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マーセナリーエイジ  作者: きさきしゅん
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ハヤヒト、お頭と呼ばれる

「だ〜か〜ら!!ゾルカンをブッ殺したあんたが、このエリアのボスになるんだよ!!」


オンボロガレージの二階。イラついたザニルスの大声が響き渡るも。


「なんか面倒だから嫌だ。拒否する」


ハヤヒトは、2頭身腹巻き姿で、ポンポコの腹を抱えながら、のんきに寝っ転がっている。ゾルカンを倒した勇姿などカケラもない。


「それに、ボスも何も。このエリアは、ここに住む人たちのものだろ。」


「そんな甘っちょろい理屈が通じる時代じゃねーんだよ。あんたも見たろ、ゾルカンの無法っぷりを」


ザニルスが苦々しげに吐き捨てる。そこには、自分が何も出来なかったことへの苛立ちも混じっていた。


「…ふむ」


多少は考えることがあったのか、ハヤヒトは通常頭身シリアスモードに戻った。まこと話していて疲れる男だ。


「要はあれか?他にもギャングどもがいて、このエリアを狙ってると?」


「そうさ。ゾルカンが死んだ今、あんたが手を上げなけりゃ、他のギャングが乗り込んでくるだけだ。」


そいつがゾルカンよりもひどいヤツなら、人々の暮らしはさらに悲惨になるだろうとザニルスは語った。


「それはまずいな。よし。なら、形だけでもボスになろう。」


「そうこなくっちゃな!!…となると、上納金は上がりの2割くらいを納めさせりゃいいか。これまでは半分も取られてたんだから、住民も大喜びだぜ」


ゾルカンのテリトリーはかなり広い。住人は千人ほどもいるだろう。また、港の漁業組合も押さえているので、二割の上納金でもかなりの収益を見込めるとザニルスは計算した。

だが。


「こらこら、何を寝言を言っている。金はびた一文もらわんぞ」


「は!?」


その時のザニルスの顔は見ものであった。


「俺はギャングじゃない。真面目に働いている人たちから金を取るなど、もってのほかだ」


「あ〜の〜な〜っ!!その代わりに、他のギャングどもから住人を守ってやるんだ。これは正当な報酬、安全保障税ってやつだ」


ザニルスは物わかりの悪い男を説得するのに必死である。


「で、回りのギャングってのは、ゾルカンより強いのか?」


「いや。この一帯じゃ、ヤツに手を出すギャングはいなかったな」


「なら、たかが知れてる。ちょっかい出してきたら、俺が全員ブッた斬ってやるよ」


「だから、その働きの対価をだな…」


「しつこいぞ。話はそれだけか?」


再び2頭身になってゴロリと横になるハヤヒト。真面目に聞く気がない。


「…もう1つある。これはジグと相談したことなんだが、あんたにオレたちのお頭になって欲しいんだ」


「オカシラ?」


聞きなれない単語に興味を引かれ、ハヤヒトは寝たまま顔を向けた。


「前から傭兵の仕事をやろうと思ってたんだ。けど、オレはバイクの操縦には自信があるが、悔しいが肝心の力がねぇ。それであきらめてたんだが。」


そこへ、ハヤヒトがひょっこり現れた。ザニルスが手も足も出せなかったゾルカン一味を、たった1人で、しかも鼻歌混じりに片づける無敵の強さ。


「で、オレは確信したんだ。あんたをお頭に傭兵団を作れば、きっとのし上がれるってな。」


「のし上がってどうするんだ?贅沢な生活でもしたいのか」


ハヤヒトの揶揄に、ザニルスは真剣な表情で答えた。


「オレはただ、他人に運命を左右されねぇようになりたい。…それだけさ」


それはストリートに生まれて、常に理不尽に翻弄され続けてきたザニルスの真実の言葉である。


ハヤヒトはしばし無言でザニルスの顔を見ていたが、やがて軽く頷いた。彼の言葉に偽りがないことを見抜いたのだ。


「いいだろう。お頭とやらになろうじゃないか。」


「本当か!?」


「よかったね、ザニ!!」


ザニルスとジグは共に喜びあった。ハヤヒトの性格からして、断られる可能性が大だと思っていたからだ。もちろん、受けたハヤヒトにも考えはあった。


『…傭兵になれば、傭兵ギルドからの仕事も受けられる。そこである程度の実績を挙げれば、マリカとの接触、あるいは他の仲間の居場所の情報も得られるかもしれんしな。』


しかし、腐りきった世界になったものだ。格差は中世の王族貴族と平民の間以上に大きく開いた。

現代ではA級市民なる存在が絶対権力者であり、それ以外の人間に対するいかなる無法も許される。たとえ白昼に一般市民やストリートの人間を撃ち殺そうが、決して罰せられないのだ。そして街の外に出れば、ロードギャングやチンピラ傭兵団が跳梁跋扈する暴力の世界。


