暴王
ザニルスのオンボロガレージの寝ぐらと、世界有数の傭兵ギルド、エリュシオン幹部のゲストルーム。その違いは語るも愚かだろう。
「あるとこにはあるのね〜お金は」
ジグは物珍しげに、豪華な調度品で彩られた部屋の中を見回している。
腰かけている椅子1つで、曙光の4人は半年くらいは豪勢に生活できるんじゃないか?などと想像したザニルスは己の小ささに憮然とした。
「で。俺は回りくどいのは嫌いだ。そちらの要求を聞こう」
ハヤヒトは高価な調度品に特に興味を払うことはなかった。なぜなら、豪華絢爛好き、史上最強の女を既に知っているからだ。そして現在、その女性を探し出すことが、ハヤヒトの最大の目的である。
「ここへ来る前に言ったわよね。私はあなたと専属契約を結びたいの。同じギルド内のエース傭兵である、貴公子カイルに対抗する為にね」
「カイル?」
ハヤヒトは聞いたことの無い名だった。構成員が数万と言われる巨大傭兵ギルドのエース傭兵というからには、相当の強者だろうが、大戦時にやり合った記憶はない。
『まあ、しかし、リリスみたいに極秘裏に開発された例もあるしな。ニューコムでも似たようなことをやっていても不思議じゃないか…』
銀髪に蒼い瞳をした十歳くらいの美少女が、ハヤヒトの脳裏に浮かび上がる。
歴史、地理、政治、経済、文学、芸術、電脳、はては戦略戦術から雑学まで、およそ知識と名のつくものならば全てを覚えているという超天才美少女。特にサイキックパワーの強さは異常であり、実にハヤヒトの3倍にも及ぶ750万ニューロン!!だが、その代償として、成長速度が著しく抑制されるという悲運を背負った永遠の美少女。
ノーブルキングダムのディアボロス計画が生み出した唯一の最高傑作。本名はリリエス・ローエングリンという。大戦時代の作戦行動中にハヤヒトが救いだして以来、大切な仲間の一人となった少女だ。
『リリスがいれば、イスカやミナギたちの情報収集も楽なんだがな』
そう考えると同時に、あのネコのように気まぐれで扱いづらい性格。ついでに、ドSでドMという変態的性質も思い出される。
『私を頼るからには、何か見返りを用意してくれるのかしらニャ?今夜は一晩中、一緒にいて虐めてくれるくらいはしてくれないと、やらないのニャ~』
まねきネコポーズで、艶っぽく?そう話すリリスの姿を思い浮かべて、ハヤヒトはげんなりとした。
「あら。私の提案は気に入らなかったかしら?」
アンリエッタは、胸元の大きく開いたスーツを着ている。腕組みをして、その豊かな胸の谷間を惜しげもなくのぞかせた。無論、男の視線を集める為の計算ずくの行動である。
「ちょっとザニ!なに、鼻の下のばしてんのよ」
「い、いや、別にオレはそんなつもりはねぇよ」
うぶなザニルスはしどろもどろの弁解をするが、ハヤヒトの方は。
バリバリバリ…。ずずず〜…。
テーブルにあったクッキーを食い散らかしながら、紅茶を飲んで、2頭身腹巻き姿でくつろいでいる。アンリエッタの色香など気にした様子は一ミリもない。
基本、暁疾人という男に色仕掛けは通用しない。なぜならば、ハヤヒトは、16、7歳の時点で、家族同然に育った、神薙美凪という女性と、語るもはばかるエッチい生活を送っていたからだ。
ハヤヒトと同じく煌華暁流を学んだミナギは、他者には母性的で清楚だが、ハヤヒトに対してだけは、やたらにエッチになるというある意味、男の夢のような女性。なので、ハヤヒトは十代後半には女体の全てを知り尽くしてしまい、色仕掛けに関して完全耐性がついているのである。
それに加えて大戦時には、超絶の覇気と才気と美貌をあわせ持つアスラ部隊総司令ウガヤ・イスカを筆頭に、天才である父親に複雑なコンプレックスを持つ鏡水示現流継承者・壬生時雨。養父を戦場で射殺し、心に癒えぬトラウマを抱えたA級スナイパー、シオン・イグナチョフ。その天才的頭脳と強いサイキックパワーゆえに、実験体として両親にディアボロス計画に売られた美少女、リリエス・ローエングリンなど、いわくつき、ワケありの美女や美少女に深い愛を向けられているのだ。
