表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

01


 眼を開けると知らない場所だった。

 一度見たことがあるようで、でもそこまで記憶が無い場所。

 

 異世界だ。


 直感してそう思った。確証はないが、それでも目の前の地球離れした生物を見るとそう思わざるをえない。


 とても巨大な、牛と豚が合体したような動物が、大量に群れを成してそこにいた。100体を越えている量だ。

 体長は大きいもので目測5mを越えているように思える。小さいものでも、俺よりもゆうに大きい。


 ――これは、夢なのか?


 夢であるはずがない。鼻孔を擽る草と土の匂い。動物園で臭ったような糞尿の匂いまでする。

 ここまでリアルな夢があるはずがない。


 ――どうしてこんなことになった? 学校はどうする? 明日の妹のパーティは?

 

 とにかく、この場を離れることが優先だった。思考に走るには、あんな生物が居ると襲われるかもしれないからだ。

 

 しかし、この大自然には、人工の建物一つ見えない。


 あの群れは俺に気づいていないようで、のったりと草をんでいた。これならば、少し距離を取るだけなら大丈夫だと思う。


 だが。


 パキリ


 ベタに、枯れ枝を踏んでしまうミスを犯した。


「「「ンモォォォォォォォォォォ」」」


 瞬間、その生物が俺を視認した。そして他も草を食べるのを辞め、俺に眼を向ける。


 ――あ、やばい。これはやばいやつだ。


 俺は、なりふり構わずに背を向けて全速力で走り始めた。

 

 着ているものは、ジャージ。それに、寒いからと履いていた靴下だけだった。それで、鋪装されていない平原を走る。

 

 ――怖い怖い。動物園とか牧場で見る奴は目が合っても優しそうだったのに、こいつらはマジでやばい。捕食対象を見るような目だ。


「「「ンモォォォォオオオオォオォォン(待てェェェ)」」」


 走る走る。

 

 ドッドドッドドドドドドドドドッ


 100以上の四足歩行の怪物は、俺を追いかけてくる。それも、多分一匹残らず全て。

 地震が起こってるんじゃないのかと思うほどの地鳴りとともに、その原因が追いかけてくる恐怖は、体験したことはない。


「ああああっ!! 何だってこんな事になってるんだよぉぉぉ」


 後ろを振り向く余裕はない。振り向かずとも、後ろに追ってきていることは分かる。主に音で。


 足は、俺のほうが速いようですぐには追いつかれそうにはない。


 ここで陸上部の本力発揮かと思うが、しかし。短距離向きだった俺は、そう長くは体力が続かない。


 直ぐに、苦しくなってくる。だが、止まれば踏み殺される。捕食されることを考えれば、止まることは出来そうにない。


「だ……誰かっ、助けてー―」


 精一杯の声で叫んだ。

 反応する人間は居そうにない。


 ――ああ、こんな意味がわからない所で俺は死ぬのか 


 諦めていた、その時だった。


「ここで助けを呼ぶ声が聞こえた! 誰だかわからないが、助けに来たぞ」


 俺と、追いかけてくる群れの間に、入り込む一人の人。


 全身金色の鎧を纏って、普通なら両手で抱えるような大きさの巨大な剣を、右と左で二本持って構えていた。


 俺に背中を向けてその人は確認するように


「そこに伏せておけ。風圧は調整できないからな」

 

 いかにも歴戦の騎士っぽく言った。


 この時、俺が生き残る未来がはっきりと見えた。この人は、凄く強い。直感した。


 

 両手の剣は、想像以上の攻撃力を誇っていて右手の剣で薙いだだけで5体の怪物が絶命する。


 その両手から繰り出される剣戟は、俺の眼にはよく捉えることは出来なくて、単に凄いと言う感想しか出てこない。


「「グモォォォ」」


 怪物も、ただでは殺られないというように金色の騎士に攻撃しようともがいているが、止まることをしない剣捌きに近づけない。


 一体一体斬るごとに、途轍もない風が巻き上がり小さい個体は踏ん張るだけでも大変そうだ。


 その止まった怪物を斬り殺し、そしてやっと風が止む。


 俺は、終わったかと思って騎士を見るが、怪物はまだ残っていた。


 群れの中でも巨体を誇る怪物が、三体。いかにも、「許せない」という風貌で騎士と相対していた。


 一番巨体な怪物は、口を大きく開く。そこに、小さく円状に光が収束すると――次の瞬間に、一閃のビームが騎士に向かって放たれる。


 騎士は、動かずに手を動かしている。


「そんなものは効かん」


 ビームが、騎士の目の前で何かに弾かれるようにして消え失せた。


「ウモッ」


 驚いたような怪物。一回り小さい怪物は、騎士に突進する。


 騎士はやはり動かない。ビームが消え失せた所に、壁があるのか怪物は何かにぶつかるようにして、消失した。


 残る二体の怪物は、敵わないと悟ったか騎士を背に逃げ出したのだった。



 俺は、立ち上がって騎士に近づいていく。


「あ……ありがとうございます。一時はどうなるかと」


「礼には及ばない。この群れを駆逐しろというクエストを受けたのが私だったからな」


 騎士は、振り返りざまに全身鎧のヘルムを取る。そして、出てきたのは長い長い銀色の髪。

 その綺麗な髪の持ち主は、凄く美形の女性だった。


 すっきりとした鼻筋に、ぱっちりとした瞳。それだけでも美しい容姿だ。


「君は、黒髪で黒い瞳……。異世界から来たとか訳の解らんことを言うのではないだろうな」


 顎に手をおいて足元から頭まで眺められる。


「え、ええ。すみません、多分異世界から来ました」


 今まで助けてくれるなら誰でも良いと思ったが、冷静になってみると鎧を着た人間を現代で見ることのほうが難しい。

 コスプレでも、殆ど見ないのではなかろうか。


 動きにくそうな、現実離れした格好をした人を見て、さっきの一方的な殺戮を見て、ここが地球と思えるだろうか。


 それに、怪物が吐いたビーム。兵器でもあんなものを防ぐのは難しいだろう。


 どう考えても、現代世界でもなければ知ってる常識が通用する世界でもないようだった。


「やはり、な。ここで会ったのも何かの縁だ。この近くの街まで送ってやろう。それまで少し異世界の話を聞かせてもらおうか」


 どうやら、騎士さんは異世界から来たということを信じてくれるようだ。俺だったら信じないだろうけど。

 それに、さっき異世界から来た人を知ってる風に言ってたので、なにか知ってるのだろう。


 それを聞かせてもらえたら、元の世界に帰れる情報を得られるかもしれない。


 そうして、騎士さんの案内で街まで行くことになった。



異世界第一日目。



02



「異世界は、地球と言うのか。なるほど、大体聞いていたような話に似ているがしかし、そのげーむとやらが気になるな」


 俺と騎士さんは徒歩で街に向かっていた。

 

 騎士さんに聞く限り、近くの街というのは『城壁都市ミズガルド』と言うらしく、その名の通りどんな怪物が攻めてこようが耐えきれるような設備が沢山らしい。


 流石に龍の大群が攻めてくればひとたまりないらしいけど。


「多分、気にしなくていいですよ。もう、この世界自体ゲームのような世界ですし」


 そう。この異世界に来る前の最後の記憶といえば、自室のPCの前でネットゲームをしていたことだった。

 初期設定が終わり、いざゲーム開始。ってところだと覚えていたが。


 友人に進められて初めて買ったゲームでこんな状況に巻き込まれるとは。


 俺は、基本的にゲームなどしない主義だ。知識として少しだけ知っているが、実際にプレイするのはこれが初めてだった。


 基本的に陸上競技を生活の中心にしていた為、する暇が無かったといったほうが正確だが。


「うむ、皆そう言うのだな異世界人は」


 どうやら、本当に他にも俺と同じような人がいるらしい。


「異世界人って珍しくないんですか? さっきから知ってるような口ぶりですけど」


「ああ、知っている。私の仲間にも異世界出身の戦士がいるからな」


「へーぇ。その人も、俺と同じ話とかするんですか?」


 騎士さんは少し考える素振りを見せて、「そうだな」と頷いた。 


「その人のことを教えてもらってもいいですか?」


 この世界から帰れる情報とか持っていないかなと思ったけど


「名前がサトウ・タカヒロと言ってな、これがほとんど無口でな。どうしてか口が半分縫われているのだよ。もともと口うるさい奴だったそうでな、嫁にやられたそうだ」


 とても怖い情報を頂きました。


「口を開くと痛いと言って、食事以外口を開けないんだよ。はっはっは」


 うーむ。これはこれは、この世界に馴染んじゃってる感じの人ですね。

 俺が欲しいのは、この世界から帰るための方法を探している異世界人、日本人の情報だけど、聞いても分からなそうだよなぁ。


「他にも異世界人は居るんですか?」


「いるのは居るが、私と個人的に友好関係があるのはタカヒロだけだ。すまない、他の人の話はできそうにない」


「あ、いえいえ。こちらこそ、初対面なのに質問ばっかでごめんなさい」


 そう話している内に、人間が作ったらしき道に出る。雑草が取り除かれて、車輪が通った様な跡がついていた。

 人がよく歩く道は踏み固められて草は生えにくいから、多分この道は商人とかがよく通るのかな。


 そんな道に馬車が一つ停まっていた。それを引くのだろう馬に餌を与えている人影を発見。

 

 膝までのコートを着ていて尖った魔女みたいな大きな帽子で顔なんて見えないが、体格的に女の娘だ。


「ああ、アレは私のチームの移動用馬車でな、『ハイランダー号』という。そして、今ハイランダーくんに餌を与えているのが我がチームの紅一点アミィちゃんだ!」


 あれ? 紅一点ってか、自分を忘れてますよ騎士さん。


 なんて声を掛けるわけにもいかず。


「そしてな、中にいるのが言ってたタカヒロと聖剣士ロイヤルパラディンスヴァだ。あいつの言動には耳をかさなくてもいいからな」


 「はっはっは」と豪快に笑って、騎士さんは自分の名も名乗らずに『ハイランダー号』に近づいていった。

 

