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マーセナリーエイジ  作者: きさきしゅん
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ハヤヒト、唐突に名を上げる

この時代、手っ取り早く有名になろうと思ったら、大物傭兵を倒すのが一番である。そして現在、その大物の筆頭格が暴王マードックなのは、世界中が認める事実だ。

にも関わらず、誰もそれをしないのは何故か?


「そりゃ、こえーからだよ」


「名声も金も、命あってのもんだ。あんなバケモン、千人ががりでも勝てる気がしねーよ」


これが現役傭兵たちの一致した意見である。


もちろんそんなマードックも、目覚めた初期は命知らずの傭兵たちに狙われたものだ。ある者はタイマンを挑み、あるいは数にまかせてマードックの命を狙った。


…で、成功したものは1人もいない。ついでに、マードックをマトにして、生きている者も皆無である。しかもその死に方が問題で、生きながらに体を引きちぎられる、地面に叩きつけられて潰される、膨大なサイキックパワーの熱量で焼き尽くされるなど、全てまともな死に方をしていない。果ては、人口1000万を数えるメガロシティ。バルミットのA級市民のトップ、藩王(はんおう)を惨殺。しかも、その理由が。


「オレ様の前を目障りな車で横切りやがった」


である。もちろんA級市民は激怒し、マードックを殺す為に万単位の軍隊を動かしたが、あっという間に潰走。逆に怒り狂ったマードックは、A級市民が住むエリアに、永久氷壁と呼ばれる強固な防壁を破って乱入。当たるを幸いにA級市民たちを殺しまくった。


この時代において絶対者であるはずの彼らはその無茶苦茶な超暴力に震え上がり、マードックと不可侵条約を結ぶことになったのである。


…以上の事件により、全世界にマードックの名は響き渡り、今や誰も指すらさせない恐怖の象徴となった。


そしてその恐怖の代名詞は、怒りと憎悪を込めた眼をハヤヒトに向けている。


「覚悟はいいな?まともに死ねると思うなよ、神殺し…」


「口数の多いヤツだな。弱い犬ほどよく吠える、なんて有りがちなことを言わせたいのか。」


有りがちなことを、以降はハヤヒトが宙を舞ってからの台詞である。巨大なサンゾンズアックスの起こす衝撃波は、一瞬前までハヤヒトが立っていた場所を突き抜け、向かいのカフェテリアを破壊した。


「へえ。一撃の威力は、あの死神と大差無いな。大したもんだ」


フワリと着地したハヤヒトは、まんざらでもない表情で賞賛した。


「へっ。緋眼と同じように逃げるのだけはうめぇな。けどよ…」


ギュオォッッ!!


「おっと」


ハヤヒトは横なぎの一撃をバックステップで紙一重で避けた。

ところが。


バシィッッ!!


「…っ!?」


ハヤヒトの胸あたりの部分に、まばゆい輝きが弾ける。マードックのサンゾンズアックスに込められた念心力と、ハヤヒトの念心力がぶつかり合った証だ。そして特殊繊維で編まれた紅い軍服が裂けた。


「…ふん、緋眼ほど速くはねぇが、フィールドは固えみてぇだな。おもしれえ。」


「…………」


含み笑いをもらすマードックを前に、ハヤヒトはやや呆然としているようだった。その隙をマードックが見逃すはずもない。黒いオーラに包まれたサンゾンズアックスが、幹竹割りにハヤヒトを襲った。


「お頭ぁっ!!」


ザニルスとジグは、お頭と仰いだばかりの男が真っぷたつに斬殺されるのを確かに見た。


だが。


「ぬっ…?」


今度はマードックが驚く。確かにさっきの一撃はハヤヒトをとらえたはずだ。手ごたえもあった。にもかかわらず、ハヤヒトの姿は忽然と消えていたのである。それは、質量を持つ残像。


「どこだっっ!!」


マードックの血走った眼と野性的な超感覚は、すぐにその気配をとらえた。


「上かぁっっ!!」


「…煌華暁流奥義(こうかあかつきりゅうおうぎ)龍影陣(りゅうえいじん)。そして!!」


マードックの頭上、対面のビルの壁面を蹴ったハヤヒトは、紅い閃光のように突っ込んだ。その手に握られた愛刀が真紅の輝きを放ち、まるで翼のように長大なエネルギーの刃を形成する!!


