結
「お手上げの姿勢を示すことで終わらせて、自分の身を守るなんて……。ポールらしいわね」
「ある意味、計算通りってとこかな」
自分のテーブルに戻りながら、俺はレイチェルに軽口を返す。
ちょうど俺が椅子に座り直したところで、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。
「聞いたか? 商業都市トラディの噂」
「トラディ? ああ、最近急激に栄えているという……」
「そう、それだ! なんでも、大量の奴隷を使役するようになって、それで街が潤ってるらしいぜ」
「なるほど、商業都市だからなあ。奴隷で労働力が充実すれば、経済的にも発展するわけか」
彼らの話は、レイチェルの耳にも入ったらしい。
ビールのジョッキを片手に、彼女は俺に微笑みかける。
「ポールは、間違ってもトラディには足を踏み入れない方がいいわね。奴隷にされちゃいそうだから」
突然の言葉に、俺は内心ギョッとしながら……。
表面上は何気ない態度で、彼女に応じた。
「どういう意味だい、レイチェル?」
「だってポールは、モンスター相手なら強いけど、人間相手だと、借りてきた猫みたいになっちゃうでしょう? それに、お人好しだから、何でも言われるがまま……」
そう言って、ジョッキの残りを喉に流し込む。
「まあ、私にとっては、優しいポール。だから、それで構わないけどね」
彼女はビールのおかわりを注文しながら、冗談として笑う。
しかし……。
冗談ではない。
俺としては、心の中では冷や汗ものだった。
トラディの噂を聞いて「もしかすると、その奴隷たちは全員、転生者なのではないか」と考えてしまったほどだ。
別に、根拠のない想定ではない。
少し前に、俺は『暗黙の了解』の話をしたと思うが……。
それとは別に、転生者の間には、確固たるルールが存在する。
異世界転生の際に、遺伝子レベルで刻み込まれた大原則だ。
つまり、異世界転生三原則。
第一のルール。
転生者は、異世界人に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、異世界人に危害を及ぼしてはならない。
第二のルール。
転生者は、異世界人に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えらえた命令が第一則に反する場合は、この限りではない。
第三のルール。
転生者は、第一則および第二則に反する可能性のない限り、自己を守らなければならない。
……こんなのバレたら、奴隷とか召使いとかにされちまうよなあ?
なんとも理不尽なルールだ。いや、異世界転生という形で人生のやり直しを許されただけでも、それ以上の贅沢は言えない立場なのだろうけど。
だから俺たち転生者は、転生者であることを――そして異世界転生三原則を――ひた隠しにして、毎日を過ごしているのだった。
(「われは転生者」完)