 騎士さんのことをなんて呼ぼう。歩いてる時も名前を聞かなかったし。


 俺も、自己紹介してないんだけどね。


 俺は置いて行かれないように少し小走りに騎士さんの後を追った。




 馬車の中に騎士さんは俺を招いて、アミィさんは馭者ぎょしゃらしくて、中には入ってこない。

 そして、五人が乗った馬車『ハイランダー号』が発車する。


 馬車は大体6人乗りくらいの大きさで俺の向き合った正面にタカヒロさんとスヴァさん。横に騎士さんが座っている。


「少年。名前は」


 ドスの利いた声で質問してくるのは、タカヒロさんだ。

 やはり、同じ異世界人ということで興味があったのだろう。少し、喋り辛そうだがニコニコしている。


 頭はぼさぼさだが、汚くはない。髭は綺麗に剃ってあって、いかにもサラリーマンって表層だが、口の半分は赤い糸で縫ってある。


「岩崎望海です。岩に山編に奇しいって書いて岩﨑。そして――」


「ああ、ああ。いい、ノゾミ。日本語を書く機会はコッチではないからな。そして、ノゾミがいた時代はいつだ?」


 質問慣れしているのかタカヒロさんは俺の話を中断してから言う。


「えっと、2015年です」


「ドラゴンボールはどこまで……出版されている?」


「よ……四十二巻くらいまでしか知りません」


「そうか。……変わってないのか」


「タカヒロさんですよね。タカヒロさんの居た時はいつなんですか? いつからコッチにいるんですか?」


「おいおいタカヒロ。これはミズガルドまでの私のおもちゃなんだ。とるな」


 横に座っている騎士さんは、俺の腕をぐいっと引っ張って胸に抱くが、鎧なので嬉しくない。


 スヴァと言う人は、走る馬車の外を眺めているだけで話に加わる素振りは見えない。

 横顔でも、刺青していることが分かる。ヤンキーなのだろう。


「質問だけには……答えさせてもらう。ああ、もうこれ邪魔だ」


 タカヒロさんはポケットから出した小さなナイフで、口の上下を縫った糸を切った。


 唇を少し切ったらしくて血がポタポタと流れている。それを少し舐めてから


「ぃって。よし、オレがいた時代だが、実際そんなに変わらない。2011年だ。この世界に来る日本人は来る年代は本当にバラバラでな、偶に戦国時代から来る奴もいる」


 じゃあ、俺とタカヒロさんの居た時代が近いのは結構凄いことなのかもしれない。


「そして、いつからという質問だが、驚いたことにこの世界では日数と時間が殆ど地球と一緒だ。そして、オレはここに26年住んでいる」


「そんなにですか? じゃあ今は何歳ですか?」


「敬語はよしてくれ。そんな柄でもない。オレは15の時にやって来て今は42だな。ノゾミくらいの子供がいる」


「会ってみたいです。あ、それと目上の人には自然とでてしまう癖のようなものなので気にしないでください」


「そうか。機会があればな」


 騎士さんは、羨ましそうにタカヒロさんを見る。


 そういえば、騎士さんって何歳だろう。女性に年齢を聞くのは野暮だというが、見た目20歳前後なんだよな。


「そうだ。ノゾミに面白いことを教えてやろう。コッチの世界の重要な話だ」


「そんなこと教えてもらって良いんですか。聞きます」


「まず、食いもんはゲロマズだ。日本料理が恋しくなる。オレの嫁の料理はドックフードの味がする」


「妹の悪口を言うんじゃねぇ」


 スヴァさんがやっと口を開いたかと思えば、少し気だるそうにタカヒロさんの足を踏む。

 鎧だから痛くないだろうけど。


 タカヒロさんのお嫁さんはスヴァさんの妹だったのか。


「お前、料理とかできるか?」


「両親が居ない時は妹の分と、結構作りますね」


「そうかそうか。ミズガルドでもう一回会った時に作ってもらおうか」


「それこそ、道具がないと。俺、一文無しですし」


「異世界人には冒険者になる義務があるんだよ」


 横から入ってくる騎士さん。どうしてか、まだ腕を離しえ貰えそうにない。


「そうそう。ミズガルドに初めてきた時に俺も驚いたよ。オレは、ここらじゃない所で眼が覚めたもんでな」


「私は色んな異世界人にここの平原で会ったが、もう一度会った者は少ない」


「ちょっと待ってください、その言い方だと皆死んだように聞こえますから」


 タカヒロさんは少し二カリと笑って、「死ぬのはこの世界の人間と同じくらいの確率だ」

 と言う。


 街に行くのが怖くなってきた。



03



 それから数時間がたった。

 

 スヴァさんのゲロとか、騎士さんのもらいゲロとかいろいろなハプニングがあったけど、やっと着いた。


 『城壁都市ミズガルド』。


「じゃあな、ノゾミ。次に会うときに料理をごちそうしてもらうからな」


「皆の話し相手になってくれてありがとう。今度わたしも会話したい」


 タカヒロさん、アミィさんからお別れの言葉をもらう。馬車は馬車専用のゲートがあるらしい。


 騎士さんは俺と同じ、一般人が通るゲートで降りた。


「ミズガルドは広いのだ。私が案内してやろう」


 と、気の利いた提案をしてくれたのだった。


 街に入ると、すごい活気を感じる。現代日本では少なくなっただろう、商店街の最前期のような印象だ。

 

 露店がそこら中に並んでいて、人だかりがたくさんある。俺と騎士さんはゆっくりとその間を縫って歩く。


「まず、この世界に来た異世界人を案内するのが酒場だ。良い人はちゃんとここまで送り届けるのだが、悪い人は何も知らないことをいいことに奴隷にしてしまう」


 余計に、騎士さんに助けられてよかったと思う。誰も奴隷になりたくないしね。


「でも、どうして酒場なんです? 冒険者になるんだったら冒険者ギルドとかあるんじゃないんですか?」


「ああ、違うな。そんな戦闘も碌にしたことのない人間を冒険者ギルドが登録してくれると思うか? 最低ランクでもさっきノゾミが襲われていたモンスター三匹程度なら倒せるぞ」


「そうですね。命をかける仕事で戦えない人は登録できなくて当然だと思います」


「だろう」


 人だかりのある道を抜けて、少し入り組んだ道に入る。

 酒場は入口門とは違う大通りにあるんだとか。その近道を騎士さんは教えてくれる。


「ノゾミはもし何もせずにいい女と大量のお金が手に入るとしたらどうする?」


「え? そんなうまい話詐欺に決ってますよ。無視します」


「そうか」


 そして、その路地を抜けるとさっきとは違った通りが現れる。


 さっきが一般人が買い物する商店街だとすれば、コッチの道は冒険者がギラギラした目つきで、自分の命を懸ける道具などを物色する商店街だ。

 目立って仕方がなかった騎士さんの金ピカの鎧も、コッチの通りでは他にもピカピカした鎧とかトゲトゲしたものまであって、目立たない。


 まっすぐ進んで、ひときわ大きな看板の店に入る。


 『ラッキービール本店』


 どうやら酒場のようだ。


 扉を開けて騎士さんは入っていく。俺はそれに続いた。


「いらっしゃ~い。あ、エルンちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」


「あ、どうも。こ……これ連れてきたから」


 頬を赤く染めて、俺の肩を掴んで前に立たせる。その背に隠れるようにしてエルンと呼ばれた騎士さんは。


「私は、エルン・ホワイトアウト。もしも、試練から出てきたら冒険者ギルドで待ってるぞ」


 俺の耳元で小声でそう言うと、両肩から手を離し背中をバンっと叩く。


「じゃあな。武運を祈る」


 エルンさんは、酒場から出て行ったのだった。




「で、エルンちゃんが連れてきた君。名前は?」


「あ、あの。ここ、嫌な視線を感じるんで違う場所で話せないですか? 個室とかあったら嬉しいなって」


 エルンさんと一緒に居た時からこの街では変な視線を感じていた。凄くヌメヌメとした奴。

 地球でもあった。これでも陸上競技では全国に行ったこともあり、入賞も何度か体験した。


 そんな人が感じる、ストーカーの視線に似ていた。


「はいはい。わかった分かった。皆なんでそういうのか。まぁ、今日はどうしてこんなに多いかね」


 女店員は頭を抱えながら「着いて来て」という。


 俺は、それに着いて行く。カウンターの中、多分スタッフの待機場所とかがあるところに招かれる。


「凄く多い。6人とか前にもあったっけ?」


「え、俺に聞かれても困りますけど」


「君じゃない。そっちの人」


 壁際に寄りかかっている、赤髪の狼のような目付きをした男に女店員は顎で指示する。

 ああ、あの人ね。一瞬なにかと思った。


「知らん。地下のババアに聞け」


 素っ気なく彼は言う。「ふーんだ」と女店員は唇をとがらせる。


「はい、君はこっちね。先客が5人いるけど、喧嘩しないように」


 子供じゃないんだから。と思いながら、示されたドアを開ける。


 そこには、俺と同じ一目でわかる日本人が5人いるのだった。


 ヤクザのようなネガネと龍の刺繍の入った真っ白いジャージの人一人。ホストのようなルックスのナルシスト一人。ホームレスか失業者か分からないボロボロのスーツ姿の中年一人。

 赤いランドセルをからった女児一人。俺と同じ高校に似た着た制服女子高生一人。


 それに、ジャージで靴下だけの陸上部員一人。


「あ、望海先輩」


 最初に言葉を発したのは女子高生だ。どこかで見たことあると思えば、全国大会で会ったどっかの学校のマネージャーさん。とても可愛らしいので少し話しかけた記憶がある。

 まぁ、ハートブレイクしたが。


「えっと、橋島ユノちゃんだっけ。お久しぶりだね」


「どうしてか、名乗ってもない名前を覚えている望海先輩気持ち悪いです」


「え、名乗ってないっていうか『橋島ユノちゃんだよね』って確認したはずで、そして頷いてる」


「そこまで記憶にありません。偽造では?」


 小首を傾げ、知ってる人を見つけて安心したような表情をする。

 

 黒髪ショートの目元ぱっちりの童顔な彼女。人懐っこそうなイメージだが実は軽い毒舌家だ。


 ユノの腰辺りにランドセル少女が抱きついている。まぁ女の子同士だしね。


「そして、あのヤクザには見覚えあるなぁ」


 俺は、必死に隠れようとするジャージの人を見る。年代は大体35くらいだろう。

 

 彼は、隠れることをやめて知らないふりを始めた。


「は……はて。僕には見覚えのない方ですね」


 ネガネをクイッと上げて、知的そうに見せるが全てを白ジャージがダメにしている。


 5人中2人と知り合いとは驚いた。案外確率の壁は低いのかもしれない。


「兵藤さん。息子の病気は大丈夫ですか?」


「あ、ああ。大丈夫です。最近いい薬が見つかりましてね、ははっ」


 兵藤さんとは、半年くらいまえに俺の家に上がり込んできて、「息子が病気なんです。どうか30万円でも貸してくれないでしょうか」と泣き脅しを使ってきた詐欺師(?)だ。

 

 どういう縁か、引越し先でも同じように上がり込んできたため警察に通報して留置所にいるはずだったが。


「くっそ。どうして岩崎がいるんだよっ!!」

 

