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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
43/52

3-13 始まるディナー

今回グロテスクな描写があります。

特に食事中の方はご注意ください……



「ハイ。ボタン殿は危機を脱し快方に向かっていマス」


『── ──』


「イエ。魔法ではなくスープデス。スープを口にした途端、ボタン殿は目を覚ましまシタ」


『── ──』


「見まシタ。真っ白い髪をしていまシタ。アリサ殿から聞き出した情報通りデス」


『── ──』


「アリーシャ様がお書きになった絵とも良く似ていまシタ。サユリ殿も確かに『リクウ』と。『向こうの食材』とも言っていたので間違いないかと思いマス」


『── ──』


「今のトコロまだ気づかれていないと思いマスが、どうしまスカ」


『── ──』


「わかりまシタ。引き続き対象を監視して報告いたしマス。仮にアライドが動いたら──」


『── ──』


「使用の許可ありがとうございマス。それではレギュート様、ワタシは任務に戻りマス」


『── ──』


「わかっていマス。一日も早くアリーシャ様の笑顔が見られるヨウ全力を尽くしマス」





 ◆





「そうか。動きは見せなかったか」

「はい。部屋を出たらすぐに報せるよう待機させておいた家の者の説明では、あの後一歩も部屋から出ていないとのことです」


 特別な料理を作るから、という理由で貸し切り状態にしてもらったキッチンで、貫千は小百合から報告を受けていた。


「お兄様の方はいかがでしたか?」

「付近を索敵したが、ヤツの仲間が潜んでいるような気配もなかった。──ヤツは単身で乗り込んできたということか」


 魔法を使用して見せただけでなく、貫千が応援を呼んだというのに偽二階堂は仲間と接触することもせず、部屋に籠っていた。


 よほど腕に自信があるのか、それともすべてが向こうの思惑通りなのか。


 貫千は少しの間考えを巡らせたが、まずは料理を仕上げてしまおうと行動を開始した。


「今日の食材はこれだ」


 貫千はイマジナリボックスから手を引き出すと、手にしていた食材を調理台の上に置いた。


「……え? きゃ、きゃあああ!」


 それを見た明楽が一瞬の間の後、派手な悲鳴を上げた。

 

「お、お兄様! は、早くそれをしまってください!」


 勢いよく小百合に抱きついた明楽が震えながら懸命に訴える。

 明楽にきつく抱きしめられている小百合はというと──


「美味しそう……」


 食材を凝視していた。


「さ、小百合さん! こ、こんなものが美味しそうだなんて──きゃああ! 小百合さん! さ、触ったらだめですっ!」

「アキラ。いくら貸し切りとはいえ、そんなに大声を出したら人が飛んでくるぞ?」

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。あきらさん。ほら、これはもう死んでいますから」

「きゃああっ! いやぁぁああっ!」


 小百合が手に取った食材を明楽に近づけると、明楽はものすごいスピードでキッチンの隅に逃げていった。


「い、生きているとか死んでるとかではなくて、み、見た目が無理なんですっ!」


 明楽は三つ目芋虫が苦手なようだった。


「最高に美味いのに」

「高級食材です」


 隅で縮こまる明楽を他所に、二人は調理にとりかかるのだった。





 ◆





 夜七時。

 場所は蓮台寺家別荘一階メインダイニング。


 白を基調とした解放的な室内には、高い天井から吊り下がるキャンドルシャンデリアの灯りが淡く魅惑的に揺らいでいる。


 落ち着いたクラシックの調べが静かに流れる中、二十人は座れるダイニングテーブルにゆったりと座る三人の姿があった。


 ライトアップされたプールガーデンが望める席に二階堂。

 その正面に小百合。そしてその左隣に明楽。


 二階堂は元々着ていた黒いシャツに黒のスラックスといった割とカジュアルな装いだが、小百合と明楽は胸元が大きく開いたシックなドレスを着用していた(明楽が着ているドレスは水着に続いて小百合から借りたものだが)。


 溜息が出るほどに美しい二人が座るこの空間は、ただの夕食ディナーであるにもかかわらず、どこを切り取っても格式の高い晩餐会そのものであった。




 ◆




『はあ……美しすぎる……』


 そして本当に溜息を吐いている男が庭先にいた。

 自称、()に見放されなかった男、榊である。


『集中できないのなら後方に回すぞ!』


 庭の木の影から双眼鏡で室内の様子を窺っていた榊が西垣に小突かれる。

 どうにか敷地内での護衛を勝ち取った榊は、西垣とともに別荘内を監視していたのだった。


 しかし。

 榊が双眼鏡で監視(のぞき)していたのは言うまでもなく明楽の白いうなじである。


『羨ましい男だ……俺があそこに座れたら……西垣師範! 許可をいただければ今すぐにでもあのキザ男をメッタメタにしてやりますが!』

『そんなことしてみろ。明楽様に半殺しにされるぞ』


 士気だけは異様に高い榊。そしてそんな榊が空回りしないことだけを祈る西垣であった。




 ◆




 再び室内。


 三人は間もなく始まるディナーを前に、とりとめのない会話を交わしていた。


「迎賓館の方は現在どの程度まで進んでおられるのですか?」

「いくら小百合君の質問でも、その件についての詳細は機密扱いになっていてね。悪いが答えることはできないのだ」


「機会がありましたら美咲様にもお会いしたいのですが」

「美咲も喜ぶだろう。伝えておくから是非とも仲良くしてやってほしい」


「そういえば二階堂様はお料理をなさるとか。得意なお料理などお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「得意料理などない。以前海空陸君を家に招いた際にはそぼろを──」



