表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
42/52

3-12 精鋭部隊



 水着に着替え終わった小百合と明楽が、お互いの肌に日焼け止めを塗りあっている頃──。


 貫千は蓮台寺家別荘近くの森の中にいた。

 雅が派遣してくれたという護衛と接触するためである。


 蝉時雨の中、待つこと数分。


 来たか……

 

 貫千の待つ場所に数人の気配が近寄ってきた。

 他人に気取られないよう巧みに気配を殺していることから、雅が寄こした護衛だと判断した貫千はそちらに身体を向けた。


 街の方からではなく山の奥から来たということは、先ほど聞こえたヘリのモーター音がそうだろう。

 ということは東京から文字通り一直線に飛んできたということか。


 てっきり近くにいる者が派遣されると思っていた貫千は、心の中で雅に礼を言った。

 



 五人か……


 気配から人数を推測していると、


「お久しぶりです。海空陸様」木陰から男が姿を現した。


 ダークな色のスーツを着込み、白いシャツにネクタイ、足には革靴と、避暑地の森の中に於いてはおよそ似つかわしくない格好である。

 日本人として至って平均的な体型をしてはいるが、男は一切の隙を見せない身のこなしからかなりの手練れとわかる。

 そしてその男に貫千は見覚えがあった。


 この人はたしか……


「西垣さん……?」


 貫千が記憶を頼りにその名を口にすると、男は破顔した。

 どうやら西垣で正解だったようである。


 貫千より七歳年上の西垣は、当時(現在もだが)最年少で貫千流闘術の師範となった武の達人だ。

 現当代である臥心がしん、そして次期当代であるみやびからの信頼も厚く、また、師範の中では年齢が貫千と近いこともあり、数少ない貫千の理解者のひとりでもあった。


 貫千はそれらのことを思い出すと同時に、一日の修行を終えた後も個人的に稽古をつけてもらっていた若き日の映像も、頭の中に流れたのだった。


「ふむ。次期当代の言葉の通り、海空陸様は随分と変わられた様子だ」


 西垣が愛想の良い笑顔で近寄ってくる。


「ご無沙汰しております。西垣さん」


 貫千も二歩、三歩と足を動かして西垣に歩み寄ると、右手を差し出した。


「西垣さんに来ていただけるとは──」


 御手を煩わしてしまい申し訳ありません、と貫千が恐縮すると、西垣は差し出された貫千の手をがっちりと握り、


「なにを言われますか。私は私で海空陸様にお会いする、という個人的な願いが叶ったのですから」


 むしろこの任務を与えられて感謝しているくらいです、と精悍な顔に喜色を浮かべた。


「俺に……ですか?」

「ええ。次期当代からそれは毎日のように海空陸様の話を聞かされていますから」

「雅が……?」


 いったいどんな話をしているのだろうか。

 手合わせの内容に関しては口外しないと約束したはずだが……


「ええ。『海空陸様が逞しくなられた』と。本人は隠しているおつもりなのでしょうが、そのときの御顔といったら……。そうなるとぜひともお会いしなければ、と思うのは師範として当然のことでしょう」

