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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
39/52

3-9 生の実感



「私が学生の頃、牡丹殿にそれは大変お世話になったのだよ──」


 二階堂が蓮台寺家別荘にいる事情の説明を始めた。



 二階堂は今の職場へ就職するにあたって、蓮台寺牡丹に世話になっていた。

 今から十数年前のことである。

 その折、中学生の小百合と一度挨拶を交わしたことがあったのだが、本人は向こうから返ってきた時期であったため、残念ながら記憶に残っていなかった。

 二階堂は小百合と会議で再会した際、名乗る機会はあったのだが牡丹の病のこともあり、後ほどゆっくりと話す機会を設けようと考えた。

 そのときの小百合は今と同じく二階堂のことを覚えている様子もなく、不自然なほどそわそわしてみえたので、二階堂としては専務の叱責から守るくらいしかできなかったのだった。


 今日は師である牡丹の見舞いに東京から新幹線で来ていた。

 女中の喜田川から小百合が来ることを聞き、少し話でもしようと待っていたところ、窓から貫千が帯同しているのが見えた。

 そして、悪戯を思いついた二階堂は、貫千を驚かせてやろうと部屋の隅で控えていた。


 ──貫千を驚かすことに成功した二階堂は改めて小百合と明楽に自己紹介をした。

 

 二階堂のことを明楽は、貫千から名前だけ聞いて知っていた。

 二階堂も同じく明楽のことは名前だけ知っている。


 ──もうひとりの妹とは面識があるのだが……二階堂はそのことには敢えて触れずにいた。




「……しかし私も驚いたよ」


 二階堂が牡丹を見る。牡丹の症状のことを言っているのだろう。

 その眼差しは心の底から憂いているように見受けられた。


「二階堂様にまでご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ございません」


 小百合が頭を下げる。

 君が謝ることではない、と二階堂が言った後は──誰も言葉を続けなかった。


 牡丹は身動きもせず、一点を見つめている。

 前回、小百合が見舞いに訪れたときよりも悪化しているようだった。

 小百合は月曜日に来ており、そのときは会話が成立したと道中の車内で話していたのだが──。

 そのことに、小百合の表情も暗い。


 しばらく沈黙が続き──


「小百合。スープを試してみよう」


 口を開いたのは貫千だった。


「症状を聞くに、早く処置した方が良さそうだ」

「スープ?」


 貫千の発言に、二階堂が不思議そうな顔をする。


「詳しくは後ほど話しますが、このスープは特別な材料からできています。それを牡丹さんにと」

海空陸みくり君。担当医の許可もなくそのようなものを──」

「私がお願いしたのです。もしかしたらこのスープならと先輩に無理を言って」

「小百合君。藁にも縋りたいという心中は察するが、食事で改善できる病など──」

「玉子そぼろと同じ材料、と言ったら信じていただけますか?」


 貫千の言葉に二階堂は眼鏡の奥の瞳を輝かせた。


「玉子……そぼろ……?」

「そうです。恭介さんが会議の際に食べたあの玉子そぼろです。あれを食べた恭介さんはなにを感じましたか?」

「な、なぜそれを海空陸君が……いや、北条君か。例の仕出し屋にサミット用の弁当を確約させたと報告してきたのは君と会うと言っていた日の翌日のことだった。そうか。つまり、君はその仕出し屋を知っていて、その店にこのスープを作らせた、ということか」


 サミット、と聞いて貫千は一瞬顔を青くしたが、すぐに気を取り直すと


「半分正解で半分不正解です──」


 目を細めて貫千を見る二階堂に向かって続ける。


「亜里沙……北条からは恭介さんのことは聞いていません。恭介さんが無我夢中で玉子そぼろを食べていたことを知っていたのは俺があの場で見ていたからです」

「海空陸君が……? なにを言っている。あの場には我々外務省の人間が五人と、スペース社の九人……その中に君はいなかったはずだ。ほかには秘書が三人、内一人は小百合君だ。ほかには──」


