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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
2. VS某国の貴公子
24/52

2-7 墓参り



「──雰囲気が……少々変わられたようですね」

「そうか……?」

「ご自分ではお気づきになられませんか」



 違う。



「──さかきと鉢合わせたとか」

「ああ。あいつこそ変わっていて気づかなかったぞ」



 違う。

 そうじゃない。



「──明楽さんと生活を始められたそうで」

「ああ。あいつにも困ったもんだ」



 そうじゃないのに……


 もっと、もっと──





 ◆





「──それで。俺は今日なぜ呼ばれたんだ?」


 途切れた会話の間を嫌うように、貫千が本題を切り出す。

 雅は、コホン、と咳払いを一つすると、邪念を追い払うように二度三度頭を振った。

 そして、湯呑の茶をひとくち喉に流し込むと背筋を伸ばした。


「──さて」


 凛とした姿は次期当代としての風格を備えている。

 貫千も今一度居住まいを正すと話を聞く体勢をとった。


「私のもとに情報が寄せられました。ミクリ様が人前であるにもかかわらず貫千流闘術を使用したと」


 やはりそれか。


 想定通りの内容だっただけに


「人命救助だ。有事の際の発動に相当する」


 貫千は舌の上に用意していた言葉を返した。


 貫千は少しも動揺することなく雅の視線をまっすぐに受け止める。

 

 すると雅は


「わかりました」──そう言うと静かにまぶたを閉じた。


「あ、ああ」


 思いのほかあっさり納得してくれたことに拍子抜けするも、昔と違い二十歳になって温和な性格になったのか──と、貫千は少し気を楽にした。


 しかし。


 それがとんでもない思い違いだったと、貫千はこの後すぐに気づくことになる。



「では次に──」


 雅が閉じていたまぶたを開く。

 そして大きな漆黒の瞳で貫千を見据える。

 その視線には先ほどまでの穏やかさは一切見られず、反対に静かなる苛立ちのようなものが込められていた。


 俺の知っている雅だ……


 安心したのも束の間、貫千はごくりと唾を呑んだ。

 


「ミクリ様。これは門下生が偶然見つけた映像なのですが──」


 そう言うと、雅は持っていた巾着からタブレット型パソコンを取り出し、いくつか操作をした後、ディスプレイを貫千に見せた。


「これは……」その画面を見た貫千が言葉を詰まらせる。


「どういうことか説明していただけますか?」


 雅が見せたタブレットの画面。

 そこには、投稿サイトにアップロードされた動画が映し出されていた。

 しかも流れているのは、スーツを着た男が目を見張るほどの動きで、上から落ちてくる男を救う瞬間を捉えた動画。


「これは昨日昼の映像だそうです。確認なのですが、ここに映っているのはミクリ様で間違いありませんでしょうか」


 スマホで撮影されたのか、やや手ぶれはあるが、髪型や体型からどう見ても貫千にしかみえない。

 背景も特徴的な社員食堂だ。テレビや雑誌でもよく掲載されているのだから、見る人が見れば一発でわかる。

 誤魔化そうとしたところで通用しないだろう。


 どこの誰だよ……


 まさかあのときの動画が出回っているとは。

 


 予期せぬ状況に、貫千の目が泳ぐ。


 これは想定外だった。

 伝聞ではなく、映像を見られてしまってはかなり細かく説明する必要がある。


 どうするか……

 


「ミクリ様?」

「あ、ああ。俺、だな。うん、間違いない」


 雅の切れ長の目で射ぬかれた貫千は、あっさりと白状した。


 雅の瞳に見つめられると、貫千は昔から嘘が吐けなくなる。

 貫千が嘘を嫌うのも、原因はこの目にあった。

 嘘を吐こうとすると、どうしても雅の瞳を思い出してしまうのだ。


「正直で結構。ですがそのことはすでに画像解析によって確認済みです」


 画像解析で確認済み、と聞いて貫千は頬を引きつらせる。

 どれだけ仕事が早いんだよ、と。


 が、すぐにその後の言葉を並べたてなければならないことに、大きく深呼吸をすると気持ちを入れ替えた。


「私が訊ねたいのはこの体捌きについてです。貫千流闘術のどの型にも当て嵌まりません。そのことについてはどうご説明を?」

「……」 

「ミクリ様?」

「──あれはたいの一つ、間詰まづめの応用だ」


 貫千は雅の瞳──ではなく、その奥の掛け軸を見ながら答えた。


「間詰めの応用……ですか?」

「ああ。そうだ」

「直線的瞬発力を必要とする間詰めを発動しておいて、そのさ中にあのような回転をしてみせるなど、常人であれば、いえ、達人であっても、関節はあらぬ方向に曲がり、筋肉は裁断されてしまうはずです。ミクリ様。そのような誤魔化しが通用するとでも?」