煌華暁流奥義(こうかあかつきりゅうおうぎ)煌翼斬(こうよくざん)!!」


一瞬四斬。仮にマードックが前後左右どこに逃げようとも、長大な真紅の光の刃のどれかがこれをとらえ、次に残る三刃も斬り込む、回避不能必殺の一撃!!


「ちぃっ!!」


マードックが非凡なのは、その動物的なカンによって回避を捨て防御に切り替えたことだ。サンゾンズアックスを捨て、全身の筋肉を鋼と化し、念心力を集中させた両腕で、恐らくハヤヒトが狙うであろう首を防御した。どんな一撃だろうが絶対に受けきる自信はあった。


だが。


ドヴシュッッ!!


重い斬撃音が響く。そしてある物がくるくると空を舞い。


ズシャッ…


地面に落ちた。それは常人の三倍はあろうかという、太い右腕。


あの暴王マードックがこれほど明確な大ダメージを喰らったのは、大戦時、現代を通じてこれが初。そしてA級市民街近くの大乱闘である為に、複数の防犯カメラがこの光景を鮮明にとらえていた。


間近で目撃したザニルスとジグは、自分たちのお頭の強さに総毛立つような興奮を覚えた。


「やる…」


驚きの声を上げたのは、地上に音もなく舞い降りたハヤヒトの方だった。


「腕ごと首をブッた斬るつもりが、腕だけとはな。」


「……………………」


煌翼斬(コイツ)を撃って倒せなかったのは久しぶりだ。強いじゃないか、狂犬…。いや、マードック」


「……………………」


マードックは無言のまま、不気味なほどに穏やかな青い眼で、落ちた己の右腕を見つめていた。高性能バイオメタルの肉体は、出血などすぐに止まる。そして治癒力も常人の数十倍の為に接合手術なども容易だ。


しばしの沈黙の後、マードックは無造作に左手を伸ばして、己の右腕を拾い上げた。


「…神殺し。テメーの名は?」


「ハヤヒトだ。暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)。」


「いいだろう。覚えておくぜ。テメーが死ぬまでの短い間なぁっっ!!」


その攻撃は、そばで見ていたザニルスとジグにはまったくの予想外であった。自らの切断された右腕を振り回して、ハヤヒトに叩きつけるなど。だが、百戦錬磨のハヤヒトには、それくらいの反撃は予想の範囲内であった。


…範囲外だったのは、その速度と威力である。マードックは己の右腕を砕かんばかりの勢いで殴り付けてきたのだ。切断された右腕は黒いオーラを放ち、その威力と速度は先ほどのサンゾンズアックスの一撃を遥かに超えていた。


「っ!!」


防御の奥義・龍影陣は先ほど使ってしまったので、再び気を練るには時間がかかる。故に体捌きでかわそうとしたのだが、その暴風のごとき速さは予想を上回った。ハヤヒトは咄嗟に刀を立てて防御に切り替えた。その防御ごと、マードックはハヤヒトを吹き飛ばしたのである。


ズザザザザーッッ!!


満身の力を込めたにも関わらず、ハヤヒトは十メートルほども後退した。しかも刀ごしに防御した両腕に痺れが残っているほどの凄まじい一撃だ。


「テメー…生かしちゃおかねぇ」


右腕を失なったにも関わらず、マードックの殺気はいささかも衰えない。その粗暴、凶猛な性格は賛否は分かれるだろうが、マードックは断じて臆病者ではなかった。


「仕方がないな…」


ハヤヒトもまた本気になった。愛刀である神破刀(しんぱとう)(あかつき)を鞘に納めて、抜刀術の構えをとる。龍影陣と同じく、連発が難しい煌翼斬を使ってしまった今。残るは最後の切り札のみ。すなわち、煌華暁流究極奥義(こうかあかつきりゅうきゅうきょくおうぎ)


「……………」


「……………」


異様な緊張感が辺りを支配する。その中で殺意と闘志をぶつけ合い、互いに睨みあっていた2人だが、ほどなく同時に右方向へ視線を向けた。マードックはその野獣めいたカンで、ハヤヒトは覚えのある気配に気づいた為だ。


