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マーセナリーエイジ  作者: きさきしゅん
13/17

剣狼

暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)にとって、神薙美凪(カンナギ・ミナギ)は魂の半身といっていい。幼い頃から生活を共にした義妹であり、相思相愛の恋人。煌華暁流剣法の皆伝でもあるミナギは、剣の腕、戦術、いずれにおいても一流で、ニューコム軍に入隊してからは副長も勤めた。つまり公私共に有能で、かけがえのないパートナーである。その居場所が見つかったという知らせは、ハヤヒトを急き立てた。


『カイルとかいうヤツはともかく、朧月刹那が嗅ぎ付ける前に絶対に助け出さなければならない』


それがハヤヒトの思いであり、ザニルスの操縦する高速ヘリは最高速度でリグリット北西にあるトライセルシティへと向かっていた。


「ザニ、トライセルはどうでもいい。遺跡に直行してくれ。」


「わかってんよ。リザーブタンクも満タンだ。任せてくれ」


「しかし、トライセルか…。クズハの時といい、妙な因果だな」


「なんか言ったか?お頭。」


「いや」


ハヤヒトは窓の外を見下ろしながら、不機嫌そうな顔で髪をかき回した。あまり人は信じてくれないが、彼は争いが嫌いである。まして人を殺すなど、もっと嫌いなのだ。なのに、なぜ剣を振るい、数多の命を刈ってきたのか。


それは。


『とにかく世の中、イヤな顔をした奴らが多すぎる。』


これにつきる。


人を蔑み、貶め、虐げ、その生き血をすする外道鬼畜ども。かつて、このトライセルシティで起こった虐殺も、その醜い一端だ。


大戦末期にノーブルキングダムの戦争反対派が中立都市を立ち上げようとした。それがこのトライセルシティだった。ニューコムのクズハ元帥は、それに協力する名目で軍を動かし、騙し討ち同然に都市を制圧。住民を大量殺戮し、それをキングダム軍の仕業に見せかけようとしたのである。


ハヤヒトが駆けつけた時、彼が目にしたのは、人類の残虐、暴虐性を極めた凄惨な光景。五体満足な死体は1つもない。そして今だにあちこちで響きわたる絶叫は、生きながらに解体され、焼かれ、電流を流され、強酸に溶かされる人間の断末魔。


『‥なあ、ハヤヒトさんよ。そいつがあんたが味方する組織の正義か?』


この情報を極秘にリークした死神トーマは、皮肉な口調でそう言ったものだ。…が、もはやハヤヒトは聞いていなかった。


オリジナルデバイス『アメノナルカミ』。そのリミッターは激烈な怒りによって外れた。神機兵装を発動したのはこの時が初。そしてその場にいた一万人以上の鬼畜外道たちは、怒りに燃えるハヤヒトに一匹残らず長大な紅蓮の刃によって焼きつくされた。総指揮官である樟葉(クズハ)元帥も含めて。


「ちっ」


ハヤヒトは軽く首を振って、おぞましい記憶を振り払う。ハヤヒトが事の次第を、アスラ部隊総司令ウガヤ・イスカに報告した時。常に皮肉、傲然たる態度を崩さないはずの彼女は。


「………」


ただ、黙ってハヤヒトの肩に手を置いただけだった。政敵の1人である樟葉(クズハ)元帥が死んだことにより、彼女の権限はより強化されたが、それについても何も言わなかった。なぜなら、ハヤヒトの心の痛みを誰よりも察していたから。


この時のハヤヒトの戦略兵器並みの戦闘力は、ニューコミューン、ノーブルキングダム陣営を問わずに知れわたる。


『神殺し、アカツキ・ハヤヒト』


その異名が響きわたったのはこの時からだが、それは余談である。


「もうすぐ着くぜ、お頭。」


「ん、ああ…」


思いの外、記憶を辿っていたのは長かったらしい。気がつけば、アンリエッタが教えた遺跡に到着していた。








結論から言うなら、俺の最悪の予想は的中しなかった。遺跡に、あのレギオン総司令、朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)は来ていなかったのだ。そして遺跡の最深部にたどり着くのも、そう難しくはなかった。


