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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
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3-8 蓮台寺家当主



「ああ。四人だ。やり方は任せる。徹底的に調べ上げてくれ。銃器は後部座席の下に──」





 ◆





「──悪い。待たせた」


 プライベート回線を使用して雅との連絡を終えた貫千は、蓮台寺家別荘の門前で待つ二人の横に並んだ。


「せ、先輩が悪の組織のボスのように思えるのですが……」

「どうして警察ではなくて真っ先に雅様に連絡なさるのですか……?」


 青い顔の小百合と唇を尖らす明楽から問われるが、時刻はあと五秒で十三時だ。

 巨人豆のスープが入った容器を抱えた貫千は、二人の質問には答えずに「インターフォンを」と小百合に促した。


 そして十三時──。


 小百合は薔薇のアーチの門扉に取り付けられた呼び鈴を押した。





 ◆





「小百合お嬢様。お待ちしておりました」


 門が開き、中から女中が姿を現すと貫千は目を光らせた。

 あんなことがあった以上、ここ(別荘)の使用人に対しても警戒をする必要がある。

 迎えに出てきた女もひょっとしたら敵の手の者かもしれない。


 そんな貫千を安心させようと、


「母の側仕えの喜田川さんです。私が生まれる前から蓮台寺に仕えてくださっているベテランの上女中です」


 小百合は女中が信用に足る人物であることを暗に説明した。


「お暑い中ようこそおいで下さいました」


 喜田川という女中が貫千と明楽に向かい頭を下げると「さあ、早く涼しい所へ参りましょう」先を歩きだした。見た目では小百合の言うとおり優れた使用人にみえる。

 だが、貴族社会を知る貫千からしてみればベテランも新人も関係なかった。

 新人は新人でどこからか送り込まれた可能性があり、ベテランはベテランで敵側に洗脳されている恐れがあるからだ。

 主人が、『自分を裏切ろうとしている』だの『おまえの主は反社会勢力の旗手だ』などと言葉巧みに嘯かれてしまえば、長く仕えていた分、ベテランの方が闇に落ちやすい。

 時間、精神、肉体。自分のすべてを捧げてきた主人に裏切られるのだ。その反動は大きい。


 つまり、小百合がどう思おうと、貫千の警戒レベルが下がることはない、ということだ。


 貫千は小百合の傍を離れることはしないが、やはり手薄になってしまう瞬間がどうしてもある。

 化粧室が最たる例だ。

 緊急時には小瓶を使うように、と指示はしてあるが……そう考えると、明楽を連れてきたのは正解だったかもしれない。


 薔薇のアーチをくぐった貫千が、そんなことを考えながら色鮮やかな花が咲き誇る小道を抜けると、大きな邸宅が見えてきた。

 蓮台寺家の別荘だ。

 貫千は木造の日本家屋のようなものを想像していたのだが、そういった趣とはある意味、真逆の造りをしていた。


 白亜の建物。青い水を湛えたプール。

 まるで南国のリゾート地を訪れたかのようだ。

 水面に降り注ぐ夏の日差しが、キラキラと建物に反射している。

 

