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3話




 侍女としての生活が始まって三日が経った。

 行儀見習いという名目で決行された父と姉の男性恐怖症克服大作戦は実感としてあまりうまくいっていない。というのも、カナルとエドガ以外誰とも顔を合わさないのだ。

 他の侍従が何故いないのか不思議だが、男まみれの中に女一人で働く自信はなかったので、ずいぶん気が楽になった。


 カナルは朝早くから鍛練場に行ってしまっているため、ティナが棟に来る頃にはもういない。エドガも本職が護衛なのでカナルに同行してここにはいない。


 ティナは今日もひとりぼっちで朝から昼に掛けて丁寧に部屋を掃除する。

 二階建ての広大な棟にはたくさんの部屋が存在しているが、全ての部屋をカナルが使っているわけではないので、掃除する場所は数室に限られている。また、カナルの寝所はエドガが掃除するのでしなくていい。

 床を磨いたり、窓を拭いたりと一人でするのは大変だが、掃除を終えると部屋全体が眩しいほど輝くので、楽しくてしょうがない。


 公爵夫人は身分関係なくなんでもできることが良き妻であり良き主であるという考えの持ち主だった。奉公時は貴族ではない女の子たちに混じってトイレ掃除に始まり、料理や皿洗い、洗濯、裁縫などありとあらゆる仕事をした。

 おかげでティナは何でもこなせるようになっていた。

 勿論、家に帰ってからは執事や侍女に止められてできなかったが。


 あの経験がこうしてまた役に立っている。なんて素晴らしいのかしら!

 ティナは奉公時の自信と誇りを胸に掃除を続けた。




 お昼を過ぎた頃に掃除が終わると、ティナはカナルのお茶に必要なお菓子と昼食を厨房からもらって来る。

 給仕室でお茶の準備が済むと、ハムと野菜がたっぷりのサンドイッチと玉子サンドイッチを食べる。


「嗚呼、どれも美味しい」


 久しぶりの仕事は体力がいって、今まで以上にお腹が空く。それに、王宮のご飯は一流のシェフが作るだけあってどんなに簡易なご飯でも美味しい。

 ティナはいつの間にか夢中になってサンドイッチを頬張っていた。

 最後の一つになったサンドイッチに噛みついていると、背後から声を掛けられた。


「ティーナ! いい食べっぷりね」

「カ、カナル様……! いつからここに?」


 振り向くと、いつの間にか腕を組んだカナルが給仕室の扉に寄りかかって楽しそうにこちらを眺めているではないか。

 ティナは恥かしさのあまり頬が一気に赤くなった。


 もしかして、私が食べ始めている時からいたの? こんなガツガツした淑女らしからぬ姿を見られてしまうなんて! 恥ずかしい。誰も来ないと思ってたのに!

