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花、咲き誇るとき4



 ストロベリーブロンドの彼女は鼻で笑った。


「あらやだ。真っ昼間から事に及ぼうとする貴方の方がよっぽどマナー違反よ。あんなに捨てられたかもしれないとか、嫌われたかもしれないとか毎日嘆いていたのに。取り越し苦労で良かったわね」


 リヴィは口を開きかけるが、すぐにぎゅっと唇を噛み締めた。反論を口にしても返り討ちに遭うだけだと悟ったらしい。その一方で表情は露骨に歪めると鋭い視線を送る。

 彼はやがてティナから離れると、腕を組んで隣に腰を下ろした。


「ティナ。彼女は雰囲気を台無しにする、デリカシーのない女だ。あんなのに俺が靡くと思うか?」

「えっ」


 そんな事を言われても初対面の相手だから分かるはずがない、とティナは思った。

 どう反応して良いのか分からず、ぎこちない笑みを浮かべるしかない。


「あら、私だってリヴィ様なんか眼中にないわよ。それと仕事熱心と言ってくださいな。こっちは明後日までに仕上げなくちゃいけない服が三着もあって忙しいの。あ、私ったら自己紹介が遅れたわ」


 ストロベリーブロンドの彼女はティナの前まで来ると、優雅な所作で礼をして名前を告げた。


「初めましてセレスティナ様。私は亡国ノルニア最後の王族、ミュカです」



 ノルニアとは少数民族ノルニア人を指す。彼らはとても小さな国を築いていたが、それも二十年前の王位継承争いの内戦によって滅亡してしまった。今はシルヴェンバルトに国が吸収され、その場所はノルニア自治区となっている。


 ティナは家庭教師からノルニア王家の人間は継承者争いで全滅したと習っていた。それもあって、王家の生き残りがいる事に心底驚いた。


 言われてみれば、ミュカさんはノルニア王家の特徴を持っているわね。


 王家の人間の特徴はストロベリーブロンドの髪、そして不思議な翠とオレンジのアースアイ。かつては魔術師の一族とも呼ばれ、彼ら独自の紋様刺繍は、様々な魔術を展開したという言い伝えがある。

 もしかしてミュカも魔術が使えるのだろうか、とティナは期待を込めて目をキラキラと輝かせた。


「……残念ながら歴史文献に有るような魔術云々は使えないから。古代紋様の刺繍はできるけど」


 ティナはその言葉を聞いて肩を落とした。おとぎ話のように魔術が本当に存在するなら、一度自分の目で確かめてみたかったのだ。

 ミュカの挨拶が終わると、今度はティナがソファから立ち上がって恭しく礼をする。


「私はセレスティナ・アゼルガルドと申します。以後お見知りおきを」

「あら。私なんかに王族にする礼なんてしなくていいのよ。ダンフォース家が持つ、キップリンの名を頂いているからそれなりに身分は保障されているけど。今の私はただの刺繍師。それから後は――――エドガの妻です」


 ミュカさんが、誰の妻? 今エドガさんと聞こえたような。

 たっぷりと時間を取った後、言葉を咀嚼したティナは驚きの声を上げた。

 エドガは飄々としていて、ミステリアスな人物。その奥さんとなると彼に似てつかみどころがない人だろう、とティナは勝手に想像していた。けれど、ミュカから受けた第一印象にそんな部分は微塵もない。


 ノルニア王家の血筋で、今は刺繍師でエドガさんの奥さん! 凄い経歴だわ!!

