【三章前日譚】エマと黒い男③
やけに暖かくて目が覚めた。
巨大な鳥のふかふかな羽毛に包まれて私は眠っていたようだ。
傍には薪が燃えてパチパチと鳴っている。
……えっと、私はどうしてこんな夜の森の中で眠っていたんだろう。
あぁ、黒くて怖い男の人に攫われたんだっけ。
「……ふかふか。気持ちいいな」
不思議な気分だ。誘拐されたのだから恐怖で怯えないといけないはずなのに、全然怖くない。
この羽毛をかけてくれたのもきっと私を気遣っての事だろうし……。
あの男の人は私を傷つけるつもりはないように思える。
半身を起こして首を振るが、あの黒い男の人は近くにいないようだった。
私はふと男に攫われた時のことを思い出す。
あの人、私のことを自分の娘だと言っていたけど……どういうこと?
はっ! もしかして私ってカクシゴってやつなのかしら?!
実はママとパパの子じゃない!?
いやでも、土魔王が得意なのはパパ譲りだし……外見はママそっくりだって言われるし。
髪の毛はママの金髪で、瞳はパパの深海みたいな藍色で気に入っているし……。
……うん、やっぱり私は二人の子だ。
ということはあの男の人は何かを勘違いしているわけだけど。
どうやって教えてあげよう?
するとその時、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「っ、」
「……おきたカ」
私はこくりと頷く。
男の人は大きな麻袋を背負っていた。
……あの袋一体何が入ってるんだろう……。
ゴクリ。
「ちょっと、おとなしくしていてクレ」
「は、はい」
男の人は麻袋から何故か調理器具を取り出し始める。
そしてあとは……たまご???
首を傾げながら男の人を観察した。
男の人は鉄板を火に当て、卵を垂らした。
そこに何やら変な粉を振って……料理してる、のかな。
お腹空いたの?
夕飯途中でここに連れてこられた身としては、大層気になる。
ぐぅ、とお腹が鳴った。
「……ちょっと、まっていなサイ」
「え、あ、うん」
え、この卵、私の為に?
この人一体何が目的なんだろう……?
「えっと、あなたは何者なの?」
「…………、」
男の人は綺麗に削られた木の棒二本を使って、器用に卵を巻いていく。
なにその料理! 見たことない!
くるくると綺麗にまとめられた卵が、ふんわりとした湯気を纏って輝く。
宝石のような卵の黄身が私を誘惑した。
「……くエ」
「え、いいの?」
黒い男は頷いた。
綺麗な葉っぱにそれを包んで、それを私に手渡す。
私は勢いよくそれを齧った。
まだ焼けきれていないとろとろな黄身が舌に滲む。
「……おい、しい……」
砂糖の甘さと、卵のとろみと……不思議な食べ物だ。
あっという間に食べてしまった。
その間に男の人はまた次のそれを作っていた。
「これ、なんていう料理?」
「……たまごやき、ダ」
「ふぅん。タマゴヤキ。変な名前。あなたの国の料理?」
「…………、」
男の人が息を呑んだのが分かった。
卵を操る木の棒二本を置いて、優しく私を抱きしめてくる。
え? え? えぇ!?
……ど、どうしてこの人、泣いてるの?
「どうしたの? どこか痛いの? 大丈夫?」
「……ごめんナ」
男の人は、ガラガラガエルみたいな声で、何度も私に謝った。
意味が分からなかったけれど、この人がどうしてもそれを伝えたい人がいるのは分かった。
「……えっと……あなたはどうして私をここに連れてきたの?」
「──、おまえが、うまれるまえのハナシだよ。……きにするナ」
ますます謎が深まるばかりだ。
私はゆっくり男の人の頭を撫でてあげた。
抱きしめられて気付いたんだけど、この人、とても人間とは思えない程冷たかった。
すると、そこで。
「──エマ、」
「! ママ!」
なんとママが草陰から姿を現したのだ。
その後ろにはママのお友達のシャドーさんも一緒。
男の人が私を胸の中に閉じ込めたまま、素早く立ち上がる。
「……っ、」
「!」
男の人の身体はやっぱり冷たかった。
しかしそれよりも奇妙なことに気づいた。
こんなに密着しているというのに、この人の鼓動を感じないのだ。
「エマ、無事?」
「うん! 無事だよ。ママ、この男の人は悪い人じゃないよ! 本当だよ!」
「…………」
ママが一歩ずつこちらに近づいてくる。
男の人は私を抱えたまま、後ずさった。
私を抱きしめる力をさらに強める男の人。
「……、たのム……ヨアケまで、このコといさせてクレ……」
「!」
「おれには、もう、じかんがナイ……よあけとともにきえる。そうかみさまとやくそくした。だから……」
「叔父さん」
男の人の身体が大きく揺れた。
そしてぶるぶると小刻みに震え出す。
ママの顔がどんどん柔らかいものになっていった。
「……叔父さん、茉也は、その子じゃないわ。私よ」
「!」
マヤ?
よ、よくわからないけど、ママとこの人は知り合いってこと?
──い、一体、どういうことなの!?