 心の中でティナは延々と叫んだ。

 カナルはティナの様子を見て不思議そうに首を傾げると口を開く。


「ん? 今きたところよー」


 ティナは安堵の溜息を吐くと同時に、心の底から全部見られてなくて良かったと思った。


「休憩の邪魔をして悪かったわ。終わってからでいいからお茶を持って来てね。楽しみに待ってるわ」


 そう言うとカナルは、手を振りながら給仕室から出ていった。

 ティナはそれを見送ると、二度目の溜息を吐いて残りのサンドを再び食べ始めた。


 休憩が終わると給仕室からお茶を居間へと運んだ。丁度、カナルはソファに腰を下ろして本を読んでいる。

 ティナはテーブルにカップやお茶菓子を並べ終えると、彼の向かいにあるソファに座ってお茶を淹れる。




 カナルの好みのお茶はフレーバーのないストレートに、角砂糖が半分とたっぷりのミルクを淹れたもの。お菓子は素朴な味が好きらしく、クッキーやスコーンを用意した。


「まあ、ティナったら私の好みをもう覚えたの? エドガなんて一向に覚えなかったのに!!」


 手を叩きながら子供のように喜ぶカナルにティナもつられて微笑んだ。

 カナルはティナに淹れてもらった紅茶を一口飲むと、幸せそうな表情を浮かべる。


「うん、とっても美味しいわ」


 カナルはホッと息を洩らすとソーサーにカップを置いた。


「それにしても見違えるほど、どの部屋も綺麗になったわ。建てられたばかりの王宮みたいに輝いてる」


 どうやらカナルはティナが掃除した部屋を見てきたらしい。称賛の言葉を並べられてティナは面映ゆい表情を浮かべた。


「ありがとうございます。以前ダンフォース公爵家の元で奉公しておりましたので」

「あそこの夫人はかなりスパルタだから……なるほどねー。通りで凄いと思ったわ。ここまで完璧なら……私の寝室も掃除してもらおうかしら?」


 流し目でティナを見るカナルの瞳が一瞬だけ鋭くなった。


「……え?」


 ティナは危うく取り皿に乗せようとしていたスコーンを落としそうになる。


「ふふっ。冗談よ冗談。あー、ティナのお茶って本当に美味しい。毎日の楽しみができて嬉しいわー」


 一瞬だけ、目が本気だった気がしたけど。気のせい、かしら?

 ティナは冗談だというカナルをまじまじと見つめた。思考を巡らせて彼の真意を探ったが、分からなかった。




 カナルは毎日欠かさずお茶の時間を作って鍛練場からやって来た。掃除が済むとティナは彼が現れるまで家から持って来ていた針と糸で刺繍をした。


 カナルが来るとお茶を淹れ、お菓子を食べながら話をして夜になると宿舎へ帰る。毎日同じことの繰り返しで、一週間以上もすればこの生活に慣れてしまった。

 そして、ティナにとってもカナルとのお茶は毎日の楽しみとなった。



「ねえティナ。私は王宮のお菓子しか食べたことないんだけど、町のお菓子は何が人気なの?」

「噴水通りのパン屋さんで売っている、くまさんクッキーは美味しくてとても人気ですよ。パンよりもクッキーが売れるので店主は落ち込んでいます」

「じゃあ今度たくさん取り寄せるから、もっと落ち込んでもらいましょ!」

「たくさんあっても食べきれませんよ」

「ここだけの話、エドガ以外私の部下は甘いものが好きなのよー。だからみんなに配るの」

「それは素敵な考えですね」

「ええ、楽しみよー」


 カナルは城下の人々の生活や流行り物など、平民から貴族までの暮らしについてよく尋ねてくる。王族とあって外に出られない分、ティナの話は新鮮に映るのかいつも楽しそうに話を聞いてくれた。

 反対にティナは王宮について質問をする。


「王宮で流行のドレスは何ですか?」

「んー、デコルテに総レースを使ったドレスかしら。透け感のある花柄のレースが特に人気ね。王妃様が広告塔となって動いてる甲斐もあって、公爵の令嬢たちが買い占めたわ。おかげで王宮周辺の仕立て屋はレースが品切れ状態らしいの」

「だから最近レースが高かったのですね! 姉が欲しいのに高すぎて買えないと嘆いておりました。私には大胆すぎで……裾にスカラップレースをつけるだけで精いっぱいです」

「そういえば、いつも私が来るまで縫物してるけど。あれ、なあに?」

「ハンカチに刺繍をしておりました。紋様は完成するまで秘密です」

「えー、つまんない! でも我慢するわ。完成したら私に見せてねー!」

「勿論ですカナル様」



 内容は他愛もない話ばかりで、まるで年上のお姉さん? と話しているみたいだ。

 一度、ティナは話の内容が退屈ではないか不安でカナルに尋ねたことがある。しかし、返って来たカナルの言葉は「ティナとする話は楽しくて飽きないわ」というものだった。

 寧ろカナルが大喜びしてくれていたのでティナは胸のつかえが取れた。


 不思議なことに、ティナはカナルとなら特に意識せず自然体で話をすることができる。カナルは沢山の引き出しを持っているので話していて飽きないし、会話が途切れることもない。

 毎日話す時間が足りないと感じるほどだ。

 ティナは居心地の良い居場所で侍女として穏やかな日々を過ごしていた。


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