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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
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3-17 新月の熱帯夜 2



「小百合さん、急ぎましょう!」


 明楽が発破をかけると、窓の外、貫千が去った先を見ていた小百合は我に返ったように室内に視線を戻した。


「そうですね! ここは私たちで護りきらないと!」


 小百合は貫千の無事を祈りつつ、指示されたように家の者の誘導を始めるのだった。


 



 ◆





 明楽様は行動を開始されたようだ……


「──っよし!」


 橙の灯りが漏れるダイニングが空になったのを確認した榊は、小型双眼鏡をスーツにしまうと柱の影から姿を顕にした。

 そして明楽たちがいなくなったダイニングの方へ向かい歩き出す──のではなく、その場でくるりと身体を反転させると、左腰に差した鉄製の鞘に手をかけた。


「──さあ。隠れてないで出て来いよ」


 榊が庭の奥に広がる暗闇に向かって静かに声を発する。


 すると闇から湧き出るかのように、ひとつの影が姿を見せた。

 全身を黒一色で包み、顔の部分には視界を確保するための穴が二つだけ開けられている。

 銃は──持っていない。

 その代わりに得物となる短刀を両方の手に一本ずつ握っていた。


 それと同じ姿をした影が、さらに二つ浮き出る。


 三人……

 銃ではなく短刀……

 接近戦を得意とする隊か?

 ということは……


「あっちは陽動でおまえらが本命か?」


 おそらくこの三人が護衛対象である蓮台寺牡丹を攫いに来たのだろう。


 海空陸の言った通りじゃねえかよ……ったく


 気に入らない──といったように、榊は嘆息すると、


「それにしても俺様を相手に三人たぁ、ちいとばかし戦力不足なんじゃないか?」


 「まあ、どこも人手不足だって聞くしな。しゃーねぇか」──シャリンと金属音を立てながら抜刀した。


「ほら。三人まとめてかかってきな」


 榊はそう言い、漆黒の刃の切っ先を三つの影に向かって突き出す。

 と同時、ライトアップされていたプールガーデンの灯りが一斉に消え、周囲は真の闇となった。


「──!」


 榊の姿と刃を見失い動揺したのか、三人のうちのひとりが声を発した。

 『油断するな』とでも言っているのだろう。

 日本語ではない言葉に含まれたほんの僅かな緊張が、言葉の意味を榊に知らせた。


 明楽が貫千の指示通りに別荘周辺のライトの電源を落とすことを知っていた榊は、少しも狼狽することなく──灯りが消えた一呼吸の後には敵の背後に回り込んでいた。


 そして──


「──ッシッ!」


 敵一人の背中めがけて漆黒の刀を素早く振り下ろした。が──


 キィン! という硬い金属音が響くと同時、榊は大きく後方へ跳んだ。


「チッ!」


 榊が舌打ちする。


 狙った敵は無傷で立っていた。

 榊が刀を振り下ろした直後、一人の男の短刀が榊の刀の軌道を逸らしたのだ。


 間合いをとりつつ、構えを整えた榊は軌道上に割って入った男を睨みつけた。

 

 アイツは俺と同じく見えている──。


 そう確信した榊は


「ケッ、まあそうこなくっちゃな。貫千流の見せ場がないまま終わっちまったらそれはそれでつまらねぇ」


 真っ暗闇の中、一の太刀を阻止した敵の目を睨みつつ、にい、と白い歯を剥いた。



 腰抜けの海空陸にばっかりいいカッコさせられっかってんだよ……

 あの日、俺に背中を見せたアイツなんかに……






 ◆






 貫千は前衛の敵を前にただ突っ立っていた。


 いや、ただ、ではない。


 どこで拾ったのか、木の枝を右手に持って立っている。

 だが、それは剣や刀などといったようにおよそ武器になるようなものではない。

 子供が振りまわしても危険とも思わない、ただの細い木の棒だ。


 それともう一つ。

 姿が異なっていた。

 この場でそうだと気づく者はいないが、貫千は白銀の髪に給仕服姿へと容姿を変えていた。


 ただ立っている、木の枝を持った北欧風の外国人給仕係。


 その姿を知らない者からすればただの外国人のように見えるだろうが、知る者からすればそれは畏敬の念を抱かずにはいられない、勇者リクウ、その人の姿である。


 アナスタシアの名を聞かされた貫千は、もしかしたらこの中にもリクウを知る者がいるかもしれない──と考え、それならば少し近道をしてみようと、この姿で対峙することを決めたのだった。





