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「てめえ! 優男やさおとこのくせに、俺とやろうってぇのか!」

「上等だ! 表に出ろ! このビヤ樽男が!」

 食事を続けていた俺たちの耳に、罵声の応酬が聞こえてきた。

 見れば、奥のテーブルで食事をしていた二人が、真っ赤な顔で立ち上がっている。でっぷり太った武闘家らしき男と、僧侶服を着たイケメンづらの青年だ。

 テーブルには、かなりの数の空ジョッキも置かれていた。二人とも、しこたま飲んだ後なのだろう。

「表に出ろ、だあ? 相変わらず上品ぶりやがって……。そういうところが気に入らねえんだよ!」

「はあ? もう一度言ってみろ!」

「その必要はねえ! ここでカタぁつけてやる!」

 酔っ払い同士の会話だ。噛み合っているようで、噛み合っていない。

 だが、とりあえず二人の様子から「店の外ではなく、この場で喧嘩を始めそうだ」ということだけは理解できた。

「あらまあ、大変」

 他人事のようにレイチェルが呟いたように。

 酒場で勃発する喧嘩というものは、ちょっと『大変』だ。周りを巻き込みかねない。周りの人間だって、酒のせいで冷静な判断力を欠いているのだから。

 大騒ぎになって、誰かが怪我をする前に……。

 頭で考えるより早く、俺の体は、自然に動いていた。


「まあまあ、お二人さん。ここは楽しく飲み食いする場所ですよ。まずは落ち着いて……」

 彼らの方に歩み寄り、仲裁を試みる俺。

「あーあ、また始まった……」

 呆れたようなレイチェルの声に続いて、

「よっ、ポール! いつものおせっかい病が発動か?」

「ポールさん、お優しいこと!」

 知り合いからの揶揄も飛んでくる。

 それらは全て無視して。

 俺は穏やかな笑顔で、二人を宥めようとするのだが……。

「関係ねえやからは引っ込んでろ!」

 僧侶服の男が、軽く俺を突き飛ばす。

 一瞬「引っ込んでろ」に従いそうになるが、そうはいかない。これは「見過ごしたら誰かが怪我をしそうだ」という、看過できない事態だ。

「そうは言われましても……」

 再びニコニコと近づく俺に対して、今度は武闘家が、

「だったら、まずはお前からだ!」

 そのぶっとい腕で、殴りかかってきた。


 自衛の意味で、俺は両手でガードする。

 本気でガードしたら、カウンターを発動できる自信もあるのだが、この場は、そうはいかない。相手はモンスターではなく人間だ。いくら酔っ払いとはいえ、俺のカウンターで相手を傷つけることは出来ない。

「くっ!」

 脆弱なガードだったためか、俺は、弾き飛ばされた。

「ポールったら……。モンスター相手なら、あんなに強いのに」

「お人好しというか、平和主義なんだよなあ、あいつは」

 また、周囲の言葉が聞こえてくる。

「おいポール、たまには反撃しろよ!」

 誰かの声に反応して、立ち上がった俺は、ついファイティングポーズをとってしまったが……。

「おっ、やる気になったか?」

「やはり、てめえからだな」

 武闘家と僧侶服が、二人揃って俺の方へ、一歩踏み出した途端。

「降参です」

 自動的というくらいにあっさり、俺は両手を上げていた。

 やはり、モンスターではなく人間を傷つけることなど、俺には出来ないのだ。

「ちっ、なんだよ。つまんねぇ奴だ」

「しょせん俺たちの敵じゃないか……」

 武闘家と僧侶服の二人も、気勢をそがれたとみえて、戦意喪失。元の席に座って、酒を飲み始めた。

 もともと俺相手ではなく二人の間でトラブルが発生したはずだが、二人とも、もう忘れてしまったらしい。

   

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