 改めてティナがミュカを見つめると「やっぱり驚くわよね」と、なんだか楽しそうに笑っていた。


「さて、話はこれくらいにして私の作業部屋へ移動しましょう」


 その言葉を合図にリヴィはソファから立ち、大きな手をティナの前に差し出してくる。

 ティナは柔和に微笑むと、彼の手の上に自分の手を乗せて立ち上がり、目的の部屋へと向かった。




 ミュカの作業部屋は客間から意外と近い場所に設けられていた。

 中に入ると、シルクや綿などの生地がきちんと整理されて棚に積まれている。そこから選ばれた生地がドレスとなり、何体もあるトルソーには途中までできた刺繍が施されている。どれも精緻且つ流行を押さえたもので年頃の女性たちが好む代物ばかりだ。

 脇にあるテーブルには、鮮やかな刺繍糸やキラキラと輝くビジューが箱に収まっているが、無造作に積まれていて、そこだけは雑然としていた。


 職人の作業部屋には滅多に入れないため、ティナは目を輝かせて周りを観察する。

 ふと、窓辺に置かれた花瓶に目が留まる。そこには一輪のアネモネが飾られていた。

 ティナが花瓶に近づいて眺めていると、後ろからミュカが話しかけてきた。



「セレスティナ様は、アネモネが好きですか?」

「はい。アネモネはアゼルガルド領に咲く花ですから。私にとっては思い入れの強い花です」

 ただ不思議なのはどうして見頃となったアネモネが飾られているのか、という事。

 今はアネモネの時期をとうに過ぎてしまっている。


「その花、探すのに苦労したの。季節が過ぎているから温室でアネモネを栽培している人間を探すところから始まって。植物図鑑があるから大丈夫だって私が何度言っても、本物を見て作れってリヴィ様は煩いし。おかげで数日間、小間使いの様に奔走する羽目になったわ」


 ミュカは表情を歪めると、わざとらしく深い溜息を吐いた。

 ティナはあ、と心の中で声を上げる。

 数日前、街で何度も二人を見かけたのはそれが理由だったんだわ。

 とはいっても、その本筋は全く見えない。


「どうして、アネモネを探していたのですか?」


 ティナが尋ねると、ミュカはまた楽しそうに笑う。

 それから奥にある扉の前に連れて行かれると、彼女は口を開いた。


「ちゃんと見てもらった方が一番腑に落ちると思うわ。先へ進んで。リヴィ様は中にいるから」



 言われて辺りを見渡してみると、いつの間にかリヴィの姿はどこにもない。

 ティナは頷いて、奥の部屋へと進んだ。

 そこは作業部屋よりも日差しが入り込む明るい場所。その中に、リヴィが一人立っている。


 横にはトルソーが一体佇んでいて、身に纏っているのは純白のドレスだった。

 幾重にも重なったスカートの裾には、本物の花を縫い付けた様ないくつもの赤と白のアネモネの花が咲き誇っている。


 ティナは色によって花言葉の意味が違う事を知っていた。

 赤には『君を愛す』という意味が。白には『真実・希望』という意味がある。

 思い出した途端、言葉を失った。



「今日という日をどれだけ待ち望んだか」


 リヴィの独り言の様な呟きが耳に入る。

 ゆっくりと此方に近づいてくる、真剣な眼差しの彼から目が離せない。


「彼女と街を歩いていたのは、これの為にアネモネの花を探し回っていたからだ。本来なら使用人に頼めばいいが。どうしても自分の手で見つけたかった。黙っていて悪かった」


 ティナは首を何度も横に振る。何か言いたいのに言葉が思いつかない。

 リヴィはティナを抱き寄せるとそっと耳元で呟いた。


「俺がティナを不安にさせるのは今回が最初で最後だと約束する。だから、互いが不安な思いを金輪際しないように……」


 リヴィは顔をティナに向けると、はっきりと言った。


「ずっと傍にいて欲しい」

「……っ」



 ティナは目頭が熱くなるのを感じた。

 屋敷に来て最初に泣いた時、心を支配していた惨苦は氷の様に冷たかった。

 けれど今は違う。温かな春の陽だまりに似た幸福感に包まれる。

 ティナは一度目を閉じると、自分の胸に手を当てる。それから再び目を開くと、しっかりとリヴィを見つめ返した。


「はい、リヴィ様。ずっと、ずっと傍で私が貴方を支えます」


 ティナは涙を流しながら笑顔で応えると、彼の胸の中へと飛び込んだのだった。



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