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「じゃあ、説明するから奥へどうぞ。」
一歩中に入ると、ふわりと軽やかな花の香りに包まれた。
すたすたと店の奥に進んでいく店員さんの姿を追いつつも店内を眺めると、左の壁沿いのショーケースの中にはカラフルな宝石達がライトに照らされてきらきらと輝いていた。
反対の右の壁沿いの棚には何種類ものパワーストーンが並べられ、ひとつひとつに石の名前が名札のように置かれていた。
見ているだけで気持ちが高鳴る。今までなぜ女の子がこぞって宝石を欲しがるのかわからなかったけど、実際に見てみるとその気持ちがわかる気がした。
壁は店先と同じレンガ作りで天井はそれほど高くはないが大きな観葉植物とウッドでできた照明がぶら下がっている。
店内をきょろきょろと見回している姿が面白かったのか、くすくすと笑いながら店員さんはこちらを向いた。
「うちのお店は初めて?」
「―――あ、すみません。入ったこともないのにバイト、とか。」
「全然気にしないで。男の子一人でなかなか入りにくいよねぇ、こうゆうお店。」
けたけたと笑いながら見つめられるとこちらも少し緊張が解れた。
「うちはそんな格式張ったお店じゃなくて、幅広いお客様に楽しんでいただけるようにパワーストーンも置いてるんだ。その場で石を選んでもらってアクセサリーにしたり、お守りにしてもらったりもしてる。まぁ、宝石店と名乗るくらいだから宝石も取り扱ってはいるんだけど・・・最初は他のスタッフがご案内するから勉強してもらうって形になるかな。」
店員さんは店内に目を向けながら答え、もう一度店の奥へと足を進めた。
今度はちゃんと後ろを付いていき、重そうな木で出来た扉を開けて深いグリーンの革で出来たソファーが2脚と小さめのガラステーブルがある部屋に入った。
「そこに掛けてね。えっと、名前を聞いてもいいかな?」
「すみません、申し遅れました!玉森楓と申します。」
「あはは、いいよいいよ。そんな堅苦しくならなくて。じゃあ、楓君は珈琲と紅茶どっちがいい?」
「え、あ、珈琲で。」
そう答えるとちょっと待っててね、と先ほどとは違う扉に店員さんは消えていった。
ふぅ、と息をつくと肩にかけていたボディバッグを外して膝に置いた。
部屋の中には大きな観葉植物があるだけで、先ほどの店内より照明は明るい。
雰囲気に呑まれながらも落ち着かせるようにもう一度息を吐いた。
「お待たせしました。珈琲に砂糖とミルクはいる?」
「ミルクだけもらってもいいですか?」
そういうとテーブルに2客の珈琲と1つのミルクピッチャーが置かれ、香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「さてと、楓くん。自己紹介が遅くなりました。私が紫陽花宝石店店主の御苑悠です。アルバイト募集、気になっているのは内容だよね?主な内容はお客様の要望を聞いてお勧めの石をお選びすること。」
若いこのお兄さんが店主さんという驚きは隠しつつも続いた言葉に少し不安を覚えた。
その表情を読み取ったのか再び口を開いた。
「勿論、最初はわからないと思うから石の補充とか他のスタッフの補佐や掃除からにはなるんだけどね。でも、日々石について覚えてもらわなければいけない。石の名前や石言葉、誕生石とかは必須になってくるからその努力はしてもらわなければいけないんだけどそこは大丈夫?」
さらさらと流れる言葉を聞きながら、先ほどの宝石達を思い出していた。
並べられた石達に心が躍った。この気持ちを他の誰かに伝えられるなら。
「―――やりたいです。さっき見たばかりでこんなこというのもあれなんですけど……。なんて言うか、何がすごい石なのかとか全然知りません。でも石が綺麗なのはわかります。それぞれの石がちゃんと輝かせるように頑張るので、僕で良ければ働かせてください!」
思ったままを素直に伝えた。御苑さんはぱちくり、と瞬きを繰り返しながらも柔らかに微笑み軽く頷いた。
「私も含め、他のスタッフも出来る限りフォローするから安心してね。――では、改めて。紫陽花宝石店にようこそ、楓君。」
差し出された手を握り返し、ここで働けるのかと心が弾んだ。