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11話




 胸元にひんやりとした無機物の感覚がする。ティナは息を殺してエドガの行為に耐えていた。

 恐怖心を煽るように、ゆっくりとシャツのボタンが切り落とされた。ボタンは転がり落ちると床へと散らばる。


 最後のボタンが取られると、エドガにシャツを掴まれて前を開かれる。隠れていたコルセットとシュミーズが露になった。

 こんな姿をティナは今まで男性に見られたことはなかったし、あのダグラスにでさえここまで酷いことはされなかった。


 いやっ! エドガさん、お願い、お願いやめて。……助けて!


 恐怖と羞恥でティナはいつの間にか息苦しくなり、浅い息を繰り返す。しかし、症状は悪くなるばかりで意識が朦朧としてきた。



 エドガはティナに覆い被さると、シャツと背中の間に手を入れて探るように触り始める。

 ティナは彼が何をしているのか分からない。やたら身体を触られ、それに耐えるようにきつく目を閉じる。と、今まで苦しかった胸の圧迫感がなくなった。

 コルセットの締め紐が解かれたのだと理解する。圧迫が消えて上手く息ができるようになった。




 ゴーン……ゴーン……。

 王宮の時計塔から舞踏会の始まりを告げる鐘の音が微かに聞こえてくる。

 ティナはうっすらと目を開けて、ぼんやりとする頭の中でカナルの身を案じた。


 カナル様はご無事なの?

