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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
1. VSエリート官僚
11/52

第11話 嘘と次女



 十七時半。

 タイピングの音が一斉に止むと、派遣社員たちの雑談が始まった。


「ねえねえ、この前美味しいお店見つけたんだけど──」

「夏物のセールが始まってるから寄っていかない──」

「えー、今日美容院予約しちゃったの──」


 貫千が在籍する情報処理課は派遣社員が多く、それも全員が女性だ。

 終業後ともなれば、さながら放課後の女子のような会話が至る所から聞こえてくる。

 そんな解放感溢れるオフィスの一角は今──


「ねえ、あの人、社報に載ってた秘書課の……」

「どこどこ? 本当だ! うわぁ、綺麗! 芸能人みたい!」

「たしか蓮台寺財閥のお嬢様なのよね?」

「どうしてこんなところに……?」


 思いがけない人物が訪れていたことに、ちょっとした騒ぎになっていた。

 パソコンのデータを保存していた貫千は、


 今日の食材は使っちゃったからな……

 はぁ……夕飯はなにを食べよう……

 唯一の楽しみが…… 


 頭の中は夕飯のことで埋め尽くされていたため、オフィスのざわつきも気にすることがなかった。

 

 雷刻鳥の卵……食いたかったな……

 シャルにリクエストしたとしても次はいつ入手できるか……

 やっぱりちょっとだけでもそぼろを残しておくんだったな……


「貫千先輩。今お時間少しよろしいですか?」


 自分の世界に没頭していた貫千の背中に、ふいに声がかけられた。

 イスに座ったまま貫千が振り返ると、


「あれ? 蓮台寺さん?」秘書課の小百合が立っていた。


 貫千のデスクに来るなど、モノ好きな旧友くらいしかいない。珍しい訪問客に貫千は目を見張った。


『どうして蓮台寺様があの社員のところに……』

『あのデスクの人って大きなミスをやらかして左遷されてきた社員よね』

『社員さんの間でもとても嫌われているって……』


 小百合がなにをしに来たのか見ていた派遣社員らの間から疑問の声が漏れる。

 幸い小百合にも貫千にも聞こえていないが、貫千に対する評価は派遣社員の中でも低いことが窺えた。


「あの……お昼のクリーニング代をお返ししようと……今日は本当にありがとうございました」


 そう言いながら、小百合が可愛らしい封筒を貫千に差しだす。


 わざわざそのためにこんな辺鄙な場所まで来たというのか。

 なんとも義理堅い子だ、と貫千は心の中で感心する。


「別に構わないと言ったとしても、受け取らないと蓮台寺さんは納得しない、かな……?」

「はい。自戒になりません」


 貫千は小百合の気持ちを酌んで、それを受け取った。


「ありがとうございます」もう一度礼を言った小百合が言葉を続ける。


「あの……二階堂様という本日のお客様から昼食の件でいろいろと聞かれまして……私は存じ上げませんと正直にお話したのですが、それでも詮索されてしまいまして……」


 貫千が小百合に鋭い目つきを送る。それに気づいた小百合が


「も、もちろん貫千先輩のお名前は申し上げておりません。男性の社員に助けていただいたとだけ……」貫千の名は出していないことを説明する。


「でも二階堂様は納得されていないご様子で、どうしたら注文できるのかその男性社員に聞いておいてほしいとおっしゃられて」


 あの冷血漢が……

 すこし効果があり過ぎたか……?


 自分以外の地球人が向こうの食材を食べたらどうなるか、実際に試したわけではないので、やはりあれを使ったのは失敗だったか、と貫千は少しばかり動揺する。


 貫千が一瞬考え込んだ様子を察知した小百合が


「先輩。先輩はやはりあの白銀の髪の給仕さんのことを御存じなのですか? あ、いえ。決して二階堂様に報告するためにお伺いしているわけではありません。個人的に気になったものですから」

「俺も知らないんだ。以前のつてで知り合いを頼ったらその人が用意してくれただけだから」

「そのお知り合いというのは、この会社の方なのですか? 連絡などは……」

「いや、遠い場所にいるからなかなか連絡はとれない。今日はたまたま繋がっただけだから」


「そうだったのですか……」小百合が一瞬悲しげな表情を見せる。


「実は先ほど社員食堂のスタッフさんにお礼を申し上げに行ったのですが、その方がおっしゃられていました。お昼時にキッチンを借りにきた男性社員の方がいたと。その社員の方の特徴をお聞きしたところ、とても先輩と似ておられたのですが……」


「いや、単に人違いだろう。俺はずっとここに──」

「カンチ! いるかい!?」


 二人が会話をしていると、同僚の声が聞こえてきた。

 いつもであれば気が重くなるその声も、今は天使の歌声のように有難く感じる。


 貫千は、「いるぞ!」と、普段はそんなことしたこともないのに、今回に限っては自分でも驚くほど大きな声で返事をした。




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