 と、メガネを床に叩きつけた。



 そんな時だった。

 俺たちが入ってきた場所ではない、その部屋にあったもう一つの扉が開かれてボディビルダーかと思うくらい筋骨隆々な青年が2人現れる。


「君タチ、6人。コッチ、入ッテクル」


 片言で喋る。手招きするのでその指示通りにすることにした。


 どうやら、扉は階段を隠すためのものらしい。そこには階段があるだけで、他に何もない。


「足元ニ、気ヲ付ケテ」


 優しい青年たちだ。


04



 薄暗い階段には明かりがろうそくしかない。そのためか、幽霊が出そうなほどにおどろおどろしい。


「先輩。これは、私が怖いから握ってるんですから、勘違いしないでくださいよ」


 俺の右手はユノの左手が掴んでいた。時折ぎゅってしてくるのが愛らしい。


「どこに行くんだ?」


「白イノ。五月蝿イ。次喋ッタラ、死ヌ」


 その言葉を聞き、兵藤は自分の口を両手で覆った。この世界の住人の言うことには従順になったもんだ。


「私が襲われても先輩が身代わりになってくださいね。私死にたくないですし」


「俺だって死にたくないよ?」


 ユノは、距離を縮めて俺に寄ってくる。多分、怖いというのは本当で、少なくとも知っている人の近くに居たいのだろう。


「モウスグ、目的地。無礼ノ無イヨウニ」


 どっちも片言なので、二人の内どちらが言ったのかわからなかったが、薄暗い階段の終わりが見えてきていた。


 階段を俺たちが降りたと同時に、片言言葉の二人は扉を閉めた。


 だが、目の前にはまた一段と大きな扉がある。扉と扉の挟まれた薄暗い部屋は、遺跡のようだと思う。

 コウモリや、影の化物が現れても不思議ではない。


「俺タチ、ココニ居ル。君タチ6人ダケ、コノ先ニ行ケル」


 俺たちはここに残っているからお前たちで行け。との事。


 戦力になりそうな二人が俺たちを見捨てる。


「よし、これでおれっちも喋っていいんだよな」


 35歳とは思えないほどの雑魚臭のする兵藤は、二人の青年たちを見て鼻をすする。


「ここは僕が先導してもいいかな」


 ホスト風のイケメンが挙手してはにかむ。すると、小学生が怯えたようにユノの後ろに隠れる。


 ユノは、まだ俺の右手を握っていた。人の温かみは俺も久しぶりだから別にいいんだけどね。


「開けるよ」


 扉に触れた瞬間。


 パァッと黄金色に輝く。


 そして、人一人が通れるくらいの大きさに開いた扉。イケメンがゆっくりと歩いて行く。


 それに続いてボロスーツのおじさん。兵藤。その後に俺、ユノ、小学生の順で扉の中に入るとバタンと閉じた。





『よく来ました。地球星の皆さん』


 頭のなかに響いてくる声。そして、自分たちを地球の人間だと分かっている。


『私は、ヤマモトサクラ。これでも元人間です。今喋ってるのは私の能力チカラで作り上げたこの部屋の中の私。オリジナルは既に他界してます』


 部屋の中には、シンプルで、明かりと部屋の中心に置かれている水晶が目を見張る。


 それしかない。この声はどこから聞こえてくるのかも検討もつかない。


『私は、この世界に呼ばれた地球の皆を護るためにこのシステムを作りました。この世界は理不尽で出来上がっています。そこに突如召喚される地球人。それも多数。わたしの友達もこの理不尽な世界で多く死に絶えました』


『私は、わたしに宿った特殊能力を用いて、この世界に来た地球人に戦う力を与えるために存在しています』


『私は神ではなく、一介のシステムでしかありません。この先、どんな状況に陥るかわからない皆さんに言える言葉が何か思いつきませんが、唯、希望はお持ち下さい』


『元の世界に帰るための方法は、確かにあります』


 それを聞きたかった。それがなければこんな世界で何のために生きれば良いのかわからないからだ。


『しかし、簡単ではないのは確かです。私の能力で分かったのは、この世界に地球人が召喚される理由が確実にあり、それを解決することで元の世界に帰れる。それだけです。』 


『独自の調査で、この世界の明確な敵が存在し、それを殺すことが元の世界に帰る方法です』


『――――――以上ヤマモトサクラの120000000年前の記録です』


 何と、一億年と二千年前の記録でしたか。それは、すごい昔からこの世界が存在しているということになる。


 タカヒロさんが言っていたように、召喚される時代は人それぞれランダムと言う話はこれで確定したわけだ。


 というか、ユノに始まり兵藤がここに居るって、凄い運が良かったのだろう。同じ時代の知り合い。


「先輩、私たちはどうすれば良いのでしょう。戦うって、あの怪獣と私達が戦うんですか?」


「ユノおねえちゃん、遥怖いよ」


「大丈夫だから、このお兄ちゃんが守ってくれるよぉ」


 そこ、勝手に俺が戦うとか決めつけないでくれ。俺だって戦いたくないし、できることなら逃げたい。

 

 全部、エルンさんに押し付けたい。彼女、凄く強かったし。


「ヤマモトさん。質問とかできるかな」


 イケメンが挙手する。


『すみません、私はヤマモトシステムです。あなたの言うヤマモトが人間なら私では質問に答えられませんが』


「いや、どちらでも良い。戦う力というと、俺だけの特殊能力とかか?」


『私はヤマモトシステムです。その質問の回答が適切か把握できませんが、システム的に特殊能力の付与は出来ません。能力の種を鑑定することは可能です』


『特殊能力とは人間が一人一つ持つと言われる能力のことであり、それをシステム的に犯すことは出来ません』


「わかった。では、この場にいる人間の能力の種を鑑定してもらおう」


『了解しました。部屋の中心にある水晶に一人ひとり触れて下さい。名前を把握する術はありませんので触れた順番で回答させていただきます』


 と、言われて俺たちはさっき扉を入った順で良いんじゃないか? という結論に至る。


 イケメンは、何をしたいのだろう。考えが分からない。性格が悪ければ、開花した時に使えそうな能力の奴を無理やりにでも連れて行こうとするが。


 それがユノなら全力で阻止させてもらう。ほら、ここで会えたのは運命だろ。……兵藤? 知らない人ですね。




『――――鑑定結果がでました。順番に居発表させてもらいます。まず、一番目の方《剣術4》。二番目の方《幻影魔法9》。三番目の方《水耐性8》。四番目の方《経験15》《速さ10》。五番目の方《回復12》。六番目の方《空間魔法11》』


『以上、鑑定システムです。それ以外にヤマモトシステムに質問はありますか』


「ば……馬鹿にするな、僕のスキルがこんなものでいいわけない。もっと高いはずだろう?」


『鑑定システムは120000000年前より更新されており、97%間違いはありません』


『しかし、自パラメータは自分の努力で上がると過去の情報からの結果があります。冒険者もパラメータを上げお金を稼ぐはずです。特殊能力だけが全てではありません』


「は……ははは。あの白ジャージよりマシか。少なくとも攻撃スキルだ」


「ああ? 何が言いたい。いけすかねぇ面しやがって。吊るすぞ、ああ?」


 眼に見えて落ち込むイケメンに変わり、次は俺が質問する。


「戦う術を与えるというが、この能力鑑定とやらがそうなのか? こんなの戦う力とは言えないはずだ」


『ええ。戦う力。戦う術はこちらです』


 入ってきた扉の正面に、黒い次元ホールのような時空のひずみが現れる。


『こちらに入っていただきます。私が過去に捕獲したモンスターが入っており、戦闘訓練には持って来いの空間があります』


「それが、戦う術ってか? 戻ってこれるんだろうな」


『空間のモンスターを倒した数はヤマモトシステムが監視しており、一定数を超えたプレイヤーは強制的に外に排出される仕組みになっています』


「その一定数という数のはっきりとした数は?」


『正確には、その人間のの戦術が確立し次第です』


「戦えない奴は?」


『居残りです』


 息を吸って、吐いて。また吸ってから、自分が出せる大声で


「ヤマモトォォ。俺が戦えると判断したなら一緒にユノを開放しろぉぉ!!」


『了解しました。そのように設定します』


 呆気無く条件を変えやがった。せっかくカッコつけたつもりだったのに。


 どうしてか、知り合いが居れば自分も強くあろうと思ってしまうようだ。


「……せ、先輩」


「どうした?」


 ユノは、世界の終わりを見るような眼で俺を見る。ダニを見るよりも酷い、哀れみの眼っぽい。


「私を出せってのは別にいいけど、遥ちゃんも先輩が護るんですよ?」


 直訳すると、ユノを優先して護るのは当たり前で、それに遥と言う小学生が含まれていない、と。


「ヤマモト。ユノと遥に変更できるか?」


『その分あなたが三人分強くならなければ出られないですので、私は別に良いですが。では、変更しました。そのように設定します』


 



 俺たち六人は、それぞれ覚悟を決めて、その黒い次元ホールの中に入っていくのだった。

 


05

 俺の勝手なイメージだが、黒い歪の中は化物がわんさかいるようなダンジョンと思っていた。

 だが、全く違っていた。予想を良いように裏切られた。

 そこは、一言で『自然』だ。緑がたくさんあり、そこには動物が平然と闊歩しているところ。

 アフリカな平原でもなく、さっき俺が怪物に襲われたような野原でも無い。似たようだが、全然違っていた。

「す……ごい。こんな綺麗なところがあったなんて」

 その平野には一本の川が流れていて、森がある。

 こんな所にいると、自分が矮小に見えて卑屈だ。

「それで、どうする?」

 俺は皆に聞いた。イケメンとボロボロのおじさんは、呆気にとられているようで聞いているのかわからない。

 兵藤は眼鏡を拭きながら「いつまでここに居りゃいいんだ?」という。

 しかしながら、それは俺だって知りたい。もともと、地球に帰る事が目的だったはずなのに。

 『この世界の敵を殺す』って言われても、俺たちが人殺しに見えたのかよ。兵藤はともかく。

「先輩はどうします? 私は先輩に着いて行く以外に選択肢はなさそうですが」

「俺は、まずここで食べる物を探そうかと思ってる。腹が減って仕方がない」

「おれっちも賛成。まぁ、岩崎には迷惑掛けたしなおれっちのサバイバル術を見せてやる」

 誰も期待していない。

 すると、イケメンが俺達を見て恨めしそうに口を開く。

「おれは一人で行くからな。着いてこなくていいぞ」

 誰が行くかよ。勝手に行け。こっちは35のおっさんと小学生と女子高生がいるんだぞ。これ以上増えてたまるか。

 ボロボロのスーツのおじさんは、無言でこの場を離れていった。イケメンとは逆方向だ。

 そして、6人が3組に別れた所で俺たちも行動を開始する。

「サバイバルってのはな、最初に拠点を決めないとどうにも為らない。分かるか? 水場に近いほどおれっち達は困らないが、そこに拠点を作ると水を飲みにやってきた獣にいちころだ」

「森のほうが安全っていうのか?」

「確実に安全っては言い切れないけどな。蚊とかに気をつけないとな」

 兵藤は腕を組んで森の方に歩き始める。どうやら、本当にサバイバルの心得とかがあるようだ。

「そろそろ、手を離してもいいかな」

 ユノが俺に言う。ユノを見ると少しだけ俯き加減に俺を見ているもんだから少しだけドキッとする。

 吊り橋効果とか、そんなのだ。いつ襲われるか分からない行相の世界。ドキドキしっぱなしだ。

 なーに、気にすることはない。勘違いも甚だしいぞ、俺。

「お、おおう。俺の手、汗とかかいてるし、ごめん」

「いや、別にいいんですけど、……置いて行かれますよ、先輩。行きましょう」

 ユノは歯を見せて笑う。幼い童顔な容姿も相極まって、凄く良く見える。

 いや、そんな状況じゃないだろ。意識を持っていかれるな、俺。気を強く保て。頑張れ!