 舞踏会が始まったなら、諮問会議はもう終わっているはず。今どうしていらっしゃるのかしら。

 嗚呼、廃嫡にされてしまうのに私のせいでもっと立場が悪くてなってしまう。

 ごめんなさい、カナル様――――。



「他のことを考えられるのか。随分余裕そうだな」


 そこでティナは現実に引き戻された。エドガの手は止まっていなかったのだ。

 コルセットのハトメに交互に通された紐が解かれていく。それが分かった途端、ティナは悲鳴に近い声を上げた。


「ああっ……エ、ドっ。いあああっ!」

「嫌じゃない」


 エドガは泣きじゃくるティナに淡々とした言葉をかけた。次に、ナイフを握っていた手を彼女の首元に近づけて静かにするよう脅迫する。

 ティナは首元を掠めるナイフに、再び恐怖のどん底へと落とされた。

 どんなに歯を食いしばっても声が漏れて出てしまう。

 繰り返される脅しと辱めによってティナの心は疲弊していった。


 ふと視線の先に、テーブル上の注射器が視界に入る。

 薬を投与されてしまえば、もう元には戻れない。

 その先に待っているのは壮絶な苦しみと一瞬にして訪れる――死。

 今のティナに、この状況を脱する術はない。受け入れる道しか残されていないのだと諦観した。



 父様、姉様。私のことをずっと心配してくれていたのに……ちゃんと勇気を出して打ち明けていれば良かったんだわ。

 ――――ごめんなさい。


 ティナは一筋の涙を流した。完全に絶望へと落ちた彼女の瞳からは、光が消えていく。

 虚ろな表情を浮かべ、とうとう何の感情も示さなくなった。





 エドガは身を起こすと人形のようになってしまったティナを一瞥した。そして、考える表情をして天井に近い壁を見据える。

 書き物の準備をしていた監督官は手の止まっているエドガを見て訝しんだ。


「何故手を止めているのです? 全て脱がせてさっさと薬を投与しなさい。前金はちゃんと払ったでしょう?」


 監督官が咎めるようなきつい口調で言う。それでも尚、エドガはじっと遠くを見つめていた。やがて、ティナから離れると小さく息を吐く。


「……この状況、俺はそそりません」


 寸の間、監督官はぽかんとした表情をする。しかし、エドガが何を考えているのか悟るとニヤニヤと笑った。


「ははあ。所詮は貴方も欲求不満の男というわけですか。分かりましたよ。時間が惜しいのでヤるならさっさと済ませなさい」


 エドガは黒装束の上を脱ぐとティナの乱れた上半身を隠すように被せた。

 くるりと身体を監督官の方に向くと、鋭い視線を彼に送る。


「俺は陵辱の趣味も倒錯趣味もありません。それと、そんな恐ろしいこと良くこの状況で言えますね」


 突然、勢いよく部屋の扉が開いた。ぞろぞろと王宮騎士団の騎士たちが中に入って来ると、あっという間に監督官を取り押さえる。


「ぐっ、なんですこれは!」




「噂には聞いていたが想像通り悪趣味だな」


 廊下から低い声が響いた。

 ティナの心臓がドクン、と大きく跳ねる。声に反応した彼女の瞳にはすっと光が戻った。

 聞き覚えのある低い声――それはカナルが素に戻った時の声にそっくりだった。

 彼が助けに来てくれた。ティナはそう思った。が、現れたその人はカナルではなかった。


 灯りで照らされる髪はカナルの淡黄色ではない白銀色。そして、異様なのは目元が仮面舞踏会で使われる黒のアイマスクで隠され、顔が分からないことだ。

 仮面の男が入って来ると部屋は強烈な殺気で満ち、ティナは彼が只者ではないとひしひしと肌で感じとった。

 彼は流れるようにティナからエドガを見るとドスの利いた声で言う。


「随分楽しんだみたいだな。部下を過信するなと忠告をもらったが本当だった」


 濃厚な殺気がエドガに放たれる。

 しかし、エドガは殺気にあてられてもけろっとしていた。寧ろ不満気な表情を浮かべている。


「貴方様の到着が遅いのです。あと、監督官から貰った金額の少しは働こうと思いまして」

「悪いがその金は没収させてもらう」


 エドガは口元に手を当てると「嘘でしょう」と呟いて大仰に肩を竦めてみせる。




 今まで黙っていた監督官が二人のやり取りを見てピクリと眉を上げた。


「エドガ! おまえまさか、私を裏切ったのですか!?」


 肩を震わせる監督官に対し、エドガが楽しそうに口角を上げた。


「いいえ。裏切るも何も金は俺の懐には入って来ませんから、契約はなかったことになります。それと、どんなに金を積まれても、自分の主人の命には逆らえません。なので俺はもともとこちら側の人間ということになります」


 エドガは二重スパイだった。

 監督官は自分が罠に嵌っていたことに知り、愕然としている。

 さらに仮面の男が冷めた声で追い討ちを掛けた。


「分かってるとは思うが、雇っていた暗殺部隊は全てこちら側で手配した傭兵だ。おまえはもう何もできない」


 監督官は屈辱と憎悪に満ちた視線を仮面の男に向ける。


「はん。どうせカナルジークは兄の、ブロア公爵の力で廃嫡になります。おまえたちを守る後ろ盾はいなくなるんですよ! 今私にやっていることを後悔すると良い。公爵が知れば王宮騎士とはいえ、ただでは済みませんよ!!」





 廊下から足音がしてティナが入口を見ると、書類を抱えた騎士と五十代半ばの逞しい髭を生やした貴族の男性が現れた。

 監督官は現れた貴族の男を見るなり声を上げる。


「兄上! この無礼な者たちを厳罰に処してください。何故私がこんな目に!?」


 兄上と呼ばれた男――ブロア公爵は手を上げて制した。そして、横に控える騎士にちらりと視線を送る。

 控えていた騎士は頷くと丸めていた書類を広げて読み始めた。


「本日の諮問会議における『カナルジーク殿下の処遇』に関する議論は協議の結果、廃嫡及び国外へ永久追放とすることが決定した。明朝までに手はずを整えるが、それまで殿下は王宮の一室にて軟禁することとなった……」


 話が進むにつれて監督官の顔はだんだん険しくなっていく。


「廃嫡及び国外へ永久追放? たったそれだけですか、この男に科される罰は!? これだけでは全然足りません。私の名誉を傷つけ、生きがいを奪っておいて!!」

「静かに監督官――いいやロスウェル卿。ここから先はもっと大事なことが書かれている」


 仮面の男は注意すると、騎士に続きを促した。


「続いて争点となった『ロスウェル卿の処遇』に関する議論は紛糾。数時間にも及んだ協議の末――王国最南端の離れ島にて無期限の幽閉となった。これはブロア公爵の財産を横領した罪と、度重なる毒物を使った婦女暴行により、事態が深刻であると判断されたためである。――内容は以上になります」

「はい?」


 監督官は目を白黒させた。

 恐らく、今まで通りなら兄のブロア公爵が官吏に根回しをして罪を隠蔽してくれていたのだろう。今回も咎められることはないと高を括っていたようだ。

 しかし、たった今聞かされた諮問会議の結果は彼が思い描いていたものとは違う。


 監督官の額からドッと汗が噴き出した。

 顔を青くさせて救いを求めるようにブロア公爵を見る。と、監督官とは対照的にブロア公爵は穏やかな表情をしていた。



「ロスウェル。おまえは可愛い弟であり、武器開発で多くの業績を残す優秀な研究者だった。だから武器開発事業が縮小してしまっても何不自由なく生活できるように王宮仕えにもした」


 しかし、ブロア公爵は穏やかさの下に隠していた怒りの感情を露わにし、激昂した。


「なのに私の金を横領し、その金で闇市から女子供を買って人体実験していたとは――おまえには心底がっかりした。もうおまえなどブロアの人間ではない! 二度とその面を見せるな!!」


 吠えるように吐き捨てると、踵を返して一人部屋を後にする。

 監督官は魂が抜けたように呆然とした。首を垂れ、うわ言のようにブツブツと呟く。


「……そうですか。家を守るためにこの私を切り捨てるというんですね……フフフッ。そんなことさせるものですか、私一人だけ地獄行きなんて。アハハッ……ソンナコト絶対サセナイ!!」


 監督官は狂ったように不気味な笑い声を上げた。



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