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マーセナリーエイジ  作者: きさきしゅん
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神殺し、その実力

公暦2416年11月9日の早朝。傭兵界に激震が走る。


バルミットシティの暴王マードック、トライセルシティの貴公子カイルと並び、最強の一角を担っていた緋眼のマリカが敗れたのだ。しかも相手はスケアクロウなる、全く無名の傭兵団である。


「緋眼のマリカは重傷らしいぜ。」


デジペーパー(挿し絵が立体的に浮かび上がる新聞)を読みながら、ザニルスは驚きを隠せない。何しろ緋眼のマリカは、あの恐怖の暴王マードックと何度もやりあっているが、全て引き分け。一度も負けたことはないのだ。


「相手の名は?」


ハヤヒトは前髪の間から鋭い視線を送る。


「ムラクモ・トーマとかいうヤツらしいぜ。あだ名が死神……って、これ、昨日あんたが言ってたヤツじゃねえのか?」


「だろうな。マリカに勝てるとしたら、叢討魔(ムラクモ・トーマ)か、朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)。このどちらかしかいない。あいつは大戦中、この2人とは戦っていないからな。あの性格だし、油断もあったんだろう」


ハヤヒトはテーブルの上に頬杖をついて、何やら考え込んでいる。


「それで、何者なの、その2人」


ベーコンエッグを人数分運んできたジグが、ハヤヒトに目を向けた。


朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)は、ノーブルキングダムの最精鋭、レギオン部隊の総司令だ。そして叢討魔(ムラクモ・トーマ)は、刹那の親友にしてレギオン部隊の4番隊隊長。俺が知る限り地上最強の男さ」


「よく分からないんだけど…」


「まあ、それは知らなくてもいい。ともかく、死神トーマの、業魔瞳(ごうまのひとみ)は、あらゆる特殊能力を無効にする。たとえそれが緋眼のマリカの瞳術、忍術でも例外なく。となれば、あとは身体能力とサイキックパワー、そして戦闘技術だけの殴りあいになるわけだが‥」


ハヤヒトによると、その死神トーマとやらは、ハヤヒトと同じくらいの背丈だが、身体能力は、あの暴王マードックとほぼ互角らしい。


参考までに述べると、このマードックという男。身長2メートル50センチ、体重250キロ。重装甲車を片手でひっくり返し、2メートルの巨大なサンゾンズアックスを軽々と振り回して敵をゴミのように薙ぎ倒す。ザニルスが恐れている蜂の巣ゾルカンなど、その昔、マードックの軽いパンチ一発で半死半生にされたほどだ。それがトラウマでゾルカンは傭兵をやめて、弱いものを食い物にするギャングになったのである。


「で、筋力よりも厄介なのが、ヤツのサイキックパワーでな。」


サイキックパワー。要は超常的な能力である。念力、透視、予知などが有名だが、この世界のものは、一部を除いて物理的パワーに特化している。


その強さを測る単位がニューロンというもの。ハヤヒトが250万ニューロンという数値で、一応これが人間の限界と言われてるらしい。


「じゃあさ、あんた、念力とか使えるのか?」


「ああ。」


ハヤヒトがザニルスを指差すと。


「おわ!?」


体重60キロ半ばほどもあるザニルスは、ふわふわと宙に浮いた。


「すごいすごい!!私も、私も」


「へーへー。疲れるから、一回だけな」


ジグにも浮遊体験をさせた後に、ハヤヒトは言葉を続ける。


「俺の場合、重さ100キロくらいまでの念力が使える。けど、精神エネルギーの消耗が激しいから、おまけみたいなもんだ」


それにしても、ザニルスたちにすれば驚異のパワーである。ところが死神トーマは、このハヤヒトすら軽く超える1000万ニューロンというパワー。理論的限界値をはるかに超えているのだ。


ちなみにザニルスやジグは生体金属化薬、すなわちバイオメタルアンプルを投与していない為に、サイキックパワーはゼロである。


「このサイキックパワーが高ければ、体表に防御フィールドを常時まとう。」


ハヤヒトがガードマシンのガトリングガンの銃弾を弾き返せたのも、このパワーによるものだ。また、攻撃時に武器に集中すれば、威力をあげることもできる。ハヤヒトがガードマシンを容易く切り裂いたのは、煌華暁流(こうかあかつきりゅう)という古流剣法の技もあるが、サイキックパワーの効果も大きい。