 兵藤はいつの間にか、結構遠くに行っていて俺たちを忘れているようだ。

 俺たちは兵藤を追いかける。兵藤はそのまま森の方へ入っていった。

 結構身軽な動きはとても35歳とは思えない。足元の悪さにも、草履で対応するスペックの高さだ。

 思えば、俺って靴下のままだった。流石に靴とか履きたいのだけど、この歪の中で人間文明が見つかるとは思えない。

 まぁ、我慢かな。

「おーい、着いて来てるか? 岩崎とその彼女とちびっ子」

「彼女じゃないし、今日で話すの二回目だし」

 小声でユノは否定するが、多分兵藤には聞こえてない。

「ちびっ子じゃない。遥」

「そうか、遥。少しこの果物ランドセルの中に入れててくれるか?」

 兵藤が木に登って取ってきた柿みたいな果実を幾つか両手に抱えていた。それを入れて欲しいというが。

「教科書入ってる。無理」

「教科書よりも食べ物だろぉ。どうなってんだ? 最近の若いのは」

 昔とは違うんだ。昭和はアレだろ? ストーブの上でみかん焼いてるって聞いたぞ。

 なんか、田舎のヤンキーだな。兵藤の性格。

 柔和な笑みを見せて見るが、遥はぷいっとそっぽを向いた。兵藤は俺を見る

「ユノ。どうにかして」

「先輩がジャージを脱いでその中に入れればいいと思います」

「ナイスアイデアだ、岩崎の彼女」

「違いますし。……もぅ訂正するのめんどくさいのでそれでいいです」


 誰も意図せず、やりたくない共同生活。サバイバルが始まった。


06



 サバイバル一日目。兵藤は、折った枝や石などを使って森の入口付近で川辺にも歩けば五分という場所に拠点を作った。

「食料は、多分食べられるはずだが、嫌なら後で火をおこすから置いておけ」

 兵藤が、リーダーっぽく指揮を執る。

 まず、二メートルほどの枝を持ってきた兵藤は、自分の眼鏡を割り、それで枝を削る。

 一時間掛けて丁寧に、ささくれも出ないように綺麗に研いだ枝は、先を触るだけでも血が出そうなほどに鋭利になっていた。

 それを俺に渡してくる。

「……なんだ?」

「獲物を狩ってこい。それが今日のおれっちたちの食料になるんだ」

 それだけ言うと、兵藤は20cm程度の枝を、今度は削りだす。こうなると、話を聞かないから俺は拠点を作る前に見かけたイノシシとか狩るのか? と悩んだ。

 食べるために生物を殺さないといけないというのは、現代もこの世界でも同じだ。人間がそこに存在している時点で弱肉強食のヒエラルキーだろう。

 つまり、俺は初めて命を奪う経験をするわけだ。

 そう考えると、震えてしまう。でも、それが出来なければ餓死してしまうのは明確。

 覚悟を決める。

 歩いていると、兎がいた。白い毛に、赤い瞳。どこにでもいるような愛らしいふわふわに、一瞬「あれを殺すのか?」と惑う。

「まて、俺。あそこにいるのは食料ではないか。食べ物食べ物」

 目を閉じて、暗示をかけてみる。――――どうだ?


 眼を開けた。

 兎がいない。

 そりゃそうだ。ためらってはダメだ。逃げてしまえば元も子もない。食べるために殺す。そうだろ、俺。

 森の中を探るには、一人では心細かったので、この世界ヤマモトシステムに入ってきた平原らへんを探そうと思い、移動。

 鶏とライオンとかを混ぜたような鳥がいた。顔がライオン。身体が鶏だ。

 なんとなく強そうなので、見なかったことにする。

 次に、俺は湖には魚がいるのではないか? と考えた。テレビでは偶に漁の番組をやっていた。それをみてれば簡単に思えた魚釣りも、

 湖の中に、巨大な牙を持つ、体長をゆうに俺よりも大きいような魚がいたので諦めた。

 チョット待て、この世界生物が強そうすぎないか? 見た目で判断しているが、絶対に予想通りの強さがあるだろ。

 俺、食料になっちゃうじゃん。

 そういうことで、また再び調査を開始した。俺と兵藤だけだと今日はあの果実とかで十分なんだろうけど、遥やユノがいるので腹が満たされないだろう。

 いや、女性陣が腹ペコキャラだという訳ではないけど、空腹なのは良くないことだ。


 その日はもうすぐ陽が暮れそうだ。そして、獲物が一匹もいない。

 全て見た目で判断して、精神的に負けてはいない。ただ、俺の能力が足りなかっただけで、普通の鶏を見つけて槍を投げるのはいいが、あと少しで当たらなくて、嘴で反撃されたのでやり返そうと思ったらその間に仲間を呼ばれていた。

 それだけだ。仲間50匹と狩り初心者の俺が戦えるわけがないだろう? 

 例え、俺が生きるためだと割りきった殺しも、あの50対の瞳から俺を見つめられると逃げるしかなくなる。

 雑魚がたくさん集まったら、結構めんどくさい。そんな状態だった。

 それで、今日の収穫はゼロ。唯、森から結構離れていて、見かける木に傷を付けて来たのだが、その目印すらも見つからなくて、俺は迷子になった。

 初日で俺、戦闘不能? あれ? 兵藤のほうが役に立ってる? 俺、帰れねえょ、このままじゃ。

 何としても食料の肉を手に入れて、帰ろうと、心に決めた。


 日が暮れた。だが、なんていう明るさだろう。月がキレイにこの平原や森を明るく照らしている。

 現代日本では考えられないほどの明るさで、足元は見えるし、突然の襲撃ではない限り、動いても問題ないくらいだった。

 俺は、まず兵藤が作った拠点に戻るために目印の木を探す。

 10分くらいで見つかった。ああ、結構似たような気があって紛らわしかっただけか。

「さて、帰り道は分かったが、肝心の食料は手に入ってないんだよなぁ。お腹空かせているだろうなぁ。寝てるかな」

 不思議と俺に眠気は無かった。極度の緊張で、集中しているような状態だからだろうか。

 とにかく、戻るなら戻る。何か狩るならなにか見つける。それを決めないと。

 結局、何か食べ物を探すことにした。いや、判断できないから食べられそうなものだ。

 草とか、そこは専門とかじゃないとわからないから、俺は果実とかを探しているが、木の上には猿のような生物がぶら下がって寝ていたのを見つける。

 猿って、食えるのか? 同じ霊長類として食いたくはないけど、背に腹は変えられない。

 狙いをつけて、――右手に構える槍を放つ。

 ヒュゥ、と飛んで行く槍は、猿にカスリもしないで見当はずれなところに飛んでいった。

「ちょ、待て」

 咄嗟に、槍を上空に眺めながら俺は追いかけていく。

 綺麗に、弧を描いた槍は、キノコを漁っていたイノシシのような4足歩行の生物に、見事に刺さった。

 数十秒、ブルブルとイノシシもどきは震える。どうにか槍を抜こうと思ってるのかもしれないが、結構深く突き刺さった槍は、折れるどころか深く突き刺さってゆく。

 まぁ、枝を滑らかに削ってるから、どっかに引っかかったり、抜けなくなるようなギミックも無いし。

 イノシシは、槍が刺さったまま絶命した。傍目から見ても、もう動こうとしないことは分かるほどに、綺麗な死に様だ。

 俺は、イノシシに手を合わせて

「すみません。美味しくいただかせてもらいます」

 と、言い。どうやって運ぼうかと考えた。

 やっぱり、抱えるのか?

 子豚は小さくても、生まれた時に1kgだとしても、6ヶ月では120kgまで成長する。

 体重は年齢に比例するとはいえないが、高級な豚とかは、300ー350kgとかするらしいし。イノシシのこのサイズって、どんな異常な体重なんだ?

