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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
1. VSエリート官僚
8/52

第8話 空中庭園と白銀の髪の給仕



 オフィスビル三十五階、特別会議室。


 ──そこには日本庭園が広がっていた。


 照明には特殊な器具が使われており、室内であるにもかかわらず春の日差しの下にいるかのような錯覚を感じさせる。人工的に生成された爽やかな風が邪魔にならない程度の間隔で室内を吹き抜ける。中央にはかなりの大きさの池があり、そこには何匹もの錦鯉が悠々と泳いでいた。

 一面ガラス張りの窓からは東京の街並みが一望でき、この空間はさながら天空に浮かぶ箱庭のようだった。

 そして、池の中央に浮かぶ島に設えられた立派な円卓に、十四人の人物が座っていた。

 今から食事なのだろう。九人の前には豪華な弁当が並べられている。しかし残りの五人の前には湯呑が置かれているだけだった。


「おい、桜井君。間もなく十三時だが、どうなってるんだ」


 十四人のなかのひとり、専務取締役の仙石が、後ろに控えている秘書の桜井を問い質した。仙石はしきりに顎ひげに触れており、かなり苛ついている様子だ。


「申し訳ございません。ただいまご用意いたしておりますので、整いますまでもうしばらくお待ちください」


 仙石にそう答えると、桜井がちらと入口の方へ視線を移す。と、そこには二人の秘書が青ざめた顔で立っていた。




 ◆




「ね、ねえ、小百合、貫千かんち先輩まだかな……。か、課長の視線が……」


 桜井の視線に気づき、背筋をしゃんと伸ばした花澄が小声で小百合に泣きつく。


「ま、まだ一時まで三分ある……わ」


 入口の扉を気にしていた小百合が腕時計を確認する。


「……最悪の場合は社員食堂で確保できた一番高い定食をお出しできるけど、鰻じゃないし…やっぱりお客様に鰻弁当を配膳した方がよかったかな……」

「あと三分待って先輩がいらっしゃらなかったら……私は課長と専務に事情を話しに行きます。花澄さんは社員食堂に内線を入れて五人分の食事を運ばせてもらえると助かります」

「……わかった。怒られるわよね……」

「……ええ。でもそれは私の役割ですから」


 秘書という職業柄、二人とも表面上笑みを張り付けてはいるが──その裏、激しい運動量と緊張で心臓が破裂しそうになっていた。




 ◆




 十三時まで後数十秒。


「小百合……」

「──時間ですね。花澄さん、私は課長のところへ事情を説明しに行ってきますので、お客様の食事をお願いします」

「……わかったわ」


 小百合は、手筈通り行動を開始しようと覚悟を決めた。

 小百合が桜井が控えている浮き島に向かって歩き始める。それを見た花澄も内線電話のあるスペースへ移動する。


 小百合は今回の件に関して、全責任をひとりで負うつもりでいた。

 自分の不注意から蒔いた種だ。貫千の言うとおり、もっと自衛について意識を高めていれば避けられた結果かもしれない。だからそのことに花澄を巻き込むわけになどいかなかった。 

 今から事情を話す課長も同じだ。

 小百合と花澄のことを信用して時間ギリギリまで待ってくれた課長のことを思うと胸が痛んだ。万が一、課長にも責任が及ぶようなことがあれば、専務に『すべては自分が勝手に判断してとった行動』としっかり説明したうえで、辞表を提出して事態に収拾をつけるつもりでいた。

 自らの辞表ひとつでこの問題が解決できるなどとは微塵も思っていないが、切羽詰まった今の小百合にはそれしか答えを導き出すことができずにいた。


 

 近寄ってくる小百合を見た桜井が、なにか報告があるのかと身体の正面を小百合の方へ向ける。

 ようやく料理が届いたのかと、取引先と歓談していた仙石も八つ橋を渡ってくる小百合に視線を向けた。


「──課長。お話が」


 桜井の正面に立った小百合が、神妙な面持ちで話を切り出した。


「君、会食の時間だがどうなっているんだ?」小百合が説明するより先に仙石が小百合に問いかける。

 

「はい。専務。そのことですが、実は──」


 小百合が仙石にも聞こえる声ですべてを報告しようとしたまさにそのとき、


「お待たせいたしました」


 特別会議室の扉が開かれ、男の声が聞こえてきた。


 まさか……!


 小百合がそちらへと振り向く。と、同時、人工的に作り出された一陣の風が小百合の髪を撫でながら吹き抜けた。


「貫千先輩……」


 小百合の小さな口から、三十分ほど前に出会ったばかりの、そして十分ほど前に別れたばかりの男の名が零れる。

 小百合はその男と面識を持ってから僅かもない。しかし小百合の声には、何年も待ち焦がれていた相手とようやく逢うことが叶った少女のような、深い感情がこめられていた。

 

「──!」


 しかし小百合は、そこに立っている人物が期待していた人物とは異なることに息を呑んだ。


「え? あ、あのお方は……」


 やや長い白銀の髪にサングラス。

 白いシャツに蝶ネクタイ。

 腰には黒いサロンエプロンを巻いている。

 扉の前に立っていたのは、貫千とは似ても似つかない容姿の男だった。


 一分の隙もなく、優雅かつ洗練された姿勢でトレイを持つ男の腕時計の針は、きっかり十三時を指していた。




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