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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
2. VS某国の貴公子
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2-9 変わるターン



「──デザートをお持ちいたしました」


 室内に一歩足を踏み入れた貫千は、トレイを手にしたまま丁寧に腰を折った。

 そしてそのほんの僅かな時間を利用して室内の状況を確認する。


 まず小百合の状態。


 怪我をしている様子は──ない。

 ()()()()は──ない。

 ということは小瓶は開封せずに済んだようだ。

 いつもより顔色が悪いのは寝不足か生理的嫌悪によるものだろう。


 次に小百合の正面に座るトルッケンに意識を向ける。腰の角度は10°に差しかかる。

 トルッケンの顔が若干赤い。


 12°。

 テーブルの上に視線を移す。

 三分の二ほど空いた赤ワインのボトル。

 ほろ酔いか──。


 腰の角度が15°に達した時点で、二人のSPと、それとは別の外国人の男、スーツを着た日本人の男の四人がいることを視界の端に捉える。室内には計六人──。

 

 SPは例の二人。上着の左右のふくらみは銃だろう。

 手帳を持っている外国人の男はトルッケンの秘書かなにかといったところか。

 ビジネススーツを着た日本人は──靴に僅かに土が付着している。ホテル内で着替えたのではないということはホテルのスタッフではなく小百合の側付きか。ここにいるということは父親側が用意した人間だろう。


 腰を戻し始める。

 14°。SPが銃を抜く素振りはみせない。

 そして12°に戻るときに小百合が右手にグラスを持っていることに気がついた。

 そのグラスが微かに奥側に傾いている。

 小百合が自分で飲もうとしたのではなく、トルッケンに引っ掛けようとしたのか──。


 そして0°。


 お辞儀をしている一瞬の間にそれらのことを確認した貫千は、姿勢を戻すと同時に小百合と視線を合わせた。


 そして──

 

 よく頑張ったな。


 心の中で小百合を労った。

 



「ン? デザートなど頼んだ覚えはナイゾ」


 トルッケンが貫千を訝しげに見る。と、SPが懐に手を差し込む。

 そこへすかさず


「私が頼みました」小百合が手を上げる。


 小百合の表情は安堵の色で染まっており、入室した瞬間と比べるとまるで別人のように生き生きとしている。


「小百合ガ? そうカ。君は甘いものが好きなんダネ。覚えておくヨ」

「はい。緊張からか昨晩はあまり眠れませんでしたので、体が甘いものを欲しがっているようなのです」

「そうカイ。ならば君、それをテーブルに」


 トルッケンが貫千に向かって手招きをするとSP二人が発していた剣呑な気配が消える。


「──失礼いたします」


 扉の前にいた貫千は、窓辺に位置する二人が座るテーブルへと足を動かした。


 武器商人相手にサングラス姿では刺客だと思われ警戒されてしまう恐れがあるので、今日の貫千はサングラスで顔を隠していない。

 瞳の色は地のままだが、しかし、トルッケンらに気づかれる心配はないだろう。

 白い肌、彫りの深い目、通った鼻筋。白銀の長い髪を後ろで一つに束ね、白いシャツに蝶ネクタイ、黒いスラックスに黒いサロンエプロンを巻くその姿は、どこからどう見ても北欧あたりにあるホテルの給仕人にしかみえない。


 様々な国から様々な人が集まる国際都市東京。そしてここが外資系のホテルであることも手伝い、魔法により姿を変えた貫千がこの場にいても違和感はまったくなかった。


「本日はアライド様がお召し上がりになるということで、特別に作らせました」


 そう言って貫千はドーム状の銀の蓋(クロッシュ)が被さっている皿をテーブル中央に置いた。


「ホウ? ワタシは甘いものを食べないのだがネ」


「アライド様と同じ故郷の料理人を急遽探し出して作らせたとのことです。女性の料理人らしいのですが、『アライド様のためにこのデザートを作ることができて光栄です』と申していたとのことです」

