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10話




 諮問会議が開かれる議会場のエントランス近くにカナルは立っていた。

 胸ポケットに入れたハンカチを取り出し、刺繍をしげしげと見つめる。

 カナルはこのまじない刺繍を古い意味で捉えていた。


 だから貰った時は驚きと嬉しさで頭が真っ白になり、彼女が何と言って渡してくれたのか聞こえなかった。

 そのせいでカナルは心の中が疑問でいっぱいになっていた。



 ティナはこの刺繍の意味をちゃんと分かってるのか? 意訳すれば問題ないにしろ、直接的な意味は……絶対に分かってないだろ。男に耐性がないティナがこんな大胆なことするはずがない。

 そもそもどの俺に対しての贈り物だ? カナルが男色だということを忘れてはないだろうし。


 ふと、刺繍には現代版の意味があることを思い出す。

 現代版の意味は『あなたの心に平和と安らぎがありますように』。

 古い意味とは違ってとても控えめで純粋だ。

 ティナの性格を考えれば現代版に則って刺繍したのだろう。答えが分かった途端、カナルは複雑な顔をした。


「まっ、単なる憶測だから後で確認するしかないわね」


 言い聞かせるように独り言ちると、襟元を正す。

 今は全てを終わらせる大事な時だ。そう言い聞かせ、胸ポケットにハンカチをしまって議会場へと進んだ。




 中に入ると真っ直ぐ伸びた赤い絨毯の先には壇上があり、その上には金細工が施された玉座がある。

 そして、手前の絨毯の両端には彫刻が細部にまで施された長机と椅子が置かれていた。

 席は玉座から入り口に向かって上位から下位と階級が決まっており、机の上には名札が置かれている。



 カナルは辺りを見回した。

場内にいる当主の数はまばらで、互いに談笑している。

それなのに、この漂う厳格な空気は何だろう。そう思って首を傾げたが、ああっと心の中で声を上げた。

 前方に立っている女性を見て納得する。

 彼女はカナルの視線に気づいたようで、話していた相手に軽く挨拶を済ませると、軽快な足取りでこちらにやって来た。


「お久しぶりです。カナルジーク殿下」


 シックなドレスを着た、美しく年を重ねた女性が凛とした声でカナルに話しかける。

 他の当主たちとは違う厳かな雰囲気を醸し出しているせいで自然と背筋が伸びてしまう。


 はあ、身内なのにこういった場所では必ず形式的だな。

 カナルは肩を竦めると、彼女にならって公の場に相応しい礼をする。


「お久しぶりですわ、ダンフォース公爵夫人。お変わりないようで何よりです」


 ダンフォース公爵夫人、彼女はフェリオンやカナルの父である先王の妹君。

 つまり、カナルの叔母にあたる。そして、かつてティナが行儀見習いをしていた奉公先だ。


 この家はかなりのスパルタで、奉公を嫌がる令嬢が多いと聞く。

 その原因は今、目の前に立っているこの夫人のせいだ。彼女自ら令嬢に仕事を指示し、さらには仕草や立ち振る舞いなどの細かい指導を行う。それはもう悪魔のような厳しさで。


 以前、どうしてそこまで厳しくするのか尋ねたことがあるが、彼女は艶然と微笑んで「あら、そんなことないわよ?」と惚けるだけだった。

 大体彼女がその笑みをする時は、腹の中で何か企んでいることをカナルは知っている。

 何度か問いただしてみたのだが、結局適当に受け流されるばかりで教えてもらえなかった。



 この人の元で行儀見習いなんて、よくできたものだ……いや、俺も今までの侍女にしてきたことを考えると血は争えん、か。


 カナルは微苦笑を浮かべると、視線を動かしてから口を開いた。


「今日も公爵の代わりにご出席ですの?」

「ええ、夫は忙しいですから」


 諮問会議は当主出席が習わしであるが、ダンフォース家に限っては夫人が出席しても良いとされている。

 王族の血を引いている彼女に「当主でもないのに会議へ顔を出すな」なんて王族以外の者は口が裂けても言えない。

 言えるのはきっとダンフォース公爵くらいだが、彼はいつも王に任された仕事で忙しい。結局、こういった召集の場には常に夫人が出席しているため、今ではこれがあたりまえとなっている。



 夫人は近くに誰もいないことを確認すると、手にしていた扇を開き、それを口元に寄せて声を潜めた。


「カナル。部下を過信するのは良くないと思うわ。気をつけなさい」

「はい?」


 カナルは眉を顰めた。

 全くこの夫人は。当事者だけが知るはずの情報をどこからともなく仕入れてくる。それに毎回忠告はするのに肝心なことは口にしない。

 それをしないのはこの状況を傍観者として楽しむためか、はたまた当事者を成長させるためか――どちらにしても質が悪い。


「それは、どの立場で言ってるんですの? 問題ありませんわよー、叔母様?」

「さあ、どの立場でしょうね? でもそのハンカチを作ってくれた子が大切なら尚のこと自分で対処することね」


 カナルは苦い顔をする。


 なんでハンカチのことまで知ってるんだ! 諮問会議が終わればあとは自分で手を打つし、会議中に問題が発生した場合はエドガに対処するように言ってある。

……それなのに、今の忠告を聞いて胸騒ぎがしてならない。


 カナルは徐に胸ポケットの上に手を当てる。



 丁度賑やかな声が場内に響くと、次々と各当主が姿を現した。中にはブロア公爵、アゼルガルド伯爵もいる。各々、挨拶を交わしながら自分の席に座り始めていた。

 まばらだった席は埋まっていき、徐々に緊張感が漂い始める。

 カナルはブロア公爵を横目で確認すると、「先に席につきますわ」と夫人に告げた。

形式的な挨拶を済ませ、カナルは自分の席へと向かった。




 一人残された夫人はカナルの背を見ながら溜息を吐いた。


「あの子、呆れるくらい不器用ね。嫌なところばかり父親そっくりで……世話が焼けること」


 誰にも聞こえない声で文句を言う。

 しかし、すぐに無邪気な笑みを浮かべた。


「今日はブロア家の方で大騒ぎ。その後はうちと……アゼルガルド家ね」


 夫人は扇を畳むと、カナルのあとを追うように席へと向かった。


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