あなたのせいで私のメンツは丸潰れです!
『ここが分かりません』
帰ろうとしたら右手の袖口を掴まれた。
「えっ?」
「教えてください」
教室の窓から夕日を帯びた温風。
「お願いします、なんでもしてあげなくもないので」
偉そうな態度に逆風。帰りてえ。
「分かった、教える」
帰りたい気持ちを抑えて軽くしゃがんで彼女と目線を合わせる。
「どこが分からない?」
「ここと、ここと、ここと、ここと、ここと……」
「それを略して全部って言うんだぞ」
「じゃあ全部」
「教えるのは解き方だけだ」
「いや、本当は一問だけ分かるんですが、全部は全部なので」
わかってるじゃんって思いつつ。あーだこーだと教える。
「頼んでおいでなんですが」
「なんだ? 帰宅部だから付き合えるって」
『このままでは私のメンツが丸潰れなので、座ってもらっていいですか?』
「本当になんだな、マジで難だな」
ド肝を抜かれていると彼女はスッと席を立つ。
「じゃあ座ってもらって」
「あ、ああ?」
よく分からないが背丈に合わない椅子に座ってみる。
「それで、次の問題はなんでしょう?」
右耳からフッと吐息。
彼女は両肘をついて俺に被さる。シャーペンを握っていた。
「な、なんなんだ、これ」
「あのままでは学年トップの私が学歴コンプも知らない幸せ者にしょうがなく教えてもらっているなどという、醜態を晒すことになります」
「トップでこのザマなのな」
「ですがこれならどうでしょう、まるで私が教えているみたいではありませんか」
その直後、彼女は通りかかった女友達に『教えてあげてるんです』と誇らしげに俺のテスト順位を語っていた。
「では、ここを教えてください」
腑に落ちないから間違った答えを教えてやる!
「……こうだ」
「ぶっぶーです」
「分かるなら一人で」
「運命の罰ゲームです」
右耳にフーッて息がかかる。ただでさえ声で右半身がくすぐったいのに。
「やめてくれ」
「面白い動きしますね」
「わかったわかった、正しい答えを言う」
拘束されたも同然の状況で答えを述べていく。
「それ間違いですね」
「そうなのか」
「引っ掛けみたいなものです、正しくはこうでこんな感じ」
シャーペンを鳴らして淡々と文字で記す。
「へえー忘れてた」
「さて、半分ほど終わったので十分です、私は全部やらせるほど鬼ではないですからね」
「じゃあ青鬼だな」
本当に十分なのか、席を立たせてくれた。
「お礼に一緒に帰ってあげなくもないです」
「偉そうだ」
カバンに机の上のアイテムを詰め込むと重そうに肩にかける。
「持ってあげようか」
「良いのですか? おほん、持ちたまえ」
「……偉そうだな」
カバンを受け取って彼女についていく。
廊下はまだまだ騒がしい。
「そういえば、あげたいものがあるんです」
「あげたいもの?」
「忘れないうちに渡しておこうかと」
胸ポケットから一枚の四角く折られた紙。
「前回手伝ってくれた時のコピーです」
「コピー?」
「間違っていたところがあったので、訂正でストレス発散したんです」
「やらせといてソレ?」
はい。淡々と彼女は口を開く。
「あなたは賢いですが、テストで同じケアレスミスをしたくないかなと思い、しょうがなく、これをあげますね。あげたくないんですけど」
「あげたくないのか」
「本当は私の家に五回来てくれた時に教えようと考えていたのですが、あなたにも都合がありますから」
「スタンプラリーかよ」
『いえ、どちらかと言うとパズルピースです、一回目は間違っている所、二回目は理由、三回目は解決策、四回目は応用……』
あなたと一緒にしないでください。そう言って制服の内ポケットに手を突っ込んでやがった!
「うおっ」
「五回も必要なことを一回にしてあげてるんですから、これくらいは」
「そうじゃなくて、いつも突飛なことしてくるよな、一言欲しいんだ」
「じゃあ一言だけ、言います」
至近距離で分かりやすく口が開いた。
ハッと目の前の空気が持っていかれる。
『あなたのことが大好きで、必死に胸ポケットをまさぐっています、文句ありますか?』
彼女を横切った男女が彼女の後ろで振り返る、俺を見る。
『あ、みんなが注目するくらい好きってことですよ』
俺の服から手を引き抜いてよくわからないことを言うと、口元で人差し指を目立たせた。
最後は実際に夢の中で言ったセリフなので、本当にふわふわ言葉。多分評価サンキューメン(先手必勝)