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15話



 目の前に立つ、何の感情も読み取れないリヴィになんと釈明すればいいのか。

 先ほど発した『ごめんなさい』には様々な意味がある。


 エドガに騙され、ラベンダーと白い鳥の刺繍をリヴィに贈ってしまったこと。

 刺繍の古い意味を知らなかったこと。

 古い意味を知っていたリヴィをその気にさせてしまったこと。



 それを知っていれば、リヴィとキスすることもなかっただろう。

 自分はエドガに騙された身ではあるものの、行動に移したことで結果的にリヴィの気持ちを弄んだのは事実。


 ティナは彼が無表情であるのは怒っているか傷ついているからだと、決めつけた。

 早く何か言わないと! 今すぐちゃんと話をするの! とティナは心の中で延々と叫んだ。

 しかし、気持ちが急くばかりでうまく言葉が纏まらない。

 一方でリヴィは表情を一つも変えずにただじっとこちらを見つめている。




 無言の圧力に耐え兼ねたティナは、その視線から逃れるように目を泳がせる。と、彼の手には贈ったハンカチが大事に握られていた。

 それが目に入った途端、何とも言えない感情が沸き起こり、胸の辺りがざわざわとした。


 今、ちゃんと向き合って釈明しなければ。このまま何も対処せずに終われば、一方的に求婚して一方的に断った、男心を弄んだ悪い女になってしまう。

 ティナは一度目を閉じると、小さく息を吐く。それからまたゆっくりと目を開けてリヴィを見つめると、意を決して口を開いた。


「リヴィ様。私の刺繍は……」

「エドガに何か言われて白い鳥を縫ったんだろ」

「っ、何故……」


 知っているのですか? と問おうとするも、ティナはその先を言えなかった。

 四つ折りにしていたハンカチをふわりと広げるリヴィの表情があまりに切なげだったからだ。

 彼の指先は精緻な刺繍――白い鳥へと向かい、それを堪能するようにゆっくりとなぞった。


「俺が最後にこれを見た時はラベンダーしかなかった。それにティナの性格上、求婚なんて大胆なことはしないと分かっている。現代版の意味に則って刺繍したんだろ。……だが、もしかしたらと淡い期待もあったから、この答え合わせは残念に思う」



 今のリヴィの話を聞いていると、彼はこの刺繍を贈る前から自分のことを想ってくれていたのではないかと錯覚してしまう。


 これって自惚れね。私ったらこんな状況で都合の良い解釈をするなんて。


 ティナは自分の愚かな考えに微苦笑を浮かべる。

 伏し目がちになると、ティナは胸に手をあてて服をぎゅっと掴んだ。と、前からスっと手が伸びてきた。


「ティナ、俺は……」


 切なさの混じった真剣な声色と共に、手の甲で頬を優しく撫で上げられる。唐突な彼の行動に驚いたティナは、リヴィの話を遮るように小さな悲鳴を上げた。

 リヴィは困った表情を浮かべ、伸ばしていた手を引っ込める。


「そんなに嫌だったか。すまない。……はあ、これではお前の幼馴染に最低だなんて罵れん」


 リヴィは前髪を搔き上げると自嘲気味に笑う。その表情は暗い影を落としていた。



 確かに男性に触れられるのはまだ抵抗がある。しかし、リヴィに触れられるのは嫌ではなかった。

 ティナは彼に伝わるように何度も頭を横に振った。


「今のは少しだけ驚いただけです。それと同じで部屋を飛び出した理由もリヴィ様を拒絶したからではありません。仰る通り、私は古い刺繍の意味が求婚の意味だとは知りませんでした。だからリヴィ様にふしだらな女だと、気持ちを弄んだ悪い女だと思われたらどうしようと怖くなったんです」


