煌華暁流(こうかあかつきりゅう)
煌華暁流。
煌華朧月流とは、その名の通り煌華流という剣法を元とする古流剣術である。
人体を流れる気脈と経脈を観ること、そして操ることで超人的な強さを発揮したこの剣法。その歴史は1200年にもおよぶ。
暁流は時の帝を護る剣として栄え、朧月流は闇に生きた。
「…って、普通は思うだろ。名前からして。けど違うんだわ、これが。な〜んせ、暁流は一子相伝の零細剣法。対して朧月流は幅広く門弟を集めた一大流派だからな。」
と、鼻をほじりながら解説する2頭身の俺。誰に解説しているかというと、ドクターヒビキと、クランドのおっさんである。
「それで。イスカの容態はどうなのだ」
「お前の流派の由来なぞとうに知っておるわ。さっさと治療せんか」
自慢のヒゲを逆立てながら怒るクランドのおっさん。
「ちっちっ、あわてるコジキはもらいが少ない」
「…………」
ギラリ…。
と、愛刀を鞘ばしるクランドのおっさん。ヒビキ先生は、両手にメスを構えて、投げる気満々だ。
「わわわ分かった分かった!!つまりだな。」
この場合、話の前半が大事なのである。
「イスカの気脈、経脈の流れを煌龍眼で観たが、異常はなかった。」
それを観ることができる煌龍眼こそ、暁流継承者の絶対条件なのだが、その説明はまたいずれということで。
「「なら、なぜ目覚めない?」」
見事にハモる2人。
「え〜と…」
俺は頭をかいた。それはイスカとの約束。余人に話したら、間違いなくぬっ殺される。
「とりあえず、2人きりにしてもらえるかな」
「どういう意味じゃ。」
「とにかく、そうしてもらえれば、イスカは一発で目覚めるから。」
「そんなヨタ話に…」
抗議しかけたおっさんを。
「クランド副司令。ここはハヤヒトの案に従おう。なに、失敗したら改めて始末すればよいだけさ」
恐ろしい言葉で説得したヒビキ先生は、おっさんを連れて部屋を出た。それが冗談じゃないのは、大戦時代からよ〜く知っている。なんせ医者なのに、アダ名が『メフィストフェレス』だからなあ。
「これで起こせなかったら、夜逃げするしかないな‥」
ダーラダラとガマのように脂汗をたらしながら、俺はイスカとの約束を実行した。
すなわち。
「文句言うなよ。イスカが自分で言ったんだからな」
俺は一言断りを入れてから、麗しい眠れる美女の唇に自分のそれを重ねた。ふわりとなつかしい香水の香りがした。
「……………」
一秒、二秒、三秒…。
反応なし?なしか?
さあ、夜逃げの準備を。
ガシッ…
「うぷ!?」
不意に眠り姫の両腕が俺を抱き寄せる。もちろんキスしたままなので逃げようがない。そんで彼女の熱い舌が(以下、自主規制)。
…5分後。
「で、あれから何があった?」
お気に入りの細い煙草(銘柄は知らん)を燻らせながら、アスラ部隊総司令、ウガヤ・イスカは覇気に満ちた眼光を俺に向けた。俺の膝の上に横座りしているのを除けば、その威厳あふれるオーラは万人を圧倒するだろう。
「何があったか。そりゃ、俺が聞きたいわ。起きて早々、多脚型ガードマシンにガトリングガンを撃ち込まれたんだからな」
「なに?」
イスカは、鋭い視線を俺へ向ける。
「そんなはずはない。お前用のIDは登録してあったはずだ。
」
「しかし現実に撃ちやがったしな。ま、100年も経っているから、故障かもしれんが」
「……とりあえず、クランドを呼んでくれ。話はそれからだ」
取り乱さないのはさすがにイスカだが。
「この状態でどうやって呼べと?」
「そうだな」
そそくさと俺の膝からおりるあたり、やはり、さすがのイスカも困惑しているようだった。
「集まったな。レギオン部隊」
朧月刹那は、居並ぶ精鋭たちを前に立つ。
赤い髪の壮年の男は、煌華赤月流継承者、赤光院弦間。
小柄な二十歳前後のイザナギ美女は、煌華無明流継承者、無明院あかり。
ニヒルな目付きをした若い黒髪のイザナギ男性は、煌華如月流継承者、如月華月。
双子の若いイザナギ女性。煌華朧月双刃流継承者、朧月アマラ、朧月那由多。
全身を黒装束で覆った、年齢、性別不詳の人物は、魔術師アルハンブラ。
そして、銀髪に蒼い瞳をしたクールな美男子。朧月刹那に、死神トーマに次ぐほど、絶大な信頼を寄せられる世界最高の暗殺者、ダミアン・ザザ。
「5番隊隊長のマードックは召集に応じませんでした」
朧月那由多が忌々しげに報告するも、刹那は動じない。
「かまわん。最初からヤツなど入れるつもりはなかった。トーマがいるからな」
刹那は自分の右に立つ男に笑顔を向けた。その死神トーマの表情。いつもと変わらず飄々としているように見えるが、その中に微かな惑いの気配があることを、朧月アマラだけが気づいた。
『‥刹那さま。』
『なんだ?』
それは高性能バイオメタルデバイスで強化された者だけが使える念心話能力である。しかも、この時にアマラが使ったのは、刹那だけにしか聴こえない秘匿念心話だった。
『あのことを、トーマさまにお話になられたのですか?』
『いや。まだだが。』
『やはり。』
あまらは麗しい眉をひそめた。
『お迷いになっているようです。トーマさまは』
『まさか。』
とはいえ、改めてトーマに目を向ける刹那。そして、その表情が硬くなる。大戦時代、共に死線をくぐり抜けた仲だ。アマラの指摘するかすかな変化に気づいたのだ。
「どうしたんだ、トーマ。さっきから、黙っているが。」
「ん?」
そこで初めてトーマは、かつての無二の戦友を見る。あの大戦時代、刹那とトーマが組めば、勝てない敵などいなかった。そう、あの神殺し、暁ハヤヒトでさえ退かざるを得なかったほどに。
「もちろんキミは協力してくれるのだろうね」
その言葉を口にすること自体が、刹那の不安の現れだった。そしてそれは、最悪の形で的中する。
「あ~、悪いがオレは遠慮させてもらうわ。このメンツがいりゃ、オレなんぞ必要ねえだろう」
「‥‥‥‥」
拒絶は想像の遥か彼方の出来事だと思っていた。たとえ、目の前にいるレギオンの隊長格全てが来なくとも、このトーマだけはついて来てくれると信じきっていたからだ。
「なぜ、かな‥。たとえ万人が敵になろうとも、キミだけは私の味方をしてくれる。そう信じていたのだが」
「味方だってばよ、刹那。オメーが危なけりゃ、いつでも助ける。それは変わらねえ。」
「ならば、なぜ」
「なんつーか、あれだ。人の思惑で戦うのがイヤになっちまった。理由はそんだけだ。」
頭をかきながら、死神トーマはそう宣言した。
「オレはグラドサルにいる。用があれば、いつでも連絡してくれ。」
「‥‥‥‥」
背を向けたトーマに、刹那は彼らしからぬ動揺を込めた視線を送る。だが、居合わせたレギオン部隊で、それを目にしたのは、間近にいた側近。朧月アマラだけだった。