 俺が横に寝転がったより小さいが、それくらいある体長に、ふっくらと肥えた腹。

 見るだけで、100kgはあるだろう。


「おい、岩崎!」

 突然声をかけられた。

 その声の主は、予想しなくても分かっている。兵藤だった。

 振り返ると、その後ろにはユノと遥もいる。

「先輩。遅いです。死んじゃったかと思ったじゃないですか」

 少し、涙をためているのかと思うが、少し暗いのでよくはわからない。

 遥は、ぷいっとそっぽを向いた。

「いやぁ、これを仕留めたけど、重そうで」

 俺は、イノシシを見せる。

「そうか、狩りは成功か。…………少し解体して持てる分だけ持って帰る。仕方がないが、持てない分は獣の餌になってもらうか」

 兵藤は、懐からサバイバルナイフを取り出した。

 それがあるなら眼鏡を割らなくても良かっただろ。

 たっぷり三十分掛けて兵藤はイノシシを解体する。

 その間、ユノと遥が持ってきていた火おこし器でそこらの燃えそうな草を集めて焚き火をする。

「兵藤、ここで食べないか? 持って帰ってもどうせ保存だろ」

「それもそうだな。火おこし器があった。えっと、少し待て、串でも作ろう」

 火おこし器も兵藤の自作らしい。それに、串も作るって、どんだけ枝が有能なんだ。

 ユノに聞けば、枝を使ったコンテストで、兵藤は優勝したことあるらしい。なんだ、その暇そうな大会は。


 肉を枝に挿して火で炙る。

 塩とか調味料はないが、油の滴る肉は、焙りたてで美味しそうだ。

 湖とかの水って、塩分含んでないかな。

 川とか湖って、超淡水なのが日本では普通だが、この世界は果たして、日本の常識通りなのか。

 そう思ったけど、兵藤はもう確認してたみたいで、結果塩分は無いだろう。とのことだった。

 ユノ達は、美味しそうにイノシシの肉を食べていて、それを見るだけで微笑ましい気分になる。

 兵藤は無我夢中でかぶりつきながら難しい顔をしているが、それは置いといて。


 明日も頑張ろう。俺はそう思ったのだった。


07



 二週間が過ぎた。俺はイノシシ程度なら余裕で狩れるようになっていた。

 それでも、生物を殺しているので悲しくはなる。でも、生きるためだ。

 その言い訳は使い古されて、俺の中ではもう意味を成さないけど。狩りをするのは美味しいものを追求するため。

 兵藤は結構料理が好きなようで、この何もない自然の中で調味料を探し、日々料理の研究をしている。

 俺は、狩りを簡単にするため、筋トレとかしている。ユノを乗せて腕立て伏せは15回までならなんとか行ける。

 体力も結構ついたのではないかと思う。イノシシを追い求めて走るのも、最近ではきつくはない。

 二週間も森のなかで過ごせば、全てが当たり前で、自然と文明を忘れてしまいそうだ。全てに順応する。

 だが、そんな生活も長くは続かない。

 特に、身体のできていない小学生にとっては。


 遥が、高熱を出して倒れた。

 兵藤が作った、簡易ベッドで硬い床で横になって魘されている遥は、苦しそうだ。

 こんな世界、どんな病原菌があるのか分からない。俺も失念していたところだ。

 水も、生活分しか川から注いできておらず、飲水、遥の額のハンカチを水に濡らして置いてを繰り返していると、直ぐになくなる。

 食料も、ほとんど保存がきかないため残っていない。

 どうしようかと考える。

「どうしよう、先輩。遥ちゃんが死んじゃう」

「そうだよな、普通の熱だったらいいが、こんな所の変な病気だったら対処の仕様がないぞ」

「まずは、水辺に連れて行け。そこだと水に困らなくなる。そこから遥かに食べさせる食料を調達に動こう」

 兵藤の提案により、川辺に移動することになった。

 遥を兵藤が背負い、俺は兵藤が作った木の武器シリーズを身につけて、感じ護衛のように周りに気を配っている。

 ユノは、火おこし器とか、他の重要な道具とかを持ってくる。まぁ、拠点からは五分とかからないけど。


「しっ、静かに」

「何だ、岩崎」

「しゃがんで。初めての声がする」

 俺の言葉で、二人は従う。拠点からそうそう離れていない場所で、獣の鳴き声がした。

 ライオンっぽい生物の鳴き声でもない。湖に住んでいる魚の声でもない(あいつ、鳴くぜ)。イノシシでも当然違う。

 そう、テレビで見たような鳴き方だ。そうそう、会わない動物。

 熊だ。

「グァァァァアァァァ」

 それは、目視できた。

 巨大な、5mはありそうな、銀色の毛をした、熊だった。

「「「う、うわあああぁぁぁ」」」

 俺たちは、走るしか無かった。叫びながら、逃げる。


 だが、それで見逃してくれるほど、自然界は甘くない。俺たちも食べ物を殺すように、自然の生物も食べるために、獲物を殺すのが普通だ。

 弱肉強食。生物界のヒエラルキー。

 俺たちは、多少草食動物を狩れるくらいの、道具がないと何も出来ないホモ・サピエンス。

「グォォォオオオオオォォォォォ」

 目の色を変えて、巨大熊ビックベアは追いかけてくる。

 そのはずだ。あの大きいのは、俺たちを無害な食べ物としか、見えていない。

 漫画では頑張ってギリギリに倒せるような化物でも主人公は逃げないのに。

 とか、思っても。この巨大熊には、俺たちはどう頑張っても勝てません。逃げる一方です。

 俺が装備している木の武器でも、あの熊には手も足も出ないのは分かる。既に、何本も木をなぎ倒しながら走る巨大熊相手に、木の武器が通じるわけ無い!


「おい、兵藤! 熊に襲われた時はどうすればいい?」

 人一人抱えて、苦しそうに走る兵藤(35歳)は、ゼェゼェ息を切らしながら言う。

「し……死んだふり」

「できるわけ無いだろぅ!? 賭けるにも、博打過ぎる!!」

「じゃ……じゃあ、その槍を使って……くれ」

「絶対効かない。それに、俺は今恐怖しか無い」

「それは……おれっちも……一緒だ」

 それもそうだ。逃げてるから。

 戦う? どうやって。逃げ切れるのか? 絶対に無理だ。

 それなら、早めに手を打つか?

「きゃぅっ」

 ユノが、足を木の根に頓かせて転倒する。

「っ!!」

 俺は、走る足を、無理にでも方向転換して、ユノが転けた場所に足を向ける。

 こんな所で、ユノが死ぬなら、俺だって死んでも構わない! 

「グォォォォオオ」

 目の前に襲いかかる巨大熊。そして、俺は後ろにユノを護るようにしてやりを構えた。

 熊が前足をもたげる。そして、俺に振り下ろすように襲い掛かってくる。

「くぅっ」

 咄嗟に目を瞑った。こんな所で、死にたくはないが、ユノが先に死ぬよりかは……。

 それも独りよがりな考えだが、それでも俺よりはユノのほうが有能で、生き残って価値がある。俺は、そう思った。

――――が。

「うわぁぁっ」

 ぶしゃぁと、一面を赤く染める血。

 そして、後方に飛んでき、どさりと横たえる兵藤。遥は、少し前でおろしており、俺と巨大熊の間に入り盾なった形で、兵藤が、吹っ飛んだ。

「え?」

「ひょ、う藤さん? ……嘘」

 正面から爪の攻撃を受けた兵藤は、仰向けに倒れたまま、血を流し動かない。

 俺は、何をしていたんだ?

 こんな中年は動けるのに、唯、俺は死んでいい。とか、呑気なことでも考えていたのか?

 

 槍を右手に構える。足で、強く、大地を踏みしめる。


「くっそぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉおぉおおぉおぉお」


 振りかぶって、飛んでゆく槍。

 スピードに乗る槍は、巨大熊に向かって引き込まれるように突っ込んでゆく。

 右目に刺さる、木製の槍は、巨大熊にも効果は絶大で

「ぐぅっぉォォォォ」

 深々に眼に刺さった槍は、巨大熊が擦れば擦るほど中にえぐり込んでゆく。

 それだけでは、死ぬはずもない。

 だが、俺たちに背を向ける巨大熊。

 追い返すことに成功した、が。兵藤はどうなる?

「お……お願いだよぉ。私の特殊能力スキルって、回復なんでしょ。お願いだよ。答えてよ。兵藤さんをこんな所で死なせないでよ。……お願い、私の力」

 兵藤の真っ赤に染まった、傷口に触れるようにして、涙を流すユノは懇願していた。

 それに、何度も何度も頭を下げる。

 俺も、よく分からない。目尻に温かい液体が流れる。

 人が死ぬ。こんなに、脆いのか。人間って。

「ねぇ、応えてよぉ、私は、誰も目の前で傷ついてほしくないのぉ」

 流れた血は、帰ってこない。兵藤は、死ぬ。

 俺は、何も出来なかった。どうしようもなかった。


 瞬間だ。ユノが流した涙が兵藤の傷口に触る。

 それが引きトリガーになったのか、ユノと兵藤を光が包んだ。

 

 光が止むと、傷の無くなった兵藤が横たわっており、ユノが倒れそうにふらふらとしている。

 俺は、ユノの後ろにまわり肩を抑える。

「成功……したのか?」

「多分、大丈夫。でも、血はお肉をたくさん食べないと……ね」

 ユノは、そのまま眼を閉じた。

 大丈夫、大丈夫。危うく、俺はユノが死んだのかと勘違いを起こそうとしていた。

 可愛い寝息を立てて、ユノは寝ていた。

 呼吸も安定してきたユノを、横に寝かせて、俺は兵藤、遥、ユノを一人ひとり川辺に運び、寝かせる。

 これで、誰かが眼を覚ませば。

 俺は、誰も、何も近づかないように、気を張り巡らせるのだった。


08


 日本では、外で活動することが多かった。

 それは、俺が陸上競技部という部活に所属していたからで、そもそもネット小説やラノベなどは読まない主義だった。

 でも、早めに卒部してから少しして、友達がオススメしてきたのがライトノベルで、それを読むと俺は別の世界に主人公になった気がした。

 それが楽しみで、ずっと読んでいた俺だったが、現実で、そんな体験をしようとは思わなかった。

 現実とはいつも、俺たちの都合を無視してことを図る。

 今日だってそうだ。

 人が傷つくのは簡単。

 そう学んだ。

 日本では、人殺しが毎日のようにニュースになっていたけど、それほどにまで、人間が死ぬのは簡単なことだった。

 刃物で刺されれば死ぬ。こけても死ぬ。人間じゃなくて動物から襲われても死ぬ。

 とても弱くて、儚い存在。それが人間だった。

 とか言う俺だって、さっきの熊から攻撃を受けたら死ぬのだろう。

 だから、集団を組む、道具を使う。そうやって自然を生き抜く。

 のだろうけれど、俺が生まれたのは人間が人間を殺す時代。

 こんな自然環境の中、いつ俺を殺す動物が襲ってくるかもしれない時を過ごすのは、恐怖しか感じなかった。

 でも、だからといって人が死ぬのを見たくはない。

 俺の後ろで寝ている三人の内、誰かが死ぬのは嫌だ。

 そもそも、人間が死ぬのは嫌だ。俺だって死にたくはない。


 そんな思考に走り、俺は無意識のうちに枯れ葉を集め、焚き火をしていた。

 ぐー。

 お腹がなったので、なにか食べ物がないかと探すが、何も持ってきていなかった。

 横には川があるので、魚でも取ろう。

 俺は、靴下を脱ぎ捨てて川の方へ歩き出す。

 川魚は動きが早い。靴下でも使って追い込み漁をするか

 どうしようかと思ううちに、俺の足に魚がつっついてきた。これは楽だと、俺はその魚を手づかみで捕まえた。

 大きさは、多分十センチ程度。

 それだけではお腹にたまらないだろうけど、無いよりかはマシだ。靴下の中に入れて、それからもう一匹を探す。

 同じように少し歩けば、魚は物珍しげに俺の足をつつく。それを捕まえる。

 それの繰り返しだ。

 この世界の魚って、こんなに捕まえやすかったのか。

 なんて感心しつつ、俺はそれらを、腰につけた木の武器シリーズの、串に挿してゆく。

 それを、水から上がって濡れた足を、焚き火で乾かしながら、魚を炙る。

 調味料などは何もない。下ごしらえもしない。

 それらは、全部、兵藤の仕事だった。

 しかし、兵藤はそこで寝ており、何も出来ない。俺は、何も手伝っていなかった。

「サバイバルって、思うより簡単じゃないな」

 その通りだった。

 やっぱり、不思議な世界の主人公たちは、勇気の魔法でも掛けられているのかもしれない。

 俺の手のひらは、まだ恐れを忘れておらず、凄く震えていた。

 五匹程度の魚が炙られる様を見ながら、考えていた。

 これからのことと、この世界のこと。

 俺たちはどうして、こんな意味の分からない世界に来て、意味の無い世界で行きてゆかねばならないのか。

 俺たちは、何をすればいいのか。どうすれば、この世界から抜け出て、元の世界に戻れるのだろうか。

「むしゃくしゃする」

 こんな単純な力だけがすべての世界。人間にどうやって生きろというのか。

「ああ、そうか」

 結論に行き着いた。


 そうだ、強くなればいい。

 獲物を狩って、食べるためじゃない。俺たちの邪魔をする生物を殺せばよかった。


 だが、その答えは、あまりにも残酷過ぎる。

 俺は、それができるのか。特殊能力スキルと言った力も、俺にはまだ宿ってもいない。

 俺に、それができるのか。

「…………」

 ユノを、横目で見てみる。

 少し苦しげに、浅い呼吸で寝ているユノを見ると、思える。

「やるしか、……ないよな」

 数少ない、こんな世界の知り合いの一人。

 俺に、守る力がなくても、守りたいと思える人。それが、今の俺の目的……だろう。

 どうしても、そう思えなくても、そう思うしか無い。それ以外に選択肢はないのだから。

 怖いなんて、度外視して、俺はこの世界に順応しなければならない。

 魚は、とても生臭い味がした。



「おーーい、誰か居るのかぁ!!」

 声がした。それも複数人。

 俺は、どうするべきかを考えた。もしかすると、敵だった場合、俺には三人の動けない人を抱えたまま戦闘になれば、負ける。

「おい、あそこ見だ」

 あ、見つかった。急いで火を消さなかったのがダメだったか?