 ティナは次から次へと自分の想いを口にした。それでも彼は信じがたいといった表情だ。



 嗚呼、どうすれば私の言葉がきちんと彼の心に届くの。


 ティナは歯痒さを感じて唇を噛み締める。建前ではなく、本音を言わなければ――。



「私はリヴィ様に触れられて嫌だと感じたことは一度もありません」


 直接的な表現が過ぎた。そう頭の隅で思った時には遅かった。

 リヴィの腕が腰に回されて抱き寄せられる。



「嬉しいことを言ってくれる」

「ま、待って下さい。エドガさんが見てらっしゃいます」


 リヴィの厚めの胸板を押し返すも、びくともしない。

 ティナはあたふたしながらエドガがいる方へ身を捩る。が、そこにいるはずの彼は忽然と姿を消していた。

 先ほど部屋から逃げ出したティナを捕まえるために先回りして現れた時といい、神出鬼没だ。



 ティナが目を白黒させていると、ククッと喉で笑う声が耳に入り顔を上げる。


「エドガなら空気を読んでとっくに帰った。こちらも部屋に戻るぞ」


 リヴィは有無を言わさない強い口調で言うと、ティナを軽々と抱き上げる。

 そして、踵を返して部屋へ戻ったのだった。





 部屋に着くなり、ティナはベッドの上に降ろされる。リヴィもまたティナの隣に腰を沈めた。

 この時期の夜は涼しく過ごしやすいはずなのに、部屋一帯が熱を孕んでいるように感じる。単なる勘違いか、それとも緊張して自分の身体が火照っているのか。



 真っ直ぐ前を見ていたティナは視線だけを動かしてリヴィの顔を盗み見る。と、彼の視線とぶつかった。

 静かに燃える炎のような青の瞳から目が逸らせない。それどころか全てを絡め取られてしまったかのように自ずと身体もリヴィの方へと向いてしまう。



 どれくらいそうしていたのか分からない。けれど、最初に沈黙を破ったのはリヴィだった。


「実のところ、最初はティナのことをどこかのスパイだと警戒していた。わざと気があるフリをして、目的を吐かせようとした。でもお茶の時間を共に過ごしていくうちに、それが見当違いだと気づいた。悪意のない笑顔を向けられるうち、ここ数年の荒んだ心が癒えていくのが分かった。同時にティナに惹かれていることも……」


 ティナはリヴィの紡がれる素直な言葉を聞いて顔に熱が集中する。


 それって私が刺繍を贈る前から好意を持っていてくれたってこと?


 そんなことを考えていると、ティナの手の上に温かくて大きな手が重ねられる。


「勿論、俺はカナルとして生きていたから口でも態度でも直接示すことはできない。だから好きな女から聞いた菓子を取り寄せたり、好きな女のためにドレスを贈ったりと怪しまれない範囲で行動した。

直接的な態度は取れないから、分からないのも無理はない。だが、今から思う存分愛情表現をする。さっきティナが言葉で表現してくれたように俺も態度で示そう」



 悪戯っぽく笑ったリヴィに、ティナは唇を奪われた。

 離れた彼の唇から「ティナ」と名前を呼ばれて熱い吐息が肌に触れる。

 リヴィを見れば、うっとりとした青い瞳を細めた。息をする間もなく、わざと音を立てるように口づけされる。

 唇から頬へ、頬から額へ、額から瞼へ。振り続ける口づけの雨は止まらない。


「ティナ」


 いつもよりも艶っぽい低い声で名前を呼ばれて、その声が頭に焼きつくように何度も再生される。まるで愛おしい恋人に言うような声色に、頭の奥が痺れて身体が熱い。


 ティナは声を震わせて彼に静止を求めた。

 名残惜しそうな表情をしながらも、リヴィがキスをやめてくれる。


「あっ……あ、の」

「こんなに鼓動の音が五月蠅いのに、俺のことが好きだと認めてくれないのか?」

「それはっ、えっと……」


 すると、リヴィに手首を掴まれて彼の胸へと運ばれる。ティナはドクドクと早鐘を打つような鼓動を感じて目を見開いた。

 俺も同じだっと言うように柔らかく微笑むリヴィ。


「なあティナ、俺にドキドキしてるか?」

「…………はい、リヴィ様」


 ティナは真っ赤な顔をして、小さな声で言った。

 漸く、リヴィが好きという想いを自覚したのだった。



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