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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
37/52

3-7 二分の地獄



 車から降りた貫千は、まず使い古した腕時計で時間を確認した。


 約束の十三時まであと十二分──。


 時間的猶予はあまり残されていないが、このままやり過ごすわけにはいかない。


 この状況、アクセルとブレーキを踏み誤って──や、前方不注意で──などということではないだろう。

 なぜなら、サービスエリアで感じた気配、それと同じものを煙の上がる車内から感じ、しかもその気配には覚えがあったからだ。

 だからこそ、男を吊るし上げてでもすべてを吐かせる必要がある。


 前方で目を見張っている男らも──仲間であることは間違いないだろう。

 事情を説明してもらう必要がありそうだ。


 そして──貫千の考えが正しいようならば、小百合を、そして明楽を傷つけようとした報いは受けてもらわなければならない。

 なにに巻き込まれたのか、おおよその見当はついている。

 表情こそ落ち着き払ってはいるものの、久方ぶりに貫千のはらわたは煮えくりかえっていた。



 貫千は、フロント部分が大破した車の助手席側に立つと力任せにドアをこじ開けた。

 そして、ダッシュボードに突っ伏して呻き声を上げている男を強引に車外に引き出した。

 その男の襟首を掴むと、乱雑に引き摺りながら運転席側に回り込む。

 運転席のドアもこじ開けると、同じく意識を失っている男を引っ張り出す。

 車の中にいるのが二人だけであることを確認すると、男二人を引き摺り、前方で停車している車へ向かった。


 ぐったりとした男を両手に掴み、地をずるずると引き摺りながら運ぶその姿は、断首台に向かう死刑執行人のようだ。


「──すぐに済ませる」


 小百合と明楽が乗る車の横を通り過ぎる際、前方の男二人を睨みつけたまま、貫千が小百合たちに告げる。

 鬼気迫る貫千の雰囲気に、小百合らは小さく息を呑んでそれを見送ることしかできなかった。




 前方約百メートル。

 数分前に貫千と会話を交わした男らの顔が驚愕に染まる。

 先ほどまでのニヤけた表情は微塵もみられない。

 その笑みは一分も前に貫千が奪っていた。

 その笑みは今、貫千のものになっている。


 おまえら四人の生殺与奪の権利は俺が握っている──そう言わんばかりに口角を上げた貫千が距離を詰める。


「ど、どぅすんだよっ!」

「し、知らねえよ! いったいどうなってんだ!」


 男らが声を荒げる。

 なにか予定でも狂ったのか。表情だけでなく声にも余裕がない。


「──おまえらに訊きたいことがあるんだが」


 五メートルほど前で立ち止まった貫千が低い声を出す。

 その声に、もはや丁寧さは欠片もなかった。


「──クソッ!」


 片方の男が悪態を吐くと


「チッ! こんな簡単な仕事でミスれるかよッ!」車のドアを開け、中からなにかを取り出した。

 

「これを見てもイキがってられんのかよっ!」


 そしてそれを貫千に向ける──と、貫千の眉がピクリと動いた。


 アサルトライフル──。

 それはその辺のチンピラが持つには立派すぎる銃だ。


 やはり背後に大きな組織が関与していることは間違いないか──貫千の脳裏に先日帰国した武器マフィアの顔が浮かぶ。


「ばっ! 俺らは足止めしろと言われただけだぞ!」


 もう片方の男がそれを咎めるが、男は聞こうとしない。


「やり方は任せるって言ってただろうがっ! ボケっとしてねえでおまえも手を動かせっ!」


 銃を構えた男は大声で仲間に指示を出すと、


「そいつらを離せ! そしてこのまま引き返せば撃たずにいてやる!」


 興奮したように貫千に命令した。


 だが、貫千は


「こいつの顔は以前見たことがある。俺の後輩に因縁をつけてきた二人組の片割れだ」


 右手に掴んでいる若い男を、銃を持つ男へ投げつけた。


「──なっ!」


 男は離せとは言ったが、突然放り投げられたのでは堪らない。

 七十キロほどの肉塊が自分めがけて飛んでくるのだ。

 持っていた銃を手放すか、男を受け止めるか瞬時の判断を迫られたが──男は銃を手放して若い男を受け止めた。


「──グッ!」


 反動で男が数歩後ろに下がる。

 貫千はその隙をついて男に詰め寄る──ようなことはせず、その場から一歩も動かずに


「時間がないから簡潔に答えろ。おまえらは誰に雇われた」静かな口調で訊ねた。


「て、てめえには関係ねえだろうが!」


 貫千が動こうとしないのをいいことに、銃を持っていた男は、受け止めた男を脇に避難させると手放した銃を拾った。

 それを想定していた貫千が纏気を解放しようとしたとき──停車していた黒塗りの車のエンジンがかかり、勢いを付けて動き出した。

 やはり車が故障していたというのはブラフだったようだ。

 

