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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
3. VS日本経済界の重鎮
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3-2 難しい相談



『──まさかARISUGAWAがISS引き受けに前向きな姿勢を見せるとは思いませんでしたね。ARISUGAWA初となる宇宙事業関連の子会社設立。当然ISS運用を見越しての設立と思われますが、突然の発表に経済界には激震が走りました。それにしてもなぜ今なのでしょうか』

『一部では、蓮台寺グループが欧州での事業拡大に急ブレーキがかかったことを受けて、今後成長の見込める宇宙事業の分野で一気に引き離すつもりでは、などと言われてもいますが』

『なるほど。欧州に対抗して宇宙、というわけですね。蓮台寺家次女とアドリア家後継者との突然の婚約延期には私たちも驚かされましたが、そこに付け込んで一気に攻勢をかけるとは、ARISUGAWAの強気な舵取りに──』







「蓮台寺様、お疲れではないでしょうか」


 朝食が済み、食器を片付けていた明楽あきらが心配そうな顔をして貫千に尋ねた。


 婚約延期のニュースが世間に流れてから二日。

 対応に追われた小百合が昨日は会社を休んでいたことを慮っての発言だ。


「本人の預かり知らない所で勝手に進んでしまう婚約話……私がそのような立場になったらお兄様はどうなさいますか?」


 なにを言っているんだ──貫千は流そうとしたが、明楽が思いのほか真剣な表情をしていることに、


「政略結婚は政治的思惑に加えて、それぞれの家の台所事情が複雑に交錯しているからな。貫千を出た俺がとやかく口出しすることはできないが……おまえの幸せは俺の幸せでもある」


