小さな勇者と魔物
道中、1人と1匹は色々なことを話した。自然を生き抜く為の知識、知恵、これまでの過去。
「……へぇ、お前、勇者なのか」
「うん。どうしてこんなに非力で未熟な私が選ばれたのかは分からない。でも、神様のお告げなんだって。神様のお告げで私は選ばれたんだって。だから、頑張らなくちゃ。神様はきっと見ていてくださるから」
「……神様は見ていても救っちゃあくれねぇぞ」
「分かってるよ。それでも、私は選ばれたから」
マルは、きっとレイがそんな生真面目で大人びた少女だからこそ選んだのだろう、それならば……神とやらはなんと残酷だろう、と思った。だって彼女はきっと、救えなかった命すら、全て背負っていくだろうから。世界の運命も、小さな手のひらで掬いあげたものも、零れ落ちてしまったものも、何もかも小さな背中で背負っていくのだろうから。数時間行動を共にしただけでも分かる彼女の善良さと危うさ。それはイラつきもするけれど、同時にひどく惹き付けられるものでもあった。それはマルには持ち得ない物だから。自分が持たないものに惹き付けられるのは、人も魔物も同じであった。
「……そうかよ」
守りたくなった。ただそれだけの事だった。そして、ただそれだけで十分だった。マルは人ではない。けれどきっと、人以上に優しかった。
「……俺も大概、人がいい……ってやつかな、こりゃ」
まあ俺は魔物だけど。そうぼそりと彼は呟く。隣に居る小さな勇者に聞こえないように。
「……どうかしたの?マル」
「いいや、なんでもねぇよ。そろそろ疲れてねぇか?」
「……うん……。お腹すいた……」
彼女がそう言うとほぼ同時、くぅ、と小さく腹の虫が鳴いた。お腹を押さえて少し薄いながらもしょんぼりとした表情をするレイ。俺がコイツの面倒を見たくなっちまうのは明らかにこういうとこのせいだな……。と内心思いながら、マルはため息をついて頭をかいた。
「……たしか近くに村は無かったから……今日は野宿だな。天神像は……」
「あっち。私、方向は分かるから」
「神の加護ってやつか」
「多分そう」
マルの片方の尻尾を優しく掴み、どんどん歩いていくレイ。マルにとっては苦手な気配が強まり、彼はまたため息をついた。
天神像は昔、この大地に降臨したという神をかたどった神聖なものだ。魔物を寄せ付けず、近くには必ず水が湧き、その水は枯れることもない。冬だろうと周りには花が咲き、昼であれば柔らかな陽の光が指し、夜であれば月が明るく照らしている。はるか昔、旅人の無事を祈って建てられた、まじないのかかったこの像は、未だその効力を発揮し続けていた。
故に、マルはこの像が苦手だった。元からして神聖な気配を放っているし、いつも近づくとろくな事がないのだ。雷が降ってきたり、突然の強風で吹き飛ばされたり。なのに。
「……あれ?」
いつも雷が飛んでくる距離をするりと抜けられ、マルは驚いた声を出した。白と金の中間の色をした髪を揺らし、レイが振り向く。
「どうかしたの?マル」
「いや、俺はいつもこの距離まで像に近づくと弾き飛ばされるんだが……」
「私が一緒だからかもしれないね」
「なるほど、お仲間に見られてるって訳か。はは、そりゃあまた随分と……」
滑稽な話だ。浮かんできた言葉をマルは飲み込んだ。なぜそう思ったのか、そして飲み込んだのかも分からないまま、彼はへらりと誤魔化すような笑みを浮かべる。
「どうしたの?いきなり黙って」
「いや、手間が省けると思っただけだ。距離が離れてて俺だけ夜警だと手間だろ?」
「……確かに」
納得したような顔で頷くレイに、マルはまたため息をついた。やっぱりコイツ、守ってやらねぇと駄目だな。そう心の中で呟いて、サクサクと草を踏み締めて歩く彼女にこう言った。
「準備が終わったらメシにしようぜ」