現在、ハヤヒトのそばにぴったりとくっついている殺戮人形の異名を持つ忍、殺音にしてもそうだ。BO爆弾という、限定空間の酸素を消滅させる悪魔の兵器により壊滅した街のただ1人の生き残り。病弱な体ゆえに酸素マスクをつけていた為に助かったのだが、それが逆の意味で地獄を見ることとなった。なぜなら、それまで優しくて親切だった人々が、鬼のような表情で酸素を求めて、自分の酸素マスクを奪いにくるという恐怖の光景。そして、その苦悶と怨みに満ちた死を目の前で見せつけられることになったのだから。
その後、彼女はある特殊部隊に救出され、幸いにも新型バイオメタルアンプルの適合率が高かった為に、その投与により病は癒えた。そして、肉体も飛躍的に強化された。だが、その心は凍りつき、あらゆる他者への嫌悪に満ちたまま、ニューコム軍に入隊することとなる。その後、風牙流忍術を身につけ、凄腕の忍としてノーブルキングダム軍との戦いに身を投じた彼女。澱んだ憎悪を叩きつけるかのように敵兵を惨殺していく。そして、その一片の容赦もない非情な戦いぶりから、殺戮人形などと呼ばれるようになったのである。
ハヤヒトと出会ったのは、そんな荒みきった日々が1年ほども過ぎてからのことだ。あの時のアヤネの虚無と殺意に満ちた瞳をハヤヒトは今でもはっきりと覚えている。
「………」
そのアヤネは、ハヤヒトの左腕にしがみついたまま、無表情のままだ。ハヤヒトとの出会いは、確かにある意味で彼女の凍りついた心を融かした。だがそれは一部分の心だけ。逆に信じるのはハヤヒトと、大戦時に共に戦ったわずかな人々だけという結果も生んだ。つまり、いまだアヤネの心は完全には癒えていないのである。
…まあ、このあたりは完全に余談であり、また、おいおい語られるであろう。今はアンリエッタの交渉内容が優先だった。
「…もちろん、私の専属傭兵になるからには、それなりのメリットも用意させてもらうわ」
仕事をこなした際、通常のギルドからの報酬とは別に、大資産家であるアンリエッタ個人からの上乗せ。ハヤヒトへA級市民のオナーパス(一代限りのA級市民証)を発行すること。
と、ここまではザニルスとジグはともかく、ハヤヒトは何の興味も示さなかったが、最後の条件。
「エリュシオンの中央データベースの、レベル7までの閲覧権。」
これに眉を動かした。
「つまり、あなたが探しているアスラ部隊の仲間たちの居場所を、分かり次第伝えるわ。どうかしら?」
「まあ、悪い条件ではないな…」
「つーか、破格の条件じゃねーか、お頭」
ザニルスは興奮している。これまでのストリートでのチンケな仕事とは、雲泥天地の差である。報酬は破格だろうし、何よりA級市民証があれば、司法、経済、政治において様々な特権が得られるからだ。逆に言えば、ハヤヒトという男は、それほどの特権を与えても惜しくはないほどの能力を持っている証である。ザニルスとジグは、今更ながらに自分たちのお頭の価値を再確認した。
「では、こっちからも条件がある。」
「何かしら?」
「拒否権だ。俺は気の乗らない仕事は受けない」
「おいおい」
ザニルスが心配そうに口を挟むも、アンリエッタは予想していたように答えた。
「それでも結構よ。大戦のトップエースのあなたが専属傭兵になるなら、安いものだわ」
こうして、あっけなく交渉は終わった。ハヤヒト率いる傭兵団・曙光は、アンリエッタ専属の傭兵となったのである。
「情報が入り次第、あなたに連絡を入れるわ。それとこれは契約金の前払いよ。」
アタッシュケースに入った金塊は、きっちり5億クレジットぶん。
だが。
「金はいらん」
ハヤヒトは突き返そうとするも、ザニルスが慌ててアタッシュケースを引っ張った。
「いるっての!!これから曙光のメンツを揃えて、武器とか配らなきゃなんねーんだからよ。まったく」