 テレビの電源を消しながらそう答えた。


「それは蓮台寺様のときのように、全力で救い出してくださるということですか?」


 神妙な面持ちから一転、明楽は喜色満面で貫千の隣に座ると


「──そうなのですか? お兄様?」コーヒーを飲んでいる貫千の顔を下から覗き込む。


 貫千はカップをテーブルに置くと、サッと立ち上がり、


「時と場合による」イスの背にかけた背広を羽織りながら明楽に返した。


「そこは嘘でも助けると言ってください……」

「それより明楽、今夜は小百合が夕飯を食べに来るからそのつもりでいてくれ」


 ふくれっ面の明楽に貫千が予定を伝える。


「蓮台寺様が? 承知しました。夕食は……」


 イスから立ち上がった明楽が貫千の背広の襟を正しながら尋ねる。

 語尾が頼りないのは、客人をもてなすだけのクオリティの高い料理が作れないということと、先日の話を聞いたためだ。


「心配いらない。小百合の分は俺が用意する。明楽はいつものように適当に二、三品作ってくれればいい」

「二、三品って……作っても食べてはいただけないのですよね……」

「食べるさ。腹は空くからな。ただ──」

「美味しくない。ですよね……?」


 それをわかってしまっている明楽はなんともいえない表情を浮かべる。


「俺は明楽の料理は好きだぞ? 心がこもっているのがわかる」

「もう! でしたら嘘でも美味しいと言ってください!」



 貫千は明楽の頭に、ポン、と手を乗せると


「明楽の作る料理ならなんでも美味しいよ」


 そう言って会社へと向かうのだった。






 ◆






「こんばんは。あきらさん。日曜日に続いて今日もお邪魔してしまってごめんなさい」

「いらっしゃいませ、蓮台寺様。そんなことありません! 楽しみにしていました!」


 夕方六時を回り、予定通り貫千が伴って帰宅してきた小百合を明楽が出迎えた。

 笑顔で応対する明楽には初対面のときと比べてだいぶ余裕がみえる。

 二回目ということもあるだろうが、『言ってくだされば』と貫千に言っていたのは本当だったようだ。



「適当にかけててくれ。すぐに料理を仕上げる」


 貫千が小百合にゆっくりするよう促す。

 しかし小百合はぶんぶんと首を振ると


「私もお手伝いします! 先輩に作っていただくなんてそんなことできません!」


 手荷物を置いてキッチンに入ろうとする。


「構わない。芋をすりおろして蒸すだけだからな。また次回頼むとするよ」

「次回も……よろしいのですか?」

「ん? ああ。食事は力になれると約束したしな。一人分作るのも二人分作るのもたいしてかわらん」

「ありがとうございます……食事がこんなに楽しみになるなんて……」


 小百合は邪魔にならないようにリビングへ移動すると、来る途中に買ってきた手土産を明楽に渡して大人しく夕飯を待つことにした。




 小百合が、明楽の淹れてくれた紅茶を飲みながらカウンターの向こうに立つ貫千を眺めていると


「蓮台寺様。お風呂ちょうどいい感じなのでよろしかったらどうぞ」明楽が風呂を勧めてきた。


「お風呂なんて、そんな!」さすがにそこまでは、と小百合は断るが、


「もう少しかかるから入ってきたらどうだ」キッチンで手を動かしていた貫千も勧める。


「遠慮なさらずに、どうぞ。蓮台寺様」明楽が二コリとすると、


「あの、あきらさん、その蓮台寺様、というのは肩が凝るので、よろしければ小百合と呼んでくださいませんか? お友達、ということで」


 小百合がそう提案する。


「え? よろしいのですか?」


 これには明楽も喜んだ。

 なにせ”あの”蓮台寺小百合から”友達”と言われたのだ。


「もちろんです」小百合が笑顔で返事をする。


「では、お言葉に甘えて……小百合様、お風呂をどうぞ」

「まだ硬いですって! 様は止めてください!」

「では、小百合……さん?」

「そうしましょう! あきらさん!」

「小百合さん!」

「はい、なんでしょう。あきらさん」



「いいから早く風呂入って来い!」



 貫千がそう言ったことで小百合は急いで浴室へ向かうのだった。





 ◆





「──そのカメラマンの高塚さんという方が、人の心を見抜くがとても得意なのです。私も部屋が汚いこととか、いろいろ言いあてられて」

「すごい……そんな方がいるのですね」

「ぜひともお兄様に会いたいと言っていました。綺麗な女が会いたがってるわよ、と。本当はムキムキの男の人なのですけれど」

「……会うわけないだろう」


 三人での食事はとても和やかだった。


 貫千が小百合に用意した料理はピエンタ芋を蒸したもの。

 皮ごとすりおろした芋を器に入れて蒸すだけの簡単な料理だが、小百合は喜んで食べていた。


 無論、貫千も小百合も、明楽が作った料理も口にした。

 こればかりは味云々というよりも気持ちが嬉しい。

 小百合は心から感謝をして、口に運んでは美味しいと感想を述べていた。


 明楽にとって小百合の言葉は本当かどうかわからないが、やはり美味しいと言ってもらえたことが嬉しいのか、明楽は終始照れていた。そしてそんな明楽を見て、貫千も少し考えを改めたようだ。

 明楽の料理を「美味しいぞ」と言って口にしていた。


 楽しく食べる料理はどんな料理であってもご馳走だ。


 二時間後には皿の上の料理はすべて綺麗になっていた。







「本当に、こんなに楽しい食事は久しぶりです……」


 リビングに移り、小百合が持ってきたケーキを食後のデザートに食べながら、小百合が呟くように言った。


「先輩にお会いしていていなかったら、と思うと……」

「小百合さん、明日からも毎日いらしてくださいね」

「ありがとう……あきらさん」


 しかし小百合の表情は暗い。


「なにかあったのか?」貫千が小百合に問いかける。


 貫千に迷惑をかけたくないのだろう。小百合はサッと笑顔を作る。


「言ってみなさい」貫千が再度促す。

「家のことなので……」小百合は首を横に振る。


 すると貫千は「無理にとは言わない。だが、先日の件と関係しているのであれば、俺も放っておくわけにはいかない」──落ち着いた声で小百合を気遣った。


 貫千の優しい目に、十年前、まだ少女であった小百合が拠り所としていたリクウの面影を重ねたのか。

 あのときと同じく、心の奥の冷たい箇所がじわりと温まるのを感じたのだろう。


「実は……」──小百合は遠慮がちに話し始めた。


「昨日、婚約の件を報告するために療養中の母を見舞いに長野まで行ってきたのですが……あまり具合が良くなくて──」


 母が日常の生活を送れるようになるにはまだ時間がかかる──。

 すると父の暴走に歯止めをかける者がいなくなる──。


 小百合の話は、父親に抱く憂慮が原因であった。


 蓮台寺の家にあって小百合の母の影響力は絶大だという。


 小百合がすべて話すのを貫千は黙って聞いていた。

 キッチンで食器の片付をしている明楽にもその話は聞こえていただろう。



 小百合がすべてを打ち明け、そして小百合の心情を把握した貫千は 


「──実は小百合。小百合の母君の件で相談があるのだが」


 閉じていたまぶたを開くと、そう切り出すのであった。




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