だが。


「おやおや。噂の神殺しとお会いできるとは光栄ですね」


そこで出会ったのは、銀髪をオールバックにまとめた美青年だったのだ。右手には業物らしい長剣。左腕にはプラチナ色の手甲。蒼い瞳は掛け値なしに美しく、貴公子カイルと呼ばれるのも頷けた。だが、その口元に浮かぶ笑みは高慢にして傲慢。初対面にもかかわらずオレにはそう見えた。


「そりゃお頭のヒガミだろ」


バゴッ!!


「ふんぎゃ!!」


ぴくぴく…。


「おや、お仲間が倒れているようですが」


「気にするな。オレは気にしない」


「いてえだろ!!なにすんだよ、お頭!!」


俺の愛刀、神破刀(しんぱとう)(あかつき)の朱塗りの鞘でぶん殴られたザニルスは、頭を押さえながら抗議する。けっこう丈夫なヤツだ。


「なかなか面白い方々だ。」


品の良いクスクス笑いがカンにさわる。生理的嫌悪。どうやっても精神的に合わない相手であることを確信した。となれば、やることは1つである。


「そこをどいてくれないか。そのカプセルに眠っているのは、俺の大切な仲間なんでね」


「先にたどり着いたのは私ですよ。厄介なガードマシンを何体も倒してね」


「金なら払おう」


「あいにく私は金銭には、まったく困っておりませんので。」


余裕綽々に軽く肩をすくめるカイル。実際、あるド汚い理由によって、こいつの資金力は傭兵たちの中ではずば抜けている。一千万人口のメガロシティ、トライセルは、実質こいつの所有物に等しい。そのことを後に俺は知るが、今は。


『しかし、こいつは誰だ?』


その疑問が先立っていた。緋眼のマリカや、暴王マードックと並ぶエース傭兵というからには凄腕のはずだが、大戦時に顔を見たことがない。敵味方を通じて。


『マリカクラスの実力を持つヤツなら、イスカがアスラ部隊に引き抜かないわけがない。かといって、キングダムのレギオン部隊にもいなかった』


謎である。まあ、分からないことを考えても仕方がない。今は目の前の3つのコールドスリープカプセルのほうが重要だ。


「そのカプセルに眠っているのは…」


「アスラ部隊第2大隊の副長、神薙美凪(カンナギ・ミナギ)。ディアボロス計画の唯一の成功例にして永遠の少女、リリエス・ローエングリン。そして大戦時、長距離狙撃では1、2を争う腕を誇ったスナイパー、シオン・イグナチョフの3名ですね。しかし、皆、美しい女性たちだ」


含み笑いが異様にカンに触る。


「ぜひ、私のもとに来てほしいですね。そこのお嬢さんも含めて」


美しいが、は虫類めいた蒼い瞳がアヤネをとらえる。アヤネは微かに眉をひそめながら前へ出ようとする。それを俺は止めた。


「なら、起こしてから聞いてみるんだな。それであんたについていくなら、俺は止めはしない」


「私は結果の分かりきった行動が大嫌いでね。やるなら万全を期したい」


「ほ〜う。さっするに薬物と催眠による傀儡化か。モテない男の考えそうな浅知恵だな」


俺の言葉をカイルは否定も肯定もしなかった。ただ、その微笑に底知れない冷たい殺気が宿る。もう、面倒だ。


「そこをどけ。邪魔だ」


「やってごらんなさい。できるならね」


銀の長剣の先がカプセルの1つに向けられた。それはミナギの眠るカプセル。


「エース傭兵にしちゃ、やることがセコいな」


「あのマードックとの戦闘映像は私も拝見しているのでね。無用な危険を避けるのも私の主義です」


「お、お頭…」


ザニルスとジグは状況の不利を察して狼狽えている。そう。普通なら絶対的不利な状況。だが、俺にはさしたるハンデではない。なぜなら、ヤツとの距離はおよそ10メートル。それはすなわち。


「っっ!?」


ギイィィンッッ!!


