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花、咲き誇るとき1



 等間隔に立つ街灯には明かりが灯り、温かなオレンジ色の光が石畳の道を照らしている。

 ティナは馬車の窓から流れ行く夜の街並みをぼんやりと眺めていた。


「どうしたのティナ? さっきから様子が変よ? 今日のオペラはつまらなかったかしら?」


 向かいに座る姉が心配そうに眉尻を下げて尋ねてくる。ティナは力なく笑うと首を横に振った。


「違うわ、姉様。少し疲れただけよ」


 ティナと姉の二人はつい先ほどまで劇場でオペラを鑑賞していた。

 演目は今話題のオペラ歌手が数人出演しているもので、オペラ歌手に詳しくないティナでさえ耳にしたことのある名前が揃っていた。



 内容は結婚を約束した恋人の将軍が姫である主人公を裏切り、踊り子の女と駆け落ちしてしまうという古代が舞台の物語。


 姫は将軍と踊り子が城の一室で密会しているところを目撃してしまう。

 それでも彼女は「きっとこれは結婚前の最後の火遊び。数日後には夫婦となり、いずれ心を通わせられる」と信じて疑わなかった。だがその姫の想いも虚しく、結婚当日に将軍は踊り子と行方を眩ませてしまった。

 王命により年寄りの宰相と婚約させられてしまった姫は、将軍を恨む事も忘れる事もできず自ら命を絶つという悲劇的な結末だった。



 オペラ歌手の彼、彼女らの歌唱と迫真の演技は会場をその世界へと引き込み、幕が下りた頃には多くの観客が目に涙を浮かべていた。

 勿論カーテンコールの際は、観客が総立ちになって幕が下りるまで惜しみない拍手を送った。

 今回のオペラは満足度が高く、大変人気がある。その為、チケットは入手困難で簡単に取れる代物ではなかった。が、これを易々と手に入れてプレゼントしてくれた人がいる。


「ふふっ。流石はダンフォース様。プレゼントしてくれるものがひと味違うわね」

「……ええ、そうね」


 姉は彼の粋な計らいに満足げな表情を浮かべていた。その一方でプレゼントしてくれた当の本人は、表情に暗い影を落としていた。


「どうしてオペラは悲劇的な内容が多いのかしら」


 ぽつりと呟いた言葉は石畳の道を行く車輪と馬の蹄鉄の音で掻き消され、姉の耳には届かなかった。





 屋敷に戻り、部屋で寝支度をするティナはドレッサーの前に座って髪を梳いていた。しかし、鏡に映る自分の暗い顔を見て、ブラシを動かす手が止まってしまう。

 やがて、深い溜息を吐くと鏡の自分から目を逸らした。

 正直なところ、今夜のオペラは全く楽しめなかった。

 物語の姫が、まるで近い未来の自分を映しているように見えてしまったからだ。

 ティナがそう感じてしまった原因は、チケットをプレゼントしてくれたリヴィにあった。


 数週間前、リヴィから当分会えないという突然の手紙を受け取った日からティナは彼と会っていなかった。

 王家の影という存在であるダンフォース家の仕事がどれだけ大変なのかティナはリヴィと恋人になってから知る機会が増えた。だから今回も影の仕事に忙殺され、自分との時間が取れないのだと何も疑う事なく信じていた。


 しかし、そんな自分の考えはあっさりと打ち砕かれてしまった。それは、リヴィから手紙を受け取った翌日、ティナが姉に頼まれた用事で街へ出かけた時の事。

 いつものように見慣れた賑やかな街並みを馬車の窓から眺めていた。けれど、そこに見てはいけないものが目に飛び込んできたのである。


 とある店から、銀髪の美しい青年――リヴィが出てきた。しかもその隣にはとても綺麗な女性がいた。

 緩く纏めたストロベリーブロンドの髪に翠色とオレンジのアースアイ。その二つだけでも珍しく、目を引く要素だというのに彼女の整った顔立ちは同性のティナですら息を呑むほど美しかった。お付きの侍女であるならば、服装を一目見れば分かる。けれど、彼女は貴族女性が着るような繊細な刺繍やビジューが施されたドレスを身に纏っていた。


 久々に友人と会って話をしているのかもしれない。ティナは最初そう思った。が、次の日もその次の日も街へ出かける度に、いろんな場所で二人を目撃したのである。

 そしてリヴィの彼女へ向ける温かな眼差しは、何とも言い難いものだった。極めつきはいつも周りに気を許さないリヴィがフランクな雰囲気を纏っている。これには流石に衝撃が走った。



 ティナは姉に相談するべきかひどく迷った。かといって、決定的な証拠があるわけでもない。

 数回同じ女性と会っていただけでリヴィを疑うのは自分が彼を信じていないだけではないか。

 そう思って今まで自分の胸の内にそっと秘めていた。何事もなく過ぎていずれ忘れるだろう、と信じて。

 それなのにオペラを観てしまった事で再び疑念が湧いてくるのだ。リヴィとあの美しい女性はどういう関係なのだろう、と。


 二人の親しげな様子を思い出したティナは胸に手をあて、ネグリジェを掴んだ。

 嗚呼、思い出すだけで胸が痛い。この感覚は一体何なの?

 得体の知れない何かに胸が焼かれているような息苦しい感覚に陥る。


「……リヴィ様」



 ティナはぽつりと恋人の名前を呟くと暫くの間、自分の手の中にあるブラシを茫然と見つめていたのだった。



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