「雅がそんなことを!?」

「私も驚いています。武にしか興味を示さなかった次期当代の口から、男性の、それも海空陸様の話題が出るとは。今までは距離を置かれていたようにも見受けられましたので」

「雅のヤツ、それを至る所で?」


 俺のことを話題にしようものなら、みんな気を悪くするだろうに……


 そんな貫千の心情を悟ったのか西垣は、


「ご安心ください。次期当代はそういった話は私にしかされませんから」と貫千を気遣う。


 それを聞いてとりあえずは安堵する貫千であったが、


「あ、そういえば当代にも話されていました。私のときよりも嬉しそうな御顔で」


「お、親父にも!?」


 臥心にもしていると聞いていっそう面食らうのだった。


「西垣さん。クライアントとの挨拶は──」


 そのとき、西垣の後ろの木陰から人影がスッと現れ──たのはいいが、見覚えのあるその男の顔に貫千は驚くと同時に天を仰いだ。


 雅のヤツ……

 そうきたか……


「──まさかおまえが来るとはな」

「うお! み、海空陸! な、なんでおまえがこんなところに!」


 だが驚いたのは貫千だけではなかった。相手の男も貫千を指さした状態のまま口をパクパクさせている。

 汗で湿った頭皮に()()薄い髪を張りつけ、間抜けな面をしているのは──貫千流闘術門下生のひとり、さかきであった。


 さらに榊の後方には、部下と思われる男が二人、それと女が一人立っている。


 無論その三人も、当代候補であった貫千のことは知っているのだろう。

 榊ほどではないが、目の前に貫千家の人間がいることに明らかに動揺している様子が見て取れる。


 後ろの三人はスーツ姿が様になっているが、榊ときたら……

 まるで成人式の若人のようだ。


 と、それはさておき──


「──世話になる。榊」貫千が榊に歩み寄り、右手を差し出す。


 だが、榊はその手を握ろうとはせずに


「お、おまえがクライアントだとっ!? み、雅様はいい勉強になるから行ってこいと──」


 貫千を睨みつけ、次いで「西垣師範は知ってたんですかっ!」と西垣に問い質す。興奮してはいるが、声のトーンを抑えているあたりはさすが貫千流の門下生といったところか。


「榊。海空陸様に対する言葉遣いを正せ。それに雅様などと気安くお呼びするなと何度言ったらわかるのだ」


 西垣が榊を叱責する。


「で、でもこいつはもう貫千の人間では──」

「そんなことは問題ではない。貫千流を継承せずとも貫千の血は流れている。貫千の血、それは我らを象る礎だ。敬意を持って接しろ」

「に、西垣さん!」


 それでも納得いかないのか、榊は憤慨を隠そうともせずに鼻息荒く貫千を睨んでいる。


「まあそう興奮するな。ただでさえ暑いんだ。西垣さん、あちらの木陰に移動しましょう」


 貫千は差し出していた手を引っ込めると、榊のことは構わずに西垣と歩き出す。


「あ、に、西垣師範! おい、行くぞ!」


 すると、榊は慌てて三人に指示を出し、貫千と西垣の後を追いかけるのだった。 






 ◆





「貫千です。今回はお手伝いいただきありがとうございます」


 木陰に入ると貫千が三人に挨拶をした。

 突然声をかけられたことに三人は一瞬怯んだが、すぐに自己紹介を始めた。


 山崎と永田という男二人は、貫千や榊と同じ二十四歳の門下生で、東京からヘリでやってきたそうだ。

 二人とも貫千とはなんども手合わせをしたことがあると言っていたため、貫千は二人のことを忘れていると悟られないよう、話を合わせて上手く誤魔化した。

 その際、西垣がなにか言いたそうにしていたが──結局最後まで口を挟むようなことはなかった。


 唯一の女性は笠原と名乗った。年齢は二十五歳。

 笠原も貫千流の門下生なのだが、東京から来たわけではないという。

 二年ほど前からこのエリアを担当するエージェントとして活動しており、今日も林道での襲撃犯の尋問を終え、西垣と合流したそうだ。


「結局あいつらは何者だったんですか? あの中の一人は東京でも見た顔だったんですが」


 貫千の質問に笠原は報告を始めた。


「雇われただけのようです。全員前科持ちで、海空陸様が東京で見たという男は主犯の弟でした──」


 主犯とは銃を構えた男のことだった。

 主犯の男は約ひと月ほど前、酒を飲んでいる席である男と知り合い、その男から仕事を依頼された。

 依頼とは、大財閥の娘である小百合に着き纏い、不安を植えつけるというものだった。

 手を汚す必要のない依頼にしては破格の報酬であったことに初めは警戒したが、先払いということもあり、その依頼を受けた。