「人がのんびりティータイムだってのに、おめーら、うるさいな、おい」


飄々とした声が、この張りつめた空気を全く気にすることなく響く。

2人はその声に聞き覚えがあった。1人はかつての同僚として、もう1人は敵として。


「よお。久しぶりだな、神殺し」


現れた黒髪のイザナギ人の男は、ハヤヒトに向かって軽く手を上げた。


「やっぱりお前か。死神トーマ」


「起きて早々に狂犬とやりあうとは、相変わらず目立つヤツだな」


死神・叢討魔(ムラクモ・トーマ)は笑った。


身長はハヤヒトとさして変わらず、中肉中背。分厚い刀身を持つ刀を、肩に乗せている。その刀こそ、死神の強大な念心力と筋力に耐えられる唯一無二の剛刀。その名を『妖刀(ようとう)奈落(ならく)』という。


「テメーか、死神…。邪魔だ、どけ。まとめて殺っちまうぞ。」


「おお、怖い怖い。そんなに睨むなよ。けどな、ここは引き分けにしといたほうがいいんじゃねぇか?ま、昔の同僚のよしみってやつだが」


大げさに肩をすくめながら、トーマは今度はハヤヒトへ目を向けた。


「神殺し。ああ、ハヤヒトさんだっけか。あんたはどうだ?」


「別に構わんよ。もともとやりあう気は無かったしな。」


あっさりとハヤヒトは了承した。


「だ、そうだ。このまま意地張っても、得は無いと思うがねぇ。狂犬」


「……チッ」


マードックの身体から凶猛な殺気が消える。彼は粗暴ではあるがバカではない。ここで突っ張れば死神が参戦する可能性もある。神殺しだけならともかく、死神まで相手にするのは、さすがに分が悪い。その強さは大戦時代レギオン部隊にいた頃によく知っている。何しろ、あの小さな身体でマードックと同等の筋力を誇るのだ。


「命拾いしたな、神殺し。だが、この腕のカリは必ず返すぜ」


常人なら、その視線だけで心臓麻痺を起こしそうな凶悪な青い眼。そしてマードックは、手下を連れて悠々と歩き去った。


「さて。俺も行くか。余計な時間を使っちまった」


何事もなかったかのように立ち去ろうとする死神トーマに、ハヤヒトは声をかけた。


「死神」


「なんだ?無敵の神殺し、ハヤヒトさんよ」


飄々たる黒い瞳がハヤヒトに向いた。この瞳こそ、あらゆる特殊能力を無にする『業魔瞳(ごうまのひとみ)』。緋眼のマリカに完勝した要因の1つである。これとマードックに匹敵する筋力。そしてそのマードックすらも上回る念心強度1000万ニューロンものサイキックパワーこそが、死神トーマを地上最強の男たらしめている。


「どうした。緋眼の仇でも討とうってか?言っとくがありゃ売られたケンカだぜ」


「もし、マリカが死んでいたら、そうしたがな。それより、お前の相方、朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)はどこにいる?」


「知らねぇな。知っていても答える気はねぇし」


トーマは肩をすくめた。朧月刹那は、レギオン部隊の総司令であると同時に、親友でもあるからだ。


「では、質問を変えよう。あの停戦合意後に、何があったんだ?」


「あれだ」


トーマは空を指差した。そこには、7つの巨大な軍事衛星が浮かんでいる。

名を『褪色の(たいしょくのつき)』という。


「俺たちが凍結された直後に、あれが大出力レーザーを無差別に撃ちまくった。で、地上を焼き払ったらしいぜ」


「しかし、衛星操作のパスコードは誰も知らなかったはずだろう?」


もし誰かが知っていれば、ニューコムとキングダムの大戦は一瞬で終わっていただろう。そもそも戦争を無くす為に、あれは造られたのだから。


「停戦合意の直後に発射された?俺たちが凍結保存。言わば頑丈なシェルター内に避難してから。あまりに都合が良すぎる…」


「…ま、そのへんの事情は俺も調べてるとこさ。縁がありゃ、また会おうぜ。神殺し」


ハヤヒトの目には、一瞬だけトーマの表情が翳りを帯びたような気がした。何か心当たりがあるようだったが、それを確認する前に、死神トーマはハヤヒトの前から立ち去ったのである。


…なお、この暴王マードックとの戦いは、翌日にはリグリットシティ全体に知れわたる。


「あのマードックとまともにやりあったって?」


「しかも、右腕を一発でブッた斬ったらしいぜ」


「マジか?」


「マジもマジ。俺、ギルドの映像見たもんよ」


そして数日後には全世界の有力者が、大戦のトップエース『神殺し、暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)』の復活を知ることとなった。ハヤヒトは予期せぬ形で、大きく名を上げることになったのである。


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