3-1 プロローグ 動き出す歯車
東京都湾岸地区──。
いくつもの高層ビルが所狭しと立ち並ぶエリア。
その中でもひと際高くそびえるビル、ARISUGAWA本社ビル。
日本を代表する企業ARISUGAWAが所有する超高層オフィスビルの上層階に、有栖川の姿はあった。
「──月曜の早朝からお時間いただきありがとうございました」
一時間ほどの滞在の後、デスクに座る年老いた男に会釈をした有栖川は
「会長。先ほどの件、何卒ご一考を」そう言うと踵を返した。
有栖川がドアノブに手をかけようとしたその背に向かい
「──清華。会社は楽しいかね」老人が声をかける。
有栖川は半身だけ老人を振り返ると
「──はい。お爺さま。それはもう」
爽やかな笑顔を残して部屋を出ていった。
老人──有栖川喜右衛門は、孫が出ていくと大きく息を吐く。
「大層なものを強請りおる……」
喜右衛門は低く唸ると秘書室に繋がる内線電話を手に取った。
「──本日十三時より取締役会議を開く。海外も含め全取締役に通達を」
短い言葉で秘書に指示を出すと、喜右衛門はまぶたを閉じ、深い思考へと意識を沈めた。
◆
同日、昼──。
都内オフィス街にある料亭の一室。
「今朝、ARISUGAWAの会長にはプロジェクトの裏側も伝えておいたよ。無論、魔力のことはオブラートに包んでだけど。あとは役員たちがどう出るか、だね」
「そうか。手ごたえはどうだ?」
その料亭でも最奥に位置する個室で、さも密会をしているかのような男二人の姿があった。
貫千と有栖川である。
サラリーマンの昼食としてはかなり豪勢だが、話の内容が内容なだけに、有栖川が手際よく部屋を抑えた。
「今のところはまだわからないな。カンチが例の芋を見せれば一発だけど。まあ、そうもいかないからね」
「それは最終最後にしたい。あくまでも仮説だからな」
貫千が煮物の芋を箸でつまみ、少し眺めた後、口に放り込む。
「俺としては早く実現してほしいよ」そして味がしないことに肩をすくめた。
「新薬の開発に関しても臨床試験に適した人物がいればいいんだけどな」
「向こうの食材を摂取し続けることによって不治の病が治った、なんてデータか」
「そうなんだけどね……だれかいないかな……」
有栖川が急須を手にすると貫千の湯呑に茶を注ぎ入れ、次いで自分の湯呑にも茶を注ぐ。
「悪いな」──茶の礼を言った貫千は「そう言えば……」続いてなにかを言いかけたが、
「いや、これは確認してからにしよう」
言葉を引っ込めると有栖川が淹れた茶を啜った。
「今日は二階堂さんの上の人が来るからね。まあ、この前の会議と同じ内容をなぞるだけだからなんということはないけど、早速時間をくれるとはそっちはかなりいい感じかもしれないね」
「そうか……。手は離れたとはいえ、やはり気にはなるな」
貫千が胸の裡を正直に吐露する。
『──わかってるさ』
有栖川は仲居を呼ぶと、食後の甘味を持ってくるよう頼むのだった。
◆
同日、十七時──。
三十五階、特別会議室。
「──このように2024年に運用を終了する国際宇宙ステーションを民間企業が買い取り、新たに迎賓館となるモジュールを接続し、二十年間に亘り政府に貸与します」
プロジェクターを前に、有栖川が熱弁をふるう。
「政府は世界初となる宇宙迎賓館を低コストで運用でき、民間企業はISSでの研究を続けることができます」
政府関係者は前回よりも多く、二十人。
「──そして、わがスペースフラッグアンドシップス社は、それを足がかりとして月面開発に乗り出します」
説明を終えた、有栖川が質問を受け付ける。
「十兆を超える資金を投入した参加各国への配慮はどうなる」
「二十年では老朽化からスペースデブリとなり果てるのでは」
政府関係者の中からもっともな声が上がる。と、有栖川はそれらの問いに丁寧に答えていく。
そしていよいよ──
「しかしその前に、先の見えないバイオ分野に投資する民間企業があるか、という問題が浮上するのではないかね」
その質問が出ると、有栖川は待っていたかのように
「それについてはどの問題よりも最初に解決するかと」
自信たっぷりに答えた。
「どういうことだね?」
有栖川はレーザーポインタの電源を切ると、
「ISSの買い取りに名乗りを上げている企業が一社あります」政府関係者一同を見回す。
「どこだね。そんな無謀な決断をする企業は」
そして有栖川はゆっくりと窓へ身体を向けると、
「ARISUGAWAです。先ほど取締役会で承認が下りました」
窓から見える超高層ビルに目をやりながら、そう答えた。
第三章の開始となります。
プロローグはあれな感じ(突っ込み満載)ですが、サクサク進めていこうかと思いますので、お付き合いいただけると幸いです。
 