 いつの間にか眼前に立っていた貫千のあまりにも異質な姿に、一瞬動きを止めた十人ほどの前衛部隊であったがすぐに臨戦態勢をとった。

 

 銃で武装する集団を前に一触即発の状況──。


 それでも自然体で立つ貫千は、


「一度だけ警告してやる。今すぐ国に帰れ。そうすれば不法侵入のことは目をつぶってやる」


 侵入者に聞こえるような声で勧告した。


「──!」


 すると太い男の声が返ってきた。

 聞き慣れない言語のため何を言っているのか理解できないが、どうやら興奮しているようだ。


「オマエはダレダ!」


 貫千が日本語を発していることを理解したのか、一人が前に出てカタコトの日本語を発した。


「おまえらの中で俺を知っている者はいるか?」


 日本語が理解できる男が仲間に通訳をする。


 直後──、一斉に笑いが起こった。


「ガハハハッ! オモシレェ! オマエ、サムライのつもりカ!?」


 おまえなんて誰も知らねえ、そんな棒でなにができる、と日本語を話した男も一緒になって笑い飛ばす。


「ボスから許可は下りてイル! 邪魔者は排除しロッテヨ!」


 あくまでも貫千を下に見る侵入者は、今から攻撃に移ることを丁寧に教えてくれ──


「──!」


 一人の男が外国語で指示を出すと、銃を構えていた侵入者らが一斉に引き金を引いた。


 闇の中、ごくごく小さなマズルフラッシュが閃光を放つ。

 まるで夏の夜の花火を思わせる、儚くも力強い光。


 まあそうなるか。


 ──西垣らと別れてから三十五秒後。


 貫千はその場から一歩も動かずに作戦を開始した。


 まず、貫千は銃弾が貫千の身体を貫く直前、大気に紛れ込ませていた纏気を実体化させた。


 実体と化した纏気は数百の鉄の塊に纏わりつき──音速を超えた弾は目的を果たすことなく動きを止められ、草の上にボトボトと降り注ぐ。

 次に貫千は手にしていた枝にも気と魔力を纏わせた。すると細く頼りなかった枝は、どんな業物にも引けを取らないほどの強度を誇るひと振りの刀へと変貌を遂げた。


 貫千は、切っ先を左下に落とした構えをとったまま勢いよく地を蹴る。

 

 影すらも置き去りにするような速度で飛び出した貫千は、白銀の髪を靡かせ一瞬で敵に肉薄し──

 わずか四秒のうちに十人の侵入者を無力化した。


 貫千流闘術剣の技、一筆一閃──。


 始点から終点までを一筆で結び、一呼吸のうちに縫い、それと同時に敵を斬る剣技。 

 始点に立つ者と終点に立つ者は無論、その筆の線上にいる者は残らずして斬られる。

 今回のように隊列を組んでいる敵には非常に有効となる技だ。


 貫千が終点である男の脇を通り抜けたときには、全員が前のめりに倒れ込んでいた。


 喉元を突かれた侵入者らは、呻き声も出せずに白目を剥く。

 急所を外しているため命はあるが、満足に食事をとることもできなくなった男らは、数カ月は戦場に立つことはできないだろう。


 治癒魔法があるのであれば別だが──。


 魔法……


 だが今はそれを考えている時ではない。


 貫千は敵将を捉えるべく、続く後方部隊に向けて歩を進めた。




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