3-14 小国の大使
「ほら。明楽のはこれだ」
貫千は、明楽専用に作った地球産の料理を明楽の前に給すると
「──? どうかしましたか? 恭介さん。料理が冷めてしまいますよ?」
芋虫に手を付けようとしない二階堂に、温かいうちに食べてくださいと催促する。
だが、それでもナイフとフォークを持とうとしない二階堂を
「恭介さん、好き嫌いなんてなかったのに珍しいですね。いつも出された物を淡々と食べていましたけど。芋虫ごときで顔色を変えるとは、どこか具合でも悪いんですか?」
貫千がさらに煽る。
「いや。珍しい食べ物だからね。少し驚いたが……ほう。これが向こうの食材か……」
硬い顔つきの二階堂が、芋虫の端の端をほんの少しだけナイフで切り分ける。
そして、どこか観念したように「はぁ」と小さな溜息を吐くと、フォークに刺したそれを口元に運ぼうとしたが────そのとき
「あ、でもそれ、毒が入ってますよ」やおら貫千が恐ろしいことを口にした。
「──!」
すると二階堂はテーブルの上にフォークを放り投げ、右手に持っていたナイフを素早く持ちかえた。
険しい表情だ。その腰はイスからほんの僅かに浮いている。
「ん? 冗談ですよ。どうしたんです? 恭介さんらしからぬ態度ですね。いつもなら鼻で笑って相手にもしないのに」
反射的に見せた二階堂の態度に、貫千が「おー怖い」と、わざとおどけてみせる。
そんな二人のやりとりを前に小百合は黙々と食事を続けているが、明楽はそれどころではないようだ。
打ち合わせ通りとはいえ、青い顔で二人のやりとりを見ている。
いや、顔が青いのは緊張をはらんだ二人のやり取りのせいではなく、二階堂の前の芋虫のせいかもしれない。
しかし貫千はそんな明楽など気にもかけず、二階堂から鋭い視線を逸らすことなく質問を続ける。
「そういえば恭介さん。──その指輪どうしたんですか?」
正確には貫千の視線は二階堂の右手中指に嵌る黒い指輪にあった。
よほど注意して見ないと嵌めているかどうかもわからない、針金ほどの細さの指輪であったが貫千はそれを見逃さなかった。
「あ、ああ。親しい友人からいただいたのだ」
二階堂はあまり多くは語らず、場を取り繕うように咳ばらいをしながらイスに座り直した。
「俺もそれに似た指輪を知っているんですよ。少し見せてもらってもいいですか?」
「いや、これは大切なものだ。それよりこの料理は──」
二階堂は指輪から話を逸らすかのように、再び芋虫を口に運ぼうとするが──
「魔封鉄っていう特殊な鉱物が使われているんですよね。それを装着すると装着した者の魔力を遮断することができるとか」
「……」
貫千の言葉に二階堂は眉をピクリと動かす。
「魔封鉄。聞いたことありますか?」
「魔封鉄……? いや。初めて耳にするが。君はいったいなにを──」
「そろそろ目的を聞かせてもらいましょうか。恭介さん。いや、恭介さんの偽物さん」
「だから海空陸君。なにを──」
「──そう言うのであれば、その指輪を外してもらえますか?」
「なにを言って──」
貫千はここで態度を変えた。
これ以上無駄に時間を費やすつもりはないと。
「話す気がないのであれば俺はそれでも構わない。その際は敵と判断し、おまえとおまえの背後にある組織を根絶するだけだ」
「だから海空陸君──」
「そうか。それなら一秒だけ待ってやる」
「お、おい──」
「イチ──、ゼロ」
終わりだ、と言うや否や、貫千が纏気を開放しようとした瞬間。
二階堂はその影響下から逃れようと常人離れした動きをみせた。
席を立つや否や、入口付近まで跳躍していたのである。
纏気解放術──その辺りの情報も仕入れていたということか。
が、しかし──その先手を取り、貫千はすでに二階堂の背後に回っていた。
「──その程度の速度では俺から逃れられないぞ」
二階堂の首筋に、いつの間にか手にしていたナイフを押し当て低い声を出す。
おい!
小百合! 出番だ!
食べている場合じゃないぞ!
「ま、待ってください!」
食事に夢中になるがあまり、役どころを忘れていないか不安に感じていた貫千だったが、打ち合わせ通りのタイミングで小百合が立ち上がったことに安心しつつ先を続けた。
「どうした。小百合」
「お母様が意識を戻した際に見せた、このお方の安堵の表情は偽りではありません!」
「なに? どういうことだ」
「このお方は二階堂様のふりをしてはおられますが、決して悪者ではないと思います!」
「……だそうだ。小百合はああ言っているが……それでも口を閉ざすのであれば……」
なんの脈絡もなく突然小百合が割って入り、二人の諍いをとめるなど……。
傍から見れば相当に恥ずかしい演技である。
だが、貫千が僅かに纏気を解放していたこともあり、
「わ、わかった。本当の姿を見せる。だからその気を抑えてくれ」
抗うことを諦めた二階堂──偽者は指輪を外した。
それと同時、男から魔力を感じた貫千は眉をしかめる。
やはり魔法を隠蔽する魔道具で正解だったようだ。
男は魔法を解除したのか、身体が淡く光り──一瞬の間に、日本人だった容姿から外国人のそれに姿を変えた。
すでに貫千から聞かされていたことだ。
小百合と、そして明楽も、その変身を目の当たりにしても驚くことはなかった。
「私はキミたちの敵ではない。地中海に面した小国──アライドが権力を握る国、と言った方が伝わるだろうか。その国の大使を務めるウェステインという者だ」
男はようやく自分の素性を明かした。
二階堂の偽物──ウェスティンは両手を挙げ、「抵抗はしない」と宣言する。
「アライド……の国の大使……?」
予想していなかった男の身分に、貫千が呟く。
「そうだ。私はある使命を仰せつかってこの国にやってきた。──カンチ殿はアリーシャ様という人物をご存知か」
姿だけでなく、態度も変えたウェスティンが貫千に質問を投げかける。
「アリーシャ? ……アリーシャ……いや、そんな人物は知らない、はずだが……」
記憶を遡っても思い出せなかったことに、ウェスティンにそう返す。
「そうか……アリーシャ様はある人物を探し求めておられる。リクウという勇者だそうだ」
「リ……クウだと……?」
貫千はここで初めて本当に驚いた顔をした。
まさか外国の大使がリクウの名を知っているとは。
小百合も明楽も、初対面の外国人が『リクウ』と口にしたことにはさすがに驚いている。
ウェスティンは、ナイフを持つ貫千の手に力が入ったことに、ゴクリ、と唾を呑みつつ、
「アリーシャ様は『リクウと思しき人物を探し当てたらこう伝えるように』と言っておられた。『アナスタシア=ラッティマが面会を求めている』と」
「ラ、ラッティマ! アナスタシア=ラッティマだと!」
貫千は、いや、貫千だけではなく小百合も、その名を聞いて驚愕するのであった。
◆
『西垣師範。山崎です。どうやらゲストが到着したようです』
『西垣だ。了解。数は把握できるか?』
『二十から二十五といったところでしょうか。全員銃で武装しています』
『──多いな。対象の命は狙わないというのが本当であれば……やはり攫いに来たか』
『待ってください! もう一団います! ゲストの数五十!』
『五十! 了解だっ! 俺もすぐにそっちに向かう! 距離を保ちつつ監視を続けろ! 榊! 海空陸様に至急報告を!』