第12話 嘘と次女 2
「あれ? 蓮台寺さん? 蓮台寺さんもカンチに用事?」
「はい。お昼のお礼をと思いまして。有栖川先輩へは会議が終わりましたらお伺いしようと思っていたのですが、有栖川先輩。お昼はご協力いただいてありがとうございました」
小百合を見て驚いたような顔をしている有栖川に、小百合がここに来た旨を説明する。
「ああ、そのことなら気にしなくていいって。会食のためだったってわかったんだから。それになによりカンチの頼みだしね。そうそう、カンチ、例のプロジェクト大成功だったよ! 二階堂さんが全面的にサポートできるよう、上にかけ合ってくれるって!」
「そうか。それは良かったな。まあ、おまえなら問題ないとは思っていたが」
貫千は顔にこそ出さないが、そう聞いて心の中で安堵する。
「おめでとうございます! 有栖川先輩!」
有栖川と貫千の会話を横で聞いてきた小百合が有栖川を称える。
「ありがとう、蓮台寺さん。先方が帰られてから社長が言っていたけど、あんなに機嫌がいい二階堂さんは初めてだって。会食が始まっても弁当が揃わないときには──」
「わかった、わかった。首尾よく事を運べたのならそれでいい。そんなことより日本を裏で牛耳る有栖川と蓮台寺の二人揃ってこんなところで話されてると、目立って仕方がないんだが? 一般人の俺のことも少しは考えてくれ」
「え?」
「はい?」
貫千に言われて有栖川と小百合が周りを見渡すと、貫千のデスクブースは目を輝かせた派遣社員によって取り囲まれていた。
「うわ!」それを見た有栖川が驚いて、イスに座っている貫千の肩を掴む。
「で、でも、僕と蓮台寺さんが話すのは同じ社員としてで、別に二人揃ったからといってどうということは……」
「そ、そうです! それに牛耳ってなど、って、先輩私のこと知っていらしたのですか!?」
「そりゃあ有名な名前だからな。確信はなかったが、もしかしたらと思ってネットで調べてわかったよ」
「そうだったの、ですか……」
小百合が意味ありげな表情で目を伏せた。
「それよりカンチ。僕、昼食抜きなんだけど。会議中、いつお腹が鳴るか冷や冷やしてたよ。僕は今日はもう上がりだし、夕飯こそは付き合ってもらうよ? それを言いに来たんだ」
話題を変えるように、有栖川が貫千に話を振る。
「いや、俺は今日は帰ってひとりで──」貫千が断ろうとするが、
「お祝い、してくれないのかい?」有栖川が問答無用といった目つきで貫千を見下ろす。
「……そうきたか」
実際、先ほどまで今日はなにを食べようか迷っていたこともあって、
──有栖川のおかげで俺はここにいられるんだし、プロジェクトもいいスタートを切った。
今日くらいは気持ちよく付き合ってやるか。それに例の話も──
今夜は友を祝福することにした。
「あの、お二人で食事に行かれるのですか?」
貫千が有栖川に返事をしようとしたところ、二人の会話に小百合が割って入ってきた。
周りの人目を気にしてか、若干声が小さくなっている。
「うん。珍しくカンチがお祝いしてくれるっていうからね」
「わ、私も! 私もご一緒させていただけませんでしょうか!」
小百合が緊張に震える声で頼みこむ。が、
「あ! も、申し訳ありません! つ、つい、厚かましいことを……」自分の図々しい態度を反省して、また下を向く。
「こちらも珍しいね──いや、蓮台寺さんもいろいろとサポートしてくれたんだから、ぜひ一緒に行こう。いいよね、カンチ?」
有栖川がそう言うが、
「いや、二人で行ってきてくれ。俺は俺でまた改めてお祝いをしてやるよ」
小百合も同席するとなるとまた例の男について根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。有栖川と小百合から同時に問い質されたら、それはかなり面倒だ──
そう考えなおした貫千は、やはり断ることにした。
「先輩……」貫千が断ったことで小百合がシュンと肩を落とす。
パーティションの陰に隠れて聞き耳を立てていた派遣社員の女性陣が殺気立ったことは、三人は気づかなかった。
もし、そこに男性社員がいたのなら、殺気立つだけでは済まなかったに違いない。小百合が同席する食事を断った貫千は袋叩きに遭っていただろう。
なぜなら小百合はただの一度も、誰からの食事の誘いにも応えたことがないのだから。いままで何十人が撃沈してきたか。
そんな身持ちの堅い小百合が自ら同席したがるなど──。
有栖川あっての食事の席とはいえ、そのプレミアチケットを巡っては、壮絶な戦いが繰り広げられること必至だ。
しかし、そのことを知らない貫千は平然と断ってしまえるのだった。
「いいのかい、カンチ? そういう冷たい態度をとるのなら、カンチの秘密をバラすよ?」
「な、なんだよ秘密って……」
貫千が一瞬、ぎょっ、とした顔で有栖川を見る。
「中学のころ、音楽のあかり先生に告白して──」
「そ、それかよ! ってか、こんなとこでそんな話するやつがあるか!」
「それって、どれだと思ったんだい?」
有栖川が動揺する貫千をここぞとばかりに攻める。
「え!? なんですか、有栖川先輩! 続きが気になりますっ!」小百合も身を乗り出す。
「カンチってば、みんなのアイドルだったあかり先生に──」
「い、行くっ! 行くから黙れっ! 今すぐ黙れっ!」
「有栖川先輩! 教えてください!」
「有栖川! それ以上話したらおまえが初デートで彼女とはぐれたうえに迷子になって泣きながら電話してきたことばらすぞ!」
「ちょっと! 全部言っちゃってるじゃないか! その話をするなら僕も──」
「だまれ外道! 早くメシ食いに行くぞ!」
憮然とした貫千がデスクを整理してパソコンの電源を落とす。
「どっちが外道だよ……ごめんね? 蓮台寺さん。カンチは昔からこうだから」
「いえ。お二人はとても仲が良いのですね」
有栖川が恐縮しきりに肩をすくめるが、小百合はなんとも嬉しそうに目尻を下げている。
「店を予約しておくから貫千とロビーで待ってて」とスマホを手にした有栖川が先に出ていくと、帰り支度を終えた貫千がイスから立ち上がる。
イスの背もたれにかけた背広をとろうとしたとき、
『──先輩。先輩のシャツからあの白銀の髪の給仕さんと同じ鰻のたれの香りがします。やっぱり先輩は……』
小百合が貫千にしか聞こえないような小声で囁いた。
しまった!
歩道の掃除をしたときに匂いがついたのか!
シャツまで着替える時間がなかったから──
焦った貫千は慌てて自分のシャツの匂いを嗅ぐ。が、
「ふふ」
悪戯っぽく微笑む小百合に騙されたことに気がつき、頬をひきつらせた。
「このことは花澄さんには──」そう言う小百合を貫千が睨むと、
「もちろん言いません。二人だけの秘密、ですね。指きり、します?」小百合は可愛い顔に笑みを浮かべ、小指を立てるのだった。
「先輩。私も着替えてきますのでロビーでお待ちいただけますか?」
蓮台寺家の次女と、どこぞの国の第二王女とが一瞬重なってみえた貫千は、やはり上に立つ一族に流れる血は似ているのか──と、背広を羽織りながら小百合の背を見送った。




