開される。
「それにしてもフェリシア、今回はまた特に厄介だったな」
蒼い髪を肩で揺らしながら令嬢がつぶやく。
「シャロンさまもそう思われます?」
「ん?という事はカリーナのところもか?」
「お二人だけではなくってよ。私だって大変だったんですもの!」
「そうですの。ミーシャ様もそうお感じになったんですのね」
「流石は1級品、というべきなんだろう、な」
「あまりありがたくない贈り物ですわね」
「質が悪いだけだとおもいますぅ!」
フェリシア侯爵令嬢は皆の顔を見てため息をついた。
武を重んじ、自らも剣の才能を開花させているシャロン侯爵令嬢、可憐な妖精のようでいて、実は博覧強記なミーシャ伯爵令嬢、芸術に秀で、学校経営に携わっているカリーナ伯爵令嬢。それぞれの婚約者たちが諸外国のハニトラ標的にされた騎士団長子息ゲインズ、魔術士長子息ジェミニ、財務大臣子息トーマスであり、5回も婚約破棄をされそうになった被害者たちでもあった。
「それにしてもあきらめの悪い奴らだな。駄目とわかったならさっさと引けばいいものを」
呆れた口調でシャロンが吐き捨てれば、
「それができるならそもそも狙いませんよぅ」
スイーツに手を付けながらミーシャが口を尖らす。
「仕方ないですわ。すべて別の国ですもの、そうですわね、フェリシア?」
カリーナが意味ありげに目配せする。そのしぐさはもはや妖艶だ。
「カリーナの言うとおりですわ。ミリア・サルネルはハルキクス帝国でしたけど、順にさかのぼるとラウード国、ケイオシス教国、ダクモンド共和国、アレス皇国の人間でしたから」
「まあ、周辺国そろい踏みだわ。みんな何考えてるのかしら?」
「それだけこちらを甘く見ているという証拠ですわ。まったく」
「まあ、あの男どもを見ていればそうとられるのも無理はないさ」
「それでも腹立ちますぅ」
「我が国の成り立ちや地形から考えて相手にしないよう、今までは無視してきたんですけど、今回の件で陛下もさすがにお怒りになられまして。こちらからも反撃を、とお考えのようです」
フェリシアがそう口にすると、3人の表情が変わり、期待するようにフェリシアの言葉を待つ。
「やるのならば徹底的に。これが基本ですわ」
にっこりとほほ笑んで告げると。
「なるほどぉ。『発現』後に開始だよね」
にんまりとした笑顔のミーシャ。いたずらをたくらむ妖精だ。
「ふむ。それも面白い。腕が鳴るな」
剣を握る動作で賛意を表すシャロン。やる気満々の決意が見える。
「まあ。新しい演劇でも書きおろそうかしら。ふふ」
カリーナの瞳が怪しく輝いている。どんな物語を練っているのだろうか。
「陛下のお心遣いで、わたくしとコルフォート様は3月後に各国を回ることになりましたの。立太子前の顔つなぎというわけですわね」
軽く伝えたフェリシアに、ミーシャが食いつく。
「ん?んん?てことは…『発現』したんだねっ」
「ええ。つい先ほどですが、無事に『発現』しましたわ」
「まあ、おめでとうございますフェリシア様!」
「フェリシアおめでとう!そうか、これでまともになるな!」
「万歳ですぅっ!フェリシア、おめでとうですっ!」
「ありがとうございます皆様。これでちょっと安心ですわ」
3人の祝福を受けて、やや照れ気味のフェリシアである。なので切り返す。
「でも、皆様のところももうすぐですわよ。同い年ですし」
そう言うと、一様に顔が呆ける。
「「「あっ……」」」
「そう、言えば、そうだ、な」
「そそそ、そうだ、ね~~」
「あらあらまあまあ」
そんな3人を見つつ、フェリシアが提案する。
「ねえ、皆様。『発現』したうえでのお話ですけど。一緒に各国を回りませんこと?ふざけた真似をした各国の方の顔を覚えてくるのも後々必要になりますわよ」
「うん、いいなそれ」
「やったぁ、ですわ!」
「一口乗せてもらえるのかしら?」
「もちろんですわ!わたくしも皆様とご一緒なら心強いですわ」
「では、あとは『発現』を待つだけだな!」
「うふふ、楽しみが増えましたわ」
「え~~っ、まだ待たなきゃいけないのぉ?」
そう言ってきゃいきゃい騒いでいると、扉の向こうから何か騒がしい音がする。
「あら、何かしら。なんの御用?」
