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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
34/52

3-4 ボスの指令



 冷房の乾いた風が懐かしい香りを運ぶ。



 『私では駄目なの……?』



 亜里沙の香りが、微笑みが、貫千の古い記憶を呼び起こした──。







「アイスコーヒーお待たせいたしました」


 女性の店員が亜里沙の前にグラスをそっと置いた。

 傾いた氷が、カラン、と夏の音を奏でる。

 その音に、刹那学生時代に飛んでいた貫千の意識が店の中に戻ってきた。



 そうだった。

 亜里沙がこのプロジェクトに参加したのもあのときの会話がきっかけだった。

 それを忘れていたなんて、俺は酷い男だ……。




 ──店員に注文を尋ねられ「俺にも同じものを」と応じる貫千を、亜里沙は優しい目で見つめていた。





 ◆





「雰囲気変わったね」


 店員が席から離れると、少しだけ前屈みになった亜里沙が言った。


 貫千は店を見回し「そうか?」と答える。


「違う。ミクのこと」亜里沙が変わったのは店ではなく貫千だと言うと


「そうか……ちょっといろいろとあってな……」貫千は鼻先を掻きながら答えた。


「いろいろ、か……でも元気そうで安心した。大変だったみたいだけど、こっちから連絡するのもあれかなって、ずっと我慢してたの。有栖川君に尋ねるのも気が引けて」


 やっぱり会ってよかったと亜里沙が笑顔を見せる。

 貫千の左遷のことを言っているのだろう。


「そうだったのか……それは心配かけたな」


 貫千が神妙な顔で謝罪をすると「ううん」と亜里沙が首を振る。


「会うまでは文句の一つでも、って思っていたけれど……」


 そして亜里沙はこの一カ月のことを貫千に話し始めた。


 一カ月前、念願かなって今のチームに参加することができたはいいが、その直後に貫千が担当からはずされてしまい意気消沈したこと。

 そればかりかプロジェクト自体が消失しかけてしまい大慌てしたこと。

 ボスの二階堂に詳細を訊ねるも、『担当が今までの貫千から有栖川という別の社員に変わった』と説明されただけだったこと。

 そんな中で、スペースフラッグアンドシップス社で行われた会議に参加したこと。

 異空間のような会議室に圧倒されたこと。

 そして、そこでとても美味しい弁当を食べたこと。

 それをきっかけにして貫千に連絡をとろうとしたこと。

 でもまったく電話に出なかったこと。等々。




 貫千は亜里沙の話を聞きながら、片方で別のことを考えていた。

 三年前に交わした会話だ。


 『亜里沙とは付き合えない』と亜里沙の想いを断った、三年前の会話。



 『私では駄目なの……?』

 『そうじゃない。俺は宇宙へ出たい。そのためにしなければならないことが山積している』

 『──それなら私も一緒に宇宙に行く』



 貫千は、あのときの少しの躊躇いもみせずにそう言った亜里沙と、今、目の前で表情をコロコロと変えながら話している亜里沙とを重ねていた。





 貫千は店に入るまで迷っていた。

 亜里沙に自分の身に起きたことを話すかどうかを。


 しかしこうして亜里沙と会い、そして昔交わした会話を思い出したことによってすべてを打ち明けようと決心した。


 やはり亜里沙には話しておかなければ不義理になる──。

 

 そう考えたのだった。

 もしかしたら有栖川もそれを知っていて、亜里沙に対してすべてを話すよう貫千に促したのかもしれない。


 だが──亜里沙がまだあのときの会話を憶えているかはわからない。

 

 だから貫千は亜里沙の話がひと段落ついたところで、そのことを確認してみようと──


「なあ、亜里沙──」

「私ね。今でも貯金頑張ってるの。ミクと一緒に宇宙に行くために」


 しかし、貫千が問うより早く、尋ねたかったことの核心に亜里沙が触れた。


「……」


 亜里沙が憶えていたことに、貫千は言葉を詰まらせた。


 そして貫千は一拍の間を置いた後


「……なあ、亜里沙。少しだけ俺の話をしていいか?」と切り出したのだった。





 ◆





 貫千は簡潔に、しかし要点は外さずに話を済ませた。

 そして明らかに表情を不機嫌そうに変化させていく亜里沙に、嫌な予感を覚えるのだった。 


「──つまり、あのとき会議室にいたサングラスの男の人はミクだったってこと? で、あのお弁当もミクがそのナントカ鳥の卵で作ったってこと?」


 話を聞き終えた亜里沙の第一声は弁当に対してのものだった。

 

「亜里沙。もう少し声のトーンを落としてくれると──」

「なによそれ! そんなの私が作れるわけないじゃない! 日曜日の私の苦労はなんだったのよ! あの卵いくらしたと思ってるの! 千円よ、千円! 宇宙が遠のくような無駄遣い、一切してこなかった私が卵に千円も使ったのよ! それなのにぜんっぜん美味しくないし!」

「だ、だから悪かったって。それに北条の娘がたかが卵で──」

「家とは関係ないの! ミクと同じように自分の力で宇宙に行くことに意味があるの! それに私の苦労をたかがなんて言わないでっ!」


 予想はしていたものの、やはり激昂してしまった亜里沙を宥めるために、貫千は店で一番高いデザートを驕る破目に陥るのだった。





 ◆





「まだ少し先の話になるのだけれど」


 甘いものを食べて多少機嫌を戻したところで亜里沙が貫千に話しかけた。

 貫千は異世界や魔法に驚くほど興味を示さない亜里沙に拍子抜けするも、「どうした?」と返事をする。


「迎賓館建造の件で各国の関係者を招いて会談が行われるの。それでボスがそのときに開催される晩餐会にあのお弁当を是が非でも出したいと言っているのよ」


 それを聞いて貫千は目を丸くした。


「正気か? 晩餐会にそぼろ弁当なんて、国際問題にまで発展するぞ?」

「私たちにそれを食べさせたミクが言っていい台詞じゃないわ。とにかくボスはそのつもりで私に例の仕出し屋を探すように指示を出しているの。どうするの? ミクのせいよ?」

「だが……」


 亜里沙のもっともな発言に貫千は言い返すことができない。


「ボスと直接交渉して。だって私ではどうにもならないもの」

「俺が? 二階堂さんと?」

「そうよ? そうしたらこの件はすべて水に流してあげる」

「う……」


 貫千は氷が解けてすっかりぬるくなってしまったアイスコーヒーを飲みながら、自らの行為を猛省した。

 

 二階堂さんか……


 多少軽くなっていた貫千の肩が再び、ずしん、と重くなる。




 そして亜里沙と別れた貫千は巨人豆のスープを作るために帰途につくのであった。




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