暁に感じる重い手ごたえ。一瞬の後に、カイルは部屋の右側へ弾きとばされていた。たぶんザニルスやジグには、俺の影も見えなかっただろう。カイルの台詞の直後に、俺は煌華暁流(こうかあかつきりゅう)の奥義、抜刀日輪斬(ばっとうにちりんざん)を放ったのだ。


『ヒジョーに業腹じゃが、認めてやる。お前の抜刀擊の速さにかなう者はこの世におるまいよ。…このワシですらな』


俺の師、天上天下唯我独尊を地でいく性格の、暁珠織(アカツキ・タマオリ)でさえ、そう言った。あの一撃でカイルの首は宙に舞うはずだったのだが。


「く…」


カイルは右手で首筋を押さえて立ち尽くしている。そこから流れる赤い血。その顔にさっきまでの余裕は微塵もない。そして左手の手甲が白い輝きを放っているのが見えた。


『あれは、反射障壁(リフレクター)か?しかし、えらく固いリフレクターデバイスだな…』


そういや、イスカが言っていた。防御超特化型のデバイスをニューコムの樟葉(クズハ)元帥派の科学者グループが開発しているとか何とか。それも相等に非人道的なやり方で。結局それは大戦中には完成しなかったが、確か名称が。


「…ああ、イージスリフレクターだったか。そうか、お前、あのラボの気の毒な被験体の生き残り…」


「だまれえぇっっ!!」


カイルの左手の手甲が弾けとび、輝く円形の光の盾が現れる。へえ。サイキックエネルギーが可視化できるほどのリフレクターか。道理で俺の奥義を防げたわけだ。ま、完全には無理だったようだが。


「よくも、この私にキズを負わせてくれたな」


「そんなにケガが怖いなら、布団にでもこもってろ。エセ貴公子」


「………」


激烈な憎悪の目を向けながらカイルは無言で動いた。右手の銀の長剣がまばゆい白い光を放ち、俺の胴に斬り込む。まるでレーザー兵器のようだが、これは龍影陣(りゅうえいじん)で回避した。直後に背後の壁が大きく破壊される。


「へえ」


俺は率直に感心した。この威力は、マードックにもヒケをとらない。防御だけではなく、攻撃にもあの膨大なサイキックが上乗せされるようだ。


『なら、完全無欠じゃないか。なぜ実戦投入されなかったんだ?』


俺が心の中で首をかしげていると、不可解なことにヤツは後ろに下がった。俺は追撃しなかった。いや、できなかったのだ。


「動かないでね、アカツキ大尉」


聞き覚えのある女の声、そして無視しえない複数の殺気が、俺の動きを止めた。二十人ほどの白い軍服の女傭兵たちが、その銃口を俺に向けている。


「ほほう、あんたは確か、レギオン随一のガンナー。メリアドネ中尉だっけか。」


「覚えてくれていて光栄ね」


「忘れようがないわな。なんせ、ヤツの直属の部下だ」


そう、この白髪の女は、あの朧月刹那の第1大隊所属のガンナー。その銃の腕はアスラ部隊最強のガンナーである、トッド・ランサムとほぼ互角。すなわち世界最強クラスの銃の腕を持つ女なのだ。俺の部下のシオンも相等な凄腕だが、こいつにはわずかに及ばないだろう。


「それがなんでカイルについている?」


「いい男だから。」


メリアドネは紅い唇に艶然とした微笑を浮かべる。その人をバカにした態度は、ある重要な事実を隠す為。それを俺はすぐに悟った。


「へ〜そうか。ヤツは目覚めてないのか」


「…………」


「で、カイルを使って片っぱしから遺跡を発掘してる最中。それでも、まだヤツを見つけられない。そんなとこか。これはいいことを知った」


これでコールドスリープ中のヤツを消す選択肢も出来た。漫画のように、正面から倒さなければ勝利ではない。そんなフェアな精神は朧月刹那に限っては適用されない。何をおいても撃破が最優先なのだ。


