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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
50/52

3-20 新月の熱帯夜 5

今回少し残酷な描写があります。

苦手な方はご注意ください。



「──そうか。情報を持っていないのならおまえを生かしておく必要はないな」


 貫千は一切表情を変えることなく、


「用は済んだ。ここで死ね」


 男の頸に当てていた刀をスッと引いた。

 

 男の頸がゴトリと地面に落ちる。


 落ちたと同時、固く閉じていた男の眼がカッと見開かれた。

 その目が見る見るうちに驚愕と恐怖の色に染まっていく。


 貫千は男が再びまぶたを閉じてしまうまで、男から目を逸らすことなくただ冷酷な笑みを浮かべているのだった。





 ◆





 元軍人の男は、今までいくつもの戦場に赴き、そして幾度となく死線を越えてきた。

 であるから、男にとって『半死状態の要人を指定の場所まで運ぶ』などという任務は、文字通り朝飯前のことだった。

 いや、そのはずであった。


 たった一人を攫うのに、一個小隊を率いて実行するなど──。


 この依頼を受けたとき、男はそう嘲笑った。

 だが、依頼を持ってきた仲介屋は『なんとかっていう闇の組織が出張ってくる恐れがあるらしい』と、その依頼の難しさを説明していた。

 だが、男は『いまどき闇の組織なんて』と笑い飛ばしたのだった。

 それでも依頼は失敗を許されないということで、荒くれ者の元軍人の知人を五十人集め、事に及んだというわけである。


 それがたった一人の手によって阻止されるとは──。


 いや、最後尾の三人と連絡が付かなくなったことから仲間がいるのかもしれない。


 が──

 どちらにせよ本隊は白髪の外国人一人に殲滅させられた。


 どこで何を見誤ったのか。

 俺は何を敵に回してしまったのか。


 どこかで今回のミッションを楽観視していた自分が悔やまれるが、時はすでに遅い。


 部下は全員一瞬で無力化され、一人残った自分の首筋には刀を当てられている。


 否が応にも敗北を受け入れさせられた男は、それでも『口を割ることだけは絶対にすまい』と、プロらしく早々に死を覚悟していた。

 だから、白髪の男の質問にも一切応じることはなかった。


『──そうか。情報を持っていないのならおまえを生かしておく必要はないな』


 首筋に感じる刃よりも冷たい白髪の男の声が、最後の警告を発する。

 しかし、男は口とまぶたを堅く閉じ、決してその二つを開くことはしなかった。


『用は済んだ。ここで死ね』


 白髪の男がそれを言い終えるかどうか──。


 男は首のあたりに、冷やりとする感覚を覚えた。

 次いで脳に伝わった、ドサリという音と右側頭部を強打したような感覚に男は堪らずに目を見開いた。


 ──!


 飛び込んできた視界に、男はさらに目を見張った。

 自分の目の前で立っているはずの白髪の男が、なぜか横たわっているのだ。

 初めこそ自分の平衡感覚がおかしくなったのかと錯覚した。

 だが男は、すぐさまそうでないことに気づいた。


 白髪の男の足が地面に着いていたからだ。

 視線を移すと──白髪の男は冷笑を浮かべて男を見下ろしている。



 男はなにが起こったのかを瞬時に悟った。


 直後、男の意識は驚愕と恐怖に支配された。


 自分の首が斬り落とされたということに対する驚愕。

 そしてすぐに訪れるだろう、初めて味わう死という未知なるものに対する恐怖。


 男はグルンと眼球を真下に動かした。

 そこに見えたのは──五十余年に亘って自分の意思に従ってきた自分の身体。

 だが、首から上にはあるべきものがない。

 