 車は少し先で滑るように転回すると、


「どけっ! 俺がやる!」運転席に乗り込んだ男が叫んだ。


 タイヤを空回りさせながら黒いワンボックスカーが貫千めがけて勢いよく突進してくる。

 貫千と、貫千が引き摺っている男もろとも轢こうとしているのか。

 銃ではなく仲間を取った男よりも、性格的にはどうやら残忍らしい。


 貫千は、相手の芸の無い攻撃手段に半ば呆れるも──左手に掴んでいた男を車のフロントガラスめがけて思いきり投げつけた。


 貫千は、魔法障壁でほぼ魔力を使いきっているため、今は魔法の類は行使できない。

 だが目の前の敵には魔法など必要なかった。


 砲弾と化した男はフロントガラスを突き破り、運転している男を直撃する。

 その衝撃で運転していた男はハンドルを切り、車は林の中へ突っ込んでいった。

 



 それを見た、林道に一人立つ男は


「くそったれがぁぁぁああ!」


 手にしていた銃の引き金を引こうと──したが、それより早く移動を開始していた貫千に懐に入られ


「──ゴフッ」


 口から泡を吹き、膝から崩れ落ちた。


 貫千流体術、芯打ち──。


 相手の心臓を掌底で打ち抜き、強制的に脳を酸素不足の状態に至らしめることにより、一撃で相手の意識を刈り取る技だ。

 男はなにが起きたのかもわからないまま意識を消失させられる。──本来であれば。

 だが、貫千には訊きたいことがいくつかあった。

 そのため最大限の手加減をしていたので、かろうじて男の意識は残っていた。


「どうだ、俺の質問に答える気になったか? 返答次第ではさらに恐怖を味わうことになるが」


 男の胸倉を掴み上半身を支えている貫千が、冷たい視線で見下ろす。

 男は焦点の定まらない虚ろな目をしているが


「……ふ……ふあけるあ」反抗的な態度を見せる。


 軽くではあるが纏気を解放しても心が折れないということは、そういう訓練を受けているのだろう。


 ──それならば遠慮はいらない。


 男に応じる意思が見られないと判断した貫千は、なんの躊躇もみせずに男の顎を膝で砕いた。

 すると男は今度こそ意識を失い、ドサリ、と道端に倒れ込んだ。


 男を無力化した貫千は、次いで最初に投げ飛ばした男──小百合の弁当をぶちまけ、因縁をつけてきた二人組の若い方の男──へ近づくと、首に手刀を当てて確実に意識を奪う。


 こんな場所でこの顔をまた見るとは──。

 

 貫千は叩き起こして尋問をしたかったが、今は時間がない。

 手早く身元の分かるものを探したが、なにも見つからなかったため放置することにした。

 ──といっても更なる恐怖が待ち受けていることに変わりはないが。


 貫千は次に木に激突している車に近寄り、フロントガラスに放り投げた男を確認する。

 死んではいないようだが、ピクリとも動かない。


 こいつは逃げ出す体力などないだろう──と捨て置くことにした。


 最後に運転席の男を引き摺り出す。

 呻き声を上げているところをみるに、意識はあるようだ。


 貫千は


「俺の質問に答える気はあるか?」


 先ほどの男にしたのと同じ質問をする。


 だが男からの返答はない。そのため貫千は無表情のまま顎を砕いた。

 鈍い音とともに男の身体が沈む。


 車の中も確認するが仲間はいないようだった。

 おそらく『車屋に電話をしにいっている』というのも嘘だろう。


 四人を完全に無力化させた貫千は、ライフルを放置するのは危険と判断し、男らの乗っていた車のトランクに隠すと小百合と明楽の待つ車へと向かった。





 ◆





「お怪我はありませんか!?」


 心配そうな顔をしている小百合に


「大丈夫だ」と答え、


「お、お兄様……もう少し手加減をされては……」


 青い顔をしている明楽に


「あれはプロだ。さすがに素人が相手であったのなら俺もあそこまではしない」


 足を洗わせるためにも恐怖を植えつけた方がいい、と答えた。




「障害物は無くなった。先を急ごう」


 貫千は明楽に出発するよう促すと、使い古した腕時計で時間を確認した。


 約束の十三時まであと十分──。


「なんとか間に合いそうだ」


 大事な客を待たせずに済むことにホッと胸を撫で下ろしつつ、貫千はペットボトルの水で喉を潤した。


「先輩、あの人たちは……?」貫千の無事を確認した小百合が多少落ち着きを取り戻した声で尋ねる。


「あとで説明するが、持っていた銃器といい、どうにも根が深そうだ」貫千の説明に小百合は眉をしかめ──、


「まさかアライドの武器……」


 先日婚約延期になった男の名を呟く。


「お兄様、では黒幕は……」

「もしかして、私が母の病気が治るかもしれない、なんて口にしたから……」


 二人が黙り込む。


「つまりそういうことだ。小百合と小百合の母君とを会わせたくない、そして母君の回復を快く思わない者が存在する、ということだろう」


 貫千が予想を口にすると、小百合が沈痛な表情で唇を噛む。


「にしても、まずは電波が届かないことには、だな」


 後始末は任せよう──貫千は、黒髪の妹の顔を思い浮かべ、スマホを手に取った。


 時間があれば男らを本当に木から吊るしたいところではあったが──今は十三時からの約束を優先しなければならないので、尋問は()()()に任せることにしたのだった。



 男たちは貫千の予言通り、貫千流尋問によってさらなる恐怖を味わうことになるのだろう。




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