「同じ故郷……?」

「まあ! 素敵なお話ですね! その料理人の女性はどうされていますの? ぜひともお会いしたいです!」


 打ち合わせ通り、小百合が見事な演技で話を膨らませる。

 若干大袈裟ではあるが。


「申し訳ございません。蓮台寺様。残念ながらその料理人はすでにホテルを発っているそうです。なんでも本日の便で故郷に帰られるとか」

「そうですの……それは残念ですね。アライド様。いかがでしょう、少し召し上がってみませんか?」

「ワタシは甘いモノは口にシナイ。サユリが食べなサイ」


 小百合が話を振るが、トルッケンはワインの方がいいとグラスを手に取る。


「よろしいのですか? では給仕係さん、お願いできますか?」

「承知いたしました」


 小百合にそう言われ、貫千がサッとクロッシュを持ち上げる。と、


「まあ! 素敵!」


 豪華な皿に盛られた、なんとも美しいデザートがテーブル中央に現れた。

 蓋を大きく開けたことで、芳醇な香りがテーブル周辺に漂う。


「ん~! 良い香り! とっても美味しそう! はやくいただきたいわ!」


 小百合が興奮した様子で大胆にテーブルの上に身を乗り出す。

 迫真の演技だ。


「こ、これは……ザルツブルガー・ノッケルン……」


 トルッケンの視線はデザートに釘付けになっていた。

 ゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえてくる。


「本当によろしいのですか? アライド様」

「あ、アア。しかし日本でこれを目にするとは……」


 貫千が用意したのはザルツブルガー・ノッケルン。

 トルッケンの故郷の料理だ。

 昨日シャルから送られてきた食材は一角牛の乳、こちらでいうところの牛乳だった。

 そのため、昨夜作戦会議をしていた貫千はどのように給するか一瞬頭を悩ませたが、小百合に相談したところ、デザートという手法を提案された。そしてそのとおり、こうして上手く仕上げることができたのだった。

 無論、これは小百合からの指示ということで調理場を借りた貫千が作ったものである。


 三つの連なる山を見たてたザルツブルガー・ノッケルンは、とても優しい色をしており、上部に振られたパウダーシュガーは山々に降り積もった雪を表していた。 


 二人が見ている前で、貫千はデザートを小皿にサーブする。


「ああ! 美味しそう!」

 

 尋常ではないほど目を輝かせて台詞を口にする小百合は、もはや演技をしているようにはみえない。

 作戦の延長線上とはいえ、向こうの食材を食べられるのが堪らなく嬉しいのだろう。

 胸の前で両手を組んで、貫千の手先を──というよりも、ザルツブルガー・ノッケルンを凝視している。

 早く、早く、と急かされているようで、貫千は思わず笑みをこぼした。


「──失礼いたします」


 取り分けたデザートが乗る皿を小百合の前に置くと、小百合は待っていましたといわんばかりの勢いでフォークを手に取り、


「いただきます!」ひと口、頬ばった。


「ん~! 美味しい! 美味しいです!」


 そして満面の笑みで感想を言う。


 こうなると、もうここからは演技は必要ないだろう。

 たぶん、テーブルクロスの下では足をバタバタさせているに違いない。


 小百合は次から次へとデザートを口に運ぶと、瞬く間に皿を空にしてしまった。


「おかわりはいかがです──」

「お願いします!」


 貫千が言い終える前に即答する。

 貫千は内心呆れるが、顔に出すことはできない。

 小百合はそのことをわかっているのかいないのか、ニコニコと貫千の顔を見ている。


「──承知いたしました」


 今度は先ほどの半分くらいの量を皿に取り分ける。

 そしてチラッと小百合の顔を見ると、なんとも不服そうな顔をしている。

 まるで、もっと寄こせ、と言っているようだ。


 この勢いだと全部食べてしまうんじゃないのか──


 そんなことを考えながら皿に盛り付けていると、


「なかなかに美味そうダナ。ワタシも少しいただこうか」


 トルッケンが乗ってきた。


「あら。アライド様は甘いものはお嫌いなのでは? 無理せずとも私がすべていただきますのでご心配なく」


 おい。

 なに言ってんだ。


 貫千は一瞬手が止まるが、


「その料理だけは特別なのダ。しかもそれは祖母が作って食べさせてくれたザルツブルガー・ノッケルンによく似てイル」


 トルッケンは食べてみたいという衝動には勝てなかったようだ。そう言い終えた後の口も半開きになっている。

 これはワインとも相性が良い。

 小百合が先に食べたことで、毒が盛られていない、と判断できたこともあるかもしれないが。

 とにかく食べる気にはなったようだ。


「あら。そうですの。どなたにも思い出深い料理はあるものですからね。では給仕係さん? アライド様にもお出ししていただけますか?」


 なんだか悔しそうに言う小百合はこの作戦の趣旨を理解しているのだろうか。


 しかし、まあ、ひとくちでも食べてしまえばこちらのモノだ。

 

 貫千は綺麗に磨かれた皿にデザートを美しく盛り付けると、


「──どうぞ」


 トルッケンに給仕した。




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