 その依頼主は金を支払うと忽然と姿を消した。暗い店だったことと酔っていたこともあり、男の顔は憶えていない。

 主犯の男は刑務所内で顔見知りとなった三人と実の弟を誘った。


 小百合にストーカー行為を行っていたある日、仲間の一人が突然『俺は抜ける。報酬はいらない』と仕事を放棄した。

 そのことがあり、しばらくは嫌がらせをしていなかったが、昨晩、主犯の男が酒を飲んでいるところへ再び例の依頼主が現れた。

 依頼主は大量の札束とともに今回の仕事を依頼してきた。

 その際も顔は見せず、指示を終えると消えるようにいなくなった。

 車と銃はすべて依頼主が用意した。 


「──銃はアライド社のもので間違いありません」


 やはりアライドが絡んでいたが、すでにそれらのことは想定していたため、貫千の顔色が変わるようなことはなかった。


 笠原が報告を終えると、貫千は


「おそらくですが……その依頼主と思われる男が今、あの別荘にいます」


 低い声で続ける。


「二階堂という男の姿で──」


 そして林道での襲撃から小百合の母の容態に至るまでを簡潔に話した。

 無論、魔力云々の話は省いてだが──巧妙な変装と聞いて、五人に(うち一人は本当に聞いていたのか怪しいが)緊張が走った。


 西垣はその話を聞いた直後、東京のエージェントに二階堂の所在を確認する連絡をとった。


「護衛対象は一に蓮台寺牡丹。二に蓮台寺小百合。そして……まあ心配はないと思いますが、三に貫千明楽です」


 貫千がそう続けると、


「お、おい海空陸! おまえ今、明楽といったな! まさかあの別荘に明楽様がいらっしゃるのか!?」


 榊が唾を飛ばしながら詰め寄ってきた。


『なんで俺が貫千のお守なんか……』と腐っていた榊とは目の輝きが違う。


「ああ。俺と明楽はあの別荘にゲストとして招かれている。俺は自分の身は自分で守るが、明楽に万が一がないとはいえないからな。一応護衛対象に──」


「それを早く言えよっ! 雅様から引き離されたのは神の悪戯なんかじゃなかった! 運命だったんだ!」

「榊。少し黙れ」


 榊の頭に西垣の拳骨が振り落とされる。


「うお! 痛っ! に、西垣師範! あ、頭はダメっす! 頭皮に刺激は禁物っす!」


 痛さから頭を抱えて草の上を転げ回る榊だが、その顔は締まりがない。


「おまえ、雅に憧れてるんじゃなかったのか? 明楽に乗り換えたのか?」


 貫千が白い目で見ると


「馬鹿野郎! 乗り換えるなんてなんてこと言いやがる! 俺はもとから雅様と明楽様命だ! 艶やかな雅様、華やかな明楽様、どっちか片方になんてできるわけねえだ──グボッ!!」


 最後まで言うことなく、榊の顔面は西垣の体の技によって地面に埋まってしまった。


「……申し訳ありません。海空陸様。こいつは躾けても躾けても一向に変化がなくて……」

「西垣さんが頭を下げる必要はありません。それにこういう男もこれからの貫千流には──」

「おい、海空陸! それで明楽様は今なにをされているんだ! はやくお護りせねばっ!」


 飛び起きた榊が、顔に団子虫を這わせながら訊いてくる。


 榊に護ってもらうほどひ弱な明楽ではないのだが──。


「明楽ならさっき水着に着替えていたからな。今頃はプールで水浴びでもしているんじゃないか?」


 貫千が正直に答えると、


「み、水着!? 水着でプールだとっ!?」


 榊は勢いよく立ち上がった。


「西垣師範! わたくし榊は敷地内警護を所望いたしますっ! いえ! この命に代えてでも護衛対象を護り抜きますので是非とも担当させていただきたく!」


 そして西垣も拳を握りながら静かに立ち上がるが、


「おい海空陸! 明楽様はどんな水着を──ぐぉおっ!」


 西垣が鉄槌を下すよりも素早い動作で榊を二十メートルほど吹き飛ばした貫千は、


 これからの貫千流にもこういう男は必要ないな。


 先ほどの考えを改めるのだった。






 ◆






「お兄様! よろしかったら一緒にいかがですか!?」


 打ち合わせを終えて別荘に戻った貫千は、そこに楽園パラダイスを見た。


「せんぱ~い!」


 きらきらと輝く水飛沫を舞わせた小百合と明楽が、貫千をパラダイスへと誘惑する。



 ったく。

 俺の気も知らずに……



「……夕飯の支度を始めるぞ」


 じとりとした視線を向けた貫千は、そう言って館に入っていくのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