「わあ、素敵!」明楽が感嘆の声を上げる。


 貫千も手入れの行き届いた庭に感心した。これだけ広い庭を見栄え良く維持するのはさぞや大変なことだろう。


「ありがとうございます。さあ、入りましょう」


 小百合が玄関に向かう。と、そこには数人の使用人が並んでいた。

 小百合の二歩後ろを歩く貫千が警戒を強める。

 『ここに父方の使用人はいませんから』──そう言っていたとおり、小百合は出迎えた使用人たちのことを信用しきっているようだ。

 顔馴染みの使用人一人ひとりに笑顔を配っている。

 明楽は──プールに見入っていた。あそこで泳いだら気持ちいいだろうなーなどと考えているに違いない。まあ今日はとても暑いからそれも仕方がないが。


「おい」貫千が咎めると明楽は慌てて前方を見た。




「お履物はそのままどうぞ」


 玄関に入ると喜田川が説明する。

 言われたように靴のまま入ると、貫千らは一階の客間に通された。

 プールと庭が望める明るい部屋だ。贅沢なほどに広く、そしてとても涼しい。


「こちらで少しお休みください。私は奥様に小百合お嬢様がいらしたことをお伝えしてまいります」


 喜田川が出ていく。と、貫千は部屋を調べ始めた。

 誰かが潜んでいないか、隈なく見て回る。

 庭先にも違和感がないことを確認すると、貫千はようやくソファーに座った。


「素敵な別荘ですね! 小百合さん!」


 明楽は先ほどの襲撃など忘れて心底堪能しているようだ。

 さすがは貫千の女、といったところか。


「二年ほど前に建て直したのです。それまでは地味な日本家屋だったのですけれど」


 私はそっちも好きでした、と小百合が明楽に返事をしたところで部屋がノックされた。


「失礼いたします」と、若い女中が飲み物を持って入室してくる。


「麻衣さん。ありがとう」小百合が立ち上がり、あとは私が、と盆を受け取った。


 女中が出ていくと貫千はすかさず飲み物をチェックした。

 三つあるグラスの匂いを嗅ぎ、スプーンで一口ずつ啜って安全の確認をする。


「大丈夫だ」貫千がオーケーを出すと

「お兄様。なにもそこまで……」明楽が苦笑する。


 荒事にはめっぽう強い貫千家の人間ではあるものの、明楽は平和な日本で育ったのだからそう思うのは当然かもしれない。

 だが、貫千は違う。


「甘いな。アキラ、覚えておけ。庶民と位の高い家とでは決定的に異なる点が三つある。一つは資産。一つは家を取り巻く人脈。そして最後の一つは脚本シナリオだ」

脚本シナリオ? ですか?」

「そうだ。庶民では想像もつかないスケールのドラマが繰り広げられるのが上級階級の社会だ」


「平和ボケするのは勝手だが、俺の足手纏いだけにはなるな」と貫千は警告する。


「──はい!」理解したのか、明楽が表情を引き締める。と、小百合は思い当たる節があるのか、グラスを持ったまま考え込むように俯いた。


「心配するな、小百合。俺は自由奔放なシャルを十年間護り抜いてきた。無論、向こうと勝手は違うが、俺が傍にいるかぎりは小百合を護ってみせる」


 そうは言ったが──東京に戻ればお互い離れて生活を送ることになる。

 今は雅からの連絡を待つ以外ないが、あのストーカー紛いも関与しているとなると、東京も危険の範囲内となる。


 さてどうしたものか……


 貫千は、なにか良い策はないかと考えを巡らせるのだった。





 ◆





 しばらくして──。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」


 喜田川が迎えに来た。


 いまだ東京に戻った後の小百合の護衛に関して有効な策を思い至らずにいた貫千は、そのことはいったん保留として立ち上がった。


 「近くに良質な温泉があるの」「行ってみたいです!」だの、楽しそうに会話を交わしていた二人も立ち上がる。


 そして喜田川の案内によって二階最奥にある部屋の前までやってきた三人は、『今回のプランを成功させて、蓮台寺の本当の当主に表舞台に立ってもらう』──と、考えを一つにしていた。


「奥様。小百合お嬢様でございます」


 喜田川が扉を開ける。

 カーテンが閉まっているのか、昼間だというのに中は薄暗い。


「ご機嫌はいかがですか? お母様」


 小百合に続いて貫千が部屋に入ると、すぐにベッドで横たわる女性が目に入ってきた。

 蓮台寺家当主、蓮台寺牡丹(ぼたん)その人である。

 社会的には小百合の父、重蔵じゅうぞうが当主となっているが、実のところ彼は当主代行に過ぎない。蓮台寺は代々女を当主とする一族なのである。



 ──牡丹は老いていた。


 まだ四十代のはずだが、暗がりということもあってか、八十近い老婆のように見える。

 かなりやつれており、ガウン越しにも相当痩せていることが窺えた。

 頬はこけ、目は窪み、生気が感じられない。

 担当医によると病名は不明とのことだが──重い病であることは、素人である貫千にしても一目見ただけで判断できた。


 これほどとは……


 表情には出さないが、貫千は愕然とした。


 このスープだけで治療することができるのか……?


