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心が晴れるとき1



 それは夜更けの事だった。

 金細工が散りばめられた豪奢で煌びやかな寝室に男が一人入って来た。

 男は真っ直ぐ姿見へと進み、その前に立つと慣れた様子で頭に手を伸ばす。


 ピンを外し、淡黄色の髪を引っ張るとそれはあっさりと彼の頭から離れた。

 リヴィは鏡の金色の縁に手をついて、それに映る自分をしげしげと見つめた。

 本来の白銀の髪が現れて、漸く元の自分に戻った気分になる。


「……カナルとして過ごすのももう随分と長い」


 これまでカナルを廃嫡にし、国外追放する為の計画は着々と進めてきたものの、既に五年もの歳月が流れてしまっている。

 本来ならばこの計画は三年で終わらせるはずだった。しかし、予想外にもエレスメアと戦争があり、戦後処理やブレア公爵の問題に追われて今に至る。


 カナルとして過ごす事に問題があるわけではない。ただ一つ気がかりなのは、全てが終わった後……自分は元のオリヴィエに戻れるのか、という事だった。

 リヴィは徐々に自分が誰なのか、自分とは何なのか分からなくなり始めていた。ここ数年はそれが顕著で、苦痛であり恐怖にもなっている。


「あと少しでこの生活も終わる。……終わった後、俺は何者になるんだろうな」


 不安の言葉が自然と漏れると、リヴィは口元を引き結んで机に向かった。

 まだ完全にカナルとしての任務が終わったわけではない。今は目先の事を考えなければ。

 特に問題なのは、つい最近やって来た侍女のセレスティナ・アゼルガルドだ。

 平生、刺客や玉の輿狙いの女であれば三日で片づける。しかし今回は特異だった。


 ティナは刺客特有の隠しても滲み出てしまうごく僅かな殺気も、玉の輿狙いの女のような媚びる態度もまるでない。

 もともとアゼルガルド家は南西の富饒の土地を管理している為、伯爵家の中でも群を抜いて裕福だ。よって玉の輿狙いという可能性は低い。

 ティナが何を目的としてここにいるのか全く分からないリヴィは、引き出しから彼女の名簿を取り出した。椅子に腰掛け、名簿を机の上に広げるとチェックする。


「変わったことは特になし、か……ん?」


 注意事項を見ると男性恐怖症と書かれている。そこで何故ここに来たのか妙に納得してしまった。

 男色と噂のあるカナルの元へ奉公することで少しでも男性恐怖症を克服しようという考えなのだろう。恐らくは愛娘を心配した伯爵が王宮に頼み込んだに違いない。


 けれど彼女は男色のカナル以外、エドガに対して臆する事なく会話ができている。

 リヴィは机を人差し指で何度か叩き、どうしたものかと頭を悩ませた。


「男性恐怖症でもないなら一体、何が目的でここにいるんだ?」



 すると丁度、リヴィの声に被せる様に扉を叩く音がする。独特なリズムにも聞こえるそのノック音で、向こう側に誰が立っているのか察しがついた。


「……――入っていいわよー」


 顔を上げて中性的な高めの声で返事をすると、エドガが滑り込むように中へ入って来た。


「宿舎に帰れば机の上にこれが」


 エドガは懐から一輪の白いアネモネを取り出した。

 勿論それを手配したのはオリヴィエだ。エドガを緊急で呼び出す時は花を贈り、その花言葉で自分の意図を伝えるようにしている。

 花の手配はわざと第三者に頼んで贈るように指示をした。そうする事でカナルが男色であるという噂の信憑性を高める事もでき、一石二鳥だからだ。

 今回贈った白いアネモネの花言葉には「真実」という意味がある。


 エドガはちゃんとリヴィの意図が何なのか見抜いているようだ。

 窓辺にある、色とりどりの花が活けられた花瓶に持っていたアネモネを挿す。

 そして、彼はリヴィの前に立つと口を開いた。


「アネモネはアゼルガルド領の名産品の一つです。彼女を調べよという事は分かりました。……たまには俺も花で返事をしましょう」


 そう言って差し出されたのはクリスマスローズ――「慰め」の意味がある花だった。

 目を見開いたリヴィはどういう事だ、と訝しむ。と、エドガは深々と腰を折った。


「申し訳ございません。俺は今あちら側の仕事で忙しく、手一杯です。どうかご自身で調査して下さい。久々に違う人物になるのも息抜きとしては良いと思います」


 彼はスパイとして、監督官の信頼を高める為に頼まれた仕事を遂行しなければならないらしい。

 リヴィは机の上で肘をつき、手を組んでその上に顎を乗せた。


「……――事情は分かった。そっちに励め。だが、ここ数年カナルが板についたせいで俺はオリヴィエのアイデンティティーですら危うい。そんな状況で他の誰かにはきっとなれない」

「だからこその息抜きです。違う誰かといっても好きに振舞えば良いんです。それで自分自身を見つめ直して下さい。……万が一セレスティナ嬢に正体がバレたら口を封じてしまえば良いだけの事。毒薬なり劇薬なりを使ってさくっと始末しましょう」


 口の端を吊り上げるエドガの気だるげな瞳が一瞬、怪しく光った。

 彼は幼少期に最下層で暮らしていたせいもあって、極端な考えに走ってしまうきらいがある。


「エドガ、選択肢が薬物しかないぞ。それと彼女に危害は加えるな」

「ええ、勿論冗談です。セレスティナ嬢は大事なご令嬢ですから」

「……おまえの冗談は肝を冷やす」


 リヴィは飄々としたエドガを一瞥すると、額に手をあてて深い溜息を吐いたのだった。



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