「その前に、お仲間の心配をしたら?この場一帯に爆薬がしかけてあるのよ」


メリアドネの右手に起爆スイッチが握られていた。


「……………」


ハッタリではない。煌龍眼を持つ俺は、相手の気脈と経脈の流れを見ることで心理状態をある程度見抜けるからだ。


となれば。


「はい、動かないで。あなたの抜刀術の射程はおよそ10メートル。剣の射程としてはバケモノじみているけれど、その位置からでは、飛び込むのに二足が必要。私がスイッチを押すほうが速いわよ。」


これも事実だ。クイックドロー(銃の早撃ち)で、こいつに勝てる者は、俺の知る限り1人しかいない。起爆スイッチを押すくらいは簡単だろう。


「で、何が望みだ?」


「決まっているでしょう。あなたの命。まあ、ここに来た時点で、既に詰んでいるのだけれど」


仮に人質を無視してメリアドネを倒してもこの部屋は爆発する。倒せなければ、もちろん撃ち殺される。


「ほほ〜。なかなかいい作戦だ」


俺は笑いながら頭をかいてみせた。既にその微かな気配に俺だけは気づいていたから。案の定、俺の余裕に対して、メリアドネに不審な表情が浮かぶ。そして次の瞬間。


「っ!?」


メリアドネはとっさに左方向へ跳んだ。だが、その前に、右手の起爆スイッチの上部が斬りとばされる。反応できただけでもメリアドネは大したものである。そして音もなく彼女の背後に立っていたその男。


「お久しぶりですな。暁大尉」


長い黒髪を無造作に流し、鷹のごとき鋭い目。俺より頭1つ高い、細身だが鍛えぬかれた長身の身体。何よりも印象的なのは、顔の中央に斜めに走る十字のキズ痕。夢幻一刀陰流(むげんいっとうかげりゅう)の達人。

その名は。


「見せ場をとるなよ、ラギラ」


「申しわけありません。何せ、リリスがそこにおりますので」


ラギラはニヤリと笑ってみせた。


「ラギラ…、剣狼ラギラ?確かグラドサルにいたはずでは…」


さすがと言うべきか。メリアドネは俺たちのわずかな会話の間に、既に部下たちと共に十数メートル以上も後退していた。


「どうします、大尉。殺りますか」


ラギラの放つ殺気は、俺ですら時おり寒気を感じるほどのものだ。それも当然。夢幻一刀陰流は最強の暗殺剣法。その殺気だけで、一定レベル以下の者を金縛りにし、あるいは殺せる。現にザニやジグは、直接殺気を向けられてもいないのに、完全に硬直している。


「で、どうする。メリアドネ。」


形勢逆転だぞ、と言う前に20を越える銃口が俺とラギラに向かって火を吹いた。


バチバチッ!!


背後にはカプセルがある為に、サイキックフィールドで防御する。ラギラも同様だ。そしてその中の一発はスモーク弾。白い煙が部屋内に立ちこめるも。


「よせ。」


俺は追撃しようとするラギラを制した。いや、このままラギラを行かせても、間違いなく奴らくらいなら皆殺しにできるのだが、カイルの総戦力が分かっていない。無理は禁物だ。


「とにかく、カプセルの3人を連れて脱出するぞ。」


「承知しました。遺跡ごと爆破という可能性も高いですからな。」


そしてコールドカプセルを開け、俺はミナギを、ラギラはリリスを、アヤネはシオンをそれぞれ抱き上げる。3人の意識が戻るのを待つ時間はない。


「ほら、ザニ、ジグ。行くぞ。」


「あ、ああ…」


2人はギクシャクした動きで頷いた。まるでマードックに会った時のようだ。


実際、俺が見るにラギラの実力はマードックとほぼ互角。そのプレッシャーをもろに受ければ、この2人の反応も無理もない。


…ともかくも、俺たちはその遺跡を脱出した。直後に響いた大きな爆発音は、ラギラの予想を裏付けるものだったが、目的を達した今、さしたる問題ではなかった。



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