 貫千は、今度は花瓶に生けられた花を見る。


「おまえに負けてから修行をしていた」

「それであれほどの体術を身につけられたと?」

「ああ」

「僅か一年で?」

「ああ」

「お仕事をなさりながら?」

「あ、ああ」

「流派は?」

「じ、自己流だ」


「ミクリ様。どうぞ私の目をご覧ください」


 しかし貫千は言うことを聞こうとしない。

 頑ななまでに雅と目を合わそうとしないのだ。


 すると雅は、冷たい笑みを浮かべ


「では、道場へ参りましょう」そう言うのだった。


「なぜ道場に──」

「確かめなければならないからです。私より次期当代に相応しい方がおられるのであれば、私はその方に務めをお譲りしなければなりません」

「それならば一年も前に決まったことだ」

「私は今でも納得しておりません。あの試合の最後、明らかに私は──」

「違うな。俺は負けた。それがすべてだ」


 貫千は雅の言葉を遮り、雅の目を見た。そして


「俺は全力で戦い、そして負けたんだ」──そう言った。


 しかし雅は引き下がらない。


「では私は次期当代の座を辞退することにいたします」

「……なぜそうなる」

「自信がないからです。私よりも貫千流闘術に長けている者がいながら、私が当代を務めるなどいい笑いものです」

「もう俺の身は門下にはないんだが」

「──自信がない、とはいっても一度決定したことは覆せないのが貫千のしきたり。私が辞退することも、ましてや一門を出たミクリ様に当代を押し付けるなど不可能であることも承知しております。しかし最強を誇る貫千流、その次期当代であるからこそ、私は強者を知る必要があります。それが元同門であれは尚のこと。その辺りはミクリ様もおわかりいただけるかと」


 本当に貫千の女は厄介だ。

 あれこれ理由を並べては、結局自分の都合のいいように持っていく。


 貫千は、つい最近舐めたばかりの苦汁の味を思い出した。


「しかし私とて鬼ではありません。条件をつけましょう。まず試合は非公式で構いません。どちらが勝っても、負けても、貫千流とは一切関係のないものとします」

「すまないがそれは飲めない。第一、俺がおまえと手合わせをする理由がない」

「私はまず、と言いました。条件はほかにもあります」

「それでも、だ。闘術を使用したことの事後報告は済ませたからな。それ以上話がないのであれば俺は帰らせてもらうぞ」


 貫千は立ち上がろうとするが、


「二つ目の条件ですが、この動画を世間に流せなくしましょう」


 雅が、トントン、とタブレットを指で突く。


「……それは不可能だろ。個人で保存されていたら──」

「その通り、個人保管の物は不可能ですが、幸いにしてこの動画はまだ投稿されたばかり。再生回数もこの通り多くはありません。保存している者は少ないでしょう。ちなみにですが、ミクリ様の会社の従業員を含め、すでに手は打ってあります。今後新たにこの動画が世に流れることはないとお約束します。万が一流れたとしても、そのときには一瞬で抹消します」


 会社の人間て……

 だからどれだけ仕事が早いんだってば……


「野蛮なことはしていないだろうな」

「当然です。そして三つ目の条件ですが」


 貫千は話を続けようとする雅を手で制す。


「だからちょっと待て。勝手に話を進めるな」


 しかし、雅は凛とした態度を崩さずに


「私は強くなる必要があるのです。ミクリ様にはご理解いただけないのでしょうか」


 そう続けた。


「一門を護るために、貫千流を途絶えさせないために、私は強くあらなければなりません」



 雅は昔からそう言っていた。

 それは貫千が弱かったがために。



 ミクリ様は弱くても大丈夫です──

 その代わり、私を支えてください──



 今なら──あのときの貫千ではなく、今の貫千なら、その思いがわかる。


 護るべきものがあるために、強く──。




「……仮にだ。仮に手合わせをしたとして、俺が本気を出すとは限らないんじゃないか?」

「また繰り返すおつもりですか? 私が女だからと、止めを刺さずに負けを選択するおつもりですか? ミクリ様はまた私の恨みを買うおつもりですか?」

「……だから仮にだ」

「次期当代が決定した今、ミクリ様がそのようなことをなさるはずがありません。それは妹である私が一番よく知っております」


 貫千はいつしか雅の目を見て話をしていた。

 それはすなわち本音で向き合っているということになる。


「本気を──出していただけますね?」雅が問う。


 すると貫千は諦めたのか、小さく嘆息すると、


「ふっ。三秒持てば褒めてやる」


 そう言い、立ち上がるのだった。







 そして道場へ向かう道すがら


「雅。おまえがさっき言っていた『護りたいから強くなる』という感情。俺にもわかる。──俺も同じだからな」

「ミクリ様が、ですか……?」


 貫千と並んで歩く、稽古着姿の雅が首を傾げる。


「ああ。実はな。俺も大切なものを護りたいから必死で強くなった」

「ミクリ様が必死で……差支えなければその大切なものがどういったものなのか、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか」