『停戦合意後に何があったのかを知りたいとこだな。』


それもまた、ハヤヒトがお頭になることを引き受けた理由だった。


「ところでハヤヒトさん。いや、お頭。傭兵団の名前は何にするんだ?」


「そうだな。曙光(しょこう)なんてのはどうだ」


「ショ…コウ?イザナギ語の名前なの。」


ジグが軽く首をかしげた。


「そうだ。本来の意味は、夜明けの太陽の光。そしてもう1つの意味は、見え始めた希望、だ」


「へえ〜。なかなかいいじゃねぇか。お頭、あんた意外に学があるんだな」


「…結成早々にぬっ殺されたいか、こら」


ブルプルと震えながら、真紅の刀を抜く2頭身ハヤヒト。ザニルスはジグの背中に隠れながら笑った。その様子を、アヤネは全く興味のない瞳で見ていた。


…ともかく、こうして傭兵団『曙光(しょこう)』は結成された。初期のメンバーは、たったの4人でのスタートであった。後に、曙光は伝説の傭兵団としてその名を歴史に刻まれることになるが、この時にそれを予期していた者は誰もいなかった。


「あれ?誰か来たよ」


窓の外を見ていたジグが、皆に声をかけた。ザニルスを追いかけていた2頭身ハヤヒトは、すぐにシリアス頭身に戻る。


「ストリートには似つかわしくない高級車だな」


磨きたてられた黒い車体は明らかに防弾仕様。かなりのVIPが乗っているのは確かだ。


「降りてきたぜ」


ザニルスの声と共に、金髪碧眼の女性が車から出てきた。見るからにキャリアウーマン風の女性である。その後ろには、ゴツいボディガードが2人。


「誰だあれは?」


「いや、オレは知らねぇ。A級市民だとは思うが、どうする、お頭」


「別に殺気は感じないし、話くらい聞いてもいいんじゃないか」


ハヤヒトはすたすたと一階へ降りて、金髪女性と対峙した。


「どちら様かな?」


「私はこのリグリットを拠点にする傭兵ギルド、エリュシオンの幹部アンリエッタ。あなたをスカウトに来たわ、暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)。」


「ほ〜。どこの馬の骨とも分からない男を、わざわざ幹部が迎えに来るとは、エリュシオンってギルドはよほど人材不足なのか?」


「元ニューコム軍アスラ部隊、2番隊隊長・暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)。大戦時、無敵を誇った、あの死神トーマを、公式記録上で撃破した、ただ一人の男。」


「………」


長い前髪から、ハヤヒトの鋭い瞳がちらりと現れた。


「ふふっ。さすがに、大戦のトップエース。すごい鋭気ね。どう?興味を持ってくれたかしら」


「ああ。少なくとも、情報交換する価値はありそうだな。」


「それじゃ、ついてきてもらえるかしら。そちらの怖いお嬢さんと一緒に」


アンリエッタは、アヤネを見て薄く笑った。一目でアヤネを大戦上がりの忍だと見抜いたあたり、見る目は確かなようだ。


「なら、この2人も連れていってくれ。俺の仲間なんでな」


ハヤヒトがザニルスとジグに目をやると、アンリエッタは頭を振った。


「悪いけど、私が興味があるのはあなたと、そこのお嬢さんだけよ。その2人には用はないわ」


その言葉にザニルスが憤然とする前に、ハヤヒトの言葉が響いた。


「では、話は終わりだ。俺は他人を見下すヤツは大嫌いでな。まして、この2人は俺の恩人だ。それを侮辱するようなヤツに用はない。さっさと帰れ。」


「………」


ザニルスとジグは嬉しさと感動を覚えると同時に、ハヤヒトの放つ凄まじい鋭気に圧倒された。

アンリエッタはしばし無言で、興味深そうな蒼い瞳をハヤヒトに向けていたが。


「分かったわ。その2人への非礼は詫びましょう。ごめんなさい」


「アンリエッタ様…」


戸惑いと驚きを隠せないボディガードの前で、アンリエッタは頭を下げた。彼女が頭を下げるなど、よほどのことなのだろう。


「‥まあ、いいさ。あんたの誠意は分かった」


ハヤヒトは軽く右手をあげて、アンリエッタの謝罪を受け入れた。煌龍眼を持つハヤヒトは、気脈と経脈の流れを視ることで、相手の虚偽を見抜く能力を持つ。アンリエッタのそれは、多少の打算はあるにせよ、本物の謝罪であった。


「それでは、4人でついてきてもらえるかしら。私の所属するギルド。エリュシオンに」


そして結成されたばかりの傭兵団『曙光』は、構成員数万人と言われる巨大傭兵ギルド、エリュシオンの本部へと向かったのである。

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