 それに、全てを敵だなんて思えば、生きていけないだろう?

 さっきとは違うような持論だ。ああ、もう生きるためには臨機応変とか、言うだろう。

「助けて、下さい」

 俺は、立ち上がって、その人たちを見た。俺とそこまで年代の変わらないような男もいる。

「そうか、何があった? ビックベアと遭遇したのか?」

「あの、でかい熊か? ああ、遭った。そして一人負傷した」

「生きてるのか? どうやって逃げてきたんだ?」

「武器で撃退に成功した。それと、回復の特殊能力スキルで、今は寝ている」

「……いいスキル持ちだ。ビックベアの爪には死傷の毒があると聞いている。それを回復できるのはいい腕だと思う」

「そこはわからん。初めて特殊能力スキルが発現したからな。それに、比べる相手もいなければ、そんな情報を聞く仲間もいない」

 少し、変なことを言っているだろうか。

 俺は俯きながら相手の反応を伺う。

「そんなに卑屈になるなよ。ここで会ったのも何かの縁だ。こい、おれらの集落に案内してやるから」

「集落、とかあるのか」

「ああ、あるぜ。そこまで良い設備とか無いがな、食べ物も豊富にあるだろう」

「わかった。連れて行ってくれ」

「了解だ。よし、少し歩くが良いか?」

「そのくらい、良いに決まってるだろ」

「ははっ」

 その同年代の男と俺はガッチリと手を結んだ。

 その他に、三人の仲間がいた。

 一人が二宮と言い、ロングヘアーで《短刀》の特殊能力持ちだ。

 一人が木葉。襟足が肩までかかっている無口っぽい奴。《採集》。

 一人が西尾。坊主の《剣術》持ち。

 そして、俺と握手したのは田中健二。《投擲》の特殊能力を持っていた。


 自己紹介を終えると、健二は

「おいノゾミ。この可愛い子はお前の彼女か?」

 と、ユノをさして言う。

「違うけど、未来の俺の嫁」

「そうかそうか。おれが担いでいってやるよ」

「済まないなぁ、寝てないから疲れてるんだ。重いコイツを担いでくれ。ユノは俺が持つ」

 俺は、兵藤を指して言う。

「ユノっていうのか、この可愛い子は。よし、目覚めたらアピールしていいよな」

「罵倒されるぞ」

 ユノの設定は、軽い毒舌家だからな。


 サバイバル16日目。ほかの生存者を発見。

  

09



 集落に名前はないらしい。

 昔から居る人たちが力を合わせて、ちょっとずつ大きくしていった集落で、他にもこういう集まりはあるそうだが、行ったことはないらしい。

 鉱石など掘ったら結構出るようで、健二たちが持っているナイフなどは鉄製だ。

 《鍛冶》の特殊能力持ちがいるそうだ。ところで、特殊能力って何なのだろう。

 俺がそう思っていると、健二が察したように言う。

「特殊能力ってのは、人間が生まれた時から持つ、天性ってものらしい。これも、集落のおじさんに聞いたんだが、訓練次第では普通に能力スキルを手に入れられるようだ。

 まぁ、才能よ、才能。それに、努力して手に入れるのは、努力家だけだしな。おれなんて、投擲スキルしか無い」

「へーえ。そんなものなのか。どうすれば使えるんだ? 俺には《速さ》の特殊能力があるんだが、よく分からない」

「皆よくわかってないよ。僕だって、採集のスキルあるけど、草なんて判別できないし」

 木葉だ。彼は遥を背負ってもらっている。西尾達は先行して害を駆逐してくれているが、何が起こるかわからないので、細心の注意を払う。

「うん、難しいもんだ。銃とかあれば楽なんだけどね」

「遠距離の攻撃ができる魔法の特殊能力使いは、この前までいたんだけどね。もう、この世界から出て行っちゃった」

「出て行ったって、……死んだのか?」

「ちがうよ、ノゾミ。ノゾミがコッチに来て何日か知らないけどな、放送を聞いたことがあるだろう?」

「放送って、あの鐘の音か? 誰々が卒業したとかなんとかの」

「それそれ。俺たちと同じくらいに集落に入ってきた男が居たが、一人でモンスターをバッサバサ倒していたよ。そして、この世界から元の世界に戻った」

「魔法使いか。元の世界って、ヤマモトナンタラが存在している、地球じゃない世界だろ」

「そうそう。憧れるだろ。いまからおれたちが行く集落には、攻撃の特殊能力持ちは居ないんだ。だから、この世界からは出られないけど」

「戦う術って、何をすればいいか、僕達には検討もつかないよ」

「そうか? 俺にはあの熊を殺せたら外に出られるような気がするが」

 俺の言葉に、健二と木葉が顔を見合わせる。

「無理だから言ってるんだよ」

「僕達には、集落で狩りをしながら余生を暮らすしか出来ない」

 沈黙する空気に、俺は少しむしゃくしゃした。さっき、戦うと決めたのに、こんな空気の中で生活したくはない。

 ユノたちが目覚めると、そうそう関係を切ろうと思う。

「でも、君も戦闘スキルは無いんでしょ」

 木葉が問いかけてくる。

「あ、ああ。俺には何もない」

「だったら、ねぇ健二。できるかもしれないよ」

「あ? 何がだ?」

「熊狩り。しようよ」

「ふん、おれたちがどうせ餌になるだけだ。戦力すらまともにないおれたちに、見向きもしない内にとっとと逃げるしか出来ないんだよ」

「健二。俺はお前と考えが似ているが、な。俺は逃げたりはしない。この、クソッタレな世界を抜けて、地球に帰ると決めている」

「だからどうした?」

「俺の前でそんな言葉は言うな。俺に逃げ道を与えるな。自分で決めた道を、踏み外したくはないからな」

「そうかい。お前が、戦える力を持っていたら、ぶん殴っていたところだが、戦闘スキルを持っていないんだったよな」

「あーあ。おれもそんな性格に生まれたかったぜ。おれは、敵わない敵を見れば直ぐに動けなくなっちまう」

「それは俺も一緒だ。だが、信念があれば、――やめた。俺はまだ、決めたことしかしてない。集落についたら俺も狩りに参加する」

「歓迎するぜ。だが、サポートは出来ないぞ。おれは死にたくないからな」

 皆分かっているらしい。この世界は、一歩間違えれば死んでしまうことを。

 現代では考えられなかった、死の恐怖が、すぐ隣にまで迫っていることを、皆は理解している。

 俺だって、死にたくはない。だが、このまま余生を意味のない生き方で終わらせたくはない。

 どうせなら、こんな世界で、名前でも売って有名になろうか。

 それも良いかもしれない。アイドルになって、そして俺が死んだ時には、皆悲しんでくれる。

 ――――でも、それでも。俺は現代日本に帰る。そんな気楽に考えることは出来ない。

 これまで、陸上にしか本気を出さなかった俺だって、まじめに足掻いてこんな世界を脱出してみせる。

「ノゾミ。言っとくが、この集落でそんな考えを持つ奴は少ないぞ。声をかけるメンバーは考えたほうが良い」

「ご忠告ありがとうよ。俺だって、こんな考えが普通だなんて思えないさ。自ら、戦って強くなろうって。それこそ主人公に成りたいただの馬鹿さ」

「…………。主人公か。おれだって、そんな時期は……あった」



 少しばかり予想とは遠かったが、歩いていると人工物が見えてきた。

 全てが木で出来ているが、一つだけレンガ造りの建物があった。煙突の立っているその一番豪華な建物が、《鍛冶》のスキル持ちの工房兼集会場らしかった。

「さぁ、ついたぜ。小学生をまずは、医者に見せな。木葉が案内してくれるだろうさ。俺は長のところまで行ってくる」

「ありがとうな、健二。木葉、お願いする」

「まかせて。そんなに遠くないけど、コッチだよ」

 二宮と西尾は既に集落に到着している。そして、短剣などを砥石で研いだりしている。

 久しぶりに人を沢山見た気がした。

 集落にいる人は、全員で30人。家は十棟も建ってない。

 その人達全てが、騒ぎを聞いてか外に出ていた。

 医者も、そこには居た。白衣を着て、無精髭を生やした眼鏡だ。

「あ、白矢先生。診察してもらっていいですか?」

「うん、構わないよ。どうしたんだい?」

「この娘が熱があるみたいで」

 遥を見せながら、言う。

 白矢先生は少し考えるようにして、遥かの額に手を当てた。

 「うーん」と、左手を顎に当てる。

「普通に熱があるようだね。こうしよう」

 当てた右手が発光する。そして、遥の頬の赤みが引いて行き、苦しそうにしていた様子もなくなり、呼吸も安定する。

 これが、《回復》の特殊能力スキルなのか。ユノの回復ははっきりと見ていなかったから、驚く。

「これで、大事には至らないと思うけど、でもね。この女の子はこれとは別に原因があって、起きるのには時間がかかりそうだよ」

「? どういうことですか?」

 俺は問い返す。

「どうしたものか、この世界に来たことがよほどショックだったのか、それとも過度のストレスか、精神的に消耗しているみたいだよ」

 そんなことまで分かるのか。と感心したが、聞き捨てならない話だ。

 遥が目覚めなければ、ユノが悲しむではないか?