「しかし、まだなんにもしてないのに、金をもらうのもなあ」
「もらえるもんはもらっとく。金なんか、いくらあっても困りゃしねーんだから」
「ふふっ。どうやら、お金の話はあなたにした方が良さそうね、ザニルスくん。」
アンリエッタは含み笑いをもらした。そしてザニルスやジグは意気揚々と、ハヤヒトは思案顔での帰り道についたのである。
‥その帰り道のことだった。ヤツに出会ったのは。それは、単なる偶然が重なった産物。
たまたまヤツが気まぐれでリグリットシティに立ち寄っていたこと。たまたま、その酒場近くをハヤヒトたちが通りがかり、従業員の女性に対する不埒な行為を目にしてしまったこと。そしてザニルスの制止などハヤヒトが聞くはずもなく、無法な男たちを叩きのめしたこと。
その結果。
「ん〜?どっかで見たツラだな。」
身長二メートル半、全身これ筋肉の塊といった青いモヒカン頭の男が、ハヤヒトの前に現れたのである。その顔を見たザニルスは、これ以上ないくらいに狼狽えた。
「ま、マードック…」
それは、この世界で無法と暴力の象徴の名だ。
エリュシオンに並ぶ巨大傭兵ギルド、ディープパープル。その中でも最大の傭兵団ブルーホーンズ。構成員数3千名とも言われるその組織を率いるのが、他でもない目の前にいるマードックなのだ。
無法王、暴王と呼ばれ、バルミットシティを文字通り力で牛耳る無敵の男。その性格は凶暴の極み。そしてその戦車を片手で持ち上げる圧倒的な筋力と、巨大な斧に込められたサイキックパワーで敵を焼き尽くす光景は、まさに暴風のごとし。些細なことで怒りを買ったものは、ただ1人を除いて全て殺された。そう、緋眼のマリカを除いて。
そのマードックはあごに手を当てて、何やら記憶を探っていたが。
「…ああ、思い出した。大戦ん時に、死神とばっかりやりあってたチビじゃねえか」
ハヤヒトの1・4倍はありそうな凶悪な顔を近づけてマードックはニヤリと笑った。その笑みだけで、ザニルスとジグは心底から震え上がった。
だがハヤヒトは平然としたものだ。
「俺も知ってるぞ。レギオン部隊の5番隊隊長マードック。たしか、元は懲役七百年食らった犯罪者だったんだよな。んで、別名が狂犬マードック。」
「…………」
マードックの青い眼がスッと細められる。
「狂犬とマードックをかけるとは、マリカもうまいあだ名をつけたもんだな」
けらけらと笑うハヤヒトの前で、マードックの体はどす黒いオーラに包まれていく。それは桁外れのサイキックパワーが起こす現象。サイキックパワーの強さは念心強度という単位で計られるが、ハヤヒトが250万とすればマードックはその3倍はあるだろう。
「や、やめてくれ、お頭。そいつは、マードックだ。そいつにだけは絶対に逆らっちゃならねーんだよ…。」
完全に怯えきったザニルスは、かろうじてハヤヒトの紅い軍服に包まれた左手を引いた。だが、その手はするりと外されてしまう。それはハヤヒトの卓越した武術の成せる技であるが、この時のザニルスにそんなことに気づく余裕はない。
「アヤネ。2人をガードしていてくれ」
「…了解」
仕方ないという表情で、アヤネはザニルスとジグの前に立った。
「テメーの小賢しい剣法がオレ様に通じると思ってんのかぁ?一発で終わらせてやるぜ」
部下が差し出した2メートルを超える巨大なサンゾンズアックスをひっ掴み、マードックは嘲笑する。
その台詞通り、マードックはこれまで様々な武術の達人と戦ったが、全てパワーで粉砕してきたのだ。
「ああ、そうそう。やる前に聞いておこう。」
「なんだぁ?今さら命乞いかよ」
マードックは巨大斧の柄を肩に当てながら、訝しそうな表情を浮かべた。
「いや、お前の飼い主、朧月刹那はどこにいるのかと思ってな。死んでからじゃ答えられないだろ?」
「…………」
無言のまま、マードックは怒りを爆発させた。かくしてリグリットシティの一般市街地のど真ん中で、思いもよらぬ大激戦が幕を開けたのである。




