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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
35/52

3-5 林道



 八月、第一土曜日──。


 夏休みと土曜日が重なり、地方であってもサービスエリアの駐車スペースはかなり混雑していた。


「お疲れ。アキラ」


 都内を出発してから二時間半。

 貫千かんちが、駐車を終えてサイドブレーキを踏んだ明楽あきらを労う。

 

「ありがとうございます。お兄様」


 「ご心配には及ばなかったのでは?」──エンジンスイッチを切りながら、明楽が助手席の貫千に得意げな顔をしてみせた。


 貫千も免許は持ってはいるが、()()()()ハンドルを握っていない。つまるところ、いわゆるペーパードライバー状態だ。

 そのため今回、運転席には明楽が座ることとなったのだが──。


「運転は俺よりも上手いな。車で来て正解だったか」


 免許を取得したばかりの明楽ではあったが、ここまで特に危ない運転もなかったことに、貫千は素直に合格点を与えた。


「あ、ありがとうございます……」


 珍しく兄から褒めてもらえたことに、明楽は戸惑うようにもじもじとする。


 だが貫千は、運転席で顔を赤くしている明楽に


「蓮台寺のお嬢様を乗せているのだから当然だ。おまえが運転には自信があると言うから車を選択したんだからな。でなければ新幹線を使っていた」


 安全運転を忘れるなと釘を刺す。


「先輩。あきらさんは私が人目に付かないように気を使ってくださったのです」


 後部座席に座る小百合が明楽を庇う。


 昼のニュースでは、いまだ小百合のことが報道されている。

 最新の写真や映像も繰り返し流れているので、たとえサングラスやマスクで変装したとしても、新幹線で移動するのはやはり相応のリスクがあるだろう。


「あきらさん、ありがとうございます」


 小百合は明楽に改めて礼を言った。


「いえ」──運転は好きなのでお気になさらないでください、と明楽がルームミラー越しに小百合と目を合わせ、笑顔で答える。



 貫千は、新幹線を利用するのであれば変化魔法で小百合の姿を誤魔化そう──と考えていた。が、明楽がドライバーを申し出てくれたことによってその必要もなくなった。

 夏休みの東京駅などを使えばかなりの人間とすれ違うことになる。

 地球に魔力を見分けることができる人物が存在するかわからないが、できるかぎり人前で魔法は使用したくなかった。

 だから貫千としても、実際のところは明楽にかなり感謝しているのであった。




「この調子なら予定通り、昼過ぎには到着できそうだな」


 腕時計を見てそう言った貫千が、シートベルトのロックを外す。


「少し休憩してから──」しかしその瞬間、僅かに貫千が身体の動きを止めた。

 

 そのことに気づいた明楽が「お兄様?」と貫千を見る。

 貫千はしばらくそのままの体勢でいたが、


「いや、なんでもない。十五分ほど休憩しよう」ベルトを外すとドアを開けた。






 ◆






 時刻は十一時半。

 ほぼ予定通りの時間に高速道路を出た貫千らは、目的地まであと十五キロほどの地点まで来ていた。


「思っていたよりも空いているな」


 県内外から涼を求めて訪れる客で賑わう避暑地。また、最近では海外からの観光客も多く、年間を通して最も人口密度が高くなるこの時期ではあるのだが、そこへ向かう一般道は渋滞もなく概ね順調だった。

 カーナビの到着時刻は十二時十五分を指している。


「そうですね。もう少し混んでいるかと思いましたが」


 貫千に小百合が答える。

 目的の別荘には十三時に着けばいい。


「少しばかり早いな」──適当な店で昼食でもとるか、と貫千が提案すると


「実は私、お弁当を作ってきたのです……」


 そう言う小百合が貫千に籠をみせた。


「すごい! さすが小百合さん! 私、小百合さんのお弁当いただきたいです!」


 それを聞いていた明楽が声を弾ませる。


「お口に合うかわかりませんが……」

「──なら折角だから景色のいい場所で休むか」


 貫千はカーナビを操作すると、付近にある公園を探し始めた。



 



