出会いは突然に
とある昼下がり。
1人の小さな少女が興奮したオーガに追いかけられ、草原を全力疾走で逃げていた。
少女はまだ幼さが残る顔を歪ませ、ぼろぼろと大粒の涙を零しながらも、口を引き結んで走っていた。
このままだと捕まってしまうと考えた彼女は周りを見渡して、とっさに足元の石を拾い、オーガのすぐそばを通り過ぎるように投げて注意を逸らす。そして、すぐ側にあった低木の茂みに飛び込んだ。
茂みの枝が彼女の柔肌を傷つけたが、そんなことは気にしていられない。
痛みと疲れ、恐怖から
「うう……」
と嗚咽を漏らしながらも、彼女は茂みの奥へと潜り込んで行った。
茂みの真ん中にたどり着くと、彼女は膝を抱えて座り込む。
ここなら安心だ、と考え、また出そうになる嗚咽を堪える。
ぼろぼろと涙がこぼれるのだけは彼女に止めようもなかった。
彼女が無言ですすり泣いていたその時だった。
彼女の目の前の枝が、ガサゴソと揺れる。
びっくりした彼女が震えながら身構えるのと同時に、黒い毛玉が飛び出してくる。
「うわっ、人間!?待て、剣抜くなよ、襲うつもりないからな俺!……って泣いてるの?」
ペラペラと流暢に言葉を喋る毛玉を少女は涙目で睨みつけ、
「あなたはなんでここにいるの?」
とヒソヒソ声で質問をした。
「あー……俺は、別の魔物から逃げてきたんだよ。俺弱いから、勝てねえもん」
紅い、宝石のような目を少し伏せて同じくヒソヒソと囁く魔物に、少女は警戒心を解き、
「……一緒。私も、逃げてきたの」
こう告げた。
「へぇー……まあ、お前のその華奢さじゃあ、オーガには勝てねえよな」
と納得したとでもいう風に魔物は言った。
ふわふわとした、自分とは正反対の黒い毛に、綺麗な紅い目玉。
可愛らしい見た目の魔物に興味を持った少女は魔物の返事を流し、
「あなたの名前は?どこから来たの?」
と質問した。
「……先にお前から名乗るのが礼儀なんじゃねえの?」
と目を細めた魔物に言われ、少女はそれもそうだと納得して名乗った。
「あ、私はレイ。レイ・ゆー____」
「バッカ、お前、初対面の相手、しかも魔物に真名全部名乗る奴があるか!」
と魔物は慌てて遮った。
真名は教えた者も、教えられた者も縛るものだ。
魔物は面倒事は遠慮したかったのだが、割とぐいぐいと来る少女のペースに完全に飲まれていた。そして、面倒見が良かった。その結果、
「真名ってのはな、大事なもんだ。魔物に全部教えちまったら呪いをかけられたりするかもしれねえんだぞ!?」
と人間が人間に教えるような事を言ったのである。
それを聞いた少女は首をかしげ、
「呪いをかけるような魔物はそういう事言わないと思う……」
と言った。
「違ぇ!そうだけどそうじゃねえ!」
と魔物は2本のしっぽで器用に頭を抱えた。……そもそも彼の体の部位は頭と羽としっぽしかないが。
どうしてこうさっき会ったばかりの魔物を信用するのか、と彼の頭の中は困惑で満ちていた。
危なっかしい。危なっかし過ぎるぞこの女の子!!
と彼の面倒見のいい部分が騒ぎ、そして、
「俺はマルだ。そこしか名前覚えてねえんだよな。……なあ、弱い者同士一緒に行かないか?」
とこんな提案をした。
するりと口から出てきてしまったような感じだった。
マルは内心慌てた。
なんでこんなことを言ってるんだよ俺!しかも、相手はさっき自分を殺そうと剣に手をかけてたやつだぞ!?正気か自分!?
と自分が正気かどうかまで疑った。
そんな彼の内心の荒ぶりをレイは知るはずもなく、少し考えてから
「お願いします」
と頭を下げた。
さっきのあの話し方からして、他にも色んなことを知っているかもしれない。そしてそれを聞いていけば生き延びるのに役に立つかもしれない。
と考えた末のことだった。
「お、おう……じゃあとりあえず、こっから出るか」
マルは自分から言い出したことなので今更引っ込めることも出来ず、なぜこんなことになったんだと思いながらも、低木から少し頭を出して、
「オーガ、は……どっか行ったな」
と周りの安全を確認した。
そして、2人でガサゴソと茂みを揺らしながら外へ出ていく。
「……改めて、よろしくお願いします、マルさん」
ぺこりと彼女が頭を下げると、
「呼び捨てで良いぜ、泣き虫ちゃん」
とニヤリと笑って彼は言う。
「私の名前は泣き虫ちゃんじゃないよ、マル」
少しムスッとした顔で言うレイに
「分かってるよ、レイ」
とマルは返した。