 それは思った通りの光景であった。


 直後、首から大量の血が噴き出した。

 男は出血を抑えようと、反射的に両手を──


 だが脳からの指令は届かず、だらんと垂れ下がったままの両手が持ち上がることはなかった。


 ──絶望。


 死を覚悟していたにもかかわらず、想像を超えた死の恐怖に、男は心の底から後悔した。

 この依頼を受けてしまったことに。

 いや、こんな依頼を受けざるを得ないような生き方を選んできてしまったことに。


 そして何十年も会っていない母親の顔が脳裏に浮かんだ。



 次の人生はまっとうに生きよう。

 温かい家庭を作って慎ましくも幸せに生きていこう。


 俺なんかにそれが許されるのであれば──。



 白髪の男の冷笑をこの世での最後の映像に、男は静かにまぶたを閉じるのであった。

 








「どうだ。死んでみた感覚は──」


 男の耳に声が届いた。


「──なかなかに衝撃的だっただろう」


 ()()()()()()男はハッと目を開いた。

 するとそこには()()()()()の白髪の男の姿があった。


 男は慌てて首の部分を触る。

 両手が動く。両手は男が考えていることを、時を移さずに実行している。


 そして──首も胴体と繋がっていることを確認した。


「オレハ……生きている……ノカ?」


 男は始めて口を開いた。


「今はな。お前がすべてを話す気になったら生かしておいてやろう。そうでなければ──何万回でも殺すぞ?」


 首の無い自分の身体を何度も見られるな──白髪の男が刀をちらつかせ、ニタリと笑う。


「ハ、話せば……そうすればオレハ……生きていてもいいノカ……?」

「ああ。今までの罪は償わないとならないがな」


 男は静かに目と閉じると、


「……ワカッタ」首を摩りながら、そう呟くように頷いた。


 そして男は知ることすべてを話し始めたのであった。






 ◆





「最後に、俺のことをどこかで見たことがあるか?」


 男からすべてを訊き終えた貫千は最後の質問をした。


「オマエのことはオレノ記憶にはない。ダガこの先、一生忘れることはないだロウ」


「そうか。わかった。それから今日見たことは一切口外するな。いいか?」


「ワカッタ。約束しヨウ」


 そして貫千は魔法を解き、元の姿に戻った。


「へ、変装!? オ、オマエ、日本人だったノカ!」


 貫千の本当の姿を見て、男──ザックが驚きの声を上げる。


「ソ、ソレニその刀、ただの棒きれジャナイカ! オレはそんなモノにビビっていたノカ!」


 さらに貫千が手にしていた木の枝を見て喚きだした。


「ん? そうだが、キレ味は結構鋭いぞ?」


 そう言って貫千が枝を一振りすると、貫千の足元の地面がスパッと二つに割れた。


「ウオ!」


 裂け目は座っている男の股間ギリギリで止まっている。


「ワ、ワカッタ! ナ、ナンてヤツダ!」


 男が両手を上げて降参のポーズをとったとき──。


「海空陸様!」


 貫千の名を呼ぶ声が聞こえ、貫千が後ろを振り返った。

 見ると永田が貫千の方へ走ってきている。


 ナイスタイミングだ──。


 貫千が心の中で親指を突き出す。




「み、海空陸様! この状況は──」


 走ってきた永田が目を白黒させながら貫千に尋ねる。

 四十弱の数の男らがそこいらに突っ伏しているのだ。

 そうもなるだろう。


 だが貫千はそれに答えるのではなく、


「永田、ここは任せる。昼間の襲撃とこいつらは別口だ。もしかしたら使用人の中に手引きした者がいるかもしれない。俺は榊と合流する」


 次の行動を指示する。


「使用人の中に!? 海空陸様! なぜそう思われるのですか!?」


「詳しいことはそいつから訊いてくれ。それから西垣さんと山崎はもう少し後方にいる。ここを片付けたらそっちに向かってくれ」


「──りょ、了解しました」


 貫千は面食らっている永田に強引に後を任せた。


「海空陸様! ご、ご無事でしたか! 白い髪の男はどこに──」

「笠原さんはこいつらを縛り上げて!」


 そして永田の奥から駆け寄ってきた笠原にも指示を出すと、急いで館へと向かうのだった。




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