「ご、豪華……これ、全部小百合さんが……?」


 緑溢れる山々を望む公園の東屋は、ちょっとした食事処のようになっていた。

 テーブルには赤い毛氈もうせんが敷かれ、その上にたくさんの重箱が並べられている。

 すべて小百合が用意したものだ。


 さすが避暑地というだけあって、少し木陰になっているだけでとても涼しい。

 外でとる昼食の場所としては申し分なかった。


「はい。先輩とあきらさんには私事わたくしごとでお手を煩わせてしまうのです。このくらいはさせていただかないと」


 湯呑に茶を注いでいる小百合がさらりと言う。


『いったい何時に起きたのかしら……』小さく呟く明楽に、貫千は意味深な目線を送る。


「わ、私はまだ修行中なのです! い、いつかは私も女子力が上がりますから!」

「女子力……」


 貫千の口から溜息が洩れた。

 貫千の目には、明楽はぐうたらで、だらしのない女子にしか映らない。

 たしかに最近は炊事や洗濯を精力的にこなしてはいるが、明楽のいう女子力なるものが上がるのは、いったいいつになるのか想像もつかなかった。


 なにかと明楽の面倒を見てくれている高塚というカメラマンの男の方が、よほど女子力に富んでいるのではないか──とすら思ってしまうのだった。




「先輩も、よろしければどうぞ……」


 小百合が重箱の一つを貫千に勧めてくる。


「ああ。では遠慮なく」


 貫千は重箱の中から巾着を箸で摘まむと、ぽい、と口に放り込んだ。

 そして、一切れずつ丁寧に竹串に刺してある鶏の照り焼きや、上品な焼き色のついた焼き魚といった料理を次々に平らげていく。

 大自然を前に、作業のように黙々と食べる貫千を小百合は複雑な表情で見ていた。


 ものの数分で一つの重箱を空にしてしまった貫千が、無言のまま次の弁当に手を伸ばしたとき、


「お兄様! お言葉ですがお兄様は男子力が著しく欠如しています!」


 声に怒気を含ませた明楽が立ち上がった。

 たまりかねて──といった様子である。


「どうした、突然」


 貫千は手毬寿司を頬張りながら、そんな明楽を見上げた。


「あ、あきらさん!?」小百合は驚いた顔で明楽を見る。


 明楽は小百合をいったん見た後、


「これだけ素晴らしいお弁当をいただいて感想はないのですか!? 女子は一生懸命作ったお弁当の感想を聞きたいものなのです!」


 両手に腰を当てて


「たとえ美味しくなくても、美味しいと言える男子力をお兄様は培うべきです! 私には構いませんが、小百合さんにはもう少し気を使って差し上げてください!」


 貫千に駄目出しをする。

 それは無論、小百合を思ってのことなのだろうが──


「美味しくない……気を……使う……」小百合はいっそう下を向いてしまった。


「あ! ち、違います! 美味しくないのではなくて、あの、お、美味しいと感じないです! ほら、お、お兄様はなにを食べても──」


 明楽は誤解を解こうと必死に取り繕う。


「わ、私なんて小百合さんのお弁当が美味し過ぎて舌がビックリしていますから!」


 そう言うと口いっぱいに弁当を頬張った。





 男子力──。



 明楽と暮らすようになった貫千も、そのことの重要さを理解し始めていた。

 どうあっても人間としての感情は大切にしなければならない。

 大切な人が相手であればなおさらだ。

 だから


「小百合、ありがとう。これだけ作るのは大変だったろう。それに、どれも美味いぞ?」


 小百合に対してしっかりと感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとうございます……このようなものでよろしければいつでもお作りしますので……」


 美味しいと感じてもらえないことなど誰よりもわかっている小百合ではあったが、貫千の心遣いに胸が温まるのであった。






 ◆






「お兄様。前方に車が停まっているようです」


 食事休憩を終えた一行が、再び車を進めてから約三十分。

 目的地まであと三キロほどといった場所で、明楽が車を停車させた。


 このあたりは林道で道幅が非常に狭い。前方に停まっているのは大型のワンボックスカーのため、横をすり抜けて──といったことができない。


 タイヤが溝にはまってしまったのか、二人の男が車の脇に屈み込んでなにやら作業をしている。


「どういたしましょう」


 そのため明楽が貫千に指示を仰ぐが──


「小百合。家へはなんと言って外出してきた?」


 貫千は小百合に向かって見当違いの質問をした。


「え? っと……」小百合は突然のことに面食らうが、


「父は留守でしたので、兄に『母の見舞いに行く』と残して出てきましたが……」


 それがなにか……と小百合が不安そうな表情を浮かべる。


「そうか」──貫千は数秒黙り込むが、


「手を貸した方がいいか聞いてくる。二人は車から出ないでくれ」


 そう言うと貫千はベルトを外し、ドアを開けた。


 そしてドアを閉める間際、


「ドアのロックをしておけ」──明楽に指示を出し、


「念のため持っておいてくれ」──小百合には液体の入った小瓶を一つ手渡した。


 それを見た小百合と明楽の二人は、旅行気分から一転、緊張から身を強張らせるのであった。



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