 次に、俺が背負っているユノを診てもらうことにした。多分、疲れているのだろうとは思うが、医者がいるのに見せない訳にはいかない。

 同じように白矢さんが手を当てると、光が灯る。

「……。大丈夫だよ。この子は魔法行使による疲れだろう。明日中には起きるだろうね」

「あ……ありがとうございます。何とお礼をすればいいか」

「良いよ良いよ。この世界に私にできることはこれくらいだしね。コッチの診察は何も道具もないし楽でいいよ」

 と、笑う。日本でも医者をしているのか。

「まぁ、なにもないところだけど、楽にしてくれれば良い。比較的にこの集落は安全だしね」

「皆が回復するまで、俺一人ですけど、よろしくお願いします。あと、ベッドとかありませんか? 図々しいですけど、少しちゃんとしたもので寝かせてあげたくて」

「それなら、私の診療所のベッドをつかいなさい。《木造》のスキルの熟練度上げと言って一杯使ってないベッドがあるからね」

「何から何まで、ありがとうございます。白矢先生」

「いや、白矢でいいよ。先生は、この世界では目上の人に使うべきさ」

「だったら、白矢さんじゃぁ?」

「ははは。私はそんな柄でもないよ。この集落の今の長はね、結構有名所のサバイバルトレーナーでね、彼を皆は先生と言ってるよ」

「でも、木葉は」

「ああ、彼は私の教え子だから、いいんだよ」

「へぇ。……じゃあ、ベッドをお借りします」

「はい、どうぞ」


 木葉が診療所の中に案内してくれて、それからベッドにユノと遥を寝かせた。

 この診療所だけを見れば、大して日本と変わらないように見えるのだが。

 でも、違うのだろうね。そう考えると、少しだけ心細くなる。

 考えてもなかった家族を思い出す。それに、妹の事。

 あいつ、俺が居なくて悲しんでないかな。

 ユノを寝かせたベッドに座って、ふと考えた。俺たちは、本当に戻れるのだろうか。

 サバイバルの二週間では、生きることが精一杯で考えることは少なくなっていたそれ。

 もう、いいや。疲れた。

 俺は、そのベッドに横になる。――と、そこはユノの顔が真横にあった。だが、起き上がろうにも力が入らない。

 そのまま眠気が襲ってきた。

 ああ、ごめんユノ。

 そうして、夢のなかに意識が遠のいた。



 目が覚めると、そんなに時間が経っていないように思えた。

 陽の位置はあんまり変わっていない。俺の胸の上にはユノの手が乗っていて、抱枕のように抱えられていた。

 女子って、こんなに心を許して居るのか?

 なんて、見当はずれに変なことを考える。

「あ、起きましたかノゾミさん」

「おはよう。木葉、どうした?」

 呆れ顔をしていた。

 ユノの手を静かにおろしてから、上半身を起こす。そして診療所の俺たちが居る部屋に入ってきた木葉に顔を向ける。

「昨日は、ノゾミさんに話を聞くって長が言ってたんですけど、寝てたから。それに、今日はもう午後です」

「あ、俺は丸一日寝てた?」

「いえ、2日です。ユノさんは一度、昨日起きて皆さんに挨拶したよ」

 ん? そうすると、ユノは寝ている俺がいるベッドに入ってきたのか?

 なんて、下らない想像はやめて、俺も起きることにした。

 凄くお腹が痛い。

 そういえば、あの小魚を食べ忘れていた気がする。

「ご飯とか、あるか?」

「そうですね。午前中に、兵藤さんが起きまして、今は兵藤さんの料理に皆が舌鼓をしているところです」 

「ユノも起こしていくか」

「――ふふふ。私は既に起きている」

 突然、ユノが俺の手を引っ張りびっくりした。

 もう、昼って言ってたもんな。起きてるよ。そりゃ。


サバイバル生活18日目。サバイバル終了。

集団生活開始。

 


10

 


 集落の長は、俺とユノが来たのを確認すると声をかけてきた。

 起きて、木葉に連れられるようにして来たのが、集会所だった。集会所には沢山の人で混雑している。

 それは、兵藤の作る料理を食べに来ているのだという。

 流石に、集落を護るための見張りは居ないが、後で料理を持っていってあげるそうだ。

 そして、流れで俺とユノは机に座らせられる。

「ノゾミと、ユノでいいか?」

 長は、少し首をひねり、俺たちに訪ねてくる。

「そうだ」

 頷くと、ほうほうと首を上下に動かして俺たちを値踏みするように見る。

「この集落に新しい人が加わるのは一年ぶりだ。ようこそ、名も無き集落に」

「どうも」

「そして、この世界のことをいくら知っているかね?」

 サバイバルトレーナーの長は、さっぱりとした格好をしている。

 言葉使い的に白いひげとは生やしていても遜色ないように思えるが、軍人に近い容姿をしている。

「いえ、ヤマモトなんたらと言う人が強制的に世界に飛ばしたとしか」

「そうだ。世界を二つまたいでここに居る。これは、ヤマモトサクラが生きていた頃の先祖の口伝なんだが」

 そんな口伝が残るほどにこっちにいるなんて。

 それに先祖といえば、この世界ヤマモトなんたらで世代交代が代々行われているということか?

 では、総人口はどのくらい居るんだろう。

「この世界は、120000000年前の世界を切り離した大陸。だそうだ」

「大陸!?」

「ああ、端から端まで旅をしたが、一年じゃ廻れない程の広さがある。それに、おそらく居るのは日本人だけ。人口といえば、遭った人数は十万人は超えているだろう」

「そ、んなに。ですか」

「先輩と会えたことは奇跡なんですね」

「それで、この世界のモンスターは全て、コントロール下にあるそうだ。

 ヤマモトサクラは、それほどにまで最強の名を飽かすことのない最強だった様だ。人間を超越してやがる」

「あの、熊もそうなんでしょうか」

「? 熊? ……ああ、ビックベアのことか。アレもそうだ。おそらくだが、無理矢理にでも戦わそうとしたんじゃないか」

「性格悪いし」

 ユノがつぶやく。そうだ。とても性格が悪い。俺たちは戦いたくなかったのに。

 それで、兵藤が怪我をしたのなら、文句ひとつ言えないのは腹立たしいじゃないか。


「おお、岩崎。と、橋島さん。来たか。これを食え」

 お盆に載せた食事を持ってくる兵藤。元気そうで何よりだ。それに、ユノのことをどうして橋島さんって言ってる? 

 その料理は、俺が食い損ねた小魚をフライにしたものだ。

 それ意外にも、煮物、刺し身、唐揚げ、と日本で食べ慣れた日本食が目の前に並べられる。

「兵藤くん、わたしも食べていいだろうか」

「お前さんはさっき吐いただろうが。食うな、ぼけぇ」

「兵藤、動いて大丈夫なのか?」

「ああ。大丈夫だ。心配かけたな、岩崎。これはお礼だ」

「頂きます」

 その、準備してくれた食事に手をつける。

 全て、美味しそうだ。湯気が出ている、暖かくて美味しいものを食べるのはいくらぶりだ?

 サバイバルの時に兵藤がアレンジしていた炙りとは、また違って、いや、今食べている唐揚げが上手い。

「飯が欲しくなるだろ。だが、この世界にはないそうだ。そして、おれっち特製チネリ米。食え」

 ご飯もどきが出てくる。ああ、美味い。

 日本人でよかった。

 サックサクの衣の唐揚げや、フライを食べられるだけで、こんなにもありがたいのか。


「そして、食べながら話でも聞いてくれるか?」

 長が聞いてくるので、「聞くだけなら」と、返す。

 腹一杯になるまで、聞き流しているのだろうが。

「そして、―――――――」




 たっぷり三十分で話が終わり、俺たちも、食事の時間が終わった。

 ユノが、可愛いゲップをする。慌てて口元を隠す。多分俺以外には聞こえてない。

 よし、これを脳内リピートしてよう。ずっと。やる気が出るBGMだ。

(ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ、ゲプっ)

 少し、やめておこう。

 長の話を要約すると、「ヤマモトサクラは、私たちにどういった強さを求めているのだろう」

 と言った、まだ解決していない長の悩み。通称愚痴だった。

 