「お嬢様、おくつろぎのところ失礼します。ただ今ご使者の方が3名おいでになりまして、お客様方に取り次いでほしいとの言伝を頂きました」
「そう。こちらに頂戴」
渡された封書を家紋ごとに判別して3人に手渡す。封を切って読んだ3人の顔が徐々に喜びへと変化した。
「おお、言っているそばからこれだ。ゲインズが『武王』を発現したそうだ。これで一緒に戦えるな」
色白のシャロンのほほに血の色が上り、美少女度合いが増す。
「あ、私も私も~っ。ジェミニが『賢者』だったって。わ~い!」
「まあ、トーマス様ったら『忠臣』ですって。素敵ですわ、さすが私の婚約者様です!」
ミーシャは両手をあげて振り回し、喜びを全身で表している。カリーナは色気がダダ洩れで、悶える姿は目に毒だ。三者三様の状態に、フェリシアも破顔する。
「皆様、本当におめでとうございます。今日はこれで終わりにしましょう。一刻も早く戻られて、お顔をご覧になられてはいかが?」
そして手を打ち、帰宅の準備を急ぐようにメイドへ言いつける。
「ねえねえフェリシア。これでみんな揃って行けますよねぇ?」
「そうですわね。楽しみですわ」
「ああ、各国の馬鹿面をしっかり見てこよう」
「うふふ、ついでにしっかり釘も刺してきましょうね?」
「当然だよぅ、そんなこと。今度やったらどうなるか思い知らせないとねっ」
「まあミーシャ、やりすぎは駄目ですわよ」
「陛下にどこまで許可していただけるか、ですわね」
「それはフェリシアに任せる。では、私たちは失礼しよう」
「うん、そうだねっ。フェリシア、今日はありがとう!」
「失礼しますわ、フェリシア。この後はまたいずれ」
「ええ、また連絡いたしますわ。皆様お気をつけて。それと、婚約者様にもおめでとうございますと伝えていただけますか」
「ああ、もちろんだ」
「わかりました~」
「わざわざご丁寧に。では」
それぞれがあいさつして出ていくと、フェリシアもまた出かける用意をする。実を言うとコルフォートが発現したために、これからの予定に狂いが生じたのだ。その調整をしながら、通常の執務をこなしていくという、かなり無理がかかった状態なのだ。
王宮へ向かう馬車の中でわずかな休憩を取りながらフェリシアは急ぐ。『発現』の連絡はもらったものの、本人にはまだ会っていない。気質に変化はないはずだが、一抹の不安がよぎるのを抑え込めない。
(コルフォート様……)
期待と不安に胸をかきむしられるような想いを抱えながら、フェリシアは扉の前に立つ。
「いいよ、入ってきて」
「失礼します」
変わらない声に安堵しつつ、そっと中へ滑り込み、コルフォートのそばへ近づく。
胸の動悸が高まり、ほかの人にも聞こえるのではと慄く。どうしていいかわからず、視線を下げたまま、彼の前に立った。
「僕を見て、フェリシア」
優しい声にうつむいていた顔を上げ、見つめる。『発現』前はどこか頼りなげな色が残っていた瞳から迷いが消え、代わりに施政者としての確固たる意志がきらめいていた。
「ああ……」
「今までいろいろと心配させてすまなかったね。もう大丈夫だ。これからは王家の一員として恥ずかしくない人間になる。君にも苦労させてしまったから」
「いいえ、いいえコルフォート様……わたくしは苦労などと」
「君は優しい。…大切な人だ」
彼の両手がそっとフェリシアの体にかかり、抱き寄せられる。
「ああ、僕は本当に幸せ者だ。女神と君に見守られてこの国を守る、必ずやこの身を賭して成し遂げよう。僕の愛しい、大切な人。僕を見放さず、いつもそばにいてくれた。これからも、ずっと、そうしていてほしい」
「は、はい……はい」
抱きしめられながらフェリシアは悟った。
コルフォートに発現した能力は『心酔』……現国王とは違うが、これはまた強力な能力だ。
(魅了にかかっていたのが影響したのかしら?ああ、でもうれしい……)
疲れも相まってフェリシアは真っ赤になりながら気絶したのだった。
静観していた国がブチギレて動こうとしています。
周辺国はどれだけ耐えられるのでしょうか……?
『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』
武田信玄の名言です。ちょっとパクッて使いました。