「まして死神トーマは、1000万ニューロンもの超パワーだ。その一撃の威力は計り知れない。」


それは大戦時に、何度も対峙したハヤヒトの経験が語る。


瞳術(どうじゅつ)忍術(にんじゅつ)を封じられた上で、ヤツと肉弾戦なんぞやれば、そりゃ負けるわな…。相手を甘く見る。いつもの悪い癖が出たな、マリカ」


半ば独り言のように呟いた後に、ハヤヒトはザニルスを見た。


「ザニルス。ああ、面倒だからザニでいいか?」


「別に構わねーよ。回りもそう呼んでるしな」


「では、ザニ。マリカに会いたいんだが、どこの病院にいる?」


「このリグリットシティのどこか…らしいわよ。場所は書かれていないわ」


ジグがデジペーパーを読みながら答えた。


「弱ってるとこを襲撃されたら終わりだからな。そりゃ、隠すだろうよ」


「もっともな意見だな」


ザニルスの言葉に、ハヤヒトは苦笑した。


『まあ、ラセンやガモンがついてることだし、今すぐどうこうはないだろう。今はイスカやアスラ部隊の皆を探すのが先か。』


そんなことをハヤヒトが思案していると、外から若い女の悲鳴が聞こえてきた。ジグが顔色を変えて立ち上がろうとするのを、窓の外を確認したザニルスが止めた。


「…やめとけ。ゾルカンの野郎だ」


そしてこのエリアは、蜂の巣ゾルカンのテリトリーである。真っ昼間に往来で若い女がレイプされようと、誰が殺されようと文句は言えない。それがストリートに生きる者の暗黙の掟なのだ。


「けど、あの娘、あたしの知り合いなのよ!!ほっとけないでしょ!!」


「お前が出ていってどうなるってんだ!!」


ザニルスの怒声は、半ば無力な己に向けられていた。それを無感情に眺めている冷たい瞳が一対。


「そうだ。あなたなら、もしかして…」


ジグは微かな期待を込めてアヤネを見つめた。


‥が、半秒で甘い希望は消える。彼女の瞳は相も変わらず底無しの虚無。ザニルスやジグなど塵芥にしか見えていないのを再確認しただけだった。

そんなことよりも。


「あれ?あの人は」


ジグは部屋を見回したが、あのハヤヒトという男の姿は見えない。


「外だ、ジグ。あいつ、いつのまに…」


驚きを隠せないザニルスの目に、ゾルカンと対峙して平然たるハヤヒトの姿が映っていた。








…しかし、つくづく煌華暁流(こうかあかつきりゅう)の継承者とは、トラブルを呼ぶ星につきまとわれているらしい。俺が行く先々で必ずイベントが発生するんだもんなあ。

ハヤヒトは、そんなことを考えつつ。


「や〜れやれ」


ドガッッ!!


「ぐぎゃあっ!!」


少女の服を破いていたギャングの一人。汚い茶髪をした男の股間を、ハヤヒトは背後から軽く蹴りあげた。男は見事に宙を舞い、5、6メートルほど飛んでから地面に落ちた。間違いなく急所は潰れただろうが、お気の毒。


「野郎!!」


「ブッ殺せ!!」


続いてかかってきた2人のギャングを、ハヤヒトは肘打ちと蹴りで一瞬で制圧する。


…いや、違った。肘打ちを食らったものは胸から真っ二つにへし折れ、蹴りを食らった方はコンクリートの壁に激突して死んでいるから、抹殺したと言うべきだろう。


「なんだテメエ?」


そしてどうやらボスらしい男が出てきた。2メートルは軽くある筋肉ダルマ。頭は短く切った金髪。右手には七連装ガトリングガンを仕込んでいる。あの重兵器を戦闘で振り回せるなら、それなりのレベルだろうとハヤヒトは推測した。


「オレ様を蜂の巣ゾルカンと知って、喧嘩売ってんだろうな?」


「蜂の巣?お前、ミツバチでも育ててるのか?」


ハヤヒトは2頭身になり、鼻をほじりながら聞いてみたりする。ほーら、怒った怒った。煌龍眼(こうりゅうがん)気脈(きみゃく)経脈(けいみゃく)の流れを見なくとも、チンケの思考や行動はすぐに読めるものだ…。