 想像を超える牡丹の病状に、貫千は刹那自信を失った。

 明楽も同じことを考えたのだろう。『お兄様……』縋るような声を漏らした。


 いっそのこと小百合に回復魔法を行使させるか。

 治るかは賭けだが、なにもしないよりは……

 

 貫千は葛藤した。

 牡丹の回復。それは小百合を助けることに直結するやもしれない。

 蓮台寺家の実権を牡丹が取り返すことができれば、小百合を疎く思っているという小百合の父の力が弱体化するからだ。


 とはいえ、それを魔法の力で強引に解決してしまっては……


 地球の理に逆らうことになる。


 今回の趣旨はあくまで実験であった。

 魔力を帯びた食材が不治の病に有効となるかどうか。

 その可能性を示すデータを収集しARISUGAWAに提出する。

 そうすればISS買い取りの予算も大幅に確保できる──。

 

 その一環であった。

 当然、その中には失敗の恐れも含まれているが──。


 だが、小百合が襲われたことによって風向きは変わった。

 小百合の父を失脚させることも趣旨として浮上してきたのだった。


 誰かいる……


 葛藤していた貫千ではあったが、警戒は怠っていない。

 薄暗い部屋の隅に誰かがいることに


「小百合。あちらは?」


 小百合に確認した。


 使用人かとも思ったがテーブルに腰かけている。暗いので顔立ちはわからないが、どうもスーツを着ている男のように見えた。

 客人だろうか、と、目を凝らしていると


「えぇと……?」


 小百合がきょとん、と首を傾げる。


 小百合の知り合いではないのか──


 貫千が身構える。

 隣の明楽にも緊張が伝わったのか、明楽もすぐに動ける体勢を取った。


「どちら様ですか……?」


 小百合が誰何する。

 貫千はゆっくりと立ち上がる男と、首を傾げている小百合、無表情で虚空を見つめている牡丹をそれぞれ視界に収め、いつでも的確な行動がとれるように神経を集中させた。


「お邪魔しているよ。小百合君」


 男が口を開いた。

 どこかで聞き覚えのある声。


 男はゆっくりとした歩みでこちらに向かってくる。


 貫千がそれ以上近寄るなと警告しようとしたとき、カーテンの隙間から差し込む光に男の全身が浮かび上がった。

 男がかけている眼鏡に光が反射する。


 男はかけていた眼鏡を、くい、と中指で持ち上げると、


「そう警戒せずとも、私は君の味方だよ? 海空陸君」


 よく通る声を発した。


 貫千の名を知る男。

 貫千の味方という男。


 貫千の味方と言う人物など、そう多くはない。


 貫千が目を凝らす。

 すると次第にその人物が誰であるかわかってきた。


 懲戒解雇になるとまで噂された貫千を、裏で救ってくれた人物。

 貫千の夢を笑い飛ばすことなく、妄想にも近い構想を、夜を徹して聞いてくれた人物。

 妹を大切に思う気持ちは貫千にも引けを取らない、自他共に認めるシスコンである人物。

 国の要職に就いているにもかかわらず、幼い頃、極貧であったがために庶民の目線で物事を捉える事ができる人物。

 料理など出来はしない貫千に向かって『いいから作ってみなさい』といって玉子そぼろ作りを強要してくる人物。



 それに気づいた貫千は


「恭介さん!」


 人前では二階堂と呼んでいるのだが、つい、プライベートの感覚でそう呼んでしまった。


「ふ。ようやくわかったか。しかし海空陸君。もう少し声のトーンを落としたまえ。牡丹殿が驚かれるではないか」


 貫千を驚かすことに成功した二階堂が、薄らと笑みを浮かべてベッドに近寄ってくる。


「す、すみません……でも、どうしてここに?」


 そして、ここにきて初めて警戒を解いた貫千は、二階堂に説明を求めるのだった。




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