 そう言う二階堂の眼前。

 突如として貫千の身体が光に包まれた。と同時、薄暗かった室内が、淡い光で溢れる。

 一瞬のことであったが、二階堂を、そして明楽を驚かせるには十分であった。


 音もなく光が消え、そこに現れたのは──


「恭介さん。今の俺の姿に見覚えは?」

「──なっ!?」

「お、お兄様!?」


 白銀の髪の男──知る人ぞ知る勇者リクウ。


 貫千は現実主義の二階堂に、論より証拠と、残り少ない魔力を使って姿を変えてみせたのだった。

 牡丹は驚く素振りをみせない。

 おそらくその視界に貫千は入っていないのだろう。

 

「き、君はあのときの──」

「お、お兄様が外国人に──」

「リ、リクウ様……」


 貫千は二階堂に対して意趣返しができたことに意地悪く笑うと、


「俺が仕出し屋を知っているというのは正解です。ですがその仕出し屋は存在しません。実はあのときの玉子そぼろ弁当、そしてこのスープも俺が作ったものです」


 今後も御贔屓ごひいきに、と流暢にお辞儀をしてみせるのだった。





 ◆





「お母様。どうぞ召し上がってください」


 二階堂が納得したところで、いざ計画を実行することとなった。

 小百合がスプーンを牡丹の口元へ運ぶ。

 小百合の言葉がわかっているのかいないのか──。

 牡丹は反応を示さない。が、小百合は少しだけ開いている唇にスプーンを押し当てるとそれを傾けた。


 口の中にスープが流れ込んでいく。

 唇の端から零れてしまったスープは明楽が丁寧に拭う。


 そして──


 ──ゴクリ。


 全員にその音が聞こえた。


 小百合が二口目を流し込むと、牡丹が口の中の液体を嚥下する。


 そして三口目──。


 四人が見守る前で、奇跡が起こった。


「美味しい……」


 やや掠れた声ではあるが、牡丹が声を発したのだ。


「お母様ッ!」


 スプーンを持つ小百合の手が震える。


「代わろう」


 それを見た貫千が小百合の手からスプーンを受け取り、


「もう少し胃に入りそうですか?」


 優しく問う。


 すると、牡丹は


「ありがとう……」


 弱々しい声ではあるが、しかしはっきりと聞き取れる声でそう言い、そして窪んだ瞳から涙を流した。


「あ……ああ、お母様……」


 小百合が嗚咽する。

 声にならない声で牡丹の手のひらを自分の頬に押し当てている。


「牡丹殿。ここがどこだかおわかりですか?」

「きょ、恭介君……ええ……」


 二階堂の問いにも応じられるまでになった。


「さあ。どうぞ」


 貫千がスプーンを口元に寄せると、今度は自分の力で唇を開き、スプーンを迎え入れる。

 そしてその味を噛み締めるように、含んだスープを口内で転がすと、喉の奥に流し込んだ。


「ああ。私は生きている……」


 涙を流す牡丹の頬は僅かに朱が差している。


「少し光を入れますか?」


 貫千が牡丹に尋ねると、牡丹は小さく頷いた。

 すると素早く窓に移動した二階堂がサッとカーテンを開ける。


 午後の強烈な日差しが室内に差し込む。と、部屋には一気に生気が溢れた。


 その瞬間、この場の全員が生の喜びを実感した。


 そして牡丹が、二階堂が、小百合が、明楽が、そして貫千が、全員が感謝した。

 なににかはわからない。

 わからないが、内面から込み上げる感謝の情は五人ともに同じものだった。




 そして──


 この成功を受けて、貫千はシャルティアとの再会に確かな手ごたえを感じたのだった。






 余談となるが──これより数日の後、蓮台寺家の悲願であった貫千家との繋がりを知って、再び歓喜に涙する牡丹の姿があったという。




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