 何気ない会話から二階堂の不自然な点を探ろうとする小百合と明楽であったが、そもそも二階堂のことを良く知らない二人にとってその作戦が上手くいくはずがなかった。

 ある程度付き合いの長い貫千ならいざ知らず、ほぼ面識のない二人には無理からぬことだ。

 特に明楽は男性が苦手であることにプラスして人見知りが激しい。

 そのため先ほどから会話をしているのも小百合のみで、明楽に至っては席に着いてから一言も発していなかった。

 赤の他人である二階堂、それが偽物なのであればなおさらだが、そんな男を前にして流暢に会話ができるほど明楽の精神はタフではなかった。


 明楽は、そわそわと落ち着かない様子でダイニングの出入り口に目を配り、兄がやってくるのを今か今かと心待ちにしていた。


 と、そのとき──。


「お待たせいたしました」


 メインダイニングの入口に貫千が姿を見せた。


 すると明楽の表情がパッと明るくなり、小百合がホッと息を吐く。

 顔には出さずとも、小百合は小百合で緊張していたようだ。


 皿を持って室内にやってきた貫千は


「前菜からどうぞ」と二階堂の前から順に皿を置いていく。


「海空陸君は席に着かないのか?」三皿しか用意されていないことに、二階堂が尋ねると


「特別料理ですからね。今夜は俺がホストです」貫千は自然な笑顔で答えた。


 今夜の貫千は魔法で姿を変えていない。いつもの貫千のままだ。


「そうか。それはすまないな」


 二階堂は貫千に礼を言ったところでディナーの開始となった。





 ◆





 ディナー開始から四十分ほどが経った頃。



「今夜のメインです」


 貫千が意味深な笑みを浮かべて二階堂の前に銀の蓋(クロッシュ)がされた大皿を置く。

 それが向こうの食材であることを理解している二階堂は貫千の笑みに応えるように薄らと笑った。


 二階堂はそんなやりとりを愉しむかのようにワイングラスを手に取ると、赤ワインを口に含んだ。


 そして貫千がクロッシュの摘まみを握り、


「どうぞご堪能ください」


 それを持ち上げるや否や


「──ブッ!」

「ひぃ!」


 二階堂が口に含んでいた赤ワインを豪快に噴き出した。

 その勢いは凄まじく、ワインは正面に座る小百合のすぐ前まで飛び、純白のクロスには一直線に赤い染みが付いてしまっている。


「し、失礼! み、海空陸君! こ、これは……」


 慌てて口元を拭う二階堂の様子を見た貫千と小百合は内心でほくそ笑んだ。

 そしてこの男が向こうの世界からの帰還者ではないということも同時にわかり、胸を撫で下ろした。

 向こうにいた人間であれば、三つ目芋虫を知らないわけがない。

 高価な食材のため口にする機会は少ないが、見たことがないという大人はいないだろう。

 地球にある食材で無理やり例えるのであれば、エスカルゴといったところか。

 

 貫千がにこやかに「蒸し上げた三つ目芋虫です。そのままナイフで切り分けて食べてみてください」──食べ方の説明をする。


 だが二階堂は硬直したまま手を動かそうとしない。


「恭介さん、遠慮せずにどうぞ?」


 二階堂が帰還者でないとわかり安心した貫千は口調も軽くなっていた。


 しかし明楽だけは笑っていなかった。

 二階堂と同じ真っ青な顔で皿を見ている。


 蓋を開けたときに聞こえた小さな叫び声は明楽のものだろう。


 まあそれも致し方ない。


 ナマコほどの大きさの青白く発光した芋虫。

 明楽にしてみればそれだけでも気味が悪いのに、胴体の真ん中に大きな丸い目が三つもあり、さらにそのうちの一つの目が明楽を見ている──ように見えるのだ。


 明楽はガチガチと震えて噛み合わない歯をどうにかしようと、必死に笑顔を作っていた。


 そして


 プチン!


 という音に明楽は嫌な予感を覚え、ギギギと首を回して恐る恐る隣に目をやると……


 芋虫の大きな目の周りにナイフを入れて目玉を抜き取り、それを口にしようとする小百合の姿が……


「ひっ!」

「この眼玉がとても美味しいのです!」


 明楽の視線に気づいた小百合はそう説明すると、青い体液が滴る目玉をぱくっと食べてしまった。


「うひいっ!」


 それを見た明楽はほんの一瞬ではあるが、意識を飛ばしてしまうのだった。




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