 集会場を出ると、健二、木葉、二宮、西尾が狩りの準備をしていた。

 声をかけようとすると、向こうが気づいたようで声が掛かる。

「おお、来たかノゾミ。どうだ? 一緒に狩りは」

「うーん、今日は遠慮しとこうかな」

「そうか、じゃあ明日だな。明日は動けるようにな」

 健二はにっと笑って、肌とは対象的な真っ白の歯を見せる。

 健康体の健二は、実はどこかで見たことがあるような気がしていた。昔のことだが、日本に居た時に全国大会に初出場した時に、ちらっと。

 まぁ、俺も曖昧にしか覚えてないので、健二自身が覚えているわけない。

 それに、人違いだろう。結構、健二タイプの人は色んな所にいる。

 例えば、東南アジアとかに。


「ユノ。腹ごなしに散歩でも行くか?」

「うん、いいよ。最近、先輩と喋ってなかったし。まぁ、その前から全く喋ってなかったけど」

 そういえば、出会ったのは、俺がナンパして玉砕したのが最初だ。

 それ以降、見かけてもほとんど話しては無かった。偶に視線は合ったが、それでもちゃんと話したのは、ヤマモトなんたらの世界に来る前。

 つまり、二週間ほど前からだ。


「先輩って、いろいろ抱え込みすぎって思う」

 集落を出て、少し歩けば湖の辺りに出るそうだ。探索しながら、目的地をそこに設定して歩く。

 そんな時に、ユノは言う。

「抱え込みすぎって?」

「全部。一人で、何もかも守ろうとか思わないで、私を頼ってください。これでも私はマネージャーをしてましたからね。観察眼は人一倍です」

「ユノは、どうしたい?」

「そうですね。私は、まずこのヤマモトさんの世界なかは嫌です。でも、外に出て、まだ異世界だったら。夢じゃなかったら先輩と暮らしてもいいかなぁとは思ってますよ」

「それは、どういう意味だろうな」

「どうでしょうね。日本に戻れたらそれ以上に良いことは無いですけど、異世界なら、異世界で別にいいんじゃないですか?」

「俺が日本に、元の世界に帰りたいからこの世界で殺しを許容するって考え方が、間違ってるってことか?」

「そうではないです。でも、先輩が死ぬのは嫌です。兵藤さんが死にかけたとき、ああ、これが先輩だったら、って思ったら魔法が使えました。

 先輩には、死んでほしくないです。でも、先輩の考え方は合ってると思います。私が少し違うだけ」

「人が死んでほしくないと思うのは普通だと思うぞ。俺だって、ユノや遥、兵藤が死んだら悲しい」

「別に、私はそういう意味で言ったんじゃないです。先輩が死ぬのは嫌なんです」

「ん? なに?」

「なにも言ってませんよ。それで? 先輩は、元の世界に戻ったら何をするんですか? ナンパですか?」

「まさか。俺はユノ以外にああやって声をかけたことはない」

「女の娘によって話し方を変えるんですか。まぁいやらしい」

「違うよ。女ってだけで、俺は少し話しかけ辛いもんってあるんだよ。でも、ユノだけはここで話しかけないと後悔するって、本能が叫んだっていうかね」

「運命の出会いってやつですか? 臭いです。……先輩とても臭いです」

「臭い臭い言うな。でも、そう思ったんだよ」

「そうですか。……そうですか」

 俯き加減に、俺には顔が見えない方に向いたので、どんな顔をしているのか分からない。

 でも、別にそう思っていようが、嫌われていようが、関係ないだろう。このヤマモトなんたらの世界では一心同体だ。


「先輩は、そこにいるだけで、手を伸ばすと純情な女の娘が手に入るとしたらどうします?」

「そうだね。怖いから保留するかも」

「そうですかそうですか」

 どうしてか、負のオーラが漂ってきます。黒い黒い。


「そろそろ、湖が見えるそうですよ」

「こんなところが、日本にもあればいいよな。坂道加減が練習になりそうだ」

「この風景を記憶してますね。元の世界に戻れたら似たようなところを探してあげます」

「頼んだよ、ユノマネージャーさん」

「そういうのは、もっと雰囲気があって言わないと、意味がわかりませんよ」

「その、雰囲気とか、俺分んねぇし!!」


 その日は、湖を見て、散歩から帰るとちょうど良い感じに夜だったので、ご飯を食べて寝ました。

 ちゃんとベッドは別々だった。


11



 それから三週間がたった。

 俺たちは集落の皆と馴染んで、兵藤は料理板、俺は健二たちと狩り、ユノは白矢さんに《回復》魔法について教えてもらっている。

 白矢さんは嫁がいるそうで、一緒に付き添ってくれるからユノが襲われる心配はない。

 そんな風に俺たちは役割分担して生活を始めていた。

 俺の剣は、木ではなく鉄製のものに変化した。それから服はジャージを仕立て直したものだが、靴は集落全体で作っている者は居なくて、オレは靴下続行だった。

「そして? 今日の獲物は何?」

「今日は、少しだけ遠くにいくよ。前にノゾミたちが居た辺りかな。そこら辺に良い獲物が居るんだ」

 健二がそう答える。

「次は突っ込むなよ。もう一人で狩っているのではないのだから」

「気をつけるよ西尾」

「別に突っ込んで死んでもどうでもいいが、お前の連れが面倒だからな。あの料理を食ったら、元には戻れないぞ」

 なにそれ、美味しい料理って麻薬になるの? 麻薬ってこんな風に広がるの?

 チョー怖い。

 それに、兵藤もなにげに馴染んでいて、料理教室を開くぐらいだ。

 俺たちが肉を狩っている間に、山菜とか新しい調味料を探しているのが兵藤らしい。

 兵藤って、どんなスキル持ってるの? ――あ、水耐性だった。つかえねー。

「ノゾミさん、昨日ユノさんから聞きました?」

「え、何を?」

「今日、二宮さん居ないじゃないですか。それは、おめでたなんですって話です」

「二宮って、女だったっけ?」

「なにげに酷いぞコイツ」

「え? マジで? 誰と誰と?」

「興味津々だし、ノゾミまじで鬼畜」

 二宮、《短刀》の特殊能力を持っている狩りのトドメ役のような奴だった。

 おっと、奴じゃない。女だったな、えっと、何? あの人。そう、あの人は狩りで弱った獲物にとどめを刺すアサシンみたいな働きをする人。


「あいつ男だし。ほら、恵美ちゃん居るだろ。恵美ちゃんとだよ」

「ごめん、恵美ちゃん分からないかも」

「コイツ、マジで集団行動できねぇやつだ」

「畑仕事してるから顔見たこと無いかも」

「覚えてるじゃねぇか」

 そうだった。チネリ米を食べようと小麦に似た穀物を貰おうと畑に行った時だ。その時少し話した気がする。

 若い女の人が畑仕事していたから印象に残っていた……ってことを今思い出した。

「二宮って、何歳だっけ」

「23。何も聞いてないんだな。恵美ちゃんと同い年だよ。そして、今日は『ホワイトアング』って言う白い肉の豚を狩る。そして兵藤さんに調理してもらう」

「結婚式みたいなやつをするんだな。わかったわかった」

「だから、お前突っ込まないで、肉を綺麗に残すように殺せよ」

「了解でーす西尾さん」

「うぜぇ」


 そうしている内に、目的地についた。

 そして、『ホワイトアング』を発見。

 白い毛皮に、真っ白な牙を持っているイノシシの仲間。肉は、とても柔らかいそうで集落ではイベント事の時はこの肉を使うそうだ。

 健二が一匹に狙いを定めると、兵藤が量産した木の槍を思い切りぶん投げる。

 《投擲》スキルの発動。綺麗に一直線を描いて槍は『ホワイトアング』に刺さる。

「ぐふぃふぃいふぃぃぃぃぃぃ」

 先には笑い茸を抽出した液体が入った、小さな小さな袋がある。それは即効性の毒で、体温で溶け毒が全身にまわりそして分解されるときに一緒に命を奪う。

 人間が食べればどうってこと無い。ああいう殺し方をしても、毒は肉に残らない。

「これが狩りだ、分かるか?」

 健二が俺に説明する。俺は、そうでは無い。早く戦闘訓練をして元の世界に戻るためのヒントが隠れた世界に戻りたい。

 だから突っ込むが、これじゃあ訓練にもなりやしない。

 物足りなさを感じながら、健二はもう一本の槍を構える。そして、投げる。

 二匹の『ホワイトアング』に掠る、そしてめったに姿を表さない兎の脳天にやりが突き刺さる。

「すげぇ」

「いや、これは失敗したと思ったが、結果オーライだ」

 一気に三匹の獲物が取れて、それをどうやって運ぼうかと言う話になる。

 いつもどおりに引きずって帰るには多少距離があるし、それにパーティ用の食べ物を粗末には出来ない。

 いつもだと、帰りが近いしそのまま食べるので、形はどうでもいいが、今回は姿焼きに挑戦する兵藤からの注文があったそうだ。

 ――めんどくさいやつ。


「おれが担いで一匹帰ろう。兎とか残りに引きは、木葉とノゾミで。後一匹は、……食べようか」

「オレが切ろう」

 西尾が、サバイバルナイフを片手に、二匹倒れている『ホワイトアング』に向かって歩いて行く。

 昼のチネリ米おにぎりもどきと一緒に、持ってきた塩。それを焼いたホワイトアングの肉にふりかけて食べようと思う。

 金網はない。それに、串も無いので仕方なく焚き火を起こした後、切ったバラ肉を剣の上において焚き火にかざした。

 油が火に落ちてじゅうじゅうと美味しそうな匂いが漂う。

「これは、良い身分だ」

「少し罪悪感がある」

「木葉はいいやつだもんな。おれたちのせいにして良いからな」

「いや、良いよ。そして、ノゾミさんは何してるの?」

 ずっと、こらえて白目になりかけの俺の顔を見て、木葉は問いかける。

「剣を、地面と平行に抱えるのは、結構重労働だぞ」

「まぁ、頑張ってください」

「健二。木葉は全然いいやつじゃない」

 良い奴=お人好し? 俺の中ではそんな方程式が成り立っているのだが。


 食べ終えると、ホワイトアングの脚、頭、皮、骨が残る。どうしようかと思って、すると西尾が川に捨てた。

「こんなもの、自然だろ」

 確かに、ペットボトルでもなければ人工物でもない物を自然に捨てても何も問題はない。

「それで、どうして血抜きをしなかったのだろうな」

 健二に向かって西尾さんは言う。

「え、いやだって。いつもしてないから、そのくせかなぁぁ。ははは」

「死んだら血は循環しないから腐る。それに、重い。あーあ、リーダーしっかりしてくれよ」

「西尾さん、そんなこと言わないでくださいよ。気づかなかった自分たちが悪いんです」

「そうだぞ西尾。お前だって張り切って肉食ってただろ」

「そんなものは忘れた」

「健二。西尾は全然いいやつじゃない」

 そのとおりだと思う。


 血はそのまま、帰路につくことにした。このままどうしようと夜に間に合わなくなりそうだからだ。

 帰り道、俺は豚を背負っていた。

 木葉からは一緒に持ちますよ、と提案されたのだが、俺は筋トレのために断った。

 おんぶダッシュ。それは下半身の筋肉を重点的に鍛えられる。

 一般の練習では同じような体重の相手を選ぶが、今回ばかりは違う。

 『ホワイトアング』は、100kgを超えている。

 木葉に兎を任せ、俺は一人でいい汗を流そうとしていた。

「ふぅぅぅ。ふぅぅぅぅ」

 一歩一歩進むごとに、筋肉の軋む音が聞こえる。冷たい肉塊を背負っているという点で少しげんなりするが、これはいいトレーニングだ。

 筋肉の痛みは、生きてるって感じがする。

「ふぅぅ。ふぅぅぅぅぅ」

 豚最高。食べてもうまし、筋トレのパートナーでもうまし。 

 こんな最高の練習相手をどうして学校で取り入れなかったのだろうか。


 汚いからです、はい。

 自然に順応した俺はともかく、まだ現代日本にに居た頃にこんな練習をさせられたら、多分キレただろう。

 でも、この世界に入ってはや五週間。もう一ヶ月以上サバイバルしていると、このくらいの汚れは気にしなくなる。

「ふぅぅぅ。ふぅぅぅ」

「いい加減五月蝿いぞ。黙れ」

 西尾さんが厳つい表層で俺を叱ります。でも辞めません。

「ふぅぅぅ、ふぅぅぅぅ」

「おい」

「良いじゃないですか。見て下さいよノゾミさんのこの笑顔」

「か、輝いている」

 木葉と西尾が俺をいじるが、しかし俺の筋トレは止むことを知らない。

 でも、結構そろそろ限界かもしれない。太ももピクピクしてる。

 十五分間の豚おんぶ筋トレは、もうすぐ終了のお知らせです。


「ちょ、っと静かにして」

 健二の声が張り詰められるほど、冷たく響く。

 健二は自分が持っている、俺より一回り二回り小さな豚を地面において、身をかがめる。

 俺たちもそれに習って、自分の持ってる豚や兎をおいて、しゃがむ。

 ――が。

「――ガッ!? ヤバ……ィ。これはッ」

「どうした、ノゾミ!!」

 健二が何事かといきよいよく振り向く。木葉と西尾は俺を見て笑いやがる。

 これは、マジでやばいパターンだぜ。いや、予感はあったが、大丈夫だろうと高を括っていたのが仇となった。

 太ももを抑えて、動けないので俺は横にゴロンと転がった。

 その少しの衝撃でもイタイ。やばいやばい。リアルに、これは痛いぞ。

「脚……攣った」

「…………。そうか」

 十分じゅうぶん間があって、興味を失って健二はもともと向いていた方向を向いた。

 残された俺は、声を出さないように痛みに耐える。

 久しぶりに足を攣った。この一ヶ月練習が不十分だったというのか? そのはずはない。前よりハードなトレーニングをしていたはずだ。

 ――はっ!!

 そこで行き着いた答え。

 ケアをして無かった。サロンパスを貼ったり、クールダウンをしてマッサージもしていない。

 それだけで、こんなに違ったなんて。


「で、健二。何があるんだ?」

 よく聞いてくれた西尾さん。

 俺の太ももはピクピクしている。

「驚くな。『ビックベア』の幼少体が居る」

「「 !? 」」 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