「そこのガレージから出てきたってことは、テメエ、ザニルスのツレか?」


「いや。単なる居候だ。」


「どっちでも、構いはしねぇ…。これまで目えかけてやった恩を忘れやがって。オレ様にたてつくってんなら、相棒もろとも殺してやるだけだ。」


ゾルカンはにたりと笑う。弱者を虐げることを好む者特有の卑しい笑みだ。


「イヤな顔だな…」


そこで初めてハヤヒトは真紅の愛刀を抜いた。ちなみにこのセリフは、チンケな悪党を駆除する際のハヤヒトの決まり文句である。なぜなら、この手の人種は精密なコピーのように、等しくイヤな顔をしているからだ。


「…ああ、そうだ。聞きたくはないが、俺は慈悲深いから一度だけ聞いておいてやる。」


「あん?なに言ってんだ、テメエ」


ゾルカンは訝しそうに細い目を更に細めた。


「このまま帰るのならば、今日のところは命だけは助けてやるが。どうだ?」


「あぁ?ヒャッハハハハッ!!笑わせんな、命乞いなら、もっとうまくやりやがれ!!」


…が、蜂の巣ゾルカン最後の言葉となった。ハヤヒトは口元に薄く笑みを浮かべた後に、一気に動いた。


常人の目には、紅い斬光が同時に4本閃いたようにしか見えなかっただろう。これはゾルカン本人はもちろん、ガレージから出てきたザニルスやジグも同様である。


キン…


ハヤヒトが静かに納刀した後。


「お?おおわああっっ!!」


ゾルカンの太い両手、両足は完全に切断されていた。そしてダルマとなったゾルカンは無様に地面に倒れたのである。恐るべきは、その切断面が薄く炭化し、一滴の血も流れていないことだ。サイキックパワーを込めた紅い斬撃は、いわば切断面を焼ききるのである。


「俺の忠告を聞かなかったことに感謝するよ。おかげで心おきなく殺れるからな。ま、地獄で楽しくやってくれ」


「ま、待てっ、た、助けてく…」


シュッ!!


またも紅い斬光が閃く。頭から幹竹割りに、蜂の巣ゾルカンは真っ二つになって死亡した。サウスベイエリアで恐怖の象徴だったギャングにしては、あまりにもあっけない最後だ。


「ひっ、ひえーっ!!」


取り巻きの10人ほどのギャングが、情けない声を上げて逃げ出した。

だが。


「ぎっ!」


「ぐぎゃっ!!」


その背中の急所に、次々に突き刺さる忍のクナイ。もちろん、ガレージの二階から見ていたアヤネの仕業である。


「おっと」


最後の1人に向けて投げられた超スピードのクナイを、ハヤヒトはなぜか掴みとった。だが、別に助けたわけではない。


「おい。お前らのアジトはどこだ?」


「い、命だけは助けてれ!いや、助けてください〜!!」


「答えろ」


ハヤヒトは右手の人差し指にサイキックパワーを集中させ、長さ5センチほどの紅い光の針を出した。そしてそれを躊躇なく男の額に突き刺す。


「…?」


男は痛みを全く感じなかった。ただ、その口からアジトの場所がすらすらと語られる。そこに、まだ40人ほどの仲間がいることも。これは煌華暁流の秘技の1つ。念心針によって気脈と経脈を操ることにより、自白を促したのだ。


「よし。ザニ、そこに案内してくれ。この際だ、まとめて片付けてやる」


「…………」


「ザニ?どうした」


「あ?ああ…すまねえ。すぐにバイクで送るよ」


ハヤヒトの人外の強さを目の当たりにして、ザニルスは呆然としていたのだ。それはジグもまた同様だった。遺跡の件でハヤヒトが強いのは知っていた。が、あのゾルカンが、同じ戦いの土俵にすら立てずに一瞬で敗れたのだ。驚かないほうがおかしい。


…それから20分後。蜂の巣ゾルカンのアジトは綺麗に壊滅した。手下のギャングたちも全て地獄送り。もちろん、ハヤヒトがたった1人で始末したのである。かくして、サウスベイエリアのその一角は、ギャングたちのテリトリー争いの空白地帯となった。



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