 貫千は照りつける太陽の眩しさに目を細めながら


「──遠い国のお姫様だ」


 そう答えるのだった。





 ◆





 雅との手合わせを終え、道場から出た貫千は、敷地を出ようと門へ向かった。


 いつの間にか日差しはさらに強烈になっている。


 しばらく歩くと門の手前で仁王立ちをしている大男に気がつき、貫千は立ち止まると両足を揃え、その人物に向かって会釈をした。


 ──そして再び歩き出した。




「帰るのか」


 男の脇を通り過ぎようとしたところ、男から声をかけられた貫千は、


「……ああ。墓参りをしてからな」


 二歩、三歩、歩いた先で立ち止まると、男に振り返りそう応じた。


「そうか」


 遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。

 もう一週間もすればもっと喧しくなるだろう。


「そういえば明楽が世話になっているそうだな」


 男が言葉を続ける。


「ああ」


 貫千が短く答える。


「迷惑かけるが面倒を見てやってくれ。あれでも可愛い娘なんでな」

「ああ」


 青い空を雲が流れる。

 その雲が数秒間、二人に影をつくった。


「──海空陸よ。儂はこの身五十にして今が最盛にある」


 雲が流れ、再び二人は日に晒される。と、男の顔は仁王像よりも恐ろしい形相に変化していた。

 凄まじい眼力で貫千を睨みつける。


「──その儂と()()お前が本気で相見えるとして、最後にはどちらが立っていると思うか」


 そして男は土埃が舞うほどの殺気を放った。


 しかし貫千は


「興味ない」手をひらひらと振ると


「──それよりも身体を大切にしろよ? 親父」


 男に背を向け、本家を後にするのだった。






 ◆






「見ておったか?」


 巌のような男──貫千流闘術現当代、貫千臥心(がしん)は、すうっと隣にやってきた濡れ羽色の髪の女性──貫千流闘術次期当代、貫千雅に問うた。


「はい。当代」


 雅は貫千が去っていった方角を見つめながら答える。

 その視線の先に、貫千の姿はもうない。


「あ奴め、儂の全身全霊で放った殺気を眉ひとつ動かさずに受け止めよったわ。受け流すのではなく、な。いったいこの一年で何が……」

「随分と嬉しそうですね」

「馬鹿を言うな。おまえこそ、儂を差し置いて海空陸と一戦交えたのだろう? どうであった」


 雅の稽古着が僅かに乱れていることに、臥心は逆に訊ねた。


「それにつきましてはミクリ様とのお約束がありますので、たとえお父様といえど申し上げることはできません」


 雅が稽古着を整えながら答える。


「ふはははっ! そうか! 構わぬ! おまえのその嬉しそうな顔を見れば、結果など聞かぬとも一目瞭然というものだ!」

「う、嬉しくなど!」


 図星を突かれたのか、顔を赤らめた雅は横目で臥心を睨む。


「それでも今日は少しだけ私の目を見てお話してくださいました。──ときにお父様。お父様は魔法を信じますか?」

「魔法……だと?」


 しかし雅は臥心の答えを聞くことなく


「私、もっと強くなります!」貫千の消えた方へ向かい、大声で叫んだ。


 そして「シャワーを浴びて参ります」踵を返すと、軽やかな足取りで屋敷に戻っていった。








 一人残った臥心は、雲が去り青く澄んだ空を見上げると


『兄者よ。儂はどこで育て方を見誤ったというのだ……』


 大きな肩を少しだけすくめながら呟いた。



 その呟きを聞くものは、二体の仁王像以外にはいなかった。





 ◆





「──俺もいろいろとあったんだぜ」


 花を供えた貫千は、静かに墓石と向き合っていた。


 そして線香の煙が消えるころ──


「──また来る。()()


 墓石に向かいそう言ってから立ち上がると、本日二つめの目的地に向かうのだった。



雅とのことは、雅パート(?)で回収する予定です。

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