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現れたのは何者か


「──へ?」


 痛みはなかった。確かに私は生きている。

 どういうことだろう。

 覆っていた腕をどかし、顔を上げる。


 ──そして。


「……シルフ、さん」


 食われていた。

 シルフさんの、肩が。

 骨が軋み、肉が千切れる音がする。


「──バイバイ、エレナちゃん」


 ベルゼブブの牙が、彼の身体を貫いていく。

 私は、何もできずに──自分の頬に彼の血が付着するのを、黙って受け入れた。

 生理的に嫌悪してしまうようなベルゼブブの食事の音と。

 頬に触れて、やっと確認できたシルフさんの赤と。

 

 全てが、私を、刺激して、刺激して、刺激シテ──。


「んー? なんだコイツ。食われてるのにナンデ苦しまない? それになんだかマズイぞ」

「……いま、アナタは……」


 私はやっと一歩進むことが出来た。

 もう、どうでもいいと思ってしまったのだ。

 どうにかしてこいつを、この悪魔を、一刻も早くこの場から追い出したい。

 その為ならば、私は──。


「あなた、は、あなたは、あなたは、今、あなたは……っ!」



 ──この()()に、身を沈めても、構わない。

 ──そう思った。




***




 ──おかしい! おかしいおかしいおかしい!!

 ──美味しそうだと思っていたエレナとかいう女が突然豹変しやがった!!

 ──なんだよアレ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 ──善人のような面してあんなのを従えているなんて!!

 ──ルシファー並の悪魔じゃないか!


 暴食の悪魔、ベルゼブブは逃げた。

 潰れた依り代を捨て、霊体として孤児院を後にしたのだ。


 悪魔が去って、静まりかえった孤児院の大広間では一人の──悪魔がいた。

 エレナを依り代に姿を現した悪魔は彼女が父と慕うテネブリスの王とほぼ同じ容姿をしており、エレナの影から生えているかのようにそこに在った。

 ベルゼブブの逃亡を確認すると、悪魔は地面に横たえるエレナの金髪に指を滑らせ、その柔らかい頬を愛でる。

 そしてしばらくその柔らかさを堪能した後、影へ戻ろうとする。


「あれ? もう消えちゃうの?」


 ピタリ。

 悪魔の動きが止まる。

 この場に合わない青年の声は、案の定シルフのものだった。

 

「僕の分身魔法、なかなか上出来だったでしょ? 血まで再現してるのって僕ぐらいだと思わない? エレナちゃん、トラウマになってないといいけど。ノリでバイバイなんて言っちゃったし」

「…………」


 悪魔は答えない。

 シルフを無視して影へ戻ろうとする。


「ちょっと待ってよ。もう少しお話しよう? 君、()()()()だよね? やっぱり血を飲んだエレナちゃんの中にちゃんと宿ってたんだ。でもどうして君は顔を出さないの? それどころか、エレナちゃんに自分の存在を隠すような配慮も見られるけれど」

「……この身体は、(エレナ)のものだ。私は、ただの影に過ぎない。私はこの光を救いたいという祖の願いから産まれたものである。故に、私は他の魔の者とは違う」

「へぇ。君はそれでいいの? 悪魔なのに? もっと自由になっていいんじゃない?」

「否。私が今回顕現したのは光の憤怒に反応してしまったからだ。それ以外ではなるべく奥に潜む。この光は、誰かを傷つけることは望んでいない。光が望むままに。それが私の……真の願いである」


 悪魔はその目玉のない目でエレナを穏やかに見つめていたが、シルフにそれを向けるなり、殺気を露わにした。


「貴様、わざと己の分身体を怪物に食わせたり、光の怒りを煽っていたな」

「えー? なんのこと?」

「とぼけるな。貴様はここで消さねばならん怪物だ。そう私の本能が叫んでいる。しかし──」

「…………」

「光は、それを望んでいない」


 悪魔はそう言い残すなり、エレナの影に身体を沈め、消えた。

 一人になったシルフは、見るに堪えない有様になってしまった大広間の中で、その影から目を離さない。


「……なんだよ、それ」


 彼の声に混ざるのは、怒りか、それとも──


 ──お気に入りの玩具を見つけた時の子供のような、喜びか。


「なんだよそれなんだよそれなんだよそれぇ!!」


 彼はエレナの横で大の字に寝転び、腹を抱えて笑った。

 そしてしばらくゴロンゴロンと身体を右往左往させ、満足したかと思えば息を荒げながらエレナの方に這った。

 金髪を指でどかし、その中に埋まっていた顔をまじまじと見る。


「虫も殺せないような善人面しといて、まさか無意識に悪の根源(セロ・ディアヴォロス)を従えてるなんて……本当に、君って最高!」


 彼の笑い声は響く。

 周囲に三人もの人間が倒れているというのに、彼はそれを心配する素振りさえ見せずに、ただ自分の感情を吐き出していく。

 それが、とても不気味で──誰かがそんな様子を見ていたとしたら、こう思うに違いない。



 